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第10話 不倫疑惑(私の)
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夏季休暇が終わり、学園に戻ったルシンダと私は、いつも通り食堂に集合した。
休暇中の話などしている時、私たちは、休暇前と全く変わらない事象が目の前を通り過ぎるのを目撃した。
ケネスとアマンダ王女のセットである。
私たちだけではない。その場にいた生徒全員が注目していたのではないだろうか。
「あれは婚約破棄するしかないんじゃないか?」
腕をからめ背の高いケネスにしなだれかかるように一緒に歩くアマンダ王女を、呆れたように見ながらアーノルドとウィリアムが声をひそめて言った。
「オズボーン侯爵家にしても、隣国の王女は断りにくいだろうしなあ」
「そうなのよ。アマンダ王女は、自国の筆頭公爵家の令息と小さい時から婚約していたそうなの。でも、その令息が、浮気しちゃって……と言っても、たいした浮気でもなかったらしいんだけど」
ルシンダがこっそり教えてくれた。アーノルドから聞いたのだろう。
「ねえ、浮気にすごい浮気と、たいしたことない浮気ってあるの?」
ウィリアムが真面目に質問した。
「そりゃあるわよ。ちょっといいなと思っている程度は、たいしたことない浮気よ」
ルシンダの意見に、みんながうなずいた。
「でも、子どもが出来ちゃいましたは、深刻な浮気よ」
それはそうだ。
「じゃあ、アマンダ王女の浮気の程度は、どうだったのかしら?」
「国家機密だから正確なところはわからないわ。でも、筆頭公爵家が懲罰を受けていないところを見ると、アマンダ王女の方に責任はありそうな気がする」
ううむ。
ケネスは、もしかするとかわいそうなことになっているのかもしれなかった。
しかし、そんなことを言っていられたのもその時まで。
翌日、私とルシンダは、授業が終わった後、食堂にいたところをアマンダ王女に襲撃された。
文字通り、襲撃されたのである。だって、王女の後ろから、筋肉隆々とした臨戦態勢の侍女三人が、あごを引き結び腕を組んで私たちを取り囲んだのだから。
私と……どう考えてもただの巻き添えのルシンダは、震え上がった。
アマンダ王女は、威風堂々と私たちの前に現れた。
もちろん私たちは、はじかれたように立ち上がった。
隣国の王女の前で着席しているままなんて、とんでもない。
前に私たちは、彼女のことをかわいらしいと言わなかっただろうか。
近くで見ると、アマンダ姫はかわいらしくなかった。
全然かわいくなかった。
怖かった。
大きな茶色の目、ふさふさのまつげ、ぐっとへの字に曲げられた紅い唇。パーツだけ見れば、どこをどう取っても美人の要素なのに、どこで計算を間違えたのだろうか。
そして、何よりすごかったのは従えている例の三人の侍女だった。
侍女……確かに、間違いなく性別は女性だと思うが、筋肉隆々、背の低いのと高いのが取りそろえてあって、剣を佩はき、私では何に使うのかわからない武器や妙な棍棒こんぼうも持っている。下手な男では歯が立ちそうにない。
それが、かわいそうなルシンダと私を見下ろしているのである。
「どちらがモンフォール公爵令嬢なの?」
王女は横柄に尋ね、私は震え上がった。
「わ、わたくしでございます……」
アマンダ姫は私をジロジロ見た。そして、いかにも軽蔑したように、力を抜いてフッと笑った。
「まあ、こちらの娘ではないと思ったわ。メガネをかけたとても気の毒な容貌の娘だとケネスから聞きましたから」
ケネスはそんな悪口を言う人じゃない。私はそう信じていた。
例え、私のことをちっとも好きじゃないにしても。
「ケネスが結婚を嫌がるのも無理はないわね、こんなに不細工な娘では。気の毒になりますわ」
彼女は持っていた扇を、口元にあてた。笑っているのを隠しているらしい。
芝居ではなくて、本気でおかしくて笑っているのだ。
なんだか腹が立った。
言ってることは、間違ってないのだけれど。
「私はね、情のある人間です。婚約破棄されたかわいそうな女でも、誰か代わりの男がいないか探してやろうと思っていたのですよ。でも、あなたほど不細工では、代わりの人間が気の毒ですわ」
婚約破棄って、それ、決定事項なのですか?
でも、アマンダ姫とお付きの侍女たちの迫力が凄すぎて、私は聞くに聞けなかった。
「婚約破棄は、明日の晩、ケネスが発表してくれるはずですわ。どう? 驚いた?」
まるで寝耳に水である。すごくびっくりした。
アマンダ姫は嬉しそうにクスクス笑った。
「理由はあなたの不倫よ」
「え?」
この時は声が出た。
こっちの方が、婚約破棄よりはるかに驚きだ。
隣でルシンダが息を呑むのが聞こえた。
私たちが反応したので、お付きの三人の侍女たちはさっと身構え、私たちとの距離を詰めてきた。
どうやらこの侍女たちは、素手での武芸の心得もあるらしい。ただの食堂が、突然どこかの決闘会場のような雰囲気を醸し出した。
震え上がり、抱き合うルシンダと私の周りを、型を取って取り囲む侍女たち。
そして、その周りにはすっかり緊張して、一方で話の成り行きに仰天している生徒たち。(観客である)
目の端でチラリと見ていると、あまりの見物みものに、何人かは教室に残っていたり、庭に出ていた連中を呼び戻して、見物人を増やしていた。
後から冷静になって考えたら、こんなにものすごい見物みものが食堂で開催されることなんか、そうそうないですもの。そりゃ、見に来ますわよね。
でも、その時は、ルシンダも私もそれどころではなかった。
「ふ、不倫ですか?」
私は訳が分からなくなって尋ねた。
「そうよ。証拠もバッチリそろっているわ」
ルシンダと私は顔を見合わせた。
不倫……誰が誰に? ええと誰と? なんだかわからなくなってきた。
「お、怖れながら殿下、どのような不倫でございましょうか?」
「証人がいるのよ。あなたと夜を過ごしたと言う男がいるの。パーティで証言してくれるそうよ」
夜を過ごした? あまりのことに思考が停止した。
「どういう夜でしょうか?」
もはや、私は話の展開についていけなくなって、訳の分からないことを質問してしまった。
アマンダ王女は後ろを振り返って声をかけた。
「アーチー、いつだったの?」
私と、多分ルシンダも、まじまじと「私の」不倫相手を見つめた。
誰?
年のころは見当がつかない。騎士の格好はしていたが、どことなく貧相で、かなり困惑してる様子だった。例の三人の侍女には圧倒的に負けている。
「それは、殿下にお任せ申し上げます。どの晩でも、いつでも大丈夫で」
アーチーと呼ばれた人物は、騎士なのかそうでないのか、騎士には似つかわしくないか細い甲高い声で答えた。
「そうねえ。まあ、それはこの小娘がきっと身に覚えがあるでしょう。まあ、とにかく、この醜聞を表沙汰にしたくなければ、直ぐに婚約破棄に応じるのよ。あなたの意志でね」
私は馬鹿みたいに口を開けて、文字通り呆然として王女を見送った。
私より背の低い小娘に、小娘呼ばわりされるとは! いや、問題はそこじゃないけど!
彼女は扇の影から、私の反応をうかがった。
「残念ですけど、ケネスにも知らせないわけにはいきませんでした。言いたくなかったのですけどね」
ここで彼女はいかにも残念と言った様子で、ため息をついた。でも、口元、笑ってますよ?!
「ケネスは、あなたみたいなふしだらな女は大嫌いだそうですわ。生理的に耐えられない、関わり合いを持ちたくないって。婚約破棄は当然ですわよね。お分かりになる?」
最後に彼女は笑った。ものすごく愉快そうに。
それからくるりと向きを変えると、堂々と食堂から出て行った。侍女たちがどたどたと後を付き従い、三人の侍女の後ろを、騎士が所在なさそうについて行って、全員が食堂から退場した。
茫然としている私たちを残して。
休暇中の話などしている時、私たちは、休暇前と全く変わらない事象が目の前を通り過ぎるのを目撃した。
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私たちだけではない。その場にいた生徒全員が注目していたのではないだろうか。
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「そうなのよ。アマンダ王女は、自国の筆頭公爵家の令息と小さい時から婚約していたそうなの。でも、その令息が、浮気しちゃって……と言っても、たいした浮気でもなかったらしいんだけど」
ルシンダがこっそり教えてくれた。アーノルドから聞いたのだろう。
「ねえ、浮気にすごい浮気と、たいしたことない浮気ってあるの?」
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「そりゃあるわよ。ちょっといいなと思っている程度は、たいしたことない浮気よ」
ルシンダの意見に、みんながうなずいた。
「でも、子どもが出来ちゃいましたは、深刻な浮気よ」
それはそうだ。
「じゃあ、アマンダ王女の浮気の程度は、どうだったのかしら?」
「国家機密だから正確なところはわからないわ。でも、筆頭公爵家が懲罰を受けていないところを見ると、アマンダ王女の方に責任はありそうな気がする」
ううむ。
ケネスは、もしかするとかわいそうなことになっているのかもしれなかった。
しかし、そんなことを言っていられたのもその時まで。
翌日、私とルシンダは、授業が終わった後、食堂にいたところをアマンダ王女に襲撃された。
文字通り、襲撃されたのである。だって、王女の後ろから、筋肉隆々とした臨戦態勢の侍女三人が、あごを引き結び腕を組んで私たちを取り囲んだのだから。
私と……どう考えてもただの巻き添えのルシンダは、震え上がった。
アマンダ王女は、威風堂々と私たちの前に現れた。
もちろん私たちは、はじかれたように立ち上がった。
隣国の王女の前で着席しているままなんて、とんでもない。
前に私たちは、彼女のことをかわいらしいと言わなかっただろうか。
近くで見ると、アマンダ姫はかわいらしくなかった。
全然かわいくなかった。
怖かった。
大きな茶色の目、ふさふさのまつげ、ぐっとへの字に曲げられた紅い唇。パーツだけ見れば、どこをどう取っても美人の要素なのに、どこで計算を間違えたのだろうか。
そして、何よりすごかったのは従えている例の三人の侍女だった。
侍女……確かに、間違いなく性別は女性だと思うが、筋肉隆々、背の低いのと高いのが取りそろえてあって、剣を佩はき、私では何に使うのかわからない武器や妙な棍棒こんぼうも持っている。下手な男では歯が立ちそうにない。
それが、かわいそうなルシンダと私を見下ろしているのである。
「どちらがモンフォール公爵令嬢なの?」
王女は横柄に尋ね、私は震え上がった。
「わ、わたくしでございます……」
アマンダ姫は私をジロジロ見た。そして、いかにも軽蔑したように、力を抜いてフッと笑った。
「まあ、こちらの娘ではないと思ったわ。メガネをかけたとても気の毒な容貌の娘だとケネスから聞きましたから」
ケネスはそんな悪口を言う人じゃない。私はそう信じていた。
例え、私のことをちっとも好きじゃないにしても。
「ケネスが結婚を嫌がるのも無理はないわね、こんなに不細工な娘では。気の毒になりますわ」
彼女は持っていた扇を、口元にあてた。笑っているのを隠しているらしい。
芝居ではなくて、本気でおかしくて笑っているのだ。
なんだか腹が立った。
言ってることは、間違ってないのだけれど。
「私はね、情のある人間です。婚約破棄されたかわいそうな女でも、誰か代わりの男がいないか探してやろうと思っていたのですよ。でも、あなたほど不細工では、代わりの人間が気の毒ですわ」
婚約破棄って、それ、決定事項なのですか?
でも、アマンダ姫とお付きの侍女たちの迫力が凄すぎて、私は聞くに聞けなかった。
「婚約破棄は、明日の晩、ケネスが発表してくれるはずですわ。どう? 驚いた?」
まるで寝耳に水である。すごくびっくりした。
アマンダ姫は嬉しそうにクスクス笑った。
「理由はあなたの不倫よ」
「え?」
この時は声が出た。
こっちの方が、婚約破棄よりはるかに驚きだ。
隣でルシンダが息を呑むのが聞こえた。
私たちが反応したので、お付きの三人の侍女たちはさっと身構え、私たちとの距離を詰めてきた。
どうやらこの侍女たちは、素手での武芸の心得もあるらしい。ただの食堂が、突然どこかの決闘会場のような雰囲気を醸し出した。
震え上がり、抱き合うルシンダと私の周りを、型を取って取り囲む侍女たち。
そして、その周りにはすっかり緊張して、一方で話の成り行きに仰天している生徒たち。(観客である)
目の端でチラリと見ていると、あまりの見物みものに、何人かは教室に残っていたり、庭に出ていた連中を呼び戻して、見物人を増やしていた。
後から冷静になって考えたら、こんなにものすごい見物みものが食堂で開催されることなんか、そうそうないですもの。そりゃ、見に来ますわよね。
でも、その時は、ルシンダも私もそれどころではなかった。
「ふ、不倫ですか?」
私は訳が分からなくなって尋ねた。
「そうよ。証拠もバッチリそろっているわ」
ルシンダと私は顔を見合わせた。
不倫……誰が誰に? ええと誰と? なんだかわからなくなってきた。
「お、怖れながら殿下、どのような不倫でございましょうか?」
「証人がいるのよ。あなたと夜を過ごしたと言う男がいるの。パーティで証言してくれるそうよ」
夜を過ごした? あまりのことに思考が停止した。
「どういう夜でしょうか?」
もはや、私は話の展開についていけなくなって、訳の分からないことを質問してしまった。
アマンダ王女は後ろを振り返って声をかけた。
「アーチー、いつだったの?」
私と、多分ルシンダも、まじまじと「私の」不倫相手を見つめた。
誰?
年のころは見当がつかない。騎士の格好はしていたが、どことなく貧相で、かなり困惑してる様子だった。例の三人の侍女には圧倒的に負けている。
「それは、殿下にお任せ申し上げます。どの晩でも、いつでも大丈夫で」
アーチーと呼ばれた人物は、騎士なのかそうでないのか、騎士には似つかわしくないか細い甲高い声で答えた。
「そうねえ。まあ、それはこの小娘がきっと身に覚えがあるでしょう。まあ、とにかく、この醜聞を表沙汰にしたくなければ、直ぐに婚約破棄に応じるのよ。あなたの意志でね」
私は馬鹿みたいに口を開けて、文字通り呆然として王女を見送った。
私より背の低い小娘に、小娘呼ばわりされるとは! いや、問題はそこじゃないけど!
彼女は扇の影から、私の反応をうかがった。
「残念ですけど、ケネスにも知らせないわけにはいきませんでした。言いたくなかったのですけどね」
ここで彼女はいかにも残念と言った様子で、ため息をついた。でも、口元、笑ってますよ?!
「ケネスは、あなたみたいなふしだらな女は大嫌いだそうですわ。生理的に耐えられない、関わり合いを持ちたくないって。婚約破棄は当然ですわよね。お分かりになる?」
最後に彼女は笑った。ものすごく愉快そうに。
それからくるりと向きを変えると、堂々と食堂から出て行った。侍女たちがどたどたと後を付き従い、三人の侍女の後ろを、騎士が所在なさそうについて行って、全員が食堂から退場した。
茫然としている私たちを残して。
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