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第35話 バーカムステッド公爵家のオスカー

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目の前には、知らない生徒が立っていた。身だしなみのいい上品な男性だ。



「オズボーン家の園遊会に一緒に行きませんか?」



一瞬、意味が分からなかった。



私はこの人を知らない。



仕立てのいい服を着て、きちんとした身なりだった。服が上等なほかに、目立つような点はどこにもなかったが、少し緊張しているように見えた。



「私と……ですか?」



「そう。ケネスに頼まれたのでね。一緒に行って欲しいと」



「ああ!」



合点がいった。横でびっくりしたように、その男性を眺めていたルシンダもその言葉を聞いて、意味を理解したようだった。





****************





オズボーン家の園遊会に誘うと、彼女はみるみる頬を染めた。



色白の顔に、かわいらしいピンク色が差してくる。目に潤いが出て、唇には微笑みが浮かんだ。

花が咲く……そんな言葉が思い起こされた。





本当につまらない役だ。オスカーは思った。



「オズボーン家から招待状は出せない。代わりに、僕がエスコートすることになったんです」



「ああ。招待状がなくてもパートナーは入っていいパーティなのですね?」



横にいた黒髪に緑の目の、きれいな娘が言った。



「ええ」



「なるほどね」



黒髪の令嬢ルシンダは、シュザンナの方を向き直った。



「バーカムステッド様まで協力してくださるのよ。シュザンナ、頑張らなくては」



シュザンナは、みずみずしい笑顔をオスカーに向けた。



「バーカムステッド公爵のご子息様ですわね。ケネスのお友達なのですね。ありがとうございます」



可愛い。可愛い娘じゃないか。しかもモンフォール公爵家の令嬢だと?





「オスカーと呼んでください」



オスカーは思っていなかったことを口走った。



「あ、そうですわね。親しくないと中に入れませんわね」



ニコっとシュザンナが嬉しそうに笑った。



「では、どうぞわたくしのこともシュザンナとお呼びください」



どうしよう。こんなに柔らかな微笑みで、シュザンナと呼んで欲しいだなんて言われてしまった。



「で、では、シュザンナ……」



「はい」



優しい声だ。



「当日、お迎えにあがります」



「ありがとうございます」



「とんでもありません」



オスカーはうっかり熱心に答えた。



「お待ちしていますわ。申し訳ありません。お手を煩わせて」



シュザンナは心を込めてそう言った。



「では、当日……」



後ろ髪を引かれる思いでオスカーはその場を離れた。残念だが、用事が済んでしまったのだ。



女の子はかわいい。悪くない。

どうしてだか、心が浮き立つようだ。なぜだ。









オスカーはボーとして、食堂を出た途端に、実に不吉な顔をした男にぶつかった。正確にはぶつかられた。



「誰だ?」



「お前こそ誰だ」



オスカーは前に立ちはだかる男をつくづく眺めた。せっかく人がいい気分なのに。



その男は赤毛で柄は大きかった。そして、ケンカを売っているような顔つきで、いかにも気に入らない様子で、オスカーをにらみつけてきた。



「私はバーカムステッドのオスカーだが」



相手は顔色を変えた。



バーカムステッドは公爵家だ。オスカーと言うならその長男である。



ウィリアムも彼のことは知っていた。



「ウィリアム・マンダヴィル……マンダヴィル辺境伯の次男でございます」



オスカーの方はウィリアムを知らなかった。ウィリアムの方が一つ年下だったのと、オスカーは文官を目指していたので、騎士志望のウィリアムとは取る科目が違ったからだ。



ウィリアムは背が低くて、あまり見栄えのしないオスカーをにらみつけた。



さすが公爵家の子弟らしく、仕立ての良いしゃれた服(すごく高そうな服)を着ていたが、大きめの鼻が目立つくらいで、特徴のない顔立ちだとウィリアムは思った。







シュザンナを園遊会に誘いたかったら、昼休みの食堂へ行くのが最も現実的だった。



オスカーはもっとも簡単な方法を取っただけだが、それはもっとも人目に付く行動だった。

その結果、あの例の告白以来、シュザンナのそばに近寄りにくくて、でも、いつも遠くから彼女を見ていたウィリアムの看視網に引っかかったのだ。



「何の話をしていらっしゃったのですか」



ウィリアムは、この見ず知らずの高位の貴族に話しかけたくなかったが、聞かずにいられなかった。



オスカーの方は、敵意丸出しの人物を警戒した。会話の内容を教える必要はないだろう。



「何でもないよ。かわいらしいお嬢さんだなと思って、声をかけてみただけだ」



「なっ……」



「話しかけて悪いことは何もあるまい。彼女の方も、普通に受け答えしてくれただけだ」



オスカーはウィリアムを観察した。髪の根元まで赤くなって、何か言いたげだが、うまく言葉が出てこないようだ。



「では、失敬」



あまり関わり合いにならない方がいいと思ったオスカーは、さっさと食堂を離れることにした。











ウィリアムは、立ちすくんでいた。



ケネスとうまく行っているのか、いないのか。



アーノルドによると、二人は相思相愛で、なんとかお互いの両親に婚約をもう一度認めてもらおうと努力しているところだと言う。



それなら……仕方がなかった。



シュザンナの気持ちがケネスにあるなら、ウィリアムに出番はない。





ウィリアムにしてみれば、うまくいってくれない方が好ましかった。どこかに自分勝手な未練がある。



だが、もし不仲だったら? あるいは婚約がうまく行かなかったら? チャンスがあるかもしれないと思っていた。





……だが、今、ウィリアムは別の危機に気が付いた。



例えば、バーカムステッド公爵家のオスカーの目に留まったのだとしたら?



最近のシュザンナは、とてもきれいだ。ドレスも派手でなくて感じが良くて、いい意味で目立つ。



まずい。



ウィリアムにチャンスがあると言うことは、別の男にもチャンスがあると言う意味なのだ。
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