14 / 17
第14話 最後の現場検証
しおりを挟む
話はえらいことになり、俺は宇津木さんを連れて何回も地元に帰ることになってしまった。
「宇津木さん、ごめん」
仕方がないから、俺は謝った。
本当は悪いのは、座敷童である。俺ではない。
それから、本当の被害者は、フランツこと俺であって、宇津木さんではないと思う。宇津木さんのは、もらい事故だ。
だが、それでも、俺が形だけでも宇津木さんに謝ったのは、ひとえにあの座敷童のせいである。
俺がナスの水やりにこだわって、彼女をあの場所に連れて行ったばっかりに、座敷童の脳内で不当な真実の愛物語が瞬時に設定されて、嫉妬に狂って包丁投げ事件に発展してしまったからだ。
事件の原因が、フランツの裏切りのせいだとか、痴情のもつれとか言い張るのだ。
警察署で、目の座った座敷童が「婚約者の王太子フランツ殿下の浮気で」と言うたんびに、警察署内で押さえた失笑が広がるので、怒りがたぎった。
「まあ、君、カッコいいしね。男前だし」
取ってつけたようなお世辞を、笑いをこらえられない小太り中年の田舎刑事が言うので、余計腹が立った。
宇津木さんは、途中入社してきた名ばかり男爵令嬢で、カトリーヌ・ルイーズロッテ・メルセデス・キャサリンになっていた。覚え切れん。
「何人?」
思わず刑事に聞いてしまった。知ってるわけがないよな。
「外人……かな?」
うん。外人なのはわかってるけど……警察も忙しいもんね。そんなこと、いちいち突っ込まないよね。
唯一の救いは、座敷童のヤローは重犯らしく、警察は最初っから俺たちのことは被害者だと疑いもしなかったことだ。
この傷害事件のあと、宇津木さんは、猛烈によそよそしくなった。
まあ、当たり前だ。
俺がナスにこだわったばっかりに、水やりに付き合わされ、包丁を投げつけられたのだ。嫌われても仕方ない。
「二人は恋人じゃないんだよね?」
警察、聞くな。
「知人ですらありません。潤夏ちゃんに絡まれてはいけないので、知っている以上、注意しただけです」
「そうだよね」
「今後、金輪際、関わりたくありません」
そこまで完全否定しなくても……
俺が悪いわけじゃないってば。
「うん。そうだよね。散々だもんね」
警察も、事情をよく知らないくせに、そこで深くうなずくな。
最後に宇津木さんと一緒に出かけたのは、最後の現場検証の時だった。
どうしても行かなきゃならなかったので、俺のクルマでナスの庭に行くことになった。
クルマの中で、宇津木さんは黙りこくっていた。
あれっきり、話すらできない日々が続いていた。
俺は全然悪くはないんだけど、ビルで見かけても、宇津木さんは知らん顔だった。
ひでぇ毒舌だと思ってたけど、いい人だったよな。だって、あの座敷童についてちゃんと注意しようとしてくれてたんだ。
俺のことを気にかけてくれてたんだ。なのに、あんなことになっちまって……
お詫びに高級レストランで散財してもいいんだがな。
変なジャージに男物のボロいカッターシャツ着てても、宇津木さんは立派な女の子だった。
連絡先は知ってるけど、誘いたいけど、きっとものすごく冷たく断られるよな。
だから、警察からのお呼びはかなり嬉しかった。これは断れない。
最初、一人で行くと宇津木さんは主張してたが、なにせクルマなら高速で一時間だが、電車で行くとなると乗り換え込みで三時間かかる。
ガソリン代をもとうと破格の申し出をすると、ちゃっかり乗ってきた。
さすがは宇津木さんだ。ケチい。
「あのう、宇津木さん……」
俺は話しかけてみた。
返事はない。
返事くらいしてよ。
「そんなに怒んないでよ。ケガも大したことなかったし、包丁投げたの、俺じゃないよ」
ずっと黙ったまま、一言も話さないまま、最後のドライブは終わってしまった。
俺は無実なんだから、そこまで冷たくしなくてもいいと思うんだけどな。
警察はむしろニコニコしながら、形式的な質問を繰り返して、その度に宇津木さんはものすごく素気なく、「ええ」とか「はい」とか返事していた。
そしてあっという間に現地における最後の検証と尋問は終わって、帰っていいよと言われた。
「私らは先に帰りますんで。どうも失礼しました」
うおー、助かった。二人きりになった。
俺のクルマだ。
帰る時間は、俺が決められる。
ディナーをオーケーしてもらうんだ。
でないと気が済まない。
「結構ですよ」
ソッコー、断られた。
「で、でも……」
「大体、そんなのどうでもいいでしょ」
「そんなの……とは?」
「高級レストランとか。行きたければ、自分で行きますし」
「一人で?」
「いいえ。父でも母でも」
ええっ? 割と太っ腹なんだ、宇津木さん。
「何か勘違いしてるみたいですけど、私、おごってもらう側ですからね?」
「えー、そうなの? うち、かーちゃんにそんな話ししたら、絶対、出してもらう気満々で乗ってくるわ」
「それぞれの家庭は違いますから。それはそうと、帰りましょう」
「ねえ、宇津木さん」
仕方がないな。どうしてこう手間がかかるんだろう。俺は謝りたいだけなのに。
「気が済まないんだ」
宇津木さんがギロリと俺を睨んだ。
「しつこい」
「え?」
「謝罪は受けましたよ。それに、あなたが悪いなんて思ってませんよ。悪いのは、潤夏ちゃんです。多分、一生あのまんまでしょうけど」
「うん……」
「だから、一緒に食事なんか行かなくていいです」
「宇津木さん、ごめん」
仕方がないから、俺は謝った。
本当は悪いのは、座敷童である。俺ではない。
それから、本当の被害者は、フランツこと俺であって、宇津木さんではないと思う。宇津木さんのは、もらい事故だ。
だが、それでも、俺が形だけでも宇津木さんに謝ったのは、ひとえにあの座敷童のせいである。
俺がナスの水やりにこだわって、彼女をあの場所に連れて行ったばっかりに、座敷童の脳内で不当な真実の愛物語が瞬時に設定されて、嫉妬に狂って包丁投げ事件に発展してしまったからだ。
事件の原因が、フランツの裏切りのせいだとか、痴情のもつれとか言い張るのだ。
警察署で、目の座った座敷童が「婚約者の王太子フランツ殿下の浮気で」と言うたんびに、警察署内で押さえた失笑が広がるので、怒りがたぎった。
「まあ、君、カッコいいしね。男前だし」
取ってつけたようなお世辞を、笑いをこらえられない小太り中年の田舎刑事が言うので、余計腹が立った。
宇津木さんは、途中入社してきた名ばかり男爵令嬢で、カトリーヌ・ルイーズロッテ・メルセデス・キャサリンになっていた。覚え切れん。
「何人?」
思わず刑事に聞いてしまった。知ってるわけがないよな。
「外人……かな?」
うん。外人なのはわかってるけど……警察も忙しいもんね。そんなこと、いちいち突っ込まないよね。
唯一の救いは、座敷童のヤローは重犯らしく、警察は最初っから俺たちのことは被害者だと疑いもしなかったことだ。
この傷害事件のあと、宇津木さんは、猛烈によそよそしくなった。
まあ、当たり前だ。
俺がナスにこだわったばっかりに、水やりに付き合わされ、包丁を投げつけられたのだ。嫌われても仕方ない。
「二人は恋人じゃないんだよね?」
警察、聞くな。
「知人ですらありません。潤夏ちゃんに絡まれてはいけないので、知っている以上、注意しただけです」
「そうだよね」
「今後、金輪際、関わりたくありません」
そこまで完全否定しなくても……
俺が悪いわけじゃないってば。
「うん。そうだよね。散々だもんね」
警察も、事情をよく知らないくせに、そこで深くうなずくな。
最後に宇津木さんと一緒に出かけたのは、最後の現場検証の時だった。
どうしても行かなきゃならなかったので、俺のクルマでナスの庭に行くことになった。
クルマの中で、宇津木さんは黙りこくっていた。
あれっきり、話すらできない日々が続いていた。
俺は全然悪くはないんだけど、ビルで見かけても、宇津木さんは知らん顔だった。
ひでぇ毒舌だと思ってたけど、いい人だったよな。だって、あの座敷童についてちゃんと注意しようとしてくれてたんだ。
俺のことを気にかけてくれてたんだ。なのに、あんなことになっちまって……
お詫びに高級レストランで散財してもいいんだがな。
変なジャージに男物のボロいカッターシャツ着てても、宇津木さんは立派な女の子だった。
連絡先は知ってるけど、誘いたいけど、きっとものすごく冷たく断られるよな。
だから、警察からのお呼びはかなり嬉しかった。これは断れない。
最初、一人で行くと宇津木さんは主張してたが、なにせクルマなら高速で一時間だが、電車で行くとなると乗り換え込みで三時間かかる。
ガソリン代をもとうと破格の申し出をすると、ちゃっかり乗ってきた。
さすがは宇津木さんだ。ケチい。
「あのう、宇津木さん……」
俺は話しかけてみた。
返事はない。
返事くらいしてよ。
「そんなに怒んないでよ。ケガも大したことなかったし、包丁投げたの、俺じゃないよ」
ずっと黙ったまま、一言も話さないまま、最後のドライブは終わってしまった。
俺は無実なんだから、そこまで冷たくしなくてもいいと思うんだけどな。
警察はむしろニコニコしながら、形式的な質問を繰り返して、その度に宇津木さんはものすごく素気なく、「ええ」とか「はい」とか返事していた。
そしてあっという間に現地における最後の検証と尋問は終わって、帰っていいよと言われた。
「私らは先に帰りますんで。どうも失礼しました」
うおー、助かった。二人きりになった。
俺のクルマだ。
帰る時間は、俺が決められる。
ディナーをオーケーしてもらうんだ。
でないと気が済まない。
「結構ですよ」
ソッコー、断られた。
「で、でも……」
「大体、そんなのどうでもいいでしょ」
「そんなの……とは?」
「高級レストランとか。行きたければ、自分で行きますし」
「一人で?」
「いいえ。父でも母でも」
ええっ? 割と太っ腹なんだ、宇津木さん。
「何か勘違いしてるみたいですけど、私、おごってもらう側ですからね?」
「えー、そうなの? うち、かーちゃんにそんな話ししたら、絶対、出してもらう気満々で乗ってくるわ」
「それぞれの家庭は違いますから。それはそうと、帰りましょう」
「ねえ、宇津木さん」
仕方がないな。どうしてこう手間がかかるんだろう。俺は謝りたいだけなのに。
「気が済まないんだ」
宇津木さんがギロリと俺を睨んだ。
「しつこい」
「え?」
「謝罪は受けましたよ。それに、あなたが悪いなんて思ってませんよ。悪いのは、潤夏ちゃんです。多分、一生あのまんまでしょうけど」
「うん……」
「だから、一緒に食事なんか行かなくていいです」
0
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました
藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」
リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。
「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」
そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……?
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる