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第22話 エレノアのサプライズ計画
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ラルフは青い顔をしていた。
「あの、ラルフ、心配してくれてありがとう」
私はまず言った。
「王妃の手の者たちが追いかけてきたのだ。無理やり馬車を止めると、中へ入ってきた」
ビンセント様の言ったとおりだ。
「オーガスタ嬢を出せと」
男二人を見つけた時の、王妃の騎士たちの当ての外れっぷりを想像すると少し笑えて来た。
「オーガスタ嬢はどこへ行ったかだの、隠したのかだの大騒ぎになった。終いには馬車全体を捜索していた」
隠しようがない。何しろ最初から乗っていなかったのだから。
「もちろんベロス家の馬車に乗って行ったことはわかっていたが、侍女と別の車で帰ったと言い張った。連中の狙いはあなただ。いないことがわかると、リッチモンド家の馬車を探しに走って行った」
私が乗っていたのはベロス家の馬車だ。どんなに探しても見つからないだろう。おまけに遠回りして河岸を走っていた。
「ビンセントに何もされませんでしたか?」
ラルフは心配そうに顔をのぞき込んだ。
「今のあなたがしたお話をしてくださいましたわ。どうしても王妃様は私を王太子妃にしたい。拉致してでも。それを避けるために、ベロス家の馬車で大回りして時間を稼ぎ、ここへ帰してくださいました」
ラルフは納得がいかないようだった。
「あなたを無事に逃がせば、リリアン嬢が王太子妃になる可能性は高くなる。ビンセントに利がないわけではないが、そこまでするだろうか」
「リッチモンド家に恩を売りたい、それに私が王太子妃になってもらっては困るそうです。あの方の計画に邪魔だそうですわ、私が王太子妃になることは」
「計画?」
「知りません。そこまでは聞きませんでした。何かあるのでしょう。でも、私は一休みしたい。ラルフ、引き取ってくださいませんか?」
このドレスを脱ぎたいの。それから食事をしたい。だが、ラルフが頑として動かなかった。
「二ヶ月後と言っていたが、結婚式は明日にしたい」
「え?」
私は思い切り嫌そうな顔をした。
ものすごく面倒くさい。
私は疲れているのだ。
せっかく王太子妃候補から外れたのだから、年頃の令嬢らしく大勢の素敵な男性からチヤホヤされて、好きな時に食べて寝て、ゆっくりしたいの。
それなのに、ラルフに頑丈にガードされて、ろくすっぽ外にも出られなかった。しかも、王太子殿下を押し付けるのが目的の、残念お茶会に出席を強要された挙句に、あのベロス公爵だ。
公爵位にある人間にはあるまじき大芝居を見せられた。もう、おなかいっぱいである。
「ダメです。あなたがお決めになったことではありませんか。明日朝、結婚式を挙げたい」
私は肩をすくめた。
「話の都合上、明日と言っただけよ。本当に明日結婚式なんか挙げられるわけないじゃない」
「でも、王家の前で宣言されました」
「そこまで急ぐことはないと思うわ。あの分では、王太子妃はリリアン嬢で決定よ。お似合いだと思うわ」
「王妃様は隙を狙っている」
「それはビンセント様に聞きました」
私はうんざりして答えた。
「ビンセント様の意見によると、リッチモンド家を継ぐのはどうやらあなたのようね。もし、私があなたと結婚しなければ、エレノアと結婚する。もし、エレノアと結婚しなくても、養子になって、この家を継ぐだろうって。どう? 間違ってはいないでしょう?」
「オーガスタ様、私は……」
「だから、結婚はあなたにとっては必要事項ではないでしょう。最悪、養子になればいいだけのこと。無理に私と結婚しなくてもいいの」
「でも、私があなたと結婚するのは、あなたの為なのです」
ラルフが言い出した。
「あなたを守るためなのです。前にも言ったと思いますが」
「執行猶予ね。形だけの結婚ね。王太子が誰かと正式に結婚するまでの偽装結婚だと言うわけね」
ラルフは言いよどんだ。
「王太子殿下ともあろう方は一度結婚してしまえば、離婚も別居も難しいでしょう」
私は自分が王太子妃になった場合を想像してゾッとした。離婚も別居も出来ない。寡婦になっても一生菩提を弔わされるだろう。
私はラルフの顔を見た。
「いいわ。偽装結婚ね。私のためにあなたに苦労させて申し訳ない。いつかあなたも愛する人とご縁が結ばれますように。ソフィアを寄こしてくださいな」
私はイライラしていた。
ビンセント様の言葉が私の心をえぐっていた。
私と結婚しないならエレノアと結婚するんですって。養子になって跡を継ぐんですって。
ラルフの頭の中には、公爵家の未来しかないのね。
エレノアでもよかったのか。私が公爵家を継ぐから結婚するだけの話。
確かに彼はこれまでも冷静で合理的な男だった。今だけ、私を愛していますだなんておかしいわよね。
もちろん、そう言わなきゃいけないものね。
もっと柔らかな心があるんだと思い始めてきていたのに。
もしかしたら、本気で好きなのかもしれないと信じ始めていたのに。
簡単に人を信じてはいけないわね。
「お嬢様……」
ソフィアが入ってきた。
「ラルフ様に何を言ったのですか?」
「事情があって、ラルフと明日結婚するの。結婚が早まったのよ」
私はさばさばと言った。
確かに少なくとも王太子殿下との結婚は、奴隷になるようなものだ。救いがない。もし、国政に興味があって、外交にも興味があって、自国をどうにかしたいとか言う野望があると言うなら、望外のチャンスだろう。
生まれが王家ではない人間が、王妃様として崇め奉られるのだ。
『でも、王妃様はあまり幸せそうには見えないしね』
口には出さなかったが、正直な感想だった。
「どうしてラルフ様は嬉しそうではなかったんでしょう?」
「嬉しくないんでしょうよ。仕えている家の家督を得るために、しかたなくそこの家の娘と結婚するのよ? 結婚するなら、好きな女性を選びたいわよね? 彼に選択権はなかったのよ。かわいそうだわ」
「お嬢様……」
ソフィアが陰気な声を出した。マズイ。説教する時の声だ。
「ラルフ様は、お嬢様のことだけは格別でしたわ。黙っていらっしゃるけれど、心の底から愛していらっしゃると思います」
「本人はそんなこと言ってないわよ?」
ソフィアは相当面食らったようだった。
「何も? 何もおっしゃっていないのですか?」
「もちろん。ベロス家のビンセント様によると家督を継ぐのは決定だろうから、娘二人のうちのどちらと結婚しても気にしないらしいわ」
ソフィアはショックから立ち直ると、ドレスを脱がせ部屋着に着替えさせ、軽い食事を運ばせながら、一生懸命考え考え、言葉を選んで説得にかかった。
「でも、ベロス家のビンセント様は他人です。別にラルフ様とお親しいわけでもありません。ラルフ様の心のうちまでご存じなはずがないではありませんか」
「だけど、私だって、ソフィアだって、ラルフの心のうちなんかわからないわ。それにどうでもいいの」
私はすねまくっていた。
この気持ち、どうしたらいいのだ。
王太子殿下とは結婚したくない。
だけどラルフは別に私を好きな様子ではない。この前だって、公爵家への義務をやたらに強調していた。
だから、結婚しなくちゃいけないのだと。
周りは盛り上げようとしてくれるけど、ロマンチックとは程遠い。
それでも結婚しなくちゃいけない。しかも明日。時間がなさすぎる。
その時、ドアがバーンと開いた。
この家で、ドアを音を立てて開けたり閉めたりする人間は一人しかいない。
家中の、どの教育のない一番下っ端の下女や粗暴な下男でも、建物の中に入ったらその森閑とした空気に感染して、口数も減り出来るだけ静かに振舞うものだ。
「お姉さま!」
ああ。頭痛の種がやって来た。
今度は何だろう。
「お姉さま、ラルフと結婚するんですって?」
「ええ」
猛烈に気がない調子になってしまったが、私は返事した。
「お姉さま! 私、ラルフと結婚しますわ!」
ソフィアの顔が見物だった。まあ、私も似た感じの顔になっているかもしれなかった。
「さっきラルフの顔を見ましたわ。とてもショックを受けたような顔をしていました」
「そうなの……」
「見ていて気の毒なくらいでした。よほど、お姉さまとの結婚が気が進まないのだと思います」
じゃあ、どうしてエレノアとの結婚なら喜ぶと思うのよ?
「私も、ラルフならいいかなと思いますの」
「そ、そうなの?」
知らなかったわ。
「穏やかで控えめですけど、きっと大事にしてもらえると思います」
ううむ。何か間違っている気がするけれど。ラルフは穏やかで控えめではない。
「優しい人が好きだって、王太子殿下との一件で私、悟りました」
あ、ソウ。
「ラルフはとてもやさしくて包み込むような方です。お気に召さないお姉さまに付き合って、ウマで遠乗りに行ったり」
「あ、あれは用事があったの。実際には遠乗りなんかしていないのよ」
「まあ、やっぱり。お姉さま相手では、お嫌でしょうからね。私が、ウマに乗れればお付き合いして差し上げましたのに」
私の妹はどうしてこういう性格なんだろう。
私に何かあると……ドレスや宝石をもらったり、パーティーに招待されたり、結婚相手が決まったりするたびに……自分のものだと言い出し始める。
「それで、お父さまにお願いして、ラルフのお願いをかなえてあげたいと思いますの」
「お願いとは?」
エレノアは、ちょっと照れたようにフフッと笑った。
「代わりに私が花嫁になってあげようかなと。サプライズですわ」
サプライズ過ぎる。みんな猛烈に驚くと思う。
「結婚式は明日ですよ」
たまりかねたソフィアが注意した。
「延ばせばいいわ」
こともなげにエレノアは言った。
「ラルフと結婚すれば公爵家を継ぐことにもなると思うの。お披露目を兼ねて盛大にやりたいわ」
「もし、エレノアお嬢様、どこから明日結婚式だとお聞きになられたのですか?」
「侍女のアンよ。それからラルフは、とても辛そうだったって。お姉さま、ラルフが可哀そうよ。自分の幸せばっかり考えてはダメよ。人の気持ちも少しは考えてごらんなさい」
ううむ。どの口が言うか。
「お姉さまみたいに冷たくてはっきりしない女性を好きになるような男はいないわ。男には手練手管と言うものが必要なのよ。わからないだなんて、かわいそうだとは思うけど、こればっかりは教えられないわ。お姉さまには女の魅力がないのよ」
何を言っているんだかわからない。
それなら、ぜひ、お望みの王太子殿下にその魅力を余すところなく存分に振るえばよかったのに。
それに、この前はラルフには本命の恋人がいると教えてくれたではないか。そっちはいいのか? 気にならないの?
口に出したら反応が怖い。私は別のことを言うことにした。
「でも、私は一応誰かと結婚しないと王太子殿下が付け狙っているのよ。困るのよ」
妹はツンとした。
「そこまでは知らないわ。お姉様が男性に人気がないのは私のせいじゃありませんもの。多少、お気の毒とは思いますけど」
いや、だから、今、私は王太子殿下に狙われている(好かれている)って、言ってるでしょう?
「ラルフ様に花嫁すげ替えのお話はされたのですか?」
額に青筋をたてたソフィアが確認した。
「だからサプライズだって言ったでしょう? 教えちゃったら、サプライズにならないじゃない」
「でも、本当に困るのよ」
私が言いかけると、エレノアは勝ち誇ったように言った。
「残念ね。お姉さまと結婚したい男なんか、そうそういないわ」
突然、ドアが開いて、今度はビンセント様が入ってきた。父との話が終わったのだろうか。
「なんだか楽しそうだね」
彼はどうやらドアの外で聞いていたらしい。本気で面白がっている様子だった。
「そこの、頭がからっぽで、自意識過剰で、おごり高ぶったお嬢さん」
エレノアはきょとんとしていた。それから、私の顔を見た。違います。あなたのことですよ。
「違うよ、君のことだよ、エレノア嬢。僕は嬉しくないけど、ラルフは本気だよ」
エレノアはパッと上気した。何、勘違いしているのだろう。
「オーガスタ嬢に恋焦がれているよ。あんな男がね」
それから彼は向き直った。
「こんなところまでお邪魔して失礼しました、オーガスタ嬢。しかし、当分お目に懸かれないと思いますので、あいさつに参りました」
彼は心を込めて私の手を握った。
「ラルフに飽きたらいつでも受け入れますよ。待ってます」
ビンセントには困ったものだ。いつもこんな調子なのだもの。嘘かほんとかよくわからないわ。
「父との話は済んだのですの?」
ビンセント様は笑った。
「感謝するとのお言葉でした」
「もちろん、私からも感謝を申し上げます。本当にありがとうございます、ビンセント様」
「フフ。私にとって利益のあることだったのですよ、今にわかります」
「あの、ラルフ、心配してくれてありがとう」
私はまず言った。
「王妃の手の者たちが追いかけてきたのだ。無理やり馬車を止めると、中へ入ってきた」
ビンセント様の言ったとおりだ。
「オーガスタ嬢を出せと」
男二人を見つけた時の、王妃の騎士たちの当ての外れっぷりを想像すると少し笑えて来た。
「オーガスタ嬢はどこへ行ったかだの、隠したのかだの大騒ぎになった。終いには馬車全体を捜索していた」
隠しようがない。何しろ最初から乗っていなかったのだから。
「もちろんベロス家の馬車に乗って行ったことはわかっていたが、侍女と別の車で帰ったと言い張った。連中の狙いはあなただ。いないことがわかると、リッチモンド家の馬車を探しに走って行った」
私が乗っていたのはベロス家の馬車だ。どんなに探しても見つからないだろう。おまけに遠回りして河岸を走っていた。
「ビンセントに何もされませんでしたか?」
ラルフは心配そうに顔をのぞき込んだ。
「今のあなたがしたお話をしてくださいましたわ。どうしても王妃様は私を王太子妃にしたい。拉致してでも。それを避けるために、ベロス家の馬車で大回りして時間を稼ぎ、ここへ帰してくださいました」
ラルフは納得がいかないようだった。
「あなたを無事に逃がせば、リリアン嬢が王太子妃になる可能性は高くなる。ビンセントに利がないわけではないが、そこまでするだろうか」
「リッチモンド家に恩を売りたい、それに私が王太子妃になってもらっては困るそうです。あの方の計画に邪魔だそうですわ、私が王太子妃になることは」
「計画?」
「知りません。そこまでは聞きませんでした。何かあるのでしょう。でも、私は一休みしたい。ラルフ、引き取ってくださいませんか?」
このドレスを脱ぎたいの。それから食事をしたい。だが、ラルフが頑として動かなかった。
「二ヶ月後と言っていたが、結婚式は明日にしたい」
「え?」
私は思い切り嫌そうな顔をした。
ものすごく面倒くさい。
私は疲れているのだ。
せっかく王太子妃候補から外れたのだから、年頃の令嬢らしく大勢の素敵な男性からチヤホヤされて、好きな時に食べて寝て、ゆっくりしたいの。
それなのに、ラルフに頑丈にガードされて、ろくすっぽ外にも出られなかった。しかも、王太子殿下を押し付けるのが目的の、残念お茶会に出席を強要された挙句に、あのベロス公爵だ。
公爵位にある人間にはあるまじき大芝居を見せられた。もう、おなかいっぱいである。
「ダメです。あなたがお決めになったことではありませんか。明日朝、結婚式を挙げたい」
私は肩をすくめた。
「話の都合上、明日と言っただけよ。本当に明日結婚式なんか挙げられるわけないじゃない」
「でも、王家の前で宣言されました」
「そこまで急ぐことはないと思うわ。あの分では、王太子妃はリリアン嬢で決定よ。お似合いだと思うわ」
「王妃様は隙を狙っている」
「それはビンセント様に聞きました」
私はうんざりして答えた。
「ビンセント様の意見によると、リッチモンド家を継ぐのはどうやらあなたのようね。もし、私があなたと結婚しなければ、エレノアと結婚する。もし、エレノアと結婚しなくても、養子になって、この家を継ぐだろうって。どう? 間違ってはいないでしょう?」
「オーガスタ様、私は……」
「だから、結婚はあなたにとっては必要事項ではないでしょう。最悪、養子になればいいだけのこと。無理に私と結婚しなくてもいいの」
「でも、私があなたと結婚するのは、あなたの為なのです」
ラルフが言い出した。
「あなたを守るためなのです。前にも言ったと思いますが」
「執行猶予ね。形だけの結婚ね。王太子が誰かと正式に結婚するまでの偽装結婚だと言うわけね」
ラルフは言いよどんだ。
「王太子殿下ともあろう方は一度結婚してしまえば、離婚も別居も難しいでしょう」
私は自分が王太子妃になった場合を想像してゾッとした。離婚も別居も出来ない。寡婦になっても一生菩提を弔わされるだろう。
私はラルフの顔を見た。
「いいわ。偽装結婚ね。私のためにあなたに苦労させて申し訳ない。いつかあなたも愛する人とご縁が結ばれますように。ソフィアを寄こしてくださいな」
私はイライラしていた。
ビンセント様の言葉が私の心をえぐっていた。
私と結婚しないならエレノアと結婚するんですって。養子になって跡を継ぐんですって。
ラルフの頭の中には、公爵家の未来しかないのね。
エレノアでもよかったのか。私が公爵家を継ぐから結婚するだけの話。
確かに彼はこれまでも冷静で合理的な男だった。今だけ、私を愛していますだなんておかしいわよね。
もちろん、そう言わなきゃいけないものね。
もっと柔らかな心があるんだと思い始めてきていたのに。
もしかしたら、本気で好きなのかもしれないと信じ始めていたのに。
簡単に人を信じてはいけないわね。
「お嬢様……」
ソフィアが入ってきた。
「ラルフ様に何を言ったのですか?」
「事情があって、ラルフと明日結婚するの。結婚が早まったのよ」
私はさばさばと言った。
確かに少なくとも王太子殿下との結婚は、奴隷になるようなものだ。救いがない。もし、国政に興味があって、外交にも興味があって、自国をどうにかしたいとか言う野望があると言うなら、望外のチャンスだろう。
生まれが王家ではない人間が、王妃様として崇め奉られるのだ。
『でも、王妃様はあまり幸せそうには見えないしね』
口には出さなかったが、正直な感想だった。
「どうしてラルフ様は嬉しそうではなかったんでしょう?」
「嬉しくないんでしょうよ。仕えている家の家督を得るために、しかたなくそこの家の娘と結婚するのよ? 結婚するなら、好きな女性を選びたいわよね? 彼に選択権はなかったのよ。かわいそうだわ」
「お嬢様……」
ソフィアが陰気な声を出した。マズイ。説教する時の声だ。
「ラルフ様は、お嬢様のことだけは格別でしたわ。黙っていらっしゃるけれど、心の底から愛していらっしゃると思います」
「本人はそんなこと言ってないわよ?」
ソフィアは相当面食らったようだった。
「何も? 何もおっしゃっていないのですか?」
「もちろん。ベロス家のビンセント様によると家督を継ぐのは決定だろうから、娘二人のうちのどちらと結婚しても気にしないらしいわ」
ソフィアはショックから立ち直ると、ドレスを脱がせ部屋着に着替えさせ、軽い食事を運ばせながら、一生懸命考え考え、言葉を選んで説得にかかった。
「でも、ベロス家のビンセント様は他人です。別にラルフ様とお親しいわけでもありません。ラルフ様の心のうちまでご存じなはずがないではありませんか」
「だけど、私だって、ソフィアだって、ラルフの心のうちなんかわからないわ。それにどうでもいいの」
私はすねまくっていた。
この気持ち、どうしたらいいのだ。
王太子殿下とは結婚したくない。
だけどラルフは別に私を好きな様子ではない。この前だって、公爵家への義務をやたらに強調していた。
だから、結婚しなくちゃいけないのだと。
周りは盛り上げようとしてくれるけど、ロマンチックとは程遠い。
それでも結婚しなくちゃいけない。しかも明日。時間がなさすぎる。
その時、ドアがバーンと開いた。
この家で、ドアを音を立てて開けたり閉めたりする人間は一人しかいない。
家中の、どの教育のない一番下っ端の下女や粗暴な下男でも、建物の中に入ったらその森閑とした空気に感染して、口数も減り出来るだけ静かに振舞うものだ。
「お姉さま!」
ああ。頭痛の種がやって来た。
今度は何だろう。
「お姉さま、ラルフと結婚するんですって?」
「ええ」
猛烈に気がない調子になってしまったが、私は返事した。
「お姉さま! 私、ラルフと結婚しますわ!」
ソフィアの顔が見物だった。まあ、私も似た感じの顔になっているかもしれなかった。
「さっきラルフの顔を見ましたわ。とてもショックを受けたような顔をしていました」
「そうなの……」
「見ていて気の毒なくらいでした。よほど、お姉さまとの結婚が気が進まないのだと思います」
じゃあ、どうしてエレノアとの結婚なら喜ぶと思うのよ?
「私も、ラルフならいいかなと思いますの」
「そ、そうなの?」
知らなかったわ。
「穏やかで控えめですけど、きっと大事にしてもらえると思います」
ううむ。何か間違っている気がするけれど。ラルフは穏やかで控えめではない。
「優しい人が好きだって、王太子殿下との一件で私、悟りました」
あ、ソウ。
「ラルフはとてもやさしくて包み込むような方です。お気に召さないお姉さまに付き合って、ウマで遠乗りに行ったり」
「あ、あれは用事があったの。実際には遠乗りなんかしていないのよ」
「まあ、やっぱり。お姉さま相手では、お嫌でしょうからね。私が、ウマに乗れればお付き合いして差し上げましたのに」
私の妹はどうしてこういう性格なんだろう。
私に何かあると……ドレスや宝石をもらったり、パーティーに招待されたり、結婚相手が決まったりするたびに……自分のものだと言い出し始める。
「それで、お父さまにお願いして、ラルフのお願いをかなえてあげたいと思いますの」
「お願いとは?」
エレノアは、ちょっと照れたようにフフッと笑った。
「代わりに私が花嫁になってあげようかなと。サプライズですわ」
サプライズ過ぎる。みんな猛烈に驚くと思う。
「結婚式は明日ですよ」
たまりかねたソフィアが注意した。
「延ばせばいいわ」
こともなげにエレノアは言った。
「ラルフと結婚すれば公爵家を継ぐことにもなると思うの。お披露目を兼ねて盛大にやりたいわ」
「もし、エレノアお嬢様、どこから明日結婚式だとお聞きになられたのですか?」
「侍女のアンよ。それからラルフは、とても辛そうだったって。お姉さま、ラルフが可哀そうよ。自分の幸せばっかり考えてはダメよ。人の気持ちも少しは考えてごらんなさい」
ううむ。どの口が言うか。
「お姉さまみたいに冷たくてはっきりしない女性を好きになるような男はいないわ。男には手練手管と言うものが必要なのよ。わからないだなんて、かわいそうだとは思うけど、こればっかりは教えられないわ。お姉さまには女の魅力がないのよ」
何を言っているんだかわからない。
それなら、ぜひ、お望みの王太子殿下にその魅力を余すところなく存分に振るえばよかったのに。
それに、この前はラルフには本命の恋人がいると教えてくれたではないか。そっちはいいのか? 気にならないの?
口に出したら反応が怖い。私は別のことを言うことにした。
「でも、私は一応誰かと結婚しないと王太子殿下が付け狙っているのよ。困るのよ」
妹はツンとした。
「そこまでは知らないわ。お姉様が男性に人気がないのは私のせいじゃありませんもの。多少、お気の毒とは思いますけど」
いや、だから、今、私は王太子殿下に狙われている(好かれている)って、言ってるでしょう?
「ラルフ様に花嫁すげ替えのお話はされたのですか?」
額に青筋をたてたソフィアが確認した。
「だからサプライズだって言ったでしょう? 教えちゃったら、サプライズにならないじゃない」
「でも、本当に困るのよ」
私が言いかけると、エレノアは勝ち誇ったように言った。
「残念ね。お姉さまと結婚したい男なんか、そうそういないわ」
突然、ドアが開いて、今度はビンセント様が入ってきた。父との話が終わったのだろうか。
「なんだか楽しそうだね」
彼はどうやらドアの外で聞いていたらしい。本気で面白がっている様子だった。
「そこの、頭がからっぽで、自意識過剰で、おごり高ぶったお嬢さん」
エレノアはきょとんとしていた。それから、私の顔を見た。違います。あなたのことですよ。
「違うよ、君のことだよ、エレノア嬢。僕は嬉しくないけど、ラルフは本気だよ」
エレノアはパッと上気した。何、勘違いしているのだろう。
「オーガスタ嬢に恋焦がれているよ。あんな男がね」
それから彼は向き直った。
「こんなところまでお邪魔して失礼しました、オーガスタ嬢。しかし、当分お目に懸かれないと思いますので、あいさつに参りました」
彼は心を込めて私の手を握った。
「ラルフに飽きたらいつでも受け入れますよ。待ってます」
ビンセントには困ったものだ。いつもこんな調子なのだもの。嘘かほんとかよくわからないわ。
「父との話は済んだのですの?」
ビンセント様は笑った。
「感謝するとのお言葉でした」
「もちろん、私からも感謝を申し上げます。本当にありがとうございます、ビンセント様」
「フフ。私にとって利益のあることだったのですよ、今にわかります」
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