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第20話 シャーボーンでのこと
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ローズピンクの女の子……
それは私。
あの提灯で彩られた夜、ケネスは来ていたのだろうか。
全然見かけなかった。何かの間違いじゃないだろうか。
「ねえ、シュザンナ、バイゴッド伯爵との婚約は決定なの?」
ぼんやりとしていると、ウィリアムがテーブルにひじを突いて、手であごを支えて、こちらに顔を向けて尋ねた。まるで体と顔で私を半分囲うように。
「いいえ」
近すぎる。私は少し背を伸ばしてウィリアムから遠ざかろうとした。
「シュザンナ、ケネスの時もそう思ったけど、見たこともない人との婚約って、そんなに大事かな?」
「え?」
ケネスは毎日見ていたし、バイゴッド伯爵は話したことがある。まあ、ずいぶん昔だけど。
「毎日しゃべって、もし、好きになった人がいたら……その方が大事にならない?」
ウィリアムは何を言いだすのだろう。なんだか、どう返事したらいいかわからない。
「真実の愛って、架空のものじゃないと思うんだけどな。本当によく知った人、わかっている人、理解できる人、そういう人を愛するんだと思う。その気持ちこそが、真実じゃないの?」
「結婚してから知り合いに……」
「結婚してから、全然合わない人だって、わかったらどうするの?」
私は目を逸らした。
そこまで考えていなかった。
「ケネスだって考えていないと思うよ。真実の愛だなんてダメだよ、そんな曖昧な言葉。どうして本当に好きだと言ってくれて、その真剣さがわかっている人よりも、見たこともない婚約者を大切にしなくちゃいけないの」
ウィリアムの言葉がグルグルと回る。
婚約者は大事にしないといけないし、ほかの男と出歩いたりしてはならない。
見たこともないバイゴッド伯爵との婚約が決まれば、誰とも出かけられない。
「不自然じゃない?」
ルシンダはアーノルドと一緒に買い物に行ったり、食事に行ったりしていた。兄妹だけど。
ウィリアムは、私と出かけたいのだろう。でも、完全にシャットアウトだ。もしかしたら、場所が食堂だったとしても、今、二人きりでいるのはNGかも知れない。
母がウィリアムのことを聞いたら、顔をしかめるに違いない。
でも、彼の言葉には真実が含まれていた。
この場合、その真実は毒のようだった。
考えていると、突然、ウィリアムと目が合った。彼は言った。
「僕は君が好きだよ。君が思っているよりずっと」
言葉は、一瞬、意味を取り、それから理解処理がなされた。
「好きだ」
告白がこんなに怖いものだとは知らなかった。ウィリアムの目が真剣で、何かを期待していて、奈落の底のように思える……とても怖い。一歩間違うと、なにかわからないことが待っている。私の知らないこと。
私にはどうしたらいいか全然わからなかった。
***********
自分の部屋に帰って、枕に顔を押し付けて私は悩んだ。
ウィリアムは本気なんだろうか。
私は、結局、ウィリアムから逃げるようにして食堂から出て行ってしまった。
なんて言ったらいいかわからなかった。
ケネスのことは、子供の頃はよく知っていた。
小さかった時の最後のお茶会、彼はこっそりキスをした。
あれは、お別れのキス?だったのだろうか。それとも、これからに続くキスだったのか……
彼が私を選ばないのなら、それは仕方がなかった。私に選択権があるわけじゃなかった。彼が選ぶのだから。
でも、その彼が、探しに行くそうだ。真実の愛を。ローズピンクの服を着ている真実の愛を。
それは……本当のことですか? あの提灯パーティの夜、ケネスはあの場にいたのかしら。
考えまくると知恵がわいてくることがある。
そう。招待者名簿と言うやつだ。
翌年のために必ず取っておく。でなければパーティなんか開けない。
まともな貴族の家のまともな執事なら、前年の記録がどんなに大事か身に染みてわかっている。
呼ぶのを忘れたりしようものなら、大変なことになるのだから。
ケネスが来ていたら、絶対に名簿に載っているはずだ。
オズボーン家の子息なのだから。
「シャーボーンの伯母の家に行きたいの。王都には、しばらくいたくない。ちょうど休みですし」
母はあっさりグレシャム侯爵家行きを許可した。
「ちょうどいいわ」
母があっさり許可を出すとは思っていなかった私は有頂天になったが、次の言葉でどん底に落ち込んだ。
「グレアム・バイゴッド伯爵の領地が近いのよ。一度顔合わせをしないといけないところだったの。バイゴッド伯爵は忙しい方でね。なかなか王都に出てくることが出来ないのよ」
私は、言った手前、撤回も出来なくて、テスト休暇に入るとホイホイとシャーボーンに出発させられた。
「困ったことになったわ……」
メアリ・アンとロンダは、二人とも困っていたが、何かできるわけでもない。
「もしかすると、とてもすてきな方かも知れませんし……」
私は顔を知っているが、あれは別にモテる顔ではないのではないか。私がまるきり男好きのする顔じゃないのと同様に。
「そんなことはございませんわ。こう言っては何でございますが、お嬢様のメガネはあんまりでございました。どうして奥様があんなメガネをかけるようにお命じになられていたのか、階下では、全然わからない、せっかくのおかわいらしいお顔が台無しだと評判でございました」
階下と言うのは召使だまりのことである。
彼ら彼女らは、台所の隣の部屋を休憩室に使っていて、私たち家族のことをネタにしてよくしゃべっていた。
お嬢様の縁談など格好の噂話のネタだろう。
「変なことをしゃべらないでちょうだいよ?」
これだから困る。伯母の家が好きだと言うのは、一つには伯母の人柄で、使用人のしつけが行き届いていて、滅多なことでは他家に話が漏れ出ないためでもある。
単純に、田舎すぎて隣家までの距離が遠く、しゃべって回る先がなく、また使用人の数も公爵家程ではないというのもあるだろうけど。
「伯母様!」
私は伯母のいつものにこにこした笑顔を見ると、なんだか安心して涙が出た。
伯母は喜んで迎えに出てきてくれていて、優しい伯父もその後ろに控えていた。
「お母さまは?」
「母は少し遅れて参りますの。どうしても参加しないといけないパーティがいくつかあるらしくて」
「バイゴッド伯爵もその時にお見えになるのね?」
「そう聞いています」
「なんで、そんなに簡単に婚約が決まるんだろうね?」
伯父が不満そうに聞いてきた。
「さあさあジェームズ、そんなに文句を言うもんじゃないわ。シュザンナ、その話はあとにして、着替えてらっしゃい。晩御飯を一緒に食べましょう」
まだ、婚約は正式ではない。
だが、一応顔合わせまで来ているし、父は母の言いなりだ。それに、バイゴッド伯爵との話は以前にも出ていたそうで、たまたま成立しなかったが、すでに十分に内容は検討済みで、特に問題はないと結論が出ているらしい。
シャーボーンでは遠慮なんか要らない。好きな服を着ていい。
私は気に入りの薄緑の服を選んだ。
食堂へ降りて行くと、伯父は目を細めて喜んだ。
「本当にかわいいね。よく似合うよ。グレアムにはもったいない」
「グレアムってどなたですか?」
「バイゴッド伯爵だ。実は夏のパーティにも来ていたんだ」
私はびっくりした。
「あんまり大勢いたので、彼には紹介できなかったがね」
伯母が咳払いした。
「その話は、後でもいいでしょ? お母さまが来られるのは一週間後よね? それまで、ここで楽しむといいわ。新しいドレスをハリソン夫人のところで仕立ててもいいし、ちょうど町で収穫祭があるの。ジェームズと一緒に行くといいわ」
「それはいい! 僕は大人気なんだ。どの出店の店主もみんな僕の顔を知っていて、大歓迎してくれるよ。全部、タダだ」
伯父は大乗り気になって、自慢した。
「あなたの許可がないと、店が出せないのだから、当たり前でしょ?」
伯母が微笑んだ。それを見て、伯父はますます調子に乗った。
「町の広場でカドリーユを村人が踊る。ここで若い者の縁談が決まることも多いんだよ」
ああ、どこも同じだ。ダンスパーティやお茶会。貴族も庶民も一緒だ。
「それから最後に花火をするんだ」
「まあ、花火は夏のものかと思っていました」
「違うよ。いつだっていいんだ。それはそれは盛り上がる」
自然に微笑が顔に広がった。
楽しそう。
出店にダンスに花火か。ここには王都にない自由がある。
「楽しみですわ、伯父様」
それは私。
あの提灯で彩られた夜、ケネスは来ていたのだろうか。
全然見かけなかった。何かの間違いじゃないだろうか。
「ねえ、シュザンナ、バイゴッド伯爵との婚約は決定なの?」
ぼんやりとしていると、ウィリアムがテーブルにひじを突いて、手であごを支えて、こちらに顔を向けて尋ねた。まるで体と顔で私を半分囲うように。
「いいえ」
近すぎる。私は少し背を伸ばしてウィリアムから遠ざかろうとした。
「シュザンナ、ケネスの時もそう思ったけど、見たこともない人との婚約って、そんなに大事かな?」
「え?」
ケネスは毎日見ていたし、バイゴッド伯爵は話したことがある。まあ、ずいぶん昔だけど。
「毎日しゃべって、もし、好きになった人がいたら……その方が大事にならない?」
ウィリアムは何を言いだすのだろう。なんだか、どう返事したらいいかわからない。
「真実の愛って、架空のものじゃないと思うんだけどな。本当によく知った人、わかっている人、理解できる人、そういう人を愛するんだと思う。その気持ちこそが、真実じゃないの?」
「結婚してから知り合いに……」
「結婚してから、全然合わない人だって、わかったらどうするの?」
私は目を逸らした。
そこまで考えていなかった。
「ケネスだって考えていないと思うよ。真実の愛だなんてダメだよ、そんな曖昧な言葉。どうして本当に好きだと言ってくれて、その真剣さがわかっている人よりも、見たこともない婚約者を大切にしなくちゃいけないの」
ウィリアムの言葉がグルグルと回る。
婚約者は大事にしないといけないし、ほかの男と出歩いたりしてはならない。
見たこともないバイゴッド伯爵との婚約が決まれば、誰とも出かけられない。
「不自然じゃない?」
ルシンダはアーノルドと一緒に買い物に行ったり、食事に行ったりしていた。兄妹だけど。
ウィリアムは、私と出かけたいのだろう。でも、完全にシャットアウトだ。もしかしたら、場所が食堂だったとしても、今、二人きりでいるのはNGかも知れない。
母がウィリアムのことを聞いたら、顔をしかめるに違いない。
でも、彼の言葉には真実が含まれていた。
この場合、その真実は毒のようだった。
考えていると、突然、ウィリアムと目が合った。彼は言った。
「僕は君が好きだよ。君が思っているよりずっと」
言葉は、一瞬、意味を取り、それから理解処理がなされた。
「好きだ」
告白がこんなに怖いものだとは知らなかった。ウィリアムの目が真剣で、何かを期待していて、奈落の底のように思える……とても怖い。一歩間違うと、なにかわからないことが待っている。私の知らないこと。
私にはどうしたらいいか全然わからなかった。
***********
自分の部屋に帰って、枕に顔を押し付けて私は悩んだ。
ウィリアムは本気なんだろうか。
私は、結局、ウィリアムから逃げるようにして食堂から出て行ってしまった。
なんて言ったらいいかわからなかった。
ケネスのことは、子供の頃はよく知っていた。
小さかった時の最後のお茶会、彼はこっそりキスをした。
あれは、お別れのキス?だったのだろうか。それとも、これからに続くキスだったのか……
彼が私を選ばないのなら、それは仕方がなかった。私に選択権があるわけじゃなかった。彼が選ぶのだから。
でも、その彼が、探しに行くそうだ。真実の愛を。ローズピンクの服を着ている真実の愛を。
それは……本当のことですか? あの提灯パーティの夜、ケネスはあの場にいたのかしら。
考えまくると知恵がわいてくることがある。
そう。招待者名簿と言うやつだ。
翌年のために必ず取っておく。でなければパーティなんか開けない。
まともな貴族の家のまともな執事なら、前年の記録がどんなに大事か身に染みてわかっている。
呼ぶのを忘れたりしようものなら、大変なことになるのだから。
ケネスが来ていたら、絶対に名簿に載っているはずだ。
オズボーン家の子息なのだから。
「シャーボーンの伯母の家に行きたいの。王都には、しばらくいたくない。ちょうど休みですし」
母はあっさりグレシャム侯爵家行きを許可した。
「ちょうどいいわ」
母があっさり許可を出すとは思っていなかった私は有頂天になったが、次の言葉でどん底に落ち込んだ。
「グレアム・バイゴッド伯爵の領地が近いのよ。一度顔合わせをしないといけないところだったの。バイゴッド伯爵は忙しい方でね。なかなか王都に出てくることが出来ないのよ」
私は、言った手前、撤回も出来なくて、テスト休暇に入るとホイホイとシャーボーンに出発させられた。
「困ったことになったわ……」
メアリ・アンとロンダは、二人とも困っていたが、何かできるわけでもない。
「もしかすると、とてもすてきな方かも知れませんし……」
私は顔を知っているが、あれは別にモテる顔ではないのではないか。私がまるきり男好きのする顔じゃないのと同様に。
「そんなことはございませんわ。こう言っては何でございますが、お嬢様のメガネはあんまりでございました。どうして奥様があんなメガネをかけるようにお命じになられていたのか、階下では、全然わからない、せっかくのおかわいらしいお顔が台無しだと評判でございました」
階下と言うのは召使だまりのことである。
彼ら彼女らは、台所の隣の部屋を休憩室に使っていて、私たち家族のことをネタにしてよくしゃべっていた。
お嬢様の縁談など格好の噂話のネタだろう。
「変なことをしゃべらないでちょうだいよ?」
これだから困る。伯母の家が好きだと言うのは、一つには伯母の人柄で、使用人のしつけが行き届いていて、滅多なことでは他家に話が漏れ出ないためでもある。
単純に、田舎すぎて隣家までの距離が遠く、しゃべって回る先がなく、また使用人の数も公爵家程ではないというのもあるだろうけど。
「伯母様!」
私は伯母のいつものにこにこした笑顔を見ると、なんだか安心して涙が出た。
伯母は喜んで迎えに出てきてくれていて、優しい伯父もその後ろに控えていた。
「お母さまは?」
「母は少し遅れて参りますの。どうしても参加しないといけないパーティがいくつかあるらしくて」
「バイゴッド伯爵もその時にお見えになるのね?」
「そう聞いています」
「なんで、そんなに簡単に婚約が決まるんだろうね?」
伯父が不満そうに聞いてきた。
「さあさあジェームズ、そんなに文句を言うもんじゃないわ。シュザンナ、その話はあとにして、着替えてらっしゃい。晩御飯を一緒に食べましょう」
まだ、婚約は正式ではない。
だが、一応顔合わせまで来ているし、父は母の言いなりだ。それに、バイゴッド伯爵との話は以前にも出ていたそうで、たまたま成立しなかったが、すでに十分に内容は検討済みで、特に問題はないと結論が出ているらしい。
シャーボーンでは遠慮なんか要らない。好きな服を着ていい。
私は気に入りの薄緑の服を選んだ。
食堂へ降りて行くと、伯父は目を細めて喜んだ。
「本当にかわいいね。よく似合うよ。グレアムにはもったいない」
「グレアムってどなたですか?」
「バイゴッド伯爵だ。実は夏のパーティにも来ていたんだ」
私はびっくりした。
「あんまり大勢いたので、彼には紹介できなかったがね」
伯母が咳払いした。
「その話は、後でもいいでしょ? お母さまが来られるのは一週間後よね? それまで、ここで楽しむといいわ。新しいドレスをハリソン夫人のところで仕立ててもいいし、ちょうど町で収穫祭があるの。ジェームズと一緒に行くといいわ」
「それはいい! 僕は大人気なんだ。どの出店の店主もみんな僕の顔を知っていて、大歓迎してくれるよ。全部、タダだ」
伯父は大乗り気になって、自慢した。
「あなたの許可がないと、店が出せないのだから、当たり前でしょ?」
伯母が微笑んだ。それを見て、伯父はますます調子に乗った。
「町の広場でカドリーユを村人が踊る。ここで若い者の縁談が決まることも多いんだよ」
ああ、どこも同じだ。ダンスパーティやお茶会。貴族も庶民も一緒だ。
「それから最後に花火をするんだ」
「まあ、花火は夏のものかと思っていました」
「違うよ。いつだっていいんだ。それはそれは盛り上がる」
自然に微笑が顔に広がった。
楽しそう。
出店にダンスに花火か。ここには王都にない自由がある。
「楽しみですわ、伯父様」
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