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絆と傷と明日と眠り
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ガッシャーン、とガラスが割れる音にびくりとして、俺はそのまま窓から外に飛び出た真我に驚いた。すかさずアーシュもそこから飛び降りていくのに駆け寄り、窓の外を確認するが真我は既に庭先を出て、道を這いずっていた。
「アーシュ!」
二階から躊躇なく飛び降りたアーシュに心底ゾっとして、追おうとする彼を呼び止める。俺の必死な声に我に返ったかのような顔をしてアーシュは動きを止めた。
そんな俺らをよそに道の先にいる真我がひどくしわがれた声で淡々と言った。窓辺に立つ俺を見上げて、まるで人間のように。
「……食ベテモ食ベテモ……足リナイ……マダ……足リナイ……」
「……」
「邪魔バカリ……ニンゲン……大好キナノニ……マダ……マダ……」
「……迫間の時に素直に上にいけばよかったんだ」
あの黒い影が強い怨念を持ったものなら。そしてそれの集合体が真我になるのだとしたら。
何も考えずに口についた呟きを真我は当然のように聞いていてボタボタと涎を流しながら四つ足を動かしそうして動きを止めた。
ぐぐ、と動きを止めて頭を下げたそいつにアーシュが気付いて剣をかざす。
だが切っ先が下りる前にフ、っと真我が霧散した。文字通り、黒い影が五つほどに分かれてスーっと無機物のように辺りを走り抜けていく。
「……嘘だろ」
民家を超え道を曲がり壁に張り付いて去っていく複数の黒い影を見つめ、唖然とその様子を見送る。
突然消えた真我にアーシュはきょろきょろと周囲を見渡して確認するが、影たちの姿は彼に見えていなかったのか、それともその速さに気付けなかったのか。
最早そこには何の気配もない、暗闇の住宅街だった。
戸惑うように見上げるアーシュの顔を見て、室内に転がった懐中電灯を拾い、階下を降りる。
玄関から出てきた俺を出迎えたアーシュは、僅かに額に汗を滲ませて眉を寄せていた。不機嫌そうな表情に、視線を逸らしながら歩き出す。
「……何と言っていた」
「俺の名を知ってた……」
薄暗い夜道を歩き出し、息を整えるアーシュを一瞬見て言う。彼は少し思案して益々眉間に皺を寄せた。
動いたせいで暑いのだろう、上着を脱ぐ彼の逞しい二の腕を見ながら真実を告げるべきか迷った。
真我との会話は基本的に途切れ途切れで、うまく繋がらない。欠片のように散りばめられた言葉をまとめても、その真実は不確かなものだ。
「中庭のあいつだけだった……。俺の名を知ってるのは」
呟くように言えば、アーシュは言葉を飲んで、そうして立ち止まった。
人気のない道で俺を正面から見つめ、首に片腕を回され引き寄せられる。目を丸くしてその行動に反応できずにいる俺をアーシュは気にもせずもう片方の腕も伸ばし、ぎゅう、ときつく抱き寄せた。
「……無事で良かった」
どくどくと脈打つアーシュの鼓動が聞こえ、真我と対峙していた事にどれだけ神経を使っていたのか今になって気付く。
そうだ。
アーシュは、どんな真我に会おうとも、絶対に死なない。
その覚悟の意味を初めて実感して、そしてそんな事も気付かずにいた自分自身に吐き気がした。
きっとアーシュにとっての、トラウマだった。過去に大切なものを守れなかった彼にとって、この戦いは酷く感情を揺さぶるものだろう。
「……ごめん、アーシュ」
「なぜ謝る。お前が無事ならそれでいい」
それでいいんだ。
囁き声が少し震えた気がして俺は言葉を飲みこむ。
常に冷静で己を崩さない彼が、一体どんな想いでこれまで過ごしてきたのだろうと想像して切なくなった。
俺とアーシュに距離はないと信じていたのに、それが幻想であったと知ったあの日から崩れ落ちそうな足場を綱渡りしているような状態に息苦しくなる。
「……真我は、迫間の集合体みたいだ」
「見たのか」
「……でも、普段見る奴等とは何か違った。だから真我になるのか……?」
抱き寄せられた腕からそっと離れ、俺たちは歩き出す。真我の出現によりこれから仕事に戻らなければならないはずだと理解しながらも、足は駐屯地に向かっていた。
離れがたい想いを互いに感じていた。
縺れ合うように抱き合いながら玄関を開け、壁に押し付けてくるアーシュの背に腕を回してその激しいくちづけを受け止める。
ガタガタと慌ただしく部屋を移動し、その桃紫色の瞳をじっと見ながら同じように見つめられている事に更に興奮して、離れた心を繋ぎ止めるように両手でアーシュの顔を掴んだ。
舌を絡めあい、アーシュのシャツを脱がしズボンのボタンを外す。その間にアーシュは俺の両脚を抱え軽々と抱き上げてベッドへと押し倒した。
「……アーシュ……っ」
隊服のボタンを開けられ、ズボンを脱がすアーシュに腰を浮かせて手伝った。
剥き出しになった尻を大きな手で揉まれ、そのままくちづけが再度降りてくる。脱ぐ時間すら惜しいかのように性急な行動は、様々な感情を表しているかのようで、切なく甘い。
こいつを手放すなんてことはきっと一生出来ない。陛下に何を言われようとも、誰かに後ろ指を指されようとも。
手放したくなんて、無かった。
「……柔らかいな」
ぐり、と指を突き入れられ、濡れてもないそこが痛みで引き攣った。だがアーシュは酷く不機嫌そうに言って俺を見下ろした。
実はあれからエンリィは間を開けずに俺の部屋にやってきて、なし崩しにセックスをしていた。童貞を捨てたばかりの男に自制を促しても無理な話なのだろう。
まさに覚えたての猿のように俺を求め、更には勉強熱心というか探究心もすごく、最近になっては俺の方が泣いて許しを請うことも多くなっていたほどだ。
連日のエンリィとの行為にそこは普段より柔軟になっていたのだ。言葉を失った俺を咎めるように見る彼の視線に思わず目を逸らせば、溜め息と共にアーシュが腕を伸ばしてベッドサイドの潤滑油を取る。
冷たい感触が窄まりを襲い、息を飲めばぐい、と無遠慮に指が侵入してくる。
アーシュは苛立ったような表情のまま、俺の唇を己のそれで塞いだ。再び舌を絡め合いながら、増やされる指に声を押し殺し受け流す。
痛いと訴えてもきっと許されない。
ぐい、と脚を開かされ、おざなりの愛撫にびくりと強張る身体をアーシュが労わるように撫でる。上半身の隊服はボタンこそ外されたがそのままだ。その下に着ているシャツの中を左手で触られ胸の突起を容赦なく抓まれた。
ぎゅ、と内部の指を締め付けた俺に、アーシュは口元を緩める。
「……お前は本当に、どこもかしこもだらしない」
「……っぁ……それがいいん、だろ」
憎まれ口を叩く俺にアーシュは笑ってずるりと指を引き抜いた。
潤滑油を更に指に足し、アーシュは下げただけの隊服のズボンから自身を取り出し、油を塗りつけている。
「なぁ……ゆっくりし……て……!」
怖じ気づき言った傍から、アーシュは構いもせず腰を進めた。
太く硬いそれが性急に侵入してくるのに息をつめて、腰を浮かす。自然と逃げるように上へとずり上がる俺の腰を掴み、覆いかぶさるように体重をかけられる。
何度もしている行為で慣れたものだと言っても、アーシュのそれは凶悪だ。熱い杭を打たれているような感覚に悶え呼吸を忘れていると、さわ、と頬を優しく撫でられた。
アーシュを見れば桃紫色の瞳がほんの少し潤んでいるような気がして、その綺麗な瞳に思わず釘付けになった。
日本にいたらこんな色の瞳に出会う事などまずないだろう。王族の証しだというその色は彼等だけしか持たぬ瞳の色だ。同じ瞳をしているのに、それぞれ微妙に色合いが違って個性がある。
そんな目が俺を焦がれるように見ているのだ。十年前と変わらずに、飽きるほど抱き合っても。
彼は常に同じ熱で、俺を見ている。
「……何処にも行くな」
囁くような低い声でアーシュが言う。
俺はそれに口元を緩めて、アーシュの首に両腕を回した。しがみつく俺の背に彼もまた腕を回しきつく抱き締められる。
言葉など不要だった。俺とアーシュにある隙間は、いつもこうして埋められる。一時的なものだと分かっていても、今だけはこうして繋がれる。
俺たちはそうして幾つもの夜を超えてきた。それだけでよかった。
「……ここにいるだろ」
笑う俺にアーシュはもう一度ぎゅっと抱き締めると、そのまま首筋に舌を這わせてきた。ぴくん、と身体を揺らせば乳首を抓みながらアーシュはシャツを捲り上げ、舌をそこに押し付けてくる。
「……は……っあ……」
潰すように舐められるその動きに全身にしびれるような熱が廻った。もどかしさと快楽が腰の奥底を襲い、アーシュのものを余計に感じてしまう。
「アーシュ!」
二階から躊躇なく飛び降りたアーシュに心底ゾっとして、追おうとする彼を呼び止める。俺の必死な声に我に返ったかのような顔をしてアーシュは動きを止めた。
そんな俺らをよそに道の先にいる真我がひどくしわがれた声で淡々と言った。窓辺に立つ俺を見上げて、まるで人間のように。
「……食ベテモ食ベテモ……足リナイ……マダ……足リナイ……」
「……」
「邪魔バカリ……ニンゲン……大好キナノニ……マダ……マダ……」
「……迫間の時に素直に上にいけばよかったんだ」
あの黒い影が強い怨念を持ったものなら。そしてそれの集合体が真我になるのだとしたら。
何も考えずに口についた呟きを真我は当然のように聞いていてボタボタと涎を流しながら四つ足を動かしそうして動きを止めた。
ぐぐ、と動きを止めて頭を下げたそいつにアーシュが気付いて剣をかざす。
だが切っ先が下りる前にフ、っと真我が霧散した。文字通り、黒い影が五つほどに分かれてスーっと無機物のように辺りを走り抜けていく。
「……嘘だろ」
民家を超え道を曲がり壁に張り付いて去っていく複数の黒い影を見つめ、唖然とその様子を見送る。
突然消えた真我にアーシュはきょろきょろと周囲を見渡して確認するが、影たちの姿は彼に見えていなかったのか、それともその速さに気付けなかったのか。
最早そこには何の気配もない、暗闇の住宅街だった。
戸惑うように見上げるアーシュの顔を見て、室内に転がった懐中電灯を拾い、階下を降りる。
玄関から出てきた俺を出迎えたアーシュは、僅かに額に汗を滲ませて眉を寄せていた。不機嫌そうな表情に、視線を逸らしながら歩き出す。
「……何と言っていた」
「俺の名を知ってた……」
薄暗い夜道を歩き出し、息を整えるアーシュを一瞬見て言う。彼は少し思案して益々眉間に皺を寄せた。
動いたせいで暑いのだろう、上着を脱ぐ彼の逞しい二の腕を見ながら真実を告げるべきか迷った。
真我との会話は基本的に途切れ途切れで、うまく繋がらない。欠片のように散りばめられた言葉をまとめても、その真実は不確かなものだ。
「中庭のあいつだけだった……。俺の名を知ってるのは」
呟くように言えば、アーシュは言葉を飲んで、そうして立ち止まった。
人気のない道で俺を正面から見つめ、首に片腕を回され引き寄せられる。目を丸くしてその行動に反応できずにいる俺をアーシュは気にもせずもう片方の腕も伸ばし、ぎゅう、ときつく抱き寄せた。
「……無事で良かった」
どくどくと脈打つアーシュの鼓動が聞こえ、真我と対峙していた事にどれだけ神経を使っていたのか今になって気付く。
そうだ。
アーシュは、どんな真我に会おうとも、絶対に死なない。
その覚悟の意味を初めて実感して、そしてそんな事も気付かずにいた自分自身に吐き気がした。
きっとアーシュにとっての、トラウマだった。過去に大切なものを守れなかった彼にとって、この戦いは酷く感情を揺さぶるものだろう。
「……ごめん、アーシュ」
「なぜ謝る。お前が無事ならそれでいい」
それでいいんだ。
囁き声が少し震えた気がして俺は言葉を飲みこむ。
常に冷静で己を崩さない彼が、一体どんな想いでこれまで過ごしてきたのだろうと想像して切なくなった。
俺とアーシュに距離はないと信じていたのに、それが幻想であったと知ったあの日から崩れ落ちそうな足場を綱渡りしているような状態に息苦しくなる。
「……真我は、迫間の集合体みたいだ」
「見たのか」
「……でも、普段見る奴等とは何か違った。だから真我になるのか……?」
抱き寄せられた腕からそっと離れ、俺たちは歩き出す。真我の出現によりこれから仕事に戻らなければならないはずだと理解しながらも、足は駐屯地に向かっていた。
離れがたい想いを互いに感じていた。
縺れ合うように抱き合いながら玄関を開け、壁に押し付けてくるアーシュの背に腕を回してその激しいくちづけを受け止める。
ガタガタと慌ただしく部屋を移動し、その桃紫色の瞳をじっと見ながら同じように見つめられている事に更に興奮して、離れた心を繋ぎ止めるように両手でアーシュの顔を掴んだ。
舌を絡めあい、アーシュのシャツを脱がしズボンのボタンを外す。その間にアーシュは俺の両脚を抱え軽々と抱き上げてベッドへと押し倒した。
「……アーシュ……っ」
隊服のボタンを開けられ、ズボンを脱がすアーシュに腰を浮かせて手伝った。
剥き出しになった尻を大きな手で揉まれ、そのままくちづけが再度降りてくる。脱ぐ時間すら惜しいかのように性急な行動は、様々な感情を表しているかのようで、切なく甘い。
こいつを手放すなんてことはきっと一生出来ない。陛下に何を言われようとも、誰かに後ろ指を指されようとも。
手放したくなんて、無かった。
「……柔らかいな」
ぐり、と指を突き入れられ、濡れてもないそこが痛みで引き攣った。だがアーシュは酷く不機嫌そうに言って俺を見下ろした。
実はあれからエンリィは間を開けずに俺の部屋にやってきて、なし崩しにセックスをしていた。童貞を捨てたばかりの男に自制を促しても無理な話なのだろう。
まさに覚えたての猿のように俺を求め、更には勉強熱心というか探究心もすごく、最近になっては俺の方が泣いて許しを請うことも多くなっていたほどだ。
連日のエンリィとの行為にそこは普段より柔軟になっていたのだ。言葉を失った俺を咎めるように見る彼の視線に思わず目を逸らせば、溜め息と共にアーシュが腕を伸ばしてベッドサイドの潤滑油を取る。
冷たい感触が窄まりを襲い、息を飲めばぐい、と無遠慮に指が侵入してくる。
アーシュは苛立ったような表情のまま、俺の唇を己のそれで塞いだ。再び舌を絡め合いながら、増やされる指に声を押し殺し受け流す。
痛いと訴えてもきっと許されない。
ぐい、と脚を開かされ、おざなりの愛撫にびくりと強張る身体をアーシュが労わるように撫でる。上半身の隊服はボタンこそ外されたがそのままだ。その下に着ているシャツの中を左手で触られ胸の突起を容赦なく抓まれた。
ぎゅ、と内部の指を締め付けた俺に、アーシュは口元を緩める。
「……お前は本当に、どこもかしこもだらしない」
「……っぁ……それがいいん、だろ」
憎まれ口を叩く俺にアーシュは笑ってずるりと指を引き抜いた。
潤滑油を更に指に足し、アーシュは下げただけの隊服のズボンから自身を取り出し、油を塗りつけている。
「なぁ……ゆっくりし……て……!」
怖じ気づき言った傍から、アーシュは構いもせず腰を進めた。
太く硬いそれが性急に侵入してくるのに息をつめて、腰を浮かす。自然と逃げるように上へとずり上がる俺の腰を掴み、覆いかぶさるように体重をかけられる。
何度もしている行為で慣れたものだと言っても、アーシュのそれは凶悪だ。熱い杭を打たれているような感覚に悶え呼吸を忘れていると、さわ、と頬を優しく撫でられた。
アーシュを見れば桃紫色の瞳がほんの少し潤んでいるような気がして、その綺麗な瞳に思わず釘付けになった。
日本にいたらこんな色の瞳に出会う事などまずないだろう。王族の証しだというその色は彼等だけしか持たぬ瞳の色だ。同じ瞳をしているのに、それぞれ微妙に色合いが違って個性がある。
そんな目が俺を焦がれるように見ているのだ。十年前と変わらずに、飽きるほど抱き合っても。
彼は常に同じ熱で、俺を見ている。
「……何処にも行くな」
囁くような低い声でアーシュが言う。
俺はそれに口元を緩めて、アーシュの首に両腕を回した。しがみつく俺の背に彼もまた腕を回しきつく抱き締められる。
言葉など不要だった。俺とアーシュにある隙間は、いつもこうして埋められる。一時的なものだと分かっていても、今だけはこうして繋がれる。
俺たちはそうして幾つもの夜を超えてきた。それだけでよかった。
「……ここにいるだろ」
笑う俺にアーシュはもう一度ぎゅっと抱き締めると、そのまま首筋に舌を這わせてきた。ぴくん、と身体を揺らせば乳首を抓みながらアーシュはシャツを捲り上げ、舌をそこに押し付けてくる。
「……は……っあ……」
潰すように舐められるその動きに全身にしびれるような熱が廻った。もどかしさと快楽が腰の奥底を襲い、アーシュのものを余計に感じてしまう。
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