月猫

波奈海月

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真昼のストレンジャー

第二章 2

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 みぎゃあみぎゃあと、茶、白斑、三毛の小さな毛玉が三つ、地面を転がるように動いていた。
 初めて間近で見る子猫の姿に庄野はごくりと喉が鳴る。なごんでいる場合ではないのだが、可愛い。何という愛らしさだ。てけてけと歩いて、たったか飛び跳ねて。二匹がじゃれ始めると残りの一匹も加わって団子のようにまた転がる。
「ミイナ。体の具合はどう? お乳出てる?」
「あら、ルイ。ええ、そろそろこの子たちも普通に食べられるようになってきたから大丈夫よ」
 ルイは子猫を見守るように横になっていた三毛猫に鼻先を近づける。猫同士の挨拶のようだ。
「あら、見かけない顔ね? どうしたの、この子。やけに人間臭いけど飼い猫?」
 ルイがミイナと呼んだ三毛が庄野に気づいて首を傾げる。
 庄野は何と答えたものか分からない。ルイだけでなく、他の猫の言葉が分かることに軽くショックを受けていた。猫になっているのだから当たり前かと思えるのに少し時間がかかる。
「ああ、こいつはナオっていってさ。ちょっと預かりなんだ、オレの」
「そうなの。ナオ、お腹空いてない? これ食べる?」
 ミイナが目を向けた先には猫缶が口を開けた状態で置いてあった。
 マグロの缶詰によく似たにおいがするが、やはり猫用となると抵抗がある。というか、そんなもの人間が食べられるわけがないと思った。
「要らない。お腹空いてない」
 一晩経っているなら、そろそろ空腹を覚えてもいいのだが、不思議と減っていない。そもそもこんな非常事態でそれどころではなかった。
「そう? 美味しいのに。こういう猫用の食べ物、疲れてるときは栄養があっていいのよ。あんたひどい顔してるもの」
「ひどい顔って、俺は……」
「何か事情があるんでしょうけど、聞かないから。こっちに来なさいよ」
 猫の感覚の美醜など知るか、と思ったがそういう意味ではなかったらしい。こっちに来いと言っておきながら、ミイナは立ち上がり庄野に近づく。
「おい、何を」
 と思ったときには、庄野は抱え込まれて顔を嘗められる。顔だけでなく、耳も首も。
「うわぁ――」
「ほら、大人しくしてるの。気持ちいいでしょ?」
「止め……んっ、なとこ嘗め…るな……」
 耳のつけ根を甘噛みされて、くすぐったさに庄野は体をよじる。
「あんた、きれいね。やっぱり飼い猫なのかな。洗ってもらっていた?」
「洗って? あ、まあ、そんな感じで……」
 飼い猫じゃなくて人間なんだけど。だから自分で風呂に入っていたわけで。だがルイはそのことは話すなと言っていたことを思い出し、庄野は曖昧に答えた。
「よっぽどいいところの子なのね。嘗められるの、いやかもしれないけど、もう少し我慢してね。こうやって猫は仲良くなるんだから」
「あ……別に…いやじゃない…かな……」
 ミイナに嘗められて力が抜けていく。意外にも気持ちがいいのだ。下手なマッサージよりもずっと。
「元気出た?」
「まあ、何となく?」
「そう、よかった」
 ミイナはそう言って笑い、また庄野を抱える。
 庄野は妙な気分を味わっていた。こんな懐で抱き込まれていると心音が聴こえ、遠い昔母親に抱かれていた小さなころが思い出されてくる。就職してからは仕事を覚えることで手いっぱい、恋人もなく人肌に触れ合うことがなかった庄野には、猫相手とはいえずっと忘れていた温もりだった。
「嘗められるって、こんなに気持ちいいんだ」
「でしょ?」
 ミイナを見ていた子猫たちが真似をして、庄野の尻尾を嘗め始めた。嘗めるというよりも齧るに近い。痛いほどではないが歯を立てられて、庄野は尻尾をふるりと振る。
「あらあら、この子たちったら」
 終いには、庄野の尾にじゃれ出していた。尻尾を振るたび面白いように子猫が転がる。
「あれ? ルイは?」
 ミイナに散々嘗められて、気づいたときにはルイの姿がなかった。
「多分、外に行ったのね」
「外っ!?」
「ええ、ここの外の世界よ」
 おそらく公園の外という意味なのだろう。
「俺を置いていくなんて、ルイのヤツ」
 望みを叶えるとか何とか言っていたくせに。
「またしばらくしたらふらりと来るわ。それまでここにいればいいわ。そのつもりでルイもあんたを連れてきたんだと思うし」
 慌てを見せた庄野を宥めるように嘗め上げて、私も少しは信頼されてるのね、とミイナが笑んだ。


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