アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
169 / 185
サイラム

第169話 サジシームの策略

しおりを挟む
 レイビック伯、バジエ辺境伯、ゼンダの領主とリグの領主、ロドリック、ハリルの六人は何とも言えない顔付きで、コテージの小さな客間で顔を見合わせていた。

 海上にいる時から、もしやと疑っていたのだが、実際に腐りかけた死体を目の前にすると、呆然とするしかなかったのだ。

「我々は……何のために来たのだろう……」

 ゼンダの領主が誰に言うともなくつぶやくように言った。



 突然、フリースラントが小さく笑い始めた。

 ゼンダの領主は彼をにらみつけた。 
「面白いことなんか、なにもないだろう」
 
 だが、フリースラントは口元を歪めて笑い続けた。

 リグの領主も、フリースラントを不敬罪で訴えたいかのように睨み、ギュレーターは黙ってフリースラントの顔を見つめていた。

「なんだ。言え」

 リグの領主は、フリースラントに詰め寄った。

「まあ、仕方ない。ここは、サジシームに譲っておこう」

 フリースラントは、唇をゆがめ、変な笑いを残したまま、言った。

「サジシームに譲るとは?」

 いかにも不愉快そうに、ゼンダの領主が聞いた。

「考えたのさ。サジシームは」

 フリースラントは言った。

「王太子が殺されたのは、だいぶ前だ。死体を見ればわかる。おそらく王や王妃より前に殺されている。つまりサジシームが殺したんじゃない。サジシームは王妃と一緒にロンゴバルトを離れている。王妃は王太子の無事を確認しているに違いない」

「殺された時期なんか何の意味があるんだ?」

「サジシームの仕業じゃないってことさ」

「そんなことは何の関係もない。サジシームでなくても、ロンゴバルトの誰かが殺したのだ。同じことだ」

「むろんそうだ。だが、戦うのはロンゴバルトの誰かじゃない。サジシームと彼の部族の軍だ。サジシームは、ダリアの目的が、王太子を取り返すことと、ファン島の支配を取り戻すことだということを理解していたに違いない」

「そりゃそうだろう」

「ロンゴバルトへの侵攻も考えられるだろうが、サジシームはそう読まなかったのだろう」

 血の気の多いゼンダの領主は、一言いいたそうだった。
「ロンゴバルトなど踏みにじって、廃墟にしてくれる」

 彼はそんな議論などどうでもよかったのだ。だが、レイビック伯爵はゼンダの領主は無視して話を続けた。

「王太子は仕方がない。サジシームが知らない間に死んでいた。サジシームはファン島とヌーヴィーの港をあきらめたのだ」

「あきらめた?」

「そう。戦っても無意味だと考えたのだろう。だから兵を退いた」

「無意味?」

「絶対に勝てないからだ。ロンゴバルトの方がファン島からは遠い。ロンゴバルトにとっては不利だ。ダリアは、勝って勢いに乗っている。そんな敵と戦うのは危険極まりない」

 勝って勢いのある軍は怖い。

 ゼンダの領主、リグの領主は戦歴が長いだけに、身に沁みてそのことはわかっていた。

「そんなわけで、ヌーヴィーの町を取り戻し、ファン島を取り返したダリアは、すべての目的を果たした」

「え?」

 ゼンダの領主とリグの領主、ギュレーターは、びっくりした。ハリルも驚きの目を向けた。

「当たり前だ。目的は、来る前から達成されていた。サジシームが選んだのだ」

「これで、終わり?」

「終わりだ。何の犠牲も払わないで済んだ」

「一戦もしていないぞ?」

「戦いが目的ではない」

 全員が黙り込んだ。

「だが……王太子は?」

「そのために、古い死体を吊る下げて、目につくように工夫したんだろう。自分のせいではないから、復讐戦は止めて欲しいと」

「は?」

「あれだけのことを仕出かしておいて、何を甘ちょろいことを!」

 フリースラントも頷いた。
 サジシームは、様々なことをやらかした。
 彼さえいなければ、カプトルが廃墟になり大勢が死ぬことも、街道沿いがむちゃくちゃに荒らされることだってなかった。王も王妃も健在だったろう。

「八つ裂きにしてもおさまらぬ!」

 それはその通りだった。だが、サジシームはヌーヴィーの港とファン島を手放すことによって自軍を無傷で温存し、ロンゴバルトの奥深くに引っ込んだ。サジシームを殺したければ、全面戦争が待っていた。

 フリースラントは言葉を継いだ。

「そのうえ、我々の目的が達成されやすいように、工夫を凝らしてくれたのさ」

「どういう意味ですか? 私にはわかりません」

 ハリルが小さい声だが、不満そうに尋ねた。

「我々が来たせいで、王太子が殺されたわけではないことを、苦労して証拠立ててくれている。わざわざ証拠として古い死体を残してくれることによって」

「わからん。何の意味があるんだ」

「つまり、軍を大勢引き連れて、強硬に交渉したばっかりに人質の王太子が殺されたのじゃ立場がないだろうと計算してくれたのさ。ダリア軍が、ダリアの誰からも非難されないよう、細かく気を配ってくれたわけだ」

 ハリルは眉間にしわを寄せた。

「いやに親切ですね?」

「もちろん、サジシームには目的がある」

「なんだ、それは?」

「要はダリア軍に、とっとと帰ってほしいのさ」

 ロドリックがうなずいた。

「ダリアの目的を達成させることにより、負け戦を避けたのだ」

「負け戦?」

「サジシームはロンゴバルトが必ず負けると踏んだのだろう」

「それなら、うって出ようではないか。チャンスだ。敵も認めているのだ。ダリアの強さを!」

 ゼンダ殿が身を乗り出した。熱を帯びていた。

「だから、サジシームはファン島を無人にしたのだ」
 フリースラントが静かに注意した。

「これで、戦場はロンゴバルトに変更された」
 ロドリックも付け加えた。

「行けない距離でも、装備でもないぞ?」
 リグの領主も強硬だった。

「ロンゴバルトで戦うのは危険だ。それに目的を逸脱している」
 フリースラントが言った。

「復讐も目的のうちだ。どれだけ、街道沿いの領主たち領民たちが殺されたことか」

「だが、ダリアの犠牲が大きすぎる」

 リグの領主は黙った。

「ヌーヴィーの町とファン島の奪還と言う目的は達成されている。王太子の死は、だいぶ前の出来事で、ダリア軍にはどうしようもなかった」

 フリースラントが再度強調した。

「後は王太子の死が不満で、復讐戦に乗り出すかどうか」

「もちろん、王と王妃の死、ダリアへの侵攻への復讐も理由としてはあるが」

 ロドリックが静かに付け加えた。


 王も王妃も、王太子のことも、全員が大嫌いだった。仕返しをする気も起きない。

 ダリアへの侵攻以外は、正直どうでもいいとゼンダの領主すら思った。


「サジシームが希望することには、何でも反対したい気になるんだがな……」

 ついにリグの領主が言い出した。あきらめたらしかった。

「そう言うことだな……」

「そう。だから、ここは、サジシームに譲っておこうと言った」

 フリースラントは力なく笑った。

「これから先も長いと思うぞ? あの、小知恵の回る若造との戦いは……」

「いや待て。どう考えても、フリースラント、お前の方が若いから」

 ゼンダの領主が思わず突っ込みを入れた。

 それよりも……と、ロドリックは内心思った。

 今のフリースランとの言い方だと、あの若造(サジシームのことだが)がメフメトの後釜、それどころかロンゴバルト全体を押さえているかのような認識に聞こえる。


 サジシームには、小賢しい若造と言うイメージがあった。だが、この戦いっぷりは、決して腰が引けた卑怯者の小手先の思い付きではない。
 先を見据え、相手を読んだ負け戦だった。

 フリースラントが、勢いに乗ってロンゴバルトまで、乗り込んで来たら、それも見越していたに違いない。その場合、海を越えて相手の土俵で戦うダリアは極めて不利だ。

 サジシームが避けたかったのは、ダリアの領内のヌーヴィーでの戦や、ファン島をめぐる争いだった。おそらく勝ち目がない。だが、ロンゴバルト領内での戦いなら、サジシームにも可能性があった。

 ファン島とヌーヴィーの港は、ほぼサジシーム一人、つまりハルラット族だけの管理下にあった。したがって、兵力もハルラットのみ。だが、海を渡りロンゴバルトの領土に入ってしまえば、ロンゴバルトの全部族との戦いに発展する可能性がある。それはダリアにとって危険で、そんなリスクを冒す必要はどこにもなかった。そして、フリースラントがそれを理解し、感情に任せた戦いに走らないだろうと考えたのだ。


 ギュレーターは説明を聞いても半信半疑だった。
 ロンゴバルトの部族がバラバラらしいことは、この前の戦いの時にわかった。
 だが、だからと言ってフリースラントの読みの通りになるかどうかは彼には判断できなかった。しかし、ギュレーターはうなずいた。
 フリースラントがそう言うなら、そうだろう。


「よく考えてあるよね」
 フリースラントが苦笑いした。

 今は、ロンゴバルトを痛めつけることが出来ない。今はまだ。それをサジシームは知っている。フリースラントもわかっていた。
 フリースラントは何も言わないが、決して忘れないだろう。
 ロドリックは、フリースラントの一見静かな表情を見つめながら思った。


「交渉することができないので、王太子の死体にしゃべらせたわけだな」
 ロドリックが言った。

「話がさっぱりうまくない王太子が唯一雄弁だった瞬間だ。体を張ってね」



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

処理中です...