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第40話 手紙を書いて欲しい
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まさかと思ったが、殿下は本当に出かけていった。
王宮では、殿下の出陣前に宴会が行われた。限られた高位の貴族だけが出席する会だった。
ベロス嬢は体調不良で欠席したが、私とラルフは招かれた。
男爵夫妻なんか招ばなくていいのに! 出ないで済ます方法を必死になって考えたが、どうしても思いつかなかった。
殿下は私のところへわざわざ訪ねてこられた。
本日の主役が、こんな男爵夫人になんの用事があると言うのだろう。
ラルフは国王陛下に呼ばれて、そばにいなかった。陛下と王妃様はグルなんだ。私は不安になった。
殿下は私の手を握って、必ず帰ってくると誓って言った。
「その時には、あなたにもう一度結婚を申し込みたい。どうか待っていて欲しい」
いや、全然待てないから。……って言うか、もう夫がいますから。
「わかってるよ。体面を保つために仕方なくあの男と結婚したんだよね」
そんな側面もなきにしもあらずだが、私は言い切った。
「そんなことございません。私はもう結婚しております。殿下のお申し込みは受け入れかねます」
「大丈夫だ。あのラルフは話のわかる男だ」
いや、そんなことはないと思う。他のことはとにかく、その件に関しては、全然話が通じないと思うわ。
「実はラルフの知り合いという人物と何回かこっそり話したことがあるんだ。安心して待っていてくれ」
ラルフの知り合い? 王太子殿下は誰か変な人に騙れているんじゃないの?
「殿下は何をお聞きになったと言うのでしょうか」
王太子があたりを憚るように周りを見回した。
「白い結婚だ。君には指一本触れていないそうだ。君の希望だそうだね。嬉しかった」
なんですと?
「僕のために白い結婚をしていたのかと思うと涙が出たよ。なんでもしようと思った。少々危険でも、手柄を立てて認められたい」
ちょっとっ。一体、何を言っているのかしら?!
「君が欲しい。簡単に手に入るものではダメだったんだ。リリアン嬢やいろんな女性と付き合ってみて気が付いた。君の横が一番安らぐ。白い結婚と聞いて本当に嬉しかった。涙が出た」
「そんなこと、嘘ですわ! 一体、誰が殿下にそのような嘘を……」
殿下が嬉しそうに笑った。
「久しぶりにあなたと話が出来た。結婚して以来、僕の話を聞いてくれなかった」
それは、あなたの話は、聞く必要もなさそうな話ばかりだからです。
王太子妃候補の時代は、やむなく聞くふりをしていただけ。結婚後は、ふりをする必要がなくなったから、聞かなかったのよ。
「今日は聞いてくれる。嬉しいよ」
それは、聞かないわけにはいかないからよ。
「一体どんな方から、そんな変な噂をお聞きになりましたの?」
殿下は本当に嬉しそうだった。もったいぶって答えた。
「それは言えないな。秘密にするって約束したんだ」
えー、またバカバカしい会話になってきた。だけど、確認したい。
「殿下、意地悪言わないで、教えてくださいな」
伝家の宝刀。甘えてみる。
王太子殿下は見る間に溶けていった。大丈夫かなあ、これ。
「年配の紳士だ。あなた方の新婚生活をとてもよく知っていた」
うちの執事の誰かが裏切ったのかしら? でも、執事も知らないんじゃないかな。
「うちの執事かしら?」
「違うよ。頭の禿げた、立派な黒ひげを蓄えた人物だよ。外国訛りがある」
最低だわ。外国のスパイじゃないの? 王太子殿下ともあろう方が、スパイなんかと関わってどうするつもり?
スパイとは言え、頭髪の状態をずばり指摘されているのには、気の毒感がわいたが。
「どこの訛りかしら? 殿下にお分かりにならないなんてこと、ございませんでしょう?」
伝家の宝刀。甘えてみる。第二弾。
だが、聞くだけ無駄だろう。殿下は語学はさっぱりだった。アレキア語なんか、最初っから寝ていたし。そもそも母国語からしてあやしいもの。
「パロナ訛りかなあ……」
えっ? パロナ?
向こうからゆったりとした足取りでラルフが近づいてきた。目が怖い気がする。
「ああ、君の偽りの夫がやって来た。ねえ、手紙を書く。返事を待っているよ」
手紙なんか迷惑ですわと言いたかったが、不意にひらめいた。
「殿下、どうか、手紙でそのパロナ人のことを教えてくださいまし。名前や身なりなど。殿下のお手紙を楽しみにしていますわ」
スパイを突き止めてやる。
殿下は、それはそれは嬉しそうに笑った。
「君から頼まれるだなんて! 僕にも返事を書いてくれるね?」
「え? ええ。もちろん」
殿下がそばを離れたのは、ラルフが戻ってくる寸前だった。
「あの男と何の話をしていた?」
「ぜひ手紙をくださいとお願いしましたの」
ラルフは正気かと言った顔で私を見た。
「だって、殿下は誰かにそそのかされたらしいの。私たちの結婚を白い結婚だって噂を殿下に伝えた者がいるらしいわ。その人の名前を手紙に書いて欲しいと頼んだの」
「フン。あの鳥頭が、聞かれた内容を覚えてりゃいいが」
ラルフ、相変わらず殿下のこと、嫌いなのね。
「確かにそうね」
殿下のことだ。質問なんかすっかり忘れて、自分のことばかり書いてきそうだ。
国王陛下は自分も了承したことながら、今回の遠征についてはひどく心配していた。
息子の能力について、そこまで無知ではなかったからだ。
そして、今回の参加がベロス嬢から逃れるためのものなのだと言うことがはっきりしているだけに、ベロス家への風当たりは強かった。ベロス嬢さえ、もう少しまともなら、こんなことにならなかったと思っているらしかった。
特に王妃は、ベロス嬢を呼び出して、度々叱責しているとの噂があった。
この前の市庁舎での泥酔事件は、ことのほか王妃の気に障ったらしく、かなり厳しく注意を受けたらしい。
私はこういった情報をリーリ侯爵夫人のお茶会で聞いた。
「あのベロス嬢が黙っているとは思えませんわ」
私はいつか見た、ベロス嬢がお付きの女官を扇でぶった時の様子を思い出して言った。
「ええ、ええ、そうなのよ。王妃様との仲は、すごく険悪だそうよ」
何人かのリーリ夫人派のご夫人方が口々に言った。
「お茶会には、会わないようにどちらかが欠席されますし。今からあれでは、心配ですわね。ここだけの話」
「しかも、殿下は婚約破棄を目論んでいるそうで」
私は胃が痛む思いがした。
「それを聞いたご令嬢方が……」
色めき立っているのかと言うと、そうではないらしい。
「殿下の不誠実さは、みんなが知るところになりましたからね。多少のリスクを取ってもいいと考える令嬢は多くないようですわ」
つまり、事情を知る国内の令嬢達は、余程訳ありでない限り立候補してこないらしい。
王太子殿下も地に落ちたものだ。
それでも王太子は王太子なので、それなりに身辺は賑やからしい。
「でも、やはり本命はあなただと言って、はばからないらしいですわよ? 結婚を解消させてやるって。どうして、そんな無茶なことを言い出されたのでしょう?」
ちょっとカマをかけるかのような質問もされた。
「おかしいですわ。殿下は何をお考えなのでしょう」
私はとぼけたが、こんなことを聞いてくるところをみると、白い結婚の疑惑が、噂になって広がっているのかも知れなかった。
王宮では、殿下の出陣前に宴会が行われた。限られた高位の貴族だけが出席する会だった。
ベロス嬢は体調不良で欠席したが、私とラルフは招かれた。
男爵夫妻なんか招ばなくていいのに! 出ないで済ます方法を必死になって考えたが、どうしても思いつかなかった。
殿下は私のところへわざわざ訪ねてこられた。
本日の主役が、こんな男爵夫人になんの用事があると言うのだろう。
ラルフは国王陛下に呼ばれて、そばにいなかった。陛下と王妃様はグルなんだ。私は不安になった。
殿下は私の手を握って、必ず帰ってくると誓って言った。
「その時には、あなたにもう一度結婚を申し込みたい。どうか待っていて欲しい」
いや、全然待てないから。……って言うか、もう夫がいますから。
「わかってるよ。体面を保つために仕方なくあの男と結婚したんだよね」
そんな側面もなきにしもあらずだが、私は言い切った。
「そんなことございません。私はもう結婚しております。殿下のお申し込みは受け入れかねます」
「大丈夫だ。あのラルフは話のわかる男だ」
いや、そんなことはないと思う。他のことはとにかく、その件に関しては、全然話が通じないと思うわ。
「実はラルフの知り合いという人物と何回かこっそり話したことがあるんだ。安心して待っていてくれ」
ラルフの知り合い? 王太子殿下は誰か変な人に騙れているんじゃないの?
「殿下は何をお聞きになったと言うのでしょうか」
王太子があたりを憚るように周りを見回した。
「白い結婚だ。君には指一本触れていないそうだ。君の希望だそうだね。嬉しかった」
なんですと?
「僕のために白い結婚をしていたのかと思うと涙が出たよ。なんでもしようと思った。少々危険でも、手柄を立てて認められたい」
ちょっとっ。一体、何を言っているのかしら?!
「君が欲しい。簡単に手に入るものではダメだったんだ。リリアン嬢やいろんな女性と付き合ってみて気が付いた。君の横が一番安らぐ。白い結婚と聞いて本当に嬉しかった。涙が出た」
「そんなこと、嘘ですわ! 一体、誰が殿下にそのような嘘を……」
殿下が嬉しそうに笑った。
「久しぶりにあなたと話が出来た。結婚して以来、僕の話を聞いてくれなかった」
それは、あなたの話は、聞く必要もなさそうな話ばかりだからです。
王太子妃候補の時代は、やむなく聞くふりをしていただけ。結婚後は、ふりをする必要がなくなったから、聞かなかったのよ。
「今日は聞いてくれる。嬉しいよ」
それは、聞かないわけにはいかないからよ。
「一体どんな方から、そんな変な噂をお聞きになりましたの?」
殿下は本当に嬉しそうだった。もったいぶって答えた。
「それは言えないな。秘密にするって約束したんだ」
えー、またバカバカしい会話になってきた。だけど、確認したい。
「殿下、意地悪言わないで、教えてくださいな」
伝家の宝刀。甘えてみる。
王太子殿下は見る間に溶けていった。大丈夫かなあ、これ。
「年配の紳士だ。あなた方の新婚生活をとてもよく知っていた」
うちの執事の誰かが裏切ったのかしら? でも、執事も知らないんじゃないかな。
「うちの執事かしら?」
「違うよ。頭の禿げた、立派な黒ひげを蓄えた人物だよ。外国訛りがある」
最低だわ。外国のスパイじゃないの? 王太子殿下ともあろう方が、スパイなんかと関わってどうするつもり?
スパイとは言え、頭髪の状態をずばり指摘されているのには、気の毒感がわいたが。
「どこの訛りかしら? 殿下にお分かりにならないなんてこと、ございませんでしょう?」
伝家の宝刀。甘えてみる。第二弾。
だが、聞くだけ無駄だろう。殿下は語学はさっぱりだった。アレキア語なんか、最初っから寝ていたし。そもそも母国語からしてあやしいもの。
「パロナ訛りかなあ……」
えっ? パロナ?
向こうからゆったりとした足取りでラルフが近づいてきた。目が怖い気がする。
「ああ、君の偽りの夫がやって来た。ねえ、手紙を書く。返事を待っているよ」
手紙なんか迷惑ですわと言いたかったが、不意にひらめいた。
「殿下、どうか、手紙でそのパロナ人のことを教えてくださいまし。名前や身なりなど。殿下のお手紙を楽しみにしていますわ」
スパイを突き止めてやる。
殿下は、それはそれは嬉しそうに笑った。
「君から頼まれるだなんて! 僕にも返事を書いてくれるね?」
「え? ええ。もちろん」
殿下がそばを離れたのは、ラルフが戻ってくる寸前だった。
「あの男と何の話をしていた?」
「ぜひ手紙をくださいとお願いしましたの」
ラルフは正気かと言った顔で私を見た。
「だって、殿下は誰かにそそのかされたらしいの。私たちの結婚を白い結婚だって噂を殿下に伝えた者がいるらしいわ。その人の名前を手紙に書いて欲しいと頼んだの」
「フン。あの鳥頭が、聞かれた内容を覚えてりゃいいが」
ラルフ、相変わらず殿下のこと、嫌いなのね。
「確かにそうね」
殿下のことだ。質問なんかすっかり忘れて、自分のことばかり書いてきそうだ。
国王陛下は自分も了承したことながら、今回の遠征についてはひどく心配していた。
息子の能力について、そこまで無知ではなかったからだ。
そして、今回の参加がベロス嬢から逃れるためのものなのだと言うことがはっきりしているだけに、ベロス家への風当たりは強かった。ベロス嬢さえ、もう少しまともなら、こんなことにならなかったと思っているらしかった。
特に王妃は、ベロス嬢を呼び出して、度々叱責しているとの噂があった。
この前の市庁舎での泥酔事件は、ことのほか王妃の気に障ったらしく、かなり厳しく注意を受けたらしい。
私はこういった情報をリーリ侯爵夫人のお茶会で聞いた。
「あのベロス嬢が黙っているとは思えませんわ」
私はいつか見た、ベロス嬢がお付きの女官を扇でぶった時の様子を思い出して言った。
「ええ、ええ、そうなのよ。王妃様との仲は、すごく険悪だそうよ」
何人かのリーリ夫人派のご夫人方が口々に言った。
「お茶会には、会わないようにどちらかが欠席されますし。今からあれでは、心配ですわね。ここだけの話」
「しかも、殿下は婚約破棄を目論んでいるそうで」
私は胃が痛む思いがした。
「それを聞いたご令嬢方が……」
色めき立っているのかと言うと、そうではないらしい。
「殿下の不誠実さは、みんなが知るところになりましたからね。多少のリスクを取ってもいいと考える令嬢は多くないようですわ」
つまり、事情を知る国内の令嬢達は、余程訳ありでない限り立候補してこないらしい。
王太子殿下も地に落ちたものだ。
それでも王太子は王太子なので、それなりに身辺は賑やからしい。
「でも、やはり本命はあなただと言って、はばからないらしいですわよ? 結婚を解消させてやるって。どうして、そんな無茶なことを言い出されたのでしょう?」
ちょっとカマをかけるかのような質問もされた。
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