アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第131話 レイビック伯さえ殺せば済む話

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 メフメトは、驚いて甥の顔を見た。

「金鉱の持ち主のレイビック伯爵だと?」

「そう。礼拝堂の襲撃も、レイビック伯が主な目的でした。他の有象無象に用事はなかった。人質にしたところで手間がかかるばかりで大した金額にならないでしょうが」

 そんなことはない。身代金をとるなら、かなりの金額を手に出来るはずだと、メフメトは考えた。

 だが、確かに金山は魅力的だった。身代金どころではないだろう。

「諸侯どもの身代金とは比べ物にならない、すごい金が埋まっているはずです」

 サジシームはさらに畳みかけた。

「王自身の身代金よりも、はるかに多額だと思われます。それに、金山の経営そのものは、すでに軌道に乗っており、領民など必要ありません。鉱夫が要るだけです。そんな連中は、ロンゴバルトの奴隷でたくさんです。すげ替えてしまえば、領民の反乱に悩む必要もありません」

 メフメトは、あっけに取られていた。

「邪魔者はレイビック伯ただ一人」

 サジシームは暗い目つきで説明した。

「そのレイビック伯爵をおびき寄せたいのです……殺すために」

 意外な話にメフメトは黙った。

「彼の所領は北の果てのレイビック。ロンゴバルトが攻め寄せるには遠すぎます。だからカプトルで討ち取りたい。主だった貴族を証人として呼ぶと言うなら彼は来ないわけにはいきません。ルシアの婚約者だから」

 ルシア? 誰のことだ? しかし、いつになく暗い口調で早口でしゃべる甥に彼は飲まれた。

「王だって、ほかの貴族たちだって、新参者で成り上がりのレイビック伯をよく思っている者はいないでしょう。彼一人がロンゴバルトの餌食になって、ほかの者が助かるなら、喜んでロンゴバルトに手を貸すでしょう」

「王の領地をロンゴバルトに移譲させる話ではなかったのか?」

「もちろん、表向きの理由はそれです。それを理由に、主だった貴族をカプトルに集めるのです。だが、本当の目的はレイビック伯爵の暗殺です。そして金鉱を手に入れる」

 サジシームにとって領土なんかどうでもよかった。むしろ要らない。統治能力がないのだ。ロンゴバルト人の領主だなんて、どんな目にあわされるかわからなかった。まだ、ハブファンの方が可能性があった。
 だから、今回は名目だけの移譲でもよかった。だが、いずれはすべてを手にすることが出来るだろう。少しずつ浸食していくのだ。

 ただ、そんなこと、メフメトに言えるわけがなかった。それにメフメトにはわからないだろう。

「金山?」

「そう。港を押さえ、ファン島を押さえ、レイビックと川までの街道を押さえさえすれば、金は唸る程、メフメト様の元に流れ込んできます。それこそ、無尽蔵に」

 そして、サジシームは低い声で付け加えた。

「ロンゴバルトの、どの首長も全く歯が立たなくなるでしょう。豊かな金山を押さえたメフメト様は、ロンゴバルトで唯一無二の存在になりまする」

 メフメトの驚きは顔に現れていた。彼が理解したのは金山の所有者になるという点だけだった。

 突出した力、それを持つ首長が、ロンゴバルトという国を統一できるのだ。
 その原理は、誰しもが理解していた。
 だが、これまで、その突出した力を持つ首長がいなかったのだ。それが、ロンゴバルトがこれまで決して一つにまとまらなかった原因だった。

 サジシームの話によれば、金山こそがその力の源になると言う。

 黄金の力。それは間違いなく、砂漠の国のほかの首長たちとの間に、圧倒的な差をつけるだろう。ロンゴバルトでは、金は産出されないからだ。

「邪魔者は、レイビック伯ただ一人」

「レイビック伯が死んでも、子供や親族のものになるだけではないのか?」

 サジシームは首を振った。

「彼の親族は妹だけです。そして、その妹は同時に人質にします。わたくしが預かりましょう」
 メフメトの目が活気を帯びてきた。

「それに王一家は、レイビック伯を憎んでいます。きっと協力するでしょう」

「なぜ憎んでいるのだ?」

「強力過ぎるからでしょう。鉱山をバックに圧倒的なまでの財力を振るい過ぎました。名家の出身かも知れないが、ほとんどの貴族たちも彼を成り上がり者とみなしています」

 素晴らしい話だった。

 サジシームには伯父が、この話に乗ってくると言う絶対の自信があった。

 だが、メフメトは黙っていた。

「レイビック伯をおびき寄せるためには、それなりの手順を踏む必要があります。伯爵は用心深い人物です。カプトルへは、簡単には来ないでしょう。
 まず、王の解放の代償に莫大な身代金を要求します。
 ですが、絶対に払えないでしょう。代わりに領地の一部を割譲させる」

「領土は確かに欲しいが……だが、管理は難しいとさっき言ってなかったか? それに、良く分からないが、ダリアの貴族どもは大反対するのではないか?」

 その通りだ。サジシームはうなずいた。

「さすがはメフメト様。その通りでございます。ですから、我々ロンゴバルトは、領地は要らない、金をよこせと主張します」

 メフメトはイライラした様子を見せた。

「お前のいうことは、さっぱりわからんぞ? 結局、領土が欲しいのか、欲しくないのか」

「ダリアの王の方から、領土の割譲を申し出させたいのです。我々の側からの要求ではなく。カネ以外はお断りだと言えば、王は必死になるでしょう。代わりになるものは何かないかと死に物狂いで考えます。でないと、人質の王太子が殺されてしまう。王太子は、王のたった一人の子どもです。ダリアの存続にもかかわります」

 それはメフメトにもわかった。

「領土なんか割譲してもらっても、貴族どもの反対に遭って保持できる保証がないから要らないと言うのです。多分、王は、貴族どもに反対はさせないと念書を書かせるとか言い出すでしょう」

「保証人なんか、何の足しにもならんぞ」

「もちろんです。でも、我々が欲しいのは、保証人ではない。欲しいのは、レイビック伯爵の命です」

 メフメトは異様な目つきで甥を見た。サジシームがこんなに饒舌なのは珍しい。

「レイビック伯を、保証人として、カプトルにおびき寄せるのです。主だった貴族全員に目の前で署名してもらわない限り、信用できないと、王に言うのです」

 メフメトは懐疑的にサジシームを眺めた。

「レイビック伯は来ないだろう」

 メフメトは続けた。

「レイビック伯だけではない。この前の王家の結婚式の例がある。今度はロンゴバルトに呼ばれたのだ。余計に危険性を感じて、誰も来ないだろう」

「でも、呼ばせるのです。それは王の仕事です。呼ばなければ王太子の命はない」

「無理ではないか?」

「まあ、お任せくださいませ。わたくしはダリア人をよく知っております。王の領土だって、後日、金さえ払ってくれれば、返してやると言うのです。ダリア王の求めに応じて、本当は金が欲しいけれど、しぶしぶ借金のカタに領土を受け取るふりをするのです」

「領土を返す気はないぞ? それに、そんな約束をする気はない」

「買い戻しに来ても、売らなければいいだけではありませんか。あるいは値段を吊り上げるか」

 メフメトは黙った。サジシームは意外に悪辣だった。
「今は、彼らをだますことが肝心です。ロンゴバルトは、領地を押し付けられたのです。強奪したわけではない」

「そんなこと、意味があるのか? 戦いで勇敢に勝ち得たものこそ値打ちがあるだろう」

 サジシームはため息をついた。
 ダリア王からプレゼントされた土地に、ロンゴバルト人が入植しても、恨まれるのはダリア王だ。
 メフメトは、つい最近、無理矢理、進軍して土地を獲得しようとして痛い目にあったばかりではないか。
 そんな真似をしなくても土地を手に入れる方法はあるのだ。だが、メフメトには理解できるまい。

「領土を割譲し、保証人を集めるのは王の役割です。呼ばなければ王妃と王太子夫妻は帰ってこないと理解させれば、必ず、思うとおりになります」

「ずいぶん面倒で手のかかるプランだな」

 メフメトは渋った。

 サジシームは、どうしても、レイビック伯を呼びたかった。
 ほかの貴族はどうでもよかった。王一家のこともどうでもよかった。
 鉱山を押さえたかった。

「お任せください。メフメト様に登場していただくのは、最後の領地の割譲の場面だけでございます。金山は必ずメフメト様のものになります。金が手に入れば……」

 金!

 山積みになった数限りない金のインゴット、ざらざらと音を立てて流れる金の粒。

 サジシームの話はいつだってメフメトには良く分からなかった。ただ、結果論として、サジシームの話に乗っている時、メフメトはいつでも儲かったし、有利な取引をすることができた。

「ふん。好きにしろ!」

 サジシームは頭を下げた。許可を得たと解したのである。


 広く、領主ごとが支配しているダリアを支配することは難しい。時間がかかるだろう。
 少しずつ少しずつ支配を広げていくのだ。そう、今、ヌーヴィーの港を支配しているのと同じように。

 圧倒的な力がなければ無理だ。
 武力もそうだが、だが、まずは金だ。
 金山があるのだ。川が近くを流れており、その川までの短い街道さえ掌握できれば、サジシームの支配下にあるヌーヴィーの港まで下りなら1日で移動できるのだ。

 メフメトにはわからなかったかも知れなかったが、それは十分に可能性があり、そしてメフメトの予想よりはるかに大きな力になるはずだった。



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