アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第127話 すべてが嘘

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 ルシアまでが口を出してきたので、フリースラントは苦笑いした。

「まあ、そうですね。お金は渡しておきますから、奥方とご子息が戻ってきたら、すぐにハブファンに金を返せばいいのです。そうすれば、領地を取られることもありません」

 ロドリックも助言した。

「困っているふりをするんです。そうすれば、借金でがんじがらめにできる、領地を必ず巻き上げられると、ハブファンは安心します。そうなれば、奥方とご子息は、サジシームにとっては人質として長く置いておく必要がないので、きっと無事で帰ってくると思うのです」

 息子と妻が無事に帰ってくることだけが、ベルビュー殿の望みだった。

「疑われないことが大事よ、ベルビューさん。頑張って、芝居して!」

 ルシアが言った。

「彼らに、思い通りに事が運んでいると思わせるのよ。奥様とご子息さえ帰ってくれば、こっちのものですわ」




「それから、もうひとつ」

 ベルビュー殿は顔をあげた。

「ベルビュー殿、ほかの家はどうしているでしょう?」

「ほかの家ですか?」

「多分、私の考えでは、どの家も相当無理をしてるのではないでしょうか」

「聞いていないのでわかりませんが、相当困っているようでした。理不尽な額を要求されているでしょう、あの様子だと」

「全部の家の名前を教えてもらえませんか?」

 ベルビュー殿は、思い出してはそれぞれの家の名前をあげていった。
 フリースラントはそれをメモに取り、記録した。



 この時、ようやくベルビュー殿は重大なことを思い出した。

「王家の方々!」

 彼は叫んだ。

「王家の方々は残されています。身代金の対象にもなっていません。解放されなかったのです」

 レイビック伯一家は黙った。

 彼らは全員王家の人々をよく知っていた。
 そして、ちっとも好きではなかったのだ。

「王家になると話は変わってきます」

 静かな声でフリースラントは話し始めた。

「簡単に殺したりはできないと思います。そのまま全面戦争に突入です」

 それから彼は付け加えた。

「ベルビュー殿や私が心配する領分ではないと思いますね。私たちは一介のただの貴族です」

 この男は、とても一介のただの貴族には思えなかった。


 だが、ベルビュー殿は黙ることにした。おいしそうな匂いと共に、食器やポットを並べたワゴンが入ってきたからだ。

「さあ、どうぞ、めしあがってくださいな。このリンゴのジャムはレイビックの名物なんです」

 女伯がいろいろおいしそうな食事を勧めてくれた。

「もう昼に近いので、よければ肉料理もどうぞ」
 銀の覆いを取ると、詰め物をした鶏が食べやすいようにきれいにスライスされて並べられていた。


 食事が終わると最後に、フリースラントは言った。

「お金をハブファンに返す時期ですが、気を付けてくださいね。早く返し過ぎないように」

「どういうことですか?」

「ハブファンは、あなたにお金がないと思っています。それなのに人質が帰って来た途端に借金を返済したら、おかしいと思って金の出どころを探るでしょう。金の出どころが私だとばれたら、そして、まだ帰ってきていない人質がいたら、身代金を吊り上げて、私に金を借りるようにそそのかすかもしれない」

 ベルビュー殿は、仰天した。彼は自分のことが精いっぱいで、レイビック伯一家の話についていくのがやっとだったのだ。他人の家のことなんか、気にしていなかった。

「私はたまたま、ご縁がありました。だから、お金を借りることが出来た。その件に関しては非常に感謝しています。でも、ほかの全く知らない家に、あなたがお金を貸すはずがないではありませんか」

「そんな言い方をサジシームがするでしょうか? あなたと私が知人だなんて、本人同士しか知らない。泣きつけば、富豪のレイビック伯は見かねて貸してくれる人なのだと言うかもしれません」

「だ、誰が?」

「サジシーム。またはハブファンが」

 ベルビュー殿は思わず叫んだ。

「それは嘘だ!」

 レイビック伯爵は首を振った。

「嘘。嘘。嘘。サジシームのいうことはほとんどが嘘ですよ。彼はあなた方をだまして、いいように動かしているのです。今後も嘘を言い続けるでしょう」

 誠実なベルビュー殿は顔色を変えた。

「性根が腐っている。そんなにしてまで、領地が欲しいのか?!」

「サジシームたちは、あなた以外の人質に、私と知り合いでもないベルビュー殿が借りられたのだから、お人よしのレイビック伯爵に頼んだら、必ずお金が借りられますよと焚きつけるかもしれない」

「見ず知らずのレイビック伯爵が、そんな大金、貸してくれると思う方がどうかしていると思いますが」

「もちろんそうですが、人質の家族は冷静になれないと思う。私を恨むかもしれない」

「……どういうことですか?」

「私が貸さなかったら、その人質を殺すかもしれない。もう十分お金は取ったので、見せしめです。ベルビュー殿は借りられたのに、自分には貸してくれなかった。知り合いでないのは両者とも同じ。理不尽です。家族を失った悲しみと恨みは私に向かいます。本当に恨むべきはロンゴバルトなのに」

「どうして人質を殺したりしますか? 目的は身代金と領地でしょう?」

「レイビック伯爵の名を貶め、ダリアの団結を防ぎたいのですよ。今や、この国は王を失い混とんとしています。例えば、誰か軍を持つ有力貴族のもとにダリア全体が結集してロンゴバルトに対決したら?」

 ベルビュー殿も理屈はおぼろげながらわかってきた。

「何事もすべて予想通りに行くとは限らない。だが、サジシームは用心深い。利用できることは何でも利用するだろうと思います」

 ロドリックは、前から知っていたような顔をしてこの話を聞いていた。
 だが内心驚いていた。そこまで考えていなかったのだ。
 確かにサジシームがフリースラントの言うことをそのままやるとは限らない。
 だが、ロンゴバルトが有利になるなら、大した金にはならない人質の一人や二人、見せしめのために殺すくらい、気にもしないだろう。

 ベルビュー殿は話を理解した。
 
 人質全員が帰ってきてから、返済をしてくれと言う意味なのだろう。

「しかし、それだと、返済がいつになるかわかりません。利子が莫大な額に……」

「大丈夫。三年も人質問題を引きずったりしない。それに利子が増えても私なら十分払える。心配しないで。それより、口を堅く閉じて、人質仲間の様子を私に伝えてください。他の人質も助けなければ。あなたを信用して大丈夫ですか?」

 ベルビュー殿は、口をきっと引き結んだ。

「大丈夫です。そして、人質仲間を助けましょう。いや、助けてください」

 ベルビュー殿はフリースラントの顔を見つめた。フリースラントは緩く微笑んだ。

「私は金を貸したことは絶対に黙っています。どうかあなたも誰から借りたのか黙っていてください。そして、ハブファンから、いかにも困った様子でお金を借りてください。そして、全員が無事に帰ってきたら、その時こそ……!」

「その時こそ。わかりました。やりましょう。頑張らないと私の家族も、他の家の家族も帰ってこない」

「うまく芝居してください。レイビック伯の城から出てきたことがわからないように、この無紋の馬車でベルブルグの知り合いのところまでお送りしましょう。お金はロジアンがあなたの城までお届けします。ギスタンに預けます」

「かたじけない」

 この芝居だけは絶対に失敗してはならない。金に切羽詰まって、家族を心配して泣いてすがる哀れな男を見事に演じて見せる。もう大丈夫だとわかった途端、彼の胸のうちには勇気と自信と固い決意が生まれたのだ。
 ベルビュー殿の固い決意のほどとは裏腹な、えらくのんびりした秋の日だった。ベルビュー殿は、金の無心をして歩く人物にふさわしい貧相な馬車に乗り、ゆっくりベルブルグに向かった。



「でも、ハブファン側の情報を手に入れる方法がないわ。とっても知りたいのに。きっとロンゴバルトの者が出入りしていると思うの」

 女伯が穏やかそうに言い出した。

「スパイのこと? お母さま」

「そうねえ。ベルブルグのことなら大体なんでもわかるのですけれど……ハブファンの屋敷内に誰か潜入させられれば、スパイと言えるでしょうけど……無理よね」

「どうしてですの?」

「だって、ハブファンは女性が好きではないのですもの。わたくしの手の者と言えば女性ばかりですし……」

 どこのヤクザ組織の会話なのかわからなくなってきた。
 だが、確かに知りたい。サジシームが何を企んでいるのか。ハブファンの役割は何なのか。
 ロドリックも、フリースラントも緊張して女伯の次の言葉を待った。

 しかし、女伯は、無理ねーと言いながらルシアと出て行ってしまい、残った二人はにらみ合いを始めた。

「ロドリック、私は顔が割れている」

「俺だって同じだ。ハブファンと何回か宴会で会っている」

「ハブファンに直接会わないで済む方法があるじゃないか」

「何の話だ?」

「筋肉旋風の店長は、ロドリックのことが大好きだ」

「何で知っているんだ。関係ないだろ」

「ドルマから聞いた。そして、ハブファンの恋人は筋肉旋風に入り浸っている」

 ロドリックは頭を抱えた。

「ここ1週間だけ行ってきてくれ、ロドリック」

「お断りだね」

「じゃあ、筋肉旋風の店長をたらしこんで、手紙をやり取りする仲になれ」

「あのな、フリースラント、店内のゴシップ集とか愛の言葉とか送りつけられたらどうしたらいいんだ」

「私が筋肉旋風に入って、用心棒をしたって、言う程モテない。そこへ行くと、ロドリックは……」

 ロドリックは、フリースラントの顔を憎々しげに眺めた。

「俺は、全く興味が持てない」

「よし、ロジアンをエサに使おう」

「いや待て。ロジアンは今、ルシアの侍女のマリアナに夢中だ。マリアナは実はマルゲルグ殿の跡取り娘で、やつにしてみれば出世のチャンスで……」



 結局、翌日、ロドリックは涙目で、大きな尻のウマを走らせていた。


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