【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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025 古魔道具屋レリックハートの女房③【ジュナイ】

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 翌朝、目を覚ますと七時を過ぎていた。

 宮仕えと違って時間に縛られないのは、この仕事の良い所だ。
 着替えて顔を洗い、台所に降りて食糧庫を開けるが、中には食い物が何もない。
 昨日の買出しはエイデンさんだったはずだが、たまに忘れる事がある。

 仕方なく駅前の大型商店まで買いに出た。遺物横丁からちょっと歩くが、
 早朝から開いてる店がそこしか無いんだから仕方ない。
 昔ながらの店なんかが軒並み潰れるのも、こういう所で水を開けられるせいだろう。
 そんな事を考えながら朝飯に使うものを買って、ぶらぶら歩いて帰った。
 夕べの調子じゃ、エイデンさんも当分起きて来ないだろう。

 そう踏んでぶらぶら遠回りしたせいで、家に着く頃には八時を少し過ぎていた。
 勝手口の戸を開けると、台所のテーブルの前にエイデンさんが立っていた。

「おう、起きたか。おはよ」

 適当な挨拶をすると、エイデンさんはひどく安心した顔をした。
 迷子の子供のようなその表情に、胸の内側がぎゅっと締め付けられた
 それを隠すように食料の買出しを忘れた事に文句をつけたが、
 エイデンさんは素直で謝ったので、それ以上何も言えなかった。
 …この人のこういうところは長所だけど、正直ずるいと思う。

 仕方なく朝食の支度をして気を紛らわそうとしたが、
 今度はリュウが餌をねだって足元に纏わりついてきた。
 この食いしん坊め。
 これから火を使おうっていうのに、危なくて仕方がない。
 堪りかねてエイデンさんに助けを求めた。

「エイデンさん、リュウに餌を…」
 
 その先は言えなかった。
 エイデンさんに突然強く腕を引かれて、正面から抱きしめられたからだ。
 …まさかまた朝っぱらからヤるのか?
 そんな事を考えていると、エイデンさんの声が静かに響いた。

「お帰り」

 …この人にそう言われるたび、
 いつもなんて応えたらいいのか分からなくなる。

 でも結局は「ただいま」と、変に自信なげに言うことになる。
 ここを自分の家だと思わないようにしてるんだから、当たり前だろう。
 勝手に上がり込んで住み着いた野良猫に、そう応える資格なんかないのが普通だ。
 
 自分にそう言い聞かせて、なんとか予防線を張ろうとしているのに…
 エイデンさんは一言「愛してる」と言って、
 俺の涙ぐましい努力を簡単に水の泡にした。
 
 顔と言わず全身が熱くて、俺はその言葉に見合う言葉を何も返せなかった。
 …その時の感情を正確に言い表せる言葉は、今も見つからない。
 嬉しいと思わない訳もなく、
 これからエイデンさんと離れる事が悲しくない訳もなく…
 ただ、それと同じくらいほっとしていた。
 
 長い年月、弟を…リュウを苦しめて、悲しみの中で死なせた報いは、
 今こうして、正しく俺の身にだけ降り掛かった。

 ここで何も応えなければ、エイデンさんを巻き込む事もない。
 神も仏も信じないが、この事についてだけは感謝した。


 数日後、俺は家を出た。
 もう戻るつもりは無いので、書置きには一言
「さようなら」とだけ書いた。


 これでもうエイデンさんは、俺を待たなくていい。


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