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第53話 オスカー様の犠牲
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そうだった。
母はバーカムステッド家との結婚について何も言わなかった。
そして、私が懸念していたより、あっさりケネスとの婚約を承諾した。
理由はオスカーが言ったとおりなのだろう。
オスカー様から、婚約を断られたからだ。後がなくなったからだ。
「大いに感謝して欲しいものです」
寂しそうに彼は言った。
私は上目遣いにオスカー様の顔を見た。
彼の言うことは正しい。
彼が断わってくれなかったら、ケネスと婚約できなかっただろう。
だから、オスカーは犠牲を払ったと言うのだ。
「手を伸ばせば届くのに」
いいえ、届かない。私の心には届かない。それも知っているでしょう。それなのに。
「感謝して欲しいと言うより、知っておいて欲しかった。それと、ケネスには黙っておいて欲しい。ケネスとの友情のために」
「私に話さなければ、良かったのでは?」
オスカーは歪んだ微笑みを見せた。
「ウィリアムは勝算がなくても、君に告白しましたよね」
「……ええ」
「しなければよかったんじゃないですか? ただの自己満足でしょう。告白しなかったら、それこそ君の記憶の片隅にも残らなくなるけど」
それは……解答がわからない。
「僕が今していることは、ウィリアムのやったことと同じです」
違う気がするけれど。少なくとも、ウィリアムは、こんな意地悪なことを言わなかった。
「君の心のどこかに残りたかった。僕の君への気持ちと、それゆえに手放したチャンスだ」
何も言わなかったら、何も知られない。残らない。
「何も言わなかったら、僕はすばらしい人になれたかも知れないけど、僕がなりたかったのは清廉潔白な紳士じゃない。君の恋人になりたかった。どんなに卑しい男と思われてもね」
彼の言うことは真実で、彼が何をどう決めるかは彼の自由だった。
お茶を飲んだあと、オスカー様は、温室を案内しようと言い出した。
さっきまでのいろんな話を思うと、一緒にいていいのかどうか迷ったけれど、彼はまるで自邸に招かれた客は全員、案内される義務があるとでも思っているかのようだった。
「母の自慢の温室なんだ。お客様がいらした時はぜひご案内してあげてと言われている」
温室はむっとして熱かった。見たこともない不思議な形の、でも美しい様々な花や、変わった香りの奇妙な植物たち。
「これが全部植物なのですか? これは実?」
壺に似た妙な形の植物らしいモノに手を伸ばしかけたら、オスカー様に止められた。
「中に虫がいます」
「虫?」
オスカー様はうなずいた。
「甘い香りで虫をおびき寄せ、この壺のような形の葉の中に落とすのです。中には消化液が入っていて、虫は溶かされて食べられてしまう。手を入れてはダメですよ」
彼は私の伸ばしかけた手を、やさしく食虫草から遠ざけた。
その仕草には思わず見とれてしまった。
オスカー様はとてもやさしくて、私の目線を追って、少し不思議そうな顔をしていると思うとその花の説明をしたりしながら、温室内を案内してくれた。
私はだんだんオスカー様がわからなくなってきた。口元にほほえみをたたえ、私の足取りに合わせ、話を押し付けるでもなく妙な沈黙になることもなく、ひたすらに優しい。
途中には、あのすばらしい羽根のオウムもいた。
「結構、凶暴だから、あまり近寄らない方がいいですよ。あなたを噛むかも知れないから」
目をキラキラさせながら、お尻を振ってこちらに向かって歩いてくるオウムには、ちょっとビビってしまった。
オウム得意のギャーと言う鳴き声に、ビックリして、ついオスカー様の方にすり寄ってしあうと、彼はやさしく微笑んで、もう中に入りましょうかと言った。
「人見知りするんです。温室内はヤツのテリトリーですからね」
さっきの話は忘れたように、オスカー様は、控えめで上品な紳士だった。
馬車のドアを閉めながら彼は言った。
「ケネスには黙っていてください」
「それは……苦しい注文ですね。彼に隠し事はしたくないの」
オスカー様は……彼はとてもやさしいけど、やっぱり意地悪だと思う……悪そうな笑いを浮かべた。
「だからこそですよ。僕とケネスの友情が、一生を通じて大事なものだってわかるでしょ? 恋人への秘密は、きっとあなたの心に刺さる。僕はそのトゲになりたいんだ」
母はバーカムステッド家との結婚について何も言わなかった。
そして、私が懸念していたより、あっさりケネスとの婚約を承諾した。
理由はオスカーが言ったとおりなのだろう。
オスカー様から、婚約を断られたからだ。後がなくなったからだ。
「大いに感謝して欲しいものです」
寂しそうに彼は言った。
私は上目遣いにオスカー様の顔を見た。
彼の言うことは正しい。
彼が断わってくれなかったら、ケネスと婚約できなかっただろう。
だから、オスカーは犠牲を払ったと言うのだ。
「手を伸ばせば届くのに」
いいえ、届かない。私の心には届かない。それも知っているでしょう。それなのに。
「感謝して欲しいと言うより、知っておいて欲しかった。それと、ケネスには黙っておいて欲しい。ケネスとの友情のために」
「私に話さなければ、良かったのでは?」
オスカーは歪んだ微笑みを見せた。
「ウィリアムは勝算がなくても、君に告白しましたよね」
「……ええ」
「しなければよかったんじゃないですか? ただの自己満足でしょう。告白しなかったら、それこそ君の記憶の片隅にも残らなくなるけど」
それは……解答がわからない。
「僕が今していることは、ウィリアムのやったことと同じです」
違う気がするけれど。少なくとも、ウィリアムは、こんな意地悪なことを言わなかった。
「君の心のどこかに残りたかった。僕の君への気持ちと、それゆえに手放したチャンスだ」
何も言わなかったら、何も知られない。残らない。
「何も言わなかったら、僕はすばらしい人になれたかも知れないけど、僕がなりたかったのは清廉潔白な紳士じゃない。君の恋人になりたかった。どんなに卑しい男と思われてもね」
彼の言うことは真実で、彼が何をどう決めるかは彼の自由だった。
お茶を飲んだあと、オスカー様は、温室を案内しようと言い出した。
さっきまでのいろんな話を思うと、一緒にいていいのかどうか迷ったけれど、彼はまるで自邸に招かれた客は全員、案内される義務があるとでも思っているかのようだった。
「母の自慢の温室なんだ。お客様がいらした時はぜひご案内してあげてと言われている」
温室はむっとして熱かった。見たこともない不思議な形の、でも美しい様々な花や、変わった香りの奇妙な植物たち。
「これが全部植物なのですか? これは実?」
壺に似た妙な形の植物らしいモノに手を伸ばしかけたら、オスカー様に止められた。
「中に虫がいます」
「虫?」
オスカー様はうなずいた。
「甘い香りで虫をおびき寄せ、この壺のような形の葉の中に落とすのです。中には消化液が入っていて、虫は溶かされて食べられてしまう。手を入れてはダメですよ」
彼は私の伸ばしかけた手を、やさしく食虫草から遠ざけた。
その仕草には思わず見とれてしまった。
オスカー様はとてもやさしくて、私の目線を追って、少し不思議そうな顔をしていると思うとその花の説明をしたりしながら、温室内を案内してくれた。
私はだんだんオスカー様がわからなくなってきた。口元にほほえみをたたえ、私の足取りに合わせ、話を押し付けるでもなく妙な沈黙になることもなく、ひたすらに優しい。
途中には、あのすばらしい羽根のオウムもいた。
「結構、凶暴だから、あまり近寄らない方がいいですよ。あなたを噛むかも知れないから」
目をキラキラさせながら、お尻を振ってこちらに向かって歩いてくるオウムには、ちょっとビビってしまった。
オウム得意のギャーと言う鳴き声に、ビックリして、ついオスカー様の方にすり寄ってしあうと、彼はやさしく微笑んで、もう中に入りましょうかと言った。
「人見知りするんです。温室内はヤツのテリトリーですからね」
さっきの話は忘れたように、オスカー様は、控えめで上品な紳士だった。
馬車のドアを閉めながら彼は言った。
「ケネスには黙っていてください」
「それは……苦しい注文ですね。彼に隠し事はしたくないの」
オスカー様は……彼はとてもやさしいけど、やっぱり意地悪だと思う……悪そうな笑いを浮かべた。
「だからこそですよ。僕とケネスの友情が、一生を通じて大事なものだってわかるでしょ? 恋人への秘密は、きっとあなたの心に刺さる。僕はそのトゲになりたいんだ」
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