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 全員各々のベッドに潜り込んで数十分は経っただろうか。
 衣擦れの音がしなくなった頃、ぎし、と俺のベッドが沈む。

「ミカ……。いい加減私を受け入れてくれないか」

 そう、これだ。
 
「……うるせえな、はよ寝ろクソ騎士」

 俺は、これが嫌で嫌でたまらないのだ。
 
 のし掛かってきたのは聖騎士のラグルだ。
 寡黙だがとにかく残念な男前で、女達からモテモテのくせになぜか俺に執着している。
 綺麗な水のような色の髪の毛を三つ編みにし、深い海のような瞳でじっと俺を見つめて、切なげに眉を寄せている。その精悍ながらもどこか繊細な顔立ちは、世界中の男女を虜にすると謳われているのも頷けるほどだ。
 ……いや、嘘をついた。全然頷けない。
 正直野郎の見てくれなどどうだっていいわ。
 ところでこいつの夜這いを回避するのも何度目になるのだろうか。
 のし掛かっては来るものの、その先を躊躇するこの男を眠たい目で睨んでいると、そうこうしているうちにギシ、ともう一人やってくる音がしてそちらに顔を向けた。

「ミカ、今夜こそ最後になるかもしれない。だから俺の童貞を……」
「死ねイカレ魔導士」

 黒いローブを着ている黒魔導士ゼラの白い手が俺の頬をす、っと撫でた。
 ぞわわ、と全身に鳥肌が立ち、咄嗟に悪態を吐いて魔法でやつの足を拘束した。その場から動けなくなったゼラは、真っ白な手で名残惜しそうに俺の首筋を触るもんだから目の前にいるラグルを押し退けて起き上がった。

「抜け駆けは許しませんよ! ……異界よりその力を従え誓える我が元へ……来たれバター犬!」
「てめえっ!」

 ワウン! という犬の鳴き声と共に空に現れた巨大な狼が、俺を押し倒しズボンに噛みついてくるのを手で抑えながら、いつの間に近くに来ていた召喚士のヨフィールに魔法を放った。
 こいつさえ押さえておけば犬コロはどうとでもなる。
 だがその魔法を躱され追い打ちをかけようとしたとき、ベッドの背後に気配を感じ、思わず固まった。

「可愛いミカ。僕が助けてあげましょうか」
「ひぃっ、来るなレミエ!」

 脱がされそうなほど狼に引っ張られてるズボンを抑えながら、枕元に立った白魔導士のレミエに頬を引き攣らせる。
 白魔導士というだけあって、こいつはとにかく平等で賢くて純粋で人を信じる男なのだが、元犯罪者の俺との相性は最悪だ。

「お前に助けられたら掘られかけたのを覚えてるぞ! 何が純白の魔法使いだ、ただのエロガキじゃねーか!」

 そう、白魔導士レミエは無垢な少年のような出で立ちをしてキラキラしている目で俺を見るが、性欲は十代のガキそのままだ。
 以前魔物の毒を食らい朦朧としている時、治療するという名目でこいつは俺の尻の穴に指まで入れた前科持ちである。

 このままでは危ない。
 全員ベッド周りに集合したのを確認した俺は、咄嗟に出した覇気という魔力の要らない攻撃で自分の周辺のものを吹き飛ばした。
 力が強すぎてテントごと崩れたが、まあもうどうでもいいだろう。

「もうこんなパーティいやだ! 俺はやめる!」

 未だにズボンに噛みついている狼をポケットに忍ばせていた骨っこを取り出して遠くへ投げて引き離しながら(俺は動物には弱いのだ)、手荷物を持ち魔法で強化した足で暗闇の森へと駆けながらほんの少し涙が出た。

 そう、これがすべての始まりであり、勇者の俺の、可哀想な境遇だった。






 
 隙あらば俺の貞操を狙う仲間たちから逃げた俺は、勇者業を辞めるつもりで歩いていた。
 しかし既にここは境界線の森の中。今引き返せばあのド変態どもに見つかるだろうと思い、残念ながら奥へ進むしか道はない。
 途中で見かける謎の生物体は攻撃されれば倒してきた。数が多ければ背に背負った大剣で一蹴して、ちょっとの怪我は携帯している薬草でなんとかなった。

「俺、最強なんじゃないか」

 というか、他に仲間いなくても普通に先に進めてるしもう仲間いらなくないか?
 そう気付いたのは夜も明けて鬱蒼とした森に光が差し込んだ頃だ。
 拓けた場所に辿り着き、色とりどりの小さな花が咲き乱れるそこは、傍らに緩やかな小川が流れ、なんとも幻想的な光景である。
 そうしてその向こうに白い塔が見えて足を止めた。
 あれ、城か?
 東の最果ての地にある城といえば……、

「まさか魔王城か?」

 近い。既に目と鼻の先だ。
 このまま一人で行くか? 行っちゃうか?

「……仲間いなくても余裕だったしな」

 もしかして魔王もとんでもなく弱かったりして。
 どうしても仲間と一緒に居たくなくてそう思った俺は、一瞬の逡巡のあと、歩を進めることにしたのだ。


 まあそれで三歩ほど歩いたところで何かに引っかかって見事な顔面ダイブをきめたわけで。
 え、この歳(二十四)でめっちゃ恥ずかしい!
 と思いながら打った鼻をさすって起き上がろうとしたところで冒頭のあのシーンです。





「ま、待て待て待て……、ああああああああっ」

 ぐるりとひっくり返った視界に、ぶらつく体。
 太い蔦のようなそれが俺の足首にがっちり巻き付き、いともたやすく俺を逆さに吊り上げている。
 ゆら、ゆら、と揺れる視界に万歳状態の逆さの俺。
 ポケットに突っ込んでいた小型の武器やら薬草やらその他諸々がバラバラと地面に落ちていく様を死んだ目で見送った。
 背負っていた大剣は既に自由自在に動くこの蔓に剥がされてしまった。

「詰んだな……」

 うん、詰んだ。


 ぷらぷら揺れながら、罠認識の魔法すら突破したこいつは何者だろうと周辺を見遣ると、太い茎の植物が動いているように見えて固まった。
 そいつは大木ほどの太さがある茎で、その先の大きな葉を無数に揺らしながら枝分かれした蔓を出し、確かに蠢いている。
 いやいや、あの草みたいなやつはさっきからずっとこの森で見ていたものだ。巨大植物で花の代わりに大きな葉をつけているだけのものだ。
 もちろん今まで動いているものなど見たこともない。
 なのにそれが確かに意思がある生き物のように茎を揺らし、地を這いながら蔓を出して俺を絡め取っている。
 これってあれみたいだな。
 ウネウネでヌルヌルしていて、ほら、海にいるだろ? あの気味の悪い見た目の生き物。
 その生き物が獲物を捕るために持っている触手みたいだ……。

「……このままだと頭に血が上って死んでしまいます」

 目の周りが熱くなってきて血が上る感覚に朦朧としてきた俺が思わず呟くと、触手は言葉が分かったかのようにウネウネと俺の脇腹を支えてずりずりとズボンを脱がしながら器用に俺をひっくり返した。

「まて、なぜ脱がした?!」

 あまりの早業に思わず叫ぶ。そう、手慣れた感じの流れるような自然な動作だった。
 触手の行動に目を白黒させ、そう言えば俺には魔法があるじゃないかと思った俺は即座に呪文を唱えようと口を開いた。
 だが。

「むぐ……っ!」

 触手の先端が待ってましたとばかりに俺の口に滑り込んできてゾゾ、と怖気が走る。
 ヌメったその感触に嫌悪に嘔吐しそうになるが、大口を開けてやっと入るくらいの太さのそれが喉奥まで入り込む勢いで更に先へ進んでくるもんだから、もうなりふり構わず噛みついた。
 じわ、と温かい液体が口内を満たして、吐き出そうにも隙間なく塞がれてるせいでそれもままならず、思わず飲み込んでしまった。
 甘い、味だった。
 大好きな果実の味だ。
 俺、この味好きなんだよな。

「……んんんっ!」

 ゴクゴクしそうになる自分にハっとして、首を振って逃れようとするが、それすら敵わない。
 魔力も呪文も必要ない覇気攻撃も当然効かず、いつの間にか両手両脚を触手にがっちり絡めとられていて身動き一つとれないし、ズボンを脱がされたせいで下半身は丸出しだしで、もうマジで詰んだなって思ったその視界に入ったものに、目を見開く。

 ちょっと待て、あそこにいる人、何してんだ。

 俺が得体の知れぬ触手にヌメヌメされている前で、先程見かけた小さな花が咲き乱れている幻想的な場所の中心で、眠る一人の青年の姿が見えて思わず絶叫する。

「ううーっ! ンンンンンン…ッ!」

 そいつは両腕を頭の後ろに回し、広げたままの本で顔全体を覆って、長い足は緩く組みながら寝っ転がっていた。
 完全にリラックス状態の姿だ。
 まるで日向ぼっこしながら読書でもして、そのまま眠気に耐えきれず昼寝をする休日の人間の姿だ。
 他人がいる現実に一気に羞恥が沸き上がり、なんとかこの触手から逃れようと暴れる俺は、がっちりホールドされてる事実に数分で息を上げてぐったりした。
 魔法も使えないし俺の怪力でもビクともしないこの触手。
 今まで会った魔物の中でも一番強い。
 塞がれた口でハアハアと肩で息をしながら、ヌメヌメの触手が身体中を這いまわるのにも抵抗もできずにいる。
 そのうちその幾手にも別れた触手の先端がまるで悪戯をするように、乳首やら股間部分を撫で回し始めたもんだから、今度は貞操の危機を覚えて俺は声を上げた。
 おいそこのお前!
 起きろ!
 そして助けてくれ!

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