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告白
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「俺はお前みたいな、物分かりのいいふりをして自分が一番可哀想だと思ってる奴が大嫌いなんだよ」
「……っ」
「アンシュルが結婚する時、一度でもあいつにガキなんか作らせねえと言ったか? 俺がお前の立場なら、結婚なんか許さねえし、するなら捨ててやる。それすら出来ねえ癖にうだうだ縛りやがって、それでアンシュルが幸せになるとでも思ったのか?」
「……!」
それは核心を突いた言葉だった。
ラシュヌ陛下は息子を愛し思い、憂いていた。その立場から普通の親とは違うかもしれないが、彼のその発言は正に子を思う親のそれで、俺の図星だった。
かぁ、と頭に血がのぼり鼓動が激しくなる。
「あんたに何が分かる」
「分かるさ。あいつは俺を憎んでいるからな。王位継承者故に俺に従うしかない自分をも憎んで生きている。あいつは完璧主義だ。生まれた子どもを思えば無下にも出来ず、だがお前に会えば恋情に駆られ苦しむ。それでもお前を切らない理由は、お前を愛しているからだ。分かるか。責任を逃れ楽な愛人を望んでいたのは端からお前だ、ナツヤ」
「……そんなこと……っ!」
アーシュは、いつも無口だ。
俺はそんな彼との間に訪れる心地良い沈黙の空気が一番好きだ。
彼は何も言わずともわかってくれる。何も言わずとも抱いてくれる。一人きりの俺を唯一ちゃんと見てくれて、信じてくれて、傍にいてくれる。
弱い俺も醜い俺もすべて理解してくれて、ほしくもない能力から逃げ回る俺を責める事もしない。
「……あいつがどんな思いで真我と戦うのか一度ちゃんと聞いてみろ。あいつだけじゃない。この国の人間は真我に心底怯えている」
それがどんな生なのか、想像してみろ。
陛下の言葉に何も言えなくなった俺は緩々と頭を下げてその場を後にする。
扉を開け部屋を出る俺の背に、ラシュヌ陛下は最後に言った。
「だが今日のお前は悪くねえな。その能力を使おうと思った事は評価するぞ」
「……失礼しました」
何様だよ、と心中で毒づき、王様か、と一人で突っ込んで俺は歩を進めた。
まさかラシュヌ陛下とこんな会話になると思ってもみなかった俺は、来る時とは違う理由で肩を落として城を出た。
真っ暗な夜道は闇に潜むあの生物を歓迎しているかのようにひっそりと息衝いている。
第一部隊と第二部隊の活動は夜には限らない。真我は一週間姿を現さない時もあれば、三日続けて出現することもある。昼間だってその目撃情報は少なくない。
この暗闇の中を彼等は剣を持ち、走りまわり、真我を追い詰め命を懸けて戦う。
その中にアーシュは躊躇わずに身を投げた。出会う前から第二部隊希望だと言った彼は、たしかに迷いなどなかった。
次期国王陛下になるのに、何故危険な第二部隊に入るのか疑問がなかったわけではない。だがそれを言うなら、ラシュヌ陛下はその立場に関わらず敢えての真我討伐に繰り出している。
だからこそ俺はアーシュが真我を殲滅したいと思うのに深い理由など考えなかった。
この国の人間は、その力量さえあれば化け物に立ち向かうとすら思っていたのだ。
「……ナツ!」
とぼとぼと帰路についていると、対面から珍しく焦ったような隊服姿のアーシュが現れて、俺は驚いて立ち止まった。
「……どうしたんだよ」
「カラムに聞いた。陛下にはあれだけ言ったのに悪かった……」
申し訳なさそうに眉を下げて言うアーシュを見つめながら、俺は今までとんでもない勘違いをしていたのかと唐突に思う。
結婚する、とコイツが言った時、俺はなんて答えたのだっけ。
そうだ、トラウマが蘇って適当に流したような。
もしあの時、結婚しないでくれって俺が言っていたら、何か変わったのだろうか。
「いいんだ、アーシュ」
「?」
「俺が、自分で陛下の元へ行ったんだよ」
「……どういうことだ」
歩き始めた俺と肩を並べ、アーシュは一気に不機嫌そうな空気を醸し出し低い声で問う。
優しくてのんびりしたような男は、こうなると強引になり絶対に、折れない。
卑怯な性格だと俺は思う。こいつがもっとだらしなくて適当で、俺を軽くあしらう男だったら俺はこんなに惹かれたりしなかったのに。
「ていうかカラム元隊長ってアーシュの方についてたのかよ」
訓練生時代の第二部隊長は今は第一部隊にいる。恐らく陛下の右腕まで昇りつめているだろう彼をアーシュはしっかりと自分側へ確保していたのだ。
「そう言えばカラム隊長ってアーシュの事お気に入りだったもんな……」
「そんな事より、何故陛下の元へ行った」
強い口調で再度問われ俺は肩を竦める。
「迫間の者が望んでるんだよ。多分、あれを倒さなきゃ彼等は還れない」
「……だがお前は、」
「あの声にのたうち回って吐くのは俺だけだし、誰かが死ぬよりマシだろ。まあ今更言うなって話だけどな。……それに、陛下には剣を持たないと言ったし」
「それでいいのか」
ぐい、と腕を掴まれ歩む足を止められアーシュを見上げる。眉間に寄る皺は何の意味があるのかとぼんやり見つめて、どうしようもなくなって口を開いた。
「……お前が真我を殺すのって、何か理由があるのか?」
「……何を」
「いや本当に今更なんだけど。……なあ俺って、お前に酷い事ばかり要求してたのか……?」
言え、と無言の圧をかければアーシュは珍しく目を泳がせた。
こいつが俺の真意をまともに受け取るのは稀だ。大抵知らぬふりをして誤魔化されるか、なし崩しにセックスに持ち込まれて有耶無耶にされるのがオチだった。
アーシュはそんな事ばかりうまい人間で、俺もそれに追及してこなかったのだ。
それが、悪かったのだろうか。
じっとアーシュの言葉を待っている俺に、彼は数度目を合わせては逸らしを繰り返し、そうして素っ気なく言った。
「ナツが気にする事じゃない」
その言葉に目を吊り上げた俺を、アーシュは誤魔化せないと知りながら突き通すように視線を逸らす。
そっちがそうならば俺だって考える。
「言わないなら陛下に聞いてくる」
くるりと踵を返し、来た道を戻ろうとした俺の腕を間髪入れずアーシュが掴んで引き留めた。
そうして彼は意を決したように溜め息をつき、口を開いた。
「……私には姉がいる」
「……」
「いや、正確にはいた、か」
目を瞠る俺に、アーシュはほんの少し言いにくそうな表情をして、それでも真摯な目線を向けて続けた。
「私が十二歳の頃……真我に……」
「……なんだよ、それ」
消え入りそうな声で呟く俺の言葉にアーシュは気付いていなかったようで、辛そうに目を伏せた。
続く言葉は予想しなくとも決まっている。ラシュヌ陛下は言っていた。
──俺と同じ志で真我を憎んでいる、と。
彼等は共通して大切なものを失っていたのだ。
「……目の前に現れて……気が付いたら姉上は真我の口の中に……。あの時、陛下も私もその場にいて……」
アーシュはそう言って、は、と短く息をついて俺を見る。
苛立ったようなそんな顔だった。
焼き付いたその記憶を思い出すのすら苦しく、許せないのだ。アーシュは、ずっとそれを抱えながら一人で決意し戦う事を選んだ。恐らくその思いを知っているのは、彼の父親だけで、そしてそれを父親も望んだのだ。
「……なんで言わねえんだ」
いくらでも言う機会はあったはずだと問い詰めたくなる感情のまま、俺は言う。
「それなら、お前が真我を恨んで殺したがる理由を理解できるだろ。そんなに真我を憎んでるお前に、俺は、ずっと知らずに……、」
声が震えるのを抑えられず、アーシュを見上げる。
この感情が怒りなのか惨めさなのか全然分からない。だが、今言わなければきっとまた進まぬまま終わるだろうとは理解していた。
「ずっと……お前が心底憎む真我を殺すのに協力できないと、言い続けてきたって言うのか……!」
「……っ」
「アンシュルが結婚する時、一度でもあいつにガキなんか作らせねえと言ったか? 俺がお前の立場なら、結婚なんか許さねえし、するなら捨ててやる。それすら出来ねえ癖にうだうだ縛りやがって、それでアンシュルが幸せになるとでも思ったのか?」
「……!」
それは核心を突いた言葉だった。
ラシュヌ陛下は息子を愛し思い、憂いていた。その立場から普通の親とは違うかもしれないが、彼のその発言は正に子を思う親のそれで、俺の図星だった。
かぁ、と頭に血がのぼり鼓動が激しくなる。
「あんたに何が分かる」
「分かるさ。あいつは俺を憎んでいるからな。王位継承者故に俺に従うしかない自分をも憎んで生きている。あいつは完璧主義だ。生まれた子どもを思えば無下にも出来ず、だがお前に会えば恋情に駆られ苦しむ。それでもお前を切らない理由は、お前を愛しているからだ。分かるか。責任を逃れ楽な愛人を望んでいたのは端からお前だ、ナツヤ」
「……そんなこと……っ!」
アーシュは、いつも無口だ。
俺はそんな彼との間に訪れる心地良い沈黙の空気が一番好きだ。
彼は何も言わずともわかってくれる。何も言わずとも抱いてくれる。一人きりの俺を唯一ちゃんと見てくれて、信じてくれて、傍にいてくれる。
弱い俺も醜い俺もすべて理解してくれて、ほしくもない能力から逃げ回る俺を責める事もしない。
「……あいつがどんな思いで真我と戦うのか一度ちゃんと聞いてみろ。あいつだけじゃない。この国の人間は真我に心底怯えている」
それがどんな生なのか、想像してみろ。
陛下の言葉に何も言えなくなった俺は緩々と頭を下げてその場を後にする。
扉を開け部屋を出る俺の背に、ラシュヌ陛下は最後に言った。
「だが今日のお前は悪くねえな。その能力を使おうと思った事は評価するぞ」
「……失礼しました」
何様だよ、と心中で毒づき、王様か、と一人で突っ込んで俺は歩を進めた。
まさかラシュヌ陛下とこんな会話になると思ってもみなかった俺は、来る時とは違う理由で肩を落として城を出た。
真っ暗な夜道は闇に潜むあの生物を歓迎しているかのようにひっそりと息衝いている。
第一部隊と第二部隊の活動は夜には限らない。真我は一週間姿を現さない時もあれば、三日続けて出現することもある。昼間だってその目撃情報は少なくない。
この暗闇の中を彼等は剣を持ち、走りまわり、真我を追い詰め命を懸けて戦う。
その中にアーシュは躊躇わずに身を投げた。出会う前から第二部隊希望だと言った彼は、たしかに迷いなどなかった。
次期国王陛下になるのに、何故危険な第二部隊に入るのか疑問がなかったわけではない。だがそれを言うなら、ラシュヌ陛下はその立場に関わらず敢えての真我討伐に繰り出している。
だからこそ俺はアーシュが真我を殲滅したいと思うのに深い理由など考えなかった。
この国の人間は、その力量さえあれば化け物に立ち向かうとすら思っていたのだ。
「……ナツ!」
とぼとぼと帰路についていると、対面から珍しく焦ったような隊服姿のアーシュが現れて、俺は驚いて立ち止まった。
「……どうしたんだよ」
「カラムに聞いた。陛下にはあれだけ言ったのに悪かった……」
申し訳なさそうに眉を下げて言うアーシュを見つめながら、俺は今までとんでもない勘違いをしていたのかと唐突に思う。
結婚する、とコイツが言った時、俺はなんて答えたのだっけ。
そうだ、トラウマが蘇って適当に流したような。
もしあの時、結婚しないでくれって俺が言っていたら、何か変わったのだろうか。
「いいんだ、アーシュ」
「?」
「俺が、自分で陛下の元へ行ったんだよ」
「……どういうことだ」
歩き始めた俺と肩を並べ、アーシュは一気に不機嫌そうな空気を醸し出し低い声で問う。
優しくてのんびりしたような男は、こうなると強引になり絶対に、折れない。
卑怯な性格だと俺は思う。こいつがもっとだらしなくて適当で、俺を軽くあしらう男だったら俺はこんなに惹かれたりしなかったのに。
「ていうかカラム元隊長ってアーシュの方についてたのかよ」
訓練生時代の第二部隊長は今は第一部隊にいる。恐らく陛下の右腕まで昇りつめているだろう彼をアーシュはしっかりと自分側へ確保していたのだ。
「そう言えばカラム隊長ってアーシュの事お気に入りだったもんな……」
「そんな事より、何故陛下の元へ行った」
強い口調で再度問われ俺は肩を竦める。
「迫間の者が望んでるんだよ。多分、あれを倒さなきゃ彼等は還れない」
「……だがお前は、」
「あの声にのたうち回って吐くのは俺だけだし、誰かが死ぬよりマシだろ。まあ今更言うなって話だけどな。……それに、陛下には剣を持たないと言ったし」
「それでいいのか」
ぐい、と腕を掴まれ歩む足を止められアーシュを見上げる。眉間に寄る皺は何の意味があるのかとぼんやり見つめて、どうしようもなくなって口を開いた。
「……お前が真我を殺すのって、何か理由があるのか?」
「……何を」
「いや本当に今更なんだけど。……なあ俺って、お前に酷い事ばかり要求してたのか……?」
言え、と無言の圧をかければアーシュは珍しく目を泳がせた。
こいつが俺の真意をまともに受け取るのは稀だ。大抵知らぬふりをして誤魔化されるか、なし崩しにセックスに持ち込まれて有耶無耶にされるのがオチだった。
アーシュはそんな事ばかりうまい人間で、俺もそれに追及してこなかったのだ。
それが、悪かったのだろうか。
じっとアーシュの言葉を待っている俺に、彼は数度目を合わせては逸らしを繰り返し、そうして素っ気なく言った。
「ナツが気にする事じゃない」
その言葉に目を吊り上げた俺を、アーシュは誤魔化せないと知りながら突き通すように視線を逸らす。
そっちがそうならば俺だって考える。
「言わないなら陛下に聞いてくる」
くるりと踵を返し、来た道を戻ろうとした俺の腕を間髪入れずアーシュが掴んで引き留めた。
そうして彼は意を決したように溜め息をつき、口を開いた。
「……私には姉がいる」
「……」
「いや、正確にはいた、か」
目を瞠る俺に、アーシュはほんの少し言いにくそうな表情をして、それでも真摯な目線を向けて続けた。
「私が十二歳の頃……真我に……」
「……なんだよ、それ」
消え入りそうな声で呟く俺の言葉にアーシュは気付いていなかったようで、辛そうに目を伏せた。
続く言葉は予想しなくとも決まっている。ラシュヌ陛下は言っていた。
──俺と同じ志で真我を憎んでいる、と。
彼等は共通して大切なものを失っていたのだ。
「……目の前に現れて……気が付いたら姉上は真我の口の中に……。あの時、陛下も私もその場にいて……」
アーシュはそう言って、は、と短く息をついて俺を見る。
苛立ったようなそんな顔だった。
焼き付いたその記憶を思い出すのすら苦しく、許せないのだ。アーシュは、ずっとそれを抱えながら一人で決意し戦う事を選んだ。恐らくその思いを知っているのは、彼の父親だけで、そしてそれを父親も望んだのだ。
「……なんで言わねえんだ」
いくらでも言う機会はあったはずだと問い詰めたくなる感情のまま、俺は言う。
「それなら、お前が真我を恨んで殺したがる理由を理解できるだろ。そんなに真我を憎んでるお前に、俺は、ずっと知らずに……、」
声が震えるのを抑えられず、アーシュを見上げる。
この感情が怒りなのか惨めさなのか全然分からない。だが、今言わなければきっとまた進まぬまま終わるだろうとは理解していた。
「ずっと……お前が心底憎む真我を殺すのに協力できないと、言い続けてきたって言うのか……!」
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