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真昼のストレンジャー
第二章 3
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猫同士のコミュニケーションなど考えたことがなかった。犬と違って猫は単独行動を取り、共同生活はしないイメージがあった。
しかしこの三毛猫のミイナの元にはいろいろな猫が寄ってくる。この子連れの茶トラもそうだった。
「ミイナ、また、いい? 子供たち頼むわ」
「あら、茶々。いいわよお。行ってらっしゃい」
茶トラは、連れていた子猫をミイナに預けて姿を消した。ここにあるのは、子猫用だからと餌を探しに行ったらしい。
「いつもそうやってちびたちの面倒見てるの?」
「ええ。子供たちは誰の子でも宝ものだもの」
自分も出かけるときは、手の空いているものに頼むのだという。
茶々という猫が連れてきた子猫は親と同じ色の茶トラと黒で、ミイナの子猫と比べると少し体が大きい。だが子猫に変わりはなく一緒になって遊び始めた。その中の一匹が庄野の尻尾でじゃれ始める。
「うわ、またかよ」
ぱたんぱたんと尻尾を振ってやれば、頭を低く尻を持ち上げて構えて、飛びかかってくる。
「懐かれたわね、ナオ。可愛いでしょ、子供って」
「可愛いけど、噛みつくのは勘弁だ」
「あら。そういうときは同じように噛んで教えるのよ。これ以上は噛んじゃダメだっていう加減をね」
「噛んで、いいのか?」
「ええ。でもあとでちゃんと嘗めてあげるのよ。意地悪で噛んだんじゃないって分からせるの」
「そうなのか」
猫なりの子育てがあるようだ。いや猫も人も変わらないか。子供のときに、いいこと悪いことを教えるのは。
子猫が猫缶に頭を突っ込み出した。まだ残っている餌を食べ始めたようだ。
「忙しいなあ。こっちで遊んでいたと思ったら、メシかよ」
猫缶にたかっていた子につられたのか、他の子も集まってきた。色とりどり、みごとな毛玉団子ができ上がる。
「それが子供というものよ」
ふーん、と庄野は子猫を見る。こんなところでなごんでいていいのかと思いつつも、子猫の仕草は可愛い。
「さっきからやけに人間臭いと思ったら、きさまか」
いきなり背後からしたドスの利いた声に、驚いて庄野は振り返る。
大きなサバトラの猫がいた。
「何だ、お前……」
声を上げた庄野を、ぎろり、とサバトラが睨む。目の下には傷があり、片方の耳の先がギザギザ、百戦錬磨を思わせるその風貌に、庄野はごくりと喉が鳴った。
「どきな」
のしりと猫缶に近づいたサバトラが前足を振り上げ、集まっていた子猫たちを蹴散らした。
「何するんだ、ちびたちが食ってるだろうが」
子猫たちは転がされても猫缶を諦められないのか、横から小さな手を伸ばそうとしていた。
「あんたたち、こっちにおいで!」
鋭い声でミイナが子猫たちを呼んだ。
「あんたもよ、ナオ」
「ミイナさん、でも」
「いいの!」
呼ばれた子猫たちが渋々といった体でミイナの元に集まってくる。茶々の子猫も同様だった。
サバトラが悠々と猫缶に残っていた餌を食べ始めた。
「ミイナ、その新顔によく言っとけ。ここにいる限りはルールに従えとな」
舌を使ってひとかけらも残さず嘗め取ったサバトラは、現れたときと同じように庄野を一睨みしたあと、去っていった。
「あんな横暴、いいのかよ。ちびたちのメシなくなったぞ」
空っぽになった缶に子猫たちが再び集まっていた。
「彼はボスよ。力のあるものが優先なの」
「ボスってなんだよ。大きいヤツがちびたちのエサを横取りすることがかよ」
サバトラに転がされた子猫に、自分の姿が重なって見えた。力あるものというだけですべてが許されてしまう理不尽さに腹が立ってくる。いつだってそうやって力を嵩にして。弱いものが割を食う。
「怒ってくれてありがとう。でもね、それがここで生きていくためのルールなのよ」
ルールと言われても、そうですかと納得なんかできなかった。
「これでこの子たちも分かったでしょ。逆らってはいけない相手。優先されることは何か」
「でも、こんなことって」
弱いというだけで、諦めなくてはいけないのか。
「ナオ、あんたは優しい子ね」
みゃおん、と子猫が庄野にすり寄ってきた。
「本当に懐かれたわね、ナオ。あらあら」
一匹が庄野の懐に潜り込んで、腹の辺りを小さな手で探り始める。
「こっちにおいで。お兄ちゃんじゃおっぱい出ないわよ」
ミイナが横になると、子猫たちが待っていたかのように群がり、腹に頭を突っ込み始めた。茶々の子猫も一緒だ。
「この子供たちの中から、次のボスになるものだっているかもしれない。私は生きるルールを教えて強い子になるように育てるだけよ」
ミイナの言葉には揺るぎがなく気丈さがこもっていた。
「なあ、ミイナさん。ルイも、さっきのボスには従うのか?」
ふと思いついた庄野はミイナに訊ねる。
「ルイ? あの子は違うわ。この公園を縄張りにはしているけど、どこのグループにも属していないひとりものなの」
「ひとりもの?」
ええ、とミイナが頷く。一匹狼ってことだろうか。猫だから一匹猫か。
「昔はもうひとりいて、いつも一緒だったけど、その子、人間になっちゃったのよね」
「人間? 猫が人間になったってこと?」
どきりとした。そんな話があるのか? だったら自分も人間に戻れるということか?
「ねえ、ミイナ。その話、詳しく教えてくれないか? どうやったら人間に戻る……いや、なれるんだ?」
だが一縷の望みをかけて聞いた庄野に、ミイナは申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんね、ナオ。人間になる方法って言われても、月猫じゃない私たちは知らないのよ」
しかしこの三毛猫のミイナの元にはいろいろな猫が寄ってくる。この子連れの茶トラもそうだった。
「ミイナ、また、いい? 子供たち頼むわ」
「あら、茶々。いいわよお。行ってらっしゃい」
茶トラは、連れていた子猫をミイナに預けて姿を消した。ここにあるのは、子猫用だからと餌を探しに行ったらしい。
「いつもそうやってちびたちの面倒見てるの?」
「ええ。子供たちは誰の子でも宝ものだもの」
自分も出かけるときは、手の空いているものに頼むのだという。
茶々という猫が連れてきた子猫は親と同じ色の茶トラと黒で、ミイナの子猫と比べると少し体が大きい。だが子猫に変わりはなく一緒になって遊び始めた。その中の一匹が庄野の尻尾でじゃれ始める。
「うわ、またかよ」
ぱたんぱたんと尻尾を振ってやれば、頭を低く尻を持ち上げて構えて、飛びかかってくる。
「懐かれたわね、ナオ。可愛いでしょ、子供って」
「可愛いけど、噛みつくのは勘弁だ」
「あら。そういうときは同じように噛んで教えるのよ。これ以上は噛んじゃダメだっていう加減をね」
「噛んで、いいのか?」
「ええ。でもあとでちゃんと嘗めてあげるのよ。意地悪で噛んだんじゃないって分からせるの」
「そうなのか」
猫なりの子育てがあるようだ。いや猫も人も変わらないか。子供のときに、いいこと悪いことを教えるのは。
子猫が猫缶に頭を突っ込み出した。まだ残っている餌を食べ始めたようだ。
「忙しいなあ。こっちで遊んでいたと思ったら、メシかよ」
猫缶にたかっていた子につられたのか、他の子も集まってきた。色とりどり、みごとな毛玉団子ができ上がる。
「それが子供というものよ」
ふーん、と庄野は子猫を見る。こんなところでなごんでいていいのかと思いつつも、子猫の仕草は可愛い。
「さっきからやけに人間臭いと思ったら、きさまか」
いきなり背後からしたドスの利いた声に、驚いて庄野は振り返る。
大きなサバトラの猫がいた。
「何だ、お前……」
声を上げた庄野を、ぎろり、とサバトラが睨む。目の下には傷があり、片方の耳の先がギザギザ、百戦錬磨を思わせるその風貌に、庄野はごくりと喉が鳴った。
「どきな」
のしりと猫缶に近づいたサバトラが前足を振り上げ、集まっていた子猫たちを蹴散らした。
「何するんだ、ちびたちが食ってるだろうが」
子猫たちは転がされても猫缶を諦められないのか、横から小さな手を伸ばそうとしていた。
「あんたたち、こっちにおいで!」
鋭い声でミイナが子猫たちを呼んだ。
「あんたもよ、ナオ」
「ミイナさん、でも」
「いいの!」
呼ばれた子猫たちが渋々といった体でミイナの元に集まってくる。茶々の子猫も同様だった。
サバトラが悠々と猫缶に残っていた餌を食べ始めた。
「ミイナ、その新顔によく言っとけ。ここにいる限りはルールに従えとな」
舌を使ってひとかけらも残さず嘗め取ったサバトラは、現れたときと同じように庄野を一睨みしたあと、去っていった。
「あんな横暴、いいのかよ。ちびたちのメシなくなったぞ」
空っぽになった缶に子猫たちが再び集まっていた。
「彼はボスよ。力のあるものが優先なの」
「ボスってなんだよ。大きいヤツがちびたちのエサを横取りすることがかよ」
サバトラに転がされた子猫に、自分の姿が重なって見えた。力あるものというだけですべてが許されてしまう理不尽さに腹が立ってくる。いつだってそうやって力を嵩にして。弱いものが割を食う。
「怒ってくれてありがとう。でもね、それがここで生きていくためのルールなのよ」
ルールと言われても、そうですかと納得なんかできなかった。
「これでこの子たちも分かったでしょ。逆らってはいけない相手。優先されることは何か」
「でも、こんなことって」
弱いというだけで、諦めなくてはいけないのか。
「ナオ、あんたは優しい子ね」
みゃおん、と子猫が庄野にすり寄ってきた。
「本当に懐かれたわね、ナオ。あらあら」
一匹が庄野の懐に潜り込んで、腹の辺りを小さな手で探り始める。
「こっちにおいで。お兄ちゃんじゃおっぱい出ないわよ」
ミイナが横になると、子猫たちが待っていたかのように群がり、腹に頭を突っ込み始めた。茶々の子猫も一緒だ。
「この子供たちの中から、次のボスになるものだっているかもしれない。私は生きるルールを教えて強い子になるように育てるだけよ」
ミイナの言葉には揺るぎがなく気丈さがこもっていた。
「なあ、ミイナさん。ルイも、さっきのボスには従うのか?」
ふと思いついた庄野はミイナに訊ねる。
「ルイ? あの子は違うわ。この公園を縄張りにはしているけど、どこのグループにも属していないひとりものなの」
「ひとりもの?」
ええ、とミイナが頷く。一匹狼ってことだろうか。猫だから一匹猫か。
「昔はもうひとりいて、いつも一緒だったけど、その子、人間になっちゃったのよね」
「人間? 猫が人間になったってこと?」
どきりとした。そんな話があるのか? だったら自分も人間に戻れるということか?
「ねえ、ミイナ。その話、詳しく教えてくれないか? どうやったら人間に戻る……いや、なれるんだ?」
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