うまなちゃんはもっと感じたい

釧路太郎

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序章

大事な一人娘

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 親の七光りという言葉は良い意味で使われることなんてほとんどないだろう。どちらかと言えば、その言葉によって苦しめられることの方が多いのではないかと思う。
 そんな言葉に苦しめられている少女が一人僕のもとへとやって来るのだ。

「君ならきっと私たちの娘を立派に成長させてくれると信じているよ」

 そんな言葉を無責任に投げかけてきた古くからの友人は自分の娘を霊能力者に育てるつもりなんて全くこれっぽっちも無いのはみんな知っている。この業界で働くことの辛さを誰もがその身に痛いほど染み込ませているのだから自分の可愛い娘を出来るだけ別の世界へと進ませようという気持ちも理解出来る。
 だが、自分の周りから掛けられるプレッシャーは相当なものだったのだろう。十五年以上も長きにわたってそのプレッシャーと戦っていたのは立派なことだと思う。周りに流されずに大事な娘を平和で安全な道へと進ませようと頑張っていたのも知っている。外野が何と言おうとも愛する娘を守り抜いていた二人は立派な親なのだと自信を持って言えるだろう。
 しかし、その娘は両親ほど精神は強くなかったようだし、彼女は自分に向けられている期待が大きすぎてしまっていた事もあって一人自室に引きこもるようになってしまったようだ。
 幸いなことに、友人には恵まれていたこともあって学校へはきちんと通っているのだが、友人たちと休みの日にどこかへ出かけることはなかったようだ。
 僕が彼女と最後に会ったのは彼女の父親である栗宮院午彪が主宰するパーティーだったと思う。おそらく、彼女が小学校に入学したくらいの年齢だったと思うのだが、その時は誰にでも明るく元気に挨拶をする社交的で誰からも好かれそうな女の子だという印象をもったように思う。
 一応アルバイトで雇うという形になるので面接をすることになっているのだが、面接場所が栗宮院家というのはどうなんだろう。面接する側が出向くというのはあまり聞いたことが無い話だとは思うけれど、そんなことは気にすることでもないかもしれない。帰りに何かお土産でも貰えるかもしれない。

 有名な霊能力者が住んでいるにしてはあまりにも普通な感じの一軒家なのだが、いたる所にごくさり気なく当たり前のように強力な結界が何重にも張り巡らされているのが不思議でならない。力の強い霊能力者は悪霊を引き寄せる事があるとはいえ、あまりにも警戒しすぎなのではないかと思ったのだが、この雑多に張られているように見える結界にも重要な秘密が隠されているのだが、その理由はすぐに知ることとなるのであった。
 玄関前までたどり着いてチャイムを鳴らそうと指を伸ばした瞬間、ゆっくりと扉が開いて一人の少女が僕を出迎えてくれた。

「今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます。うまなちゃんは昨日からずっと緊張してたみたいで今もソワソワしてるんですよ。なので、あんまり厳しいこと言わないようにしてくれたら嬉しいです」
「そうなんですね。こちらとしてはお嬢さんが働く気があるかどうかの判断だけさせてもらえればいいので。ご両親の頼みとはいえ、本人に働く気が無いのであれば無理に採用することもないですからね」
「それはそうですよね。でも、昨日から緊張してるってことは、働く気でいるんだと思いますよ」

 短い廊下を抜けた先にあるリビングで家主である栗宮院午彪とその妻である栗宮院奈緒美が僕を出迎えてくれた。
 約三年ぶりに会う二人は当然のように昔の姿を保っているのだが、僕が学生だった頃からこの二人の容姿は変化していないような気もする。髪の色や長さは変わっているのかもしれないが、おおもとの顔は全く変わっていないと思う。

「今日はわざわざ出向いてくれて助かるよ。本来であればこちらから伺わせていただくのが筋だとは思うのだけれど、娘も少し気難しい年頃でね。ちょっと外に出るのは難しいみたいなんだよ」
「事情は何となく察してますよ。面接される側の家に招かれて面接をするなんて二度と経験できないと思いますし、いい経験になると思いますよ。それで、娘さんはどちらにいらっしゃるんですか?」
「自分の部屋にいると思うよ。ご飯と風呂とトイレ以外はほとんど部屋から出ないからね。今よりも小さかった頃はご飯も部屋で食べたいって駄々をこねたこともあったんだけど、今では食卓まで出てきてくれるようになったんだ。甘やかしすぎだって思われるかもしれないけど、私たちは娘が大切だから仕方ないのさ」
「まあ、その気持ちはわかりますよ」

 面接会場である彼女の部屋は鍵がついていない代わりに結界が何重にも張り巡らされていた。外にあった結界よりも強力で悪しきものを絶対に近付けさせないという固い意志を感じさせていた。
 自分がこの結界にはじき返されてしまったらどうしようと一瞬戸惑ってしまったのだが、ノックをしてみたところ中から今にも消え去りそうなくらいか細い声が聞こえてきた。
 ゆっくりとドアを開けて中へ入ろうと思ったのだが、廊下の角から心配そうに見つめている三人の視線が少しだけ痛く感じてしまった。

 僕を出迎えてくれたのは制服に身を包んだ少女だった。遠い昔の記憶にある女の子が成長したらこんな風になるんだろうなと簡単に想像することが出来たのだが、少女の顔にあの時のような無邪気な笑顔は見られなかった。
 面接で緊張しているとは違う、何か心の底から心配事があるような、そんな表情をしているように感じ取ってしまったのだった。

「じゃあ、いきなり面接ってのも何なんで、軽く世間話でもしようか」

 僕の言葉を聞いてほんの少しだけ表情が明るくなったように見えたのだけど、それは僕の思い過ごしかもしれない。
 カーテンを開けているのになぜか薄暗い部屋。
 無理に作り笑顔を見せいている少女。
 そして、僕は鞄の中からお高いチョコレートを出して少女にプレゼントしてあげたのだった。
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