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永井良子の物語

冴えない彼女とクールな男

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「ねえ見て、あのカップルって全然釣り合って無くない」
「そうよね。あんなイケメン彼氏にあんなブスが釣り合ってるわけないよね」
「あんだけ釣り合ってないって事はさ、今はやりのレンタル彼氏ってやつなんじゃない?」
「それだ。間違いないわ。私も初めて見たけど、あんなことやって恥ずかしくないんだろうかね」
 竜君と一緒にいると大抵の女子は嫉妬の視線を送ってくる。極稀にではあるが、あの二人のように私に聞こえるように悪口を言ってくる人もいるのだけれど、私に対する悪口なんて幼稚園の時から言われなれているので気にはしていない。
 逆に、今は竜君と一緒にいる姿をそいつらに見せつけてやることで今までのうっ憤を晴らしているようなところなのだ。
「ねえ、竜君はこれからしたいことある?」
「別にないかも。良子のやりたいことがあればそれでいいから」
「じゃあ、竜君は少し寒そうにしてるからさ、暖かい場所に行きたいな」
「いい考えだね。俺もそろそろ外の寒さが厳しくなってきたわ」
 私に聞こえるように悪口を言っていたあの二人に聞こえるように言ってやった。もちろん、私だけがあの二人の悪口を聞いていたのではなく竜君も聞いているので、お互いに仕返しとまではいかないがやり返してやるのだ。
 竜君は私の事を大切に思ってくれているのだけれど、それは私も同じことなのだ。友達のいない私にとって、竜君はただ一人だけの特別な存在でもあるのだ。いつまでも私の側にいてくれると嬉しいのだけれど、当然そんなわけにはいかないという事も私はちゃんと理解しているのだ。

「あ、永井さんだ。こんなところであるなんて珍しいね。お買い物でもしてるの?」
 大学で同じゼミの島田さんに話しかけられたのだが、なぜか彼女は私に対して敵対心をあらわにしてくるのだ。どうして私みたいな根暗なブスを目の敵にするのかわからないし、島田さんくらい綺麗なら私なんかを相手にしてないでいればいいのにと思ってしまう。なぜ私がそんなに嫌われるのだろうと考えていたのだけれど、私には思い当たる節しかないのでどうしようもないのであった。
 話しかけてくる島田さんに対しては、返事をしても無視をしても毎回棘のある嫌味をぶつけられるのだから、ここは無視でもしておこうかなと思っていたのに、今日に限ってはなぜか島田さんが私の手を掴んできたのだ。本当に面倒くさい女だ。
「ねえ、話しかけてるのに無視は良くないんじゃないかな。男連れだといつもみたいに攻撃的じゃないのね」
「島田さんこんにちは。別に無視をしてたわけじゃなくて気付かなかっただけだから。じゃあ、急いでるんでごめんね」
「まあまあ、そんなこと言わないでさ、友達なんだから隣にいる彼氏を紹介してよ」
 竜君を誰かに紹介するというのは正直に言って嫌なのだ。それも、私の事を嫌っている島田さんに紹介するなんて世界で一番したくない事と言っても良い。
「初めまして、永井さんと同じゼミの島田冴美です。永井さんの彼氏さんですよね……!!」
 島田さん達は竜君の顔を正面から見ていたのだが、ハッとした表情を浮かべると私を四人で取り囲んでいた。
「なんであんたみたいな蛇女があんないい男と一緒にいるのよ」
「そうよ。あんたと彼は不釣り合いよ。別れて私達に紹介しなさいよ」
 蛇女と呼ばれているのは私が蛇に似ているとか舌が二股に別れているとかではなく、私が蛇を飼っているのと私が時々爬虫類のように冷たい目で島田さん達を見ているかららしい。私が島田さん達を冷たい目で見ているのは島田さん達に興味が無いからであって、それ以外に特別な意味は無いのだ。
「どうしてあんたみたいな蛇好き女があんないい男を捕まえることが出来るのよ」
「もしかして、お金渡して付き合わせてるってことは無いよね?」
「うわ、それはひくわ。さすがにそれはヤバすぎでしょ」
「ホントね、あんたみたいな女よりも冴美の方が彼に会ってると思うわよ」
 そんなことを言われても私は何とも思わない。他人の事なんて気にして生きても良いことなんて無いという事は二十年くらい経ってわかった事なのだ。私の人生に家族以外の人間がかかわることなんて無いというのは、私が小学生の時にすでに悟った事でもあるのだ。
「そう言えば、永井さんが駅近くのペットショップで冷凍のネズミを買ってるところを見たって聞いたよ。それってさすがに見間違いだよね?」
「嘘じゃないよ。餌として買ってるし。最近は違う餌を与えてるけどさ」
「うわ、そう言うのひくわ。彼氏もきっとひいてるわ」
「あの、永井さんって冷凍のネズミとかたくさん買ってるみたいですよ。そう言うのって気持ち悪くないんですか?」
 私が冷凍ネズミを最後に飼ったのはもう半年以上前になる。冷凍ネズミのストックは何かあった時用に確保していたのだけれど、それが無くなった頃にはもう必要なくなったので買いに行ってはいない。
「なんで気持ち悪いって思わなくちゃいけないの。別に悪いことじゃないでしょ」
「え、でも、女の子が冷凍ネズミを買うとかありえないし、それを餌として与えてるとか女として終わってるって思うでしょ」
「そんな事ないと思うけど。というか、知りもしないのに良子の事を悪く言うのやめてもらえるかな。そう言う風に平気で悪口を言う人って人としてありえないと思うんだけど」
 竜君が言っている言葉は島田さん達だけではなく、さっき私に悪口を言ってきた人にも向けて言ってるんだろうな。私は別にこの人達にどう思われようが何とも思っていないんだけど、竜君が私のために怒ってくれるってのは嬉しいな。
「でも、そんな変な女よりも私達と遊びましょうよ。あなただったらイイコトしてあげるわよ」
「いや、あんたらに興味無いから。じゃあ、良子行こうか」
 竜君は私の手を引いて島田さんたちのもとから離れていった。
 女の私が見ても美人で外面も良い島田さんは振られるなんて微塵も思ってなかったんだろうな。今までも島田さんに彼氏を取られたという噂は聞いているのだ。
 私と島田さんは幼少期から対極の人生を歩んできたのだろう。私にとって彼氏とは未知の存在であり実在するかも不安になるようなものだが、島田さんにとって彼氏とは自分をよく見せるためのアクセサリーなのだろう。
 他人の彼氏を奪うという行為自体も自分をより輝かせるための手段の一つなんだろうな。島田さんと付き合ったことのある人の最長期間はわずか二週間ほどらしい。島田さんは彼氏が欲しいのではなく、モテている自分という存在を世に知らしめたいだけなのだろうな。そして、今回は私の隣にいる竜君を奪おうという事なんだろうな。そんな事しても無駄だと思うけどさ。
「ねえ、そんなこと言わないで私達と遊ぼうよ。ほら、その子じゃ出来ない事をたくさんしてあげるからね」
「そうよ。今だけの特別だからね」
 竜君は私とは出来ない事ってなんだろうと考えているような表情で島田さんと私を交互に見ていた。私が見る限りでは竜君は全く迷っていないようなのだけれど、島田さんからしてみると私程度から竜君を奪うなんて余裕だっていう風に見えるんだよな。
「いや、本当にお前らに興味無いから。あんまり邪魔するんだったらこっちもそれなりの事するけど。それでいいの?」
 竜君は島田さん達にそう言うと、全く態度を変えない竜君に驚いたのか左右に開いて私を解放してくれたのだ。
 少しだけ悪い顔をしている竜君の目は私も少し恐怖を感じてしまうほどだったが、私を見る時にはいつもの優しい目に戻っていたのだ。
 私は竜君の見せる爬虫類独特の冷たい感じの目も好きなのだけれど、普通の女の子だったらそう言う目は好きじゃないんだろうな。
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