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第10話 学園生活満喫(噂話満喫)
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妙なカツラとメガネにも関わらず、私は、義姉の希望をよそに段々とクラスに馴染んでいた。
人間、見た目じゃない。
もちろん、依然、男子生徒からは、不憫そうな、あるいは不気味そうな視線を投げかけられていた。
でも、女子は優しい。
「そんな子じゃないわよ」
などと庇って下さる方まで現れたのだ。
「見た目なんか何よ」
思わず、このありがたい言葉には落涙してしまった。
私はいつでも分を弁え、平民らしく、振る舞った。
勉強だけは誰にも引けをとらなかったが、これは特待生だから当たり前だと、思ってもらえた。
魔法力があると言っても、僅かな火の魔力だけ。
火の魔法力は種火を起こすのに四苦八苦するレベルだったので、皆様、クスリと笑って「貴族ではありませんものね」と大目に見ていただけた。
女子力?育成力?があるため、農業のクラスにも入っており、こちらの魔力量は下手な貴族よりあったが、治癒の力などと違って、ご令嬢方が欲しいようなステイタスではない。みんな、ほぼ無関心だった。
自邸にいることを思えば、全く幸せだった。
自宅に帰った時は、いつでも、おどおどしょんぼりした風を装った。
そうすれば義母と義姉が満足することを知っていたのである。
私は、カツラとメガネの癖に、もう順風満帆だった。
このまま卒業すれば、どこかの貴族のお宅か、うまくすれば王宮に女官として就職することができる。
成績には全く問題無かったし、魔法力がちょっぴりあることもプラスだ。
魔法力が僅かでもあると、どこかで貴族の血を引いている証拠とみなされるので、たとえ平民でも優遇される。
問題は髪だった。この格好では、どの貴族の家の家庭教師も断られるに決まっている。せっかく伸びかかっているのに、また切られたらどうしよう。
家に帰って寝ている時に、刈り込まれることだってある。用心して屋根裏部屋にはつっかい棒をして中に入れないようにした。
どれくらい伸びたか、絶対にバレてはいけなかった。
私は絶対にカツラを脱がなかった。もし、他人の口にでも登ったら最後だ。
今、私は幸せだった。
隅っこで令嬢方を眺め、彼女たちの会話に入らないけれど、話を聞いていても誰も追い出さなかった。
その代わり、必要な時には、荷物を運んだり、代わりに物を取りに行ったり、教官の細かい雑用を進んでやったりした。おかげで先生方の評判もだんだん上向いてきた。
「最初は気味の悪い、汚らしい平民が混ざっていると思ったが、なかなか気がきく」
「そうだな。あれくらいなら、うちで雇ってやってもいいくらいだ」
先生が、他の先生に言っているのが聞こえた時は本当に嬉しかった。
「多少は魔法が使えるらしいし、平民とはいえ上等じゃないか」
私は、誰それが別れただの、新しく婚約しただの、姉が社交界デビューしただの、面白そうな話を聞くことができて満足だった。
しばらくするうちに、ある噂が学園内に広まっていった。
ある貴族の子弟が、かわいらしい平民の娘に入れあげて、正式な婚約者とは婚約破棄を狙っていると言う噂だ。
多くのご令嬢方は眉を顰めているという評判だった。
まさかそんな絵に描いたようなスキャンダルが発生するだなんて!
私は令嬢方の話に参加はできなかったが、同じくらい興味を持った。
「なんてことかしら! 男子の中で密かに噂になっているだけだから、真偽の程は不明だけど、本当だったら許せないわね」
誰かが興奮して、はしたなくも叫んだが、私もアリシア様も全く同意見だった。
婚約者を蔑ろにするだなんて、男の風上にも置けない。
ましてや平民の、なんの取り柄もない可愛らしいだけの娘がお相手だなんて!
アリシア様はため息をついた。
「エドワード様がそんな裏切りをしていたらどう思うか、考えてもごらんなさいな。悲しいわ」
「本当に。考えただけで心が痛みます」
私は深く頷いた。
もし、自分に婚約者がいたとして……もちろんそんなことは考えられなかったが……その男性が可愛らしいからと、容貌だけで別な娘を選んだとしたら、全く耐えられないだろう。
でも、心の底では、ちょっと、いや猛烈に、好奇心が湧いていた。
それって、噂の真実の愛ってやつではないか? 自分の婚約者だったら都合が悪いが、噂が事実だったらどうだろう。
卒業パーティでの断罪劇とか婚約破棄とか、実際に見るのは、ワクワクしない?
「エドワード様は全く関係なさそうですから、本当に高みの見物ですわね。そう思うと、相手のご令嬢には、お気の毒で申し訳ないながら、多少興味は出てきてしまいます。どういう事情があるのでしょうね。知りたいですわ」
私は正直に言った。
アリシア様は私に入れてもらったお茶と、エドワード様からの差し入れのお菓子を食べながら答えた。
「そうなの! 実は私もなの!」
「もしや、皆さま、その噂で盛り上がっていらっしゃるのでは?」
「はしたないって、言われるかも知れないのですけど、その噂ばっかりなのよね!」
なんだかんだ言いながら、アリシア様は、二学年の皆さまの様子を話してくれた。
「二年生の話ではないと思うの。二年生の話だったら、もう少し具体的に色々と聞けると思うのだけど、そこまで噂になっていないのですもの」
「一年生の話でもないと思います。婚約者がおられる方もかなりいらっしゃいますが、噂は聞きません」
そう言ってから、私は殊勝そうに付け加えた。
「もちろん私は貴族の皆様方のお話に加われる身分ではありませんが」
「私も、一年生ではないと思うの。やっぱり、卒業間近で、実際に結婚話が具体的になっている三年生ではないかなと」
「エドワード様は何もご存じないのですか? 三年生ですわよね」
アリシア様は残念そうだった。
「エドワード様は、噂話は嫌いだっておっしゃるの。ですからあまり聞かないようにしているのよ」
私は残念ですねと言いかけて、「ご立派ですね」に言葉を差し替えた。危ない、危ない。余計なことを言うところだった。
人間、見た目じゃない。
もちろん、依然、男子生徒からは、不憫そうな、あるいは不気味そうな視線を投げかけられていた。
でも、女子は優しい。
「そんな子じゃないわよ」
などと庇って下さる方まで現れたのだ。
「見た目なんか何よ」
思わず、このありがたい言葉には落涙してしまった。
私はいつでも分を弁え、平民らしく、振る舞った。
勉強だけは誰にも引けをとらなかったが、これは特待生だから当たり前だと、思ってもらえた。
魔法力があると言っても、僅かな火の魔力だけ。
火の魔法力は種火を起こすのに四苦八苦するレベルだったので、皆様、クスリと笑って「貴族ではありませんものね」と大目に見ていただけた。
女子力?育成力?があるため、農業のクラスにも入っており、こちらの魔力量は下手な貴族よりあったが、治癒の力などと違って、ご令嬢方が欲しいようなステイタスではない。みんな、ほぼ無関心だった。
自邸にいることを思えば、全く幸せだった。
自宅に帰った時は、いつでも、おどおどしょんぼりした風を装った。
そうすれば義母と義姉が満足することを知っていたのである。
私は、カツラとメガネの癖に、もう順風満帆だった。
このまま卒業すれば、どこかの貴族のお宅か、うまくすれば王宮に女官として就職することができる。
成績には全く問題無かったし、魔法力がちょっぴりあることもプラスだ。
魔法力が僅かでもあると、どこかで貴族の血を引いている証拠とみなされるので、たとえ平民でも優遇される。
問題は髪だった。この格好では、どの貴族の家の家庭教師も断られるに決まっている。せっかく伸びかかっているのに、また切られたらどうしよう。
家に帰って寝ている時に、刈り込まれることだってある。用心して屋根裏部屋にはつっかい棒をして中に入れないようにした。
どれくらい伸びたか、絶対にバレてはいけなかった。
私は絶対にカツラを脱がなかった。もし、他人の口にでも登ったら最後だ。
今、私は幸せだった。
隅っこで令嬢方を眺め、彼女たちの会話に入らないけれど、話を聞いていても誰も追い出さなかった。
その代わり、必要な時には、荷物を運んだり、代わりに物を取りに行ったり、教官の細かい雑用を進んでやったりした。おかげで先生方の評判もだんだん上向いてきた。
「最初は気味の悪い、汚らしい平民が混ざっていると思ったが、なかなか気がきく」
「そうだな。あれくらいなら、うちで雇ってやってもいいくらいだ」
先生が、他の先生に言っているのが聞こえた時は本当に嬉しかった。
「多少は魔法が使えるらしいし、平民とはいえ上等じゃないか」
私は、誰それが別れただの、新しく婚約しただの、姉が社交界デビューしただの、面白そうな話を聞くことができて満足だった。
しばらくするうちに、ある噂が学園内に広まっていった。
ある貴族の子弟が、かわいらしい平民の娘に入れあげて、正式な婚約者とは婚約破棄を狙っていると言う噂だ。
多くのご令嬢方は眉を顰めているという評判だった。
まさかそんな絵に描いたようなスキャンダルが発生するだなんて!
私は令嬢方の話に参加はできなかったが、同じくらい興味を持った。
「なんてことかしら! 男子の中で密かに噂になっているだけだから、真偽の程は不明だけど、本当だったら許せないわね」
誰かが興奮して、はしたなくも叫んだが、私もアリシア様も全く同意見だった。
婚約者を蔑ろにするだなんて、男の風上にも置けない。
ましてや平民の、なんの取り柄もない可愛らしいだけの娘がお相手だなんて!
アリシア様はため息をついた。
「エドワード様がそんな裏切りをしていたらどう思うか、考えてもごらんなさいな。悲しいわ」
「本当に。考えただけで心が痛みます」
私は深く頷いた。
もし、自分に婚約者がいたとして……もちろんそんなことは考えられなかったが……その男性が可愛らしいからと、容貌だけで別な娘を選んだとしたら、全く耐えられないだろう。
でも、心の底では、ちょっと、いや猛烈に、好奇心が湧いていた。
それって、噂の真実の愛ってやつではないか? 自分の婚約者だったら都合が悪いが、噂が事実だったらどうだろう。
卒業パーティでの断罪劇とか婚約破棄とか、実際に見るのは、ワクワクしない?
「エドワード様は全く関係なさそうですから、本当に高みの見物ですわね。そう思うと、相手のご令嬢には、お気の毒で申し訳ないながら、多少興味は出てきてしまいます。どういう事情があるのでしょうね。知りたいですわ」
私は正直に言った。
アリシア様は私に入れてもらったお茶と、エドワード様からの差し入れのお菓子を食べながら答えた。
「そうなの! 実は私もなの!」
「もしや、皆さま、その噂で盛り上がっていらっしゃるのでは?」
「はしたないって、言われるかも知れないのですけど、その噂ばっかりなのよね!」
なんだかんだ言いながら、アリシア様は、二学年の皆さまの様子を話してくれた。
「二年生の話ではないと思うの。二年生の話だったら、もう少し具体的に色々と聞けると思うのだけど、そこまで噂になっていないのですもの」
「一年生の話でもないと思います。婚約者がおられる方もかなりいらっしゃいますが、噂は聞きません」
そう言ってから、私は殊勝そうに付け加えた。
「もちろん私は貴族の皆様方のお話に加われる身分ではありませんが」
「私も、一年生ではないと思うの。やっぱり、卒業間近で、実際に結婚話が具体的になっている三年生ではないかなと」
「エドワード様は何もご存じないのですか? 三年生ですわよね」
アリシア様は残念そうだった。
「エドワード様は、噂話は嫌いだっておっしゃるの。ですからあまり聞かないようにしているのよ」
私は残念ですねと言いかけて、「ご立派ですね」に言葉を差し替えた。危ない、危ない。余計なことを言うところだった。
応援ありがとうございます!
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