【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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024 古魔道具屋レリックハートの女房②【ジュナイ】

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「食わないのか?」

 不意に声を掛けられて顔を上げると、エイデンさんがこちらを見ていた。

「食うよ。ちょっと考え事してただけ」

 そう答えると「そうか」と淡々とした返事が返ってきた。
 週の半分くらいだが、遺物横丁の銭湯に行った帰りは、
 大抵その近くの居酒屋で夕飯を食べる。
 今日はたまたまその日だった。

 そう広くはない店内にいるのは近所の連中ばかりで、ほとんど知り合いだ。
 この店に来るのもあと何回かな…そんな事を考えていると、
 居酒屋の主人である禿げ上がった親父が、すっかり上機嫌で話し掛けてきた。
 こいつ絶対一杯引っ掛けながら仕事してるだろ…。

「前から気になってたんだけどさぁ~」
 嫌な予感がしたが、結局は取り越し苦労で済んだ。

「ジュナイくんはエイデンさんの何なんだね?」
 
 まぁ、いきなり居着いて住み込みで働いてるんだから、そう思って当然だろう。
 それに、こういう時の答えはもう決まってる。

「女房だよ」
 
 こともなげに答えると、その親父も周囲の客もどっと笑った。
 酔っ払いってのは、些細な事で笑えていいな。
 ふと向かいに座るエイデンさんを見ると、笑っていなかった。
 不愉快なのとも違う、どんな顔をしたらいいのか分からないといった風情で、
 黙って麦酒を飲んでいる。真面目な人だからな…。

「飲みすぎじゃない?」
 
 エイデンさんがあまり酒に強くないのを知ってるので、一応注意はしたが、
 珍しくエイデンさんはそれを聞き入れない。仕方がないから放っておいた。


 …で、半時間後の俺はそれを後悔する羽目になる。
 自分よりもガタイのいい相手に肩を貸して、
 無理やり歩かせて家に連れ帰る羽目になったからだ。
 店内の酔っ払いどもも店が看板になる頃には、それぞれの女房に引っ張られて
 家に帰って行くんだろうに、やたら囃された。

「しっかり者の女房だねぇ~」
 うるせえ。
 
 エイデンさんはぐったりしてはいるが、半分は意識があるようで、
 時間は掛かったがなんとか家に辿り着いた。
 二階の寝室まで引っ張りあげるのは往生したが、
 後は寝間着を渡せば勝手に自分で着たし、念のため二日酔いの薬と水を渡せば
 おとなしく飲んだので、それほど手間は掛からなかった。
 畳の上に敷いた布団でエイデンさんは、横になるなり寝入った。
 
 俺はなんとなく立ち去り難くて、しばらくその様子を眺めたあと、
 添い寝してみた。
 いつもは精悍に引き締まった顔が、すっかり無防備になっている。
 セックスした事は何回もあるのに、こうしてじっくり寝顔を見るのは初めてだと気付く。
 いつもは、事が終わるとさっさと自分の部屋に帰る事にしてたからな…。
 
 エイデンさんの髪に触れるのも初めてだ。ちょっと癖のある黒くてつやつやした、
 健康そのもののような髪の手触りをしばらく楽しんだ。
 ぐっすり寝入ったエイデンさんが起きる気配はない。

 …言葉の少ない人だけど、思い返してみれば、
 何回も俺に気持ちを明かしてくれていた。
 何も話さなかったのは、俺の方だ。
 
 どうせ離れるんだから、気持ちを明かす必要はない。
 だがそれでも、一度くらい言葉にしてみたいと思った。
 それなら今が好機だろう。

「…エイデンさん。俺はあんたが好きだよ」

 本心を口に出すのは恥ずかしいかと思ったが、意外に抵抗はなかった。

「あんたの女房になれたら、最高だろうな…」

 俺がもっとマシな人間なら、こんな思いはしなくて済んだのかもしれない。
 だがそれなら、エイデンさんと出会う事もなかったのだろう。
 考えても仕方のない事だが…。
 エイデンさんは相変わらずぐっすり眠っている。
 それをいい事に、俺はその頬にキスをして、自分の部屋に帰って寝た。

 …今日はやけに疲れた。
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