恨みっていうモノは案外些細な事で無くなるものらしい

釧路太郎

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桑原雪乃の章

第一話

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 水瀬さんがお寺にやってこなくなった代わりなのか、今度は毎日のように桑原さんがやってくるようになっていた。ただ、桑原さんの目的は水瀬さんとは全く異なり、桑原さんの子供である詩乃ちゃんが沙弥と遊びたいという事だった。
 詩乃ちゃんは前にあった時は人見知りをする子供という印象だったのだが、何度か会っているうちに随分と人懐っこい子供だという事がわかった。沙弥も人見知りをする方ではあるのだけれど、詩乃ちゃんは沙弥よりも心を開くのが早いように感じていた。
 沙弥と詩乃ちゃんが何をして遊ぶかというと、お互いに持っている人形で遊んだりお絵かきをしていたり幼児向けのアニメを見ていることが多かった。桑原さんがやってくるときは僕の妻が相手をすることもあるのだけれど、二人はそこまで趣味も性格も似ていないという事もあってあまり会話は弾まないようだ。子供同士は仲が良いとしても、その親同士も仲が良いとは限らないものだ。
 僕の時間が空いていれば多少は桑原さんの相手をすることもあるのだけれど、檀家さんではない女性と二人っきりで話なんてしているところを見られると変な噂が立ってしまいそうなのでそこだけは気を付けるようにしていた。

「小野君はさ、幽霊とか信じているよね?」
「そうだね。幽霊はいると思うよ」
「だよね。小野君が幽霊を信じていないって言ったらどうしようかと思ったよ。それで、幽霊ってどんな風に見えるの?」
「僕には幽霊は見えないんだ。霊感は全然無いんだよね」
「そうなんだ。でも、幽霊が見えないのに信じているって事は、その存在を感じるような出来事があったって事だよね?」
「まあ、そうなるかな。でも、それはあんまりいいことではないんだよね」
「そうなんだ。あのね、家にいる時に詩乃が誰かと話をしているみたいなんだけど、それって幽霊と関係あったりするのかな?」
「テレビとか人形とかと話してるんじゃなくて?」
「うん、壁に向かって話しかけていたり、押し入れの中で隠れるように誰かと話しているんだよ。私も霊感って無いんで何も感じないんだけど、主人に相談しても小さい子供はそんな事もするだろうって真剣に考えてくれないんだよ。ねえ、沙弥ちゃんもそういう事をしたりするのかな?」
「沙弥はあんまりそういう事はしないんだけど、誰をモデルにしたのかわからないような絵を描くことはあるよ。でもね、僕の妻もお義父さんもその絵を見ても特に何も言わないんだ。だからさ、小さい子供には自分の世界にしかいない人を作ったりする事もあるんだって思えば変な風に思わなくて済むんじゃないかな」
「小野君ってうちの主人と似てるかも。でも、小野君の方が家族に対して理解力があるかもね。私はもっと詩乃の事を見て欲しいなって思うんだけど、主人は仕事が忙しいから仕方ないのかもね」
「僕は普通の仕事をしたことが無いんで桑原さんのご主人の苦労はわからないけど、大変だって桑原さんが理解しているって事は大切な事だと思うよ。僕は職業柄家族の愚痴なんかを聞くことが多いけど、ご主人が家族の事をあまり見てくれないって悩んでいる人は多いんだよ。でも、桑原さんみたいにご主人が大変な事を理解している人ってあんまりいないかも。ウチの場合は僕よりも妻の方が忙しかったりするんだけどね」
「そうなんだ。小野君も大変なんだね。でも、美緒の所も大変そうだよね」
「水瀬さんの所も?」
「あれ、小野君は聞いてないの?」
「なんの話かな?」
「美緒の旦那さんが単身赴任で神奈川に行くことになったらしいんだけど、それで娘さんの進路もどうするか揉めているらしいのよ。美緒としてはこっちで一緒に暮らして旦那さんの帰りを待ちたいみたいなんだけど、旦那さんと娘さんは関東で暮らしたいみたいなんだよね。働くにしても遊ぶにしてもこんな田舎よりも関東の方がいいに決まってるし、娘さんの進路を考えてもそっちの方がいいとは思うんだけどね。でも、美緒はどうしてもここを離れたくないみたいなんだよね。あんなにいい家に住んでたらそう思うのも仕方ないとは思うけど、一人だけ残るのって色々と噂になりそうで可哀想だなって思うんだ。ねえ、小野君は美緒と娘さんならどっちを説得した方がいいと思う?」
「僕は説得する必要は無いと思うな。水瀬さんが一番いいと思う答えを出せばいいと思う。それにさ、旦那さんもずっと神奈川にいるわけじゃないと思うし、娘さんがそっちの大学に行った時には旦那さんもこっちに戻ってきているってこともあるんじゃないかな」
「それはあるかもしれないわね。でも、私は気になっていることがあるんだよね」
「気になっていること?」
「前に小野君に相談したことなんだけど、美緒の夢の話よ。アレってさ、解決したって聞いてるんだけど、美緒の様子を見ているとそうじゃないような気がするのよね」
「解決してないって思うのはどうしてなのかな?」
「私の気のせいだといいんだけど、美緒が時々誰もいない場所を警戒しているのよ。一緒に買い物に行ったりご飯を食べに行ったりするんだけど、美緒ってなぜか曲がり角とか行き止まりを警戒しているのよ。誰かがいるんじゃないかって思ってるのかな?」
「まあ、そんな風に警戒するのは悪いことじゃないと思うけどね。もしかしたら、悪い人がいるって可能性もあるんだしね。それに対して警戒するのって悪いことじゃないと思うんだけどな」
「そうなのよ。私もそう思ってたんだけど、なぜか最近は下じゃなくて上の方を警戒しているのよ。美緒が天井を気にしているみたいなんで私も釣られて見てしまうんだけど、そこには当然誰もいないのよ。そもそも、そんなところに人がいたとしてもどうすることも出来ないと思うんだけどね。美緒には何か見えるようになったのかな?」
「でも、水瀬さんはそれに対して何も言ってこないんでしょ?」
「私は気になって何度か聞いたんだけど、美緒って何も教えてくれないのよね。もしかして、夢を見ていたってのが夢じゃなくて現実に出てきたとかないよね。もしそうだとしたら、美緒ってまだ助かってないって事になるよね。でも、そうだとしたらここから離れたいって思うもんじゃないかな。良くわからなくなってきたかも」
「僕はさ、アレからも水瀬さんと時々会ってたんだけど、桑原さんが心配するような事は起こってないから大丈夫だよ。それにさ、そんな事が起きているんだとしたらココにもっと頻繁に来ていると思うよ」
「あ、頻繁で思い出したんだけど、美緒の家の近くで鵜崎さんを見かけることが多かったかも。私は時々美緒の家の近くのスーパーに行くんだけど、その帰りに鵜崎さんを見かけることが多いんだよね。私は車を運転しているから一瞬しか見てないんだけど、アレは間違いなく鵜崎さんだと思うよ。鵜崎さんはいつも一人で歩いているんだけど、なぜかいつも私の正面から歩いてくるんだよ。それって何か関係あったりするのかな?」
「たまたまなんじゃないかな。あの辺は教会も近いし、水瀬さんの家に用事があるっていうよりも教会に用事があるって考えた方が自然じゃないかな?」
「何も知らなかったらそう思うかもしれないけど、噂では鵜崎さんってあの教会から立ち入り禁止処分を与えられているらしいよ。何があったかは知らないけれど、鵜崎さんがやっている仕事が関係あるみたいなんだよね。小野君は何か知ってたりするのかな?」
「僕は何も知らないかも」

 僕は鵜崎さんの事を何でも知っているわけではないのだ。だが、どうして鵜崎さんが育った教会から出入り禁止を言い渡されたのだろうか。もしかしたら、鵜崎さんがやっているという宗教が関係しているのかもしれない。仏教よりもそう言った面では排他的なところがあるのかもしれないと、僕は一人で勝手に思っていたのだった。
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