アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
132 / 185
サジシーム

第132話 王妃を脅す

しおりを挟む
 サジシームはマシムを呼んだ。

「人質どもを帰還させる話はどうなった?」

「はい。ほとんどの連中がハブファン殿に借金をして、なんとか金をそろえたようです。そろそろ、引き渡しをせねばなりません」

「計画変更だ、マシム」

「どうなさるのですか?」

「引き渡しの場所をカプトルに変える」

「それは……ロンゴバルトの方が不利ではございますまいか? ダリアの首都では、サジシーム様が危険でございます。なぜ、そんな所で引き渡しをするのでございます?」

「王も解放してやろう」

「え? なぜ?」

「王へ身代金を要求しろ」

「王も金でよろしいのですか? メフメト様は、ダリアの領土に興味がおありのようですが……」

「かまわぬ。5千万フローリン要求しろ」

 金額にマシムは仰天した。

「無理でございましょう。そもそも、サジシーム様にわずか数万フローリンの借金を何回も申し込んでいたような王家なのですよ。ご存じでしょう」

「メフメト様は知らぬのだ。それに、少額ではダリアの王家に失礼であろうとお考えなのだ」

 マシムは、あきれたと言った様子をした。

「無理に決まっておりまする。聞くまでもありませぬ」

「払わない理由を聞いてこい」

「理由なんかありませんよ。ないものは無いでしょう」

「違う、マシム」

 サジシームは笑った。

「理由がなくとも、要求するのだ。理由を考えるのは王の仕事だ。理不尽に金を要求し続けろ。そして、もし、減額を要求されたらな」

「はい……?」

 どう考えても全額は無理に決まっている。

「腕一本、足一本で減額しろ」

 マシムは真っ青になった。

 このところ、王一家とずっと接してきたので、友人ではなかったが、少なくとも知人くらいの仲になっていた。彼らは、考えなしの無責任な人たちで、王と言う重責には不向きだったが、憎める相手ではなかった。特にマシムは、命令する立場で、王一家の家来ではなかったから、なおさらだった。一度、鞭打ちにあってから、彼らはとても従順にマシムの命令に従っていたのである。


「メフメト様のご命令だ。王の体と命にはそれくらいの値打ちがあるものだ。メフメト様は本気である」

 マシムはそのまま伝えるしかなかった。

 王一家と、傍らで聞いていた貴族たちは真っ青になった。
 減額など考えられない。

 そんな根性のある王ではなかったし、そもそもメフメトのいうことが信用ならなかったのだ。

 押し問答が三日ほど続き、サジシームにくれぐれも金だけに興味があるふりをしろと重々教え込まれたマシムに、やがて王妃が提案した。

「それでは、それでは、領土の一部と引き換えなら……」

 マシムから、その話を聞いたサジシームはしめたと思ったが、とんでもないと一蹴させた。

「先般、メフメト様が、ダリアを巡回したが、あまり面白いものは無かったとおっしゃっておられた。領土など要らない」

 王妃も王も黙り込んだ。

「そして、内密だが、メフメト様は、実のところ、もういい加減、この話は飽きたと仰せら始めている」

「ど、どういうことですか?」

「人質は面倒なので、減らしたいらしいのだ」

 マシムは気の毒そうに続けた。

「いろいろと手間がかかるとおっしゃるのだ」

「へ、減らす?」

 貴族たち全員が、青くなった。

「うむ。まず、重要人物のみ、残せばいいとお考えで、身代金が届いた貴族連中は早めに返してしまって……」

 ほうーと言う安堵の声が洩れた。

「王だけ残して、後の王族は、徐々に始末したいと」

 いきなり叫び声を上げ始めた王妃は息子のもとに走り寄り、マシムに詰め寄った。

「全土、全土をお渡しします。土地を売ります。そうだ、レイビック伯に、ハブファンに、誰でも買ってくれる人がいるなら。メフメト様でも」

 彼女の叫びはつんざくようで、あっという間に現れたロンゴバルト兵にも全くひるまなかった。

「ダリアにも金持ちはいるわ。王位を売るわ。お願い。メフメト様に全領地と王位を売りたい。買ってください。そして、私たちをカプトルに返して!」

 何を言っているのかわからなくなって、静止するロンゴバルト兵の大声も混ざって、マシムはうんざりした。

「勝手にするが良い。こちらは決められたことをするだけだ。王位を売るとか、一体、誰が認めると言うのだ! 後から、ダリアの連中が、王家と血の繋がった人間以外が王を名乗るのは認められませんと言い出すに決まっている」

「認めさせます! 全貴族に、全臣民に!」

「そんな方法はない! そもそもダリアの王位に興味はない。これ以上騒ぐなら、王太子から処分するぞ!」

 マシムは、その場の誰よりも大きな声で怒鳴って、そのまま足音も荒く部屋を出て行ってしまった。



 王妃の金切り声とマシムの大声は、サジシームの居室にまで響いていた。

 サジシームは、マシムの帰りを待っていた。

「うん。上出来だ、マシム」

 マシムは真っ赤な顔をしていた。

「とんでもない女です」

「息子思いの良い母だ」

「ヒステリー気味ですな」

 サジシームは声を出さずに笑った。

「後一日くらい、捨てておこう。王位は要らないと。となると、領地を渡すと言って来るだろう」

「何を思いつくかわかりません。自殺されると嫌ですなあ」

「そうだな。手下の誰かを相談相手につけさせるか。領土をメフメト様に売り、後から無効だと騒がないよう、念書をうるさい貴族どもに書かせることを勧めろ。メフメト様の目の前で念書を書かせるんだ」

 マシムが不審そうに、サジシームを見た。

「なぜ、そんなことが必要なのですか? 何を書かせても無駄だと思いますよ? 結局、うやむやになります」

 サジシームは笑った。

「王位の移譲も、領土の移譲も、すべて力がなければできない。武力があって初めて効力が生じる。念書なんか、何の意味もない」

「その通りです。ですから、念書なんか書かせても、何の意味もありません。でも、メフメト様にだって、少なくとも今は、それだけの武力は……」

 武力も人望も威信もないとマシムは言いたかった。

「俺だって一緒さ。だが、金山だけなら、あの小さな地域だけなら川繋がりで占拠できる。それくらいの武力ならある。ただ、王の所領ではないのだ」

「他人のものでございます。王が移譲などできません」

「だが、逆に王は金山に執着しないだろう」

「それはそうでしょう。他人のものですから。でも、手も足も出ません」

「だから、レイビック伯をおびき寄せるのだ。そのための罠だ。手のかかる、凝りに凝った罠だ」

 サジシームはマシムに言った。

「マシム、お前だけには話しておこう。レイビック伯を殺すのだ。あの男は魔物だ。人間ではない」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

処理中です...