【完結】貧乏伯爵令嬢は男性恐怖症。このままでは完全に行き遅れ。どうする

buchi

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第36話 嵐の夜

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『アンドルー様は、遺産相続の話をご友人から聞いたとかで、弁護士事務所に大層お怒りでした。どうしてこの話を黙っていたのかとおっしゃるのです。アレクサンドラ様も不機嫌です。なぜ、兄のアンドルー様に遺産がこないのかわからない、フィオナ様が卑怯な手を使って遺言書を書かせたに違いないと言われて遺言書の不備を訴訟にすると言っておられます』

マルゴットから手紙が来ていた。一緒に聞いていたクリスチンは言った。

「遺言状は弁護士事務所が作ったのでしょう? 法的に問題があるとは思えないわ。どうあがいてもひっくり返せないと思うけど」

雨の日だった。屋敷内に降りこめられた二人は、暗い室内で黙って手紙を眺めていた。

『アレクサンドラ様は、フィオナ様が以前修道院入りを希望されていたので、ジャック様との婚約破棄を通告するおつもりのようです』

さすがにクリスチンがびっくりして叫んだ。

「あきれ返るわ。アレクサンドラは本人じゃないわ。義姉よ。関係ないわ。無理に決まっているでしょう」

それから、彼女はフィオナの方を振り返った。

「あなたは遺産の話、知っていたの?」

「……ええ。でも義姉に知られると居心地が悪くなるので。きっと家の中で、いじめられて多額の贈与の証書を書かなくてはいけなくなるだろうと、大伯母が……ではない、マルゴットが言ったのです」

『あなたが無事にこの家から出られるまで、見守っています。たとえ行き先が修道院だったとしてもね』

「修道院だなんて……人生の墓場よ?」

「ある人にとってはそうではなく、ある人にとっては墓場でしょう」

まるで聖句でも唱えるような調子でマリアが言った。マリアのお手製の言葉だったが。

「マルゴットがここにいてくれれば……」

フィオナは泣き出した。

考えてみれば、両親も兄夫婦も、自分たちが優先だった。こんなふうにお金が絡むと、皆人が変わってしまう。いや、元々、こんな感じだったかもしれない。

両親はあまり物事がピンとこない人たちだ。フィオナの感情に疎い。

兄はアレクサンドラに振り回されることが多く、そしてアレキサンドラは他人なだけに、フィオナに何の愛情も持っていなかった。それにアレクサンドラはお金が欲しい。家に帰れば、ねちねちといろいろな方法でいじめられるだろう。

空はどんよりと重く、しとしとと雨が降っていた。昼間だと言うのにもう暗い。

もう少ししたら、街に帰らなくてはいけなくなる。いつまでもここにいるわけにはいかない。
でも、帰ったらどうなるのだろう。


夕方ごろ、マリアが軽い食事を勧めに来た。

「フィオナ様、食べないといけません。遺産を受け取って、暗くなる方なんか見たことがございませんよ?」

「修道院への入会金も手に入ったことだし、本当に修道院に入ろうかしら……」

「何をバカなことを」

「でも、アレキサンドラやアンドルーはどこまでも追いかけて来るわ。遺産が欲しいのよ。私の居場所なんかどこにもないわ……」

「ダメよ。フィオナ」

クリスチンは目をキラリとさせていった。

「あなたにはお金があるのよ。お金は力よ? 頑張れるわ。家を借りて伯爵家を出ればいいのよ、私のアパルトマンみたいに。できないことはないわ。別に住むのよ」

「でも、私はやっと十七歳になったばかり。それに一人きりよ。兄は義姉の言いなりだし、両親は私の気持ちをわかってくれない。義姉が大声で主張すれば、面倒ごとを恐れて言いなりになるわ」

その時、雷が鳴った。部屋に閃光がひらめき、数秒後に身も震わせるような大きな音が響いた。

「きゃ……」

雨が激しくなってきた。大粒の雨がガラスを打ち音を立てる。

「ねえ、ランプを点けましょうよ。暗いのは嫌よね。弱気にもなるわ」

激しい雨に、屋敷内では使用人たちが普段は下ろさない鎧戸を締めたり、外に出していたものを中に入れたり、バタバタと騒がしくしていた。

娘たちは窓の外を見ていた。ひどい嵐だ。この辺りでは珍しいくらいの。

『なんだか、私の心の中みたい。暗くて……救いがないわ』



その時、ガチャと音を立てて居間の部屋のドアが大きく開けられた。

誰かしら? マリアにしてはドアの開け方が少し乱暴だけど?

「マリア?」

娘たちは振り向いた。だが、入って来たのは、大柄な二人の男だった。

「マーク?」

「セシル?」

マークは当たり前みたいにズカズカと部屋の中へ入ってきた。後ろから、セシルが続く。

「いやあ、ひどい雨だったよ」

「もし雷に当たったりしたら、文字通り行かず後家だ。意味、分かる? 嫁に行く前に後家、つまり未亡人になるって言うこと」


セシル! フィオナは突然入ってきた彼に目を奪われた。

髪が雨に濡れてくるくると巻いている。コートを着た彼はいつもより大きく見える。

ああ、好きなんだ、と思わずにはいられなかった。うれしい。彼に会えて、心が満たされていく。


二人はびしょ濡れで、コートの裾から水が滴り落ちていた。床に水たまりができていく。
娘たちはあわてて立ち上がった。

「あのー、あのー」

「ええと、あの、どうしてここがわかったの?」

マークが笑った。

「わかってるに決まってるでしょ? 手紙も届いたでしょ? 渾身のラブレター」

彼はびしょ濡れのまま、クリスチンのそばに寄った。

「知ってたよ。最初からね。執事も秘書もみんな懐柔したさ。当たり前だろ」

クリスチンがなんてことをとつぶやいた。眉間にしわが寄っている。

だが、マークは全然気にしていないようだった。彼は笑っていたが、同時に真剣だった。

「いい加減にして。クリスチン。でないと君をここからさらっていくぞ?」

「え?」

「と、言いたいところだけど、こんな雨の日は嫌なので晴れた日にさらっていくことにするよ。マリア、タオルない?」

一方では、フィオナがセシルを見つめていた。

「セシル?」

セシルはフィオナの目を捕らえるとにっこり笑いかけた。

「マークが一緒に行こうって言ったんだよ」

セシルは、片手を伸ばしてフィオナの頬に触れた。フィオナはビクッとした。指が冷たい。雨に濡れているのだ。
フィオナはハンカチを出してきてセシルの手を拭き始めた。セシルは(嬉しそうに)拭かれるままにしていた。
大きな手だ。たくましくてかたい。小さくて柔らかいフィオナの手が彼の手を取っている。

「タオルを持ってまいりました」

マークはさっさと上着をそこらへんに引っ掛けブーツとシャツを脱いで令嬢たちの前で着替えを始めた。

「ちょっと、ちょっと、マーク止めて!」

クリスチンが悲鳴を上げた。

「止めない。暖炉に火が入っているのはこの部屋だけだ。君たちが出て行きなさい。このままだとセシルも俺も風邪をひく」

「着替えたら呼ぶから。フィオナ」

「セシルまで!」


娘二人は逃げて行った。大声で笑う男たちの声が響いた。

食堂まで退避して、クリスチンは悔しがった。

「なんだか許せないわ」

フィオナは急ににっこりした。

「迎えに来てくれたのよ」

「最初から知っていたんなら、もっと早く追いかけなさいよ」

「我慢してたのでしょ。でも、待ちきれなくて来てくれたのよ」

「何か言い訳を思いついたんだわ。だから来たのよ。それに、淑女の前で着替えを始めるだなんて」

と言いながら、クリスチンは居間の様子が気になるようだった。
確かに、マークはたくましい体つきの男らしい男性だ。それを言うならセシルだって……。


「着替え終わったそうでございますよ。ひどい雨でございました、もうすっかりぬれねずみで」

マリアが声をかけた。フィオナとクリスチンは目を伏せながら居間の方へ戻った。殿方が着替えている部屋に入るだなんて、とんでもない。

「フィオナ」

セシルが呼びかけて隣に座るよう手招きした。

「ああ、疲れた」

彼は隣におずおずと腰かけた娘の腰に、すぐ手を回すと抱き寄せた。
フィオナは体制を取り戻せず抱きしめられたようになった。

「逃げちゃだめだよ」



「いいかい? クリスチン。ほら、あれがお手本だ」

マークはクリスチンの横に立っていて、あごで彼女にフィオナとセシルの様子を指した。

「大体、僕らはもう十年くらい前に婚約してるはずだった」

「そんな話、聞いたこともないわ。あなたと婚約だなんて考えたこともなかったわ」

「嘘ばっかり。いい加減にしたらどうですか? 僕だって、君の気まぐれを待ち続けるわけにはいかない。そろそろほかの女性を考慮するべき頃だと……」

突然クリスチンの目が鋭くなって口調が固くなった。

「あなたがそうしたいなら……」

「クリスチンが僕を拒むなら仕方ないな。どうなの?」

マークはクリスチンの目をのぞき込んだ。みるみる彼女が真っ赤になっていく。プイと目を逸らそうにも、マークは手を伸ばし、クリスチンをがっちりつかまえて離さなかった。

「もう、服も濡れてないしね。つかまえても文句は出ない」

「もう! それなら濡れた服のままでよかったのに」

「濡れたまま抱きしめられたかったの? 君の服が台無しになるよ。それくらいなら服なしで抱きしめるよ。服なしの方が好きだなんて知らなかった」

「何言ってるの!」

「僕は君に言いたいことがたくさんあるんだ。聞いてくれるね? そのためにわざわざここまで来たんだ」

彼はクリスチンの腰に手を回し、ほとんど抱くようにして隣の部屋へ入って行った。



「あの人たちは、話があるんだよ」

フィオナはあっけに取られてこのやり取りを聞いていたが、ドアが閉まった途端に、セシルがフィオナにやさしく言った。

「僕たちも話がある」

フィオナはじわじわと赤くなった。聞かれることはわかっている。
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