片思い同士の初恋

釧路太郎

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第十四話

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 私はなぜか愛莉ちゃんの家で恭也さんと二人っきりになっていた。もともとは愛莉ちゃんも一緒に居るはずだったのに、愛莉ちゃんは梓ちゃんに呼び出されて急に出ていってしまったのだった。恭也さんとは今までも遊んだこともあったし何度かお話をしたこともあった。でも、その時は必ず愛莉ちゃんがいて私達の間に入ってくれていた。

「今年で高校生活も終わりみたいだけどさ、最後にやり残したこととかあったりするのかな?」
「えっと、わからないです」
「そう、わからないよね。俺もさ、高校を卒業するまではそれに気が付かなかったしね。気が付いたとしても遅かったりするんだけど、それはそれでいい思い出になると思うよ」
「はい、そうだと思います」

 恭也さんは悪い人ではないと知っているのだけれど、いまだに信寛君以外の人と話をするのは緊張してしまう。信寛君と付き合うようになって人とのかかわりも増えてきてはいるのだけれど、私は相変わらず誰かとお話をするという事が苦手なままだった。

「それにしてもさ、愛莉も薄情なやつだよな。俺が帰って来てるっていうのに自分か彼女の方へとさっさと行っちゃうしさ、泉ちゃんが人と話すの苦手なの知っててやってるんだよ。泉ちゃんは気が付いてないかもしれないけどさ、これって愛莉が泉ちゃんの為にやってることだと思うんだよね。あいつは結構君達二人の事を心配しててさ、勉強なんかを一緒にやってたのもそう言うわけなんだと思うけど、三人とも無事に卒業出来そうで良かったよね。そうそう、愛莉から聞いたんだけど、信寛と付き合うことにして本当なの?」
「はい、信寛君と付き合うことになりました」
「良かったよ。俺はさ、信寛が泉ちゃんと一緒になればいいなって思ってたんだよね。つか、なんで付き合わないんだろうってずっと思ってたよ。君達二人ってさ、誰が見ても好き同士だって言うのに付き合わないんだもんな。何とかして俺が二人をくっつけようかなって思ってても、全部愛莉に止められてたんだよね。あ、愛莉は意地悪とか仲間外れになりたくないからそうしてたんじゃないってわかってくれると思うけどさ、愛莉が止める理由は二人が自分たちで自分たちの気持ちに気が付いて向き合って欲しいって事だったんだよ。泉ちゃんが人見知りで誰かに自分の思いを伝えるのが苦手なのってみんな知ってるから信寛に期待してたんだけどさ、信寛も信寛で本当に言いたいことって言えない性格なんだよ。泉ちゃんは気が付いていなかったみたいだけどさ、信寛は誰も気が付かないような感じで泉ちゃんの事を好きだってアピールしてたんだぜ。笑っちゃうよな」
「そうだったんですか?」
「そうなんだよ。例えばさ、信寛って本当は緑系の色が好きなのに泉ちゃんが好きだからって青系の服ばかり着てたりさ、高校に入ってから演劇部に入ったのだって演劇がやりたいからじゃなくて泉ちゃんの作った衣装を着たいからなんだぜ。これは俺が勝手に思ってることなんだけどさ、あいつは泉ちゃんの作ったものが欲しかったんだと思うよ。でも、服作りが趣味の泉ちゃんにいきなり『服を作ってくれって』言えないだろ。だから、あいつなりに考えて衣装を作ってもらえる可能性の高い演劇部にしたんじゃないかな。被服部とかもあるかもしれないけどさ、そっちで服を作ったとしてもそれは信寛の為じゃなくて他の誰かのためかもしれないだろ。そう考えると、演劇部って信寛のために衣装を作ってくれるかもしれないチャンスだったんだよね。で、その為にも自分は主役を演じて服を作ってもらえる機会を増やしたいって言ってたみたいだよ」
「そうなんですか。私は信寛君が言ってくれればいくらでも作るのにな」
「だよな。好きな人に頼まれたら嬉しくて頑張っちゃうよな。俺もさ、今はほとんど趣味で愛莉のコスプレ衣装とか私服とか作ってるけどさ、これから服作りが趣味から仕事に変わっていけばそう言うわけにもいかなくなっちゃうんだよね。もちろん、今まで見たいに愛莉のために服を作ろうとは思うけどさ、それ以上に顔の知らない他の誰かのために服を作らないといけないんだよな。それはそれで嫌じゃないんだけどさ、やっぱり身近で顔が見える相手の服を作って喜んで着てもらえるってのが一番嬉しいんだよね。それで、愛莉にその服が似合ってて可愛いねって言ってもらえれば俺も幸せな気持ちになれるからさ」
「その気持ちわかります。私も手直ししかしたことないようなもんですけど、信寛君のために作った衣装が似合ってたら嬉しいです」
「そうだよね。それとさ、これは二人に言うなって言われてた事なんだけどさ、愛莉がいないんで言っちゃおうかな。でも、俺が言ったって愛莉に言っちゃだめだよ。今度やる芝居ってさ、愛莉が先生に脚本を書くように頼まれたって本人は言ってるけど、それは違うんだよ。アレって、信寛が泉ちゃんと一緒の舞台に立ちたいからわざわざ愛莉に脚本を考えるようにお願いしたんだよ」
「え、どうしてですか?」
「どうしてって、好きな女の子と一緒に何かしたいって思うのは普通でしょ。それもさ、同じ演劇部なら同じ舞台に立ちたいって思うのは当然じゃないかな。でも、泉ちゃんって極度の人見知りで緊張しやすいから、普通に考えたら舞台に立つのなんて無理だよね。いや、通行人とかセリフのない役だったら大丈夫かもしれないけどさ、それって同じ舞台に立ってるって言っていいのかなって思ってたみたいだよ。それでさ、信寛は愛莉に頼んで無口だけどメインを張れる役ってのを一生懸命考えたみたいだよ。愛莉的にもそれは楽しかったみたいだね。あいつらは中学二年の時からそれを考えてたみたいでさ、この辺って演劇部のある学校が他に無かったから勉強も頑張らないといけなかったんだよな」
「中学二年生の時からって、私は全然知らなかったんですけど」
「だろうね。二人は泉ちゃんにバレないようにさり気なく行動してたからさ。でも、泉ちゃん以外には結構バレてたみたいだよ。他の友達も泉ちゃんに今の高校を勧めたりしてたと思うんだけど、そういうのってあんまりないと思うんだよね。あいつらはさ、どうしても同じ高校の同じ演劇部に入って同じ舞台に立ちたいって思ってたんだ。もちろん、愛莉が今の高校を選んだ理由ってのはそれだけじゃないんだけど、信寛にとってはそれだけが目標だったって言ってもいいんじゃないかな。信寛も泉ちゃんも勉強は出来なかったから愛莉は大変そうだったけど、それはそれで楽しかったみたいだし、愛莉も今の高校に入ったことで彼女が出来たってわけなんで、最終的には皆幸せになれたって事で良かったよね」

 私が高校を選んだ理由はいろいろあったと思うけれど、一番の理由は信寛君と同じ高校に入りたかったというものだった。それ自体は信寛君も私と同じだったのだけれど、信寛君はそんな私よりも具体的な理由があったなんて知らなかった。本人に確かめたわけじゃないし確かめることも出来ないけれど、そんなに前から考えていたことは知らなかった。
 愛莉ちゃんの作った脚本も良く出来ていたと思ったのだけれど、そんなに準備期間が長かったのならあの完成度も納得出来るものがある。普通の高校生が入学してから半年くらいで書き上げたとは思えないような内容だったので、普通に愛ちゃんは天才なんだなって思っていたのだけれど、準備に二年近くかけていたという事は全く知らなかった。それだとしても、あの芝居は良く出来ていると思う。

「そんなわけで、これから衣装作りを始めるわけなんだけど、泉ちゃんは今の話を聞いて自分で一から信寛の衣装を作りたいって考えてない?」
「はい、考えてます」
「でもさ、それってたぶん無理だと思うんだよね」
「どうしてですか?」
「だってさ、時間が無さ過ぎるでしょ。これから本番まで授業もない、舞台の練習もない、他にやることは何もないって状態でもなければさ、一から衣装を作るなんて無理な話だと思うよ。去年一昨年と着てきた衣装のイメージも頭に残っているだろうし、そんな状態で新規のデザインを起こすのって余程才能が無いと無理だと思うんだよね。泉ちゃんに才能がないって言ってるわけじゃなくて、準備をするにはあまりにも期間が短すぎるってだけの話ね。それでも、やってみたいって言うんなら止めないし、例え未完成に終わったとしてもそれはそれで泉ちゃんの糧にはなると思うよ。でもさ、せっかく両想いだって気付いて付き合うことが出来たわけだし、どうせならちゃんとした衣装を作りたいって思わないかな?」
「思います。絶対に信寛君の衣装だけは完成させたいです」
「だよね。俺もさ、愛莉たちの話を聞いてずっと考えてたことがあるんだよね。それで見てもらいたいものがあるんだけどいいかな?」

 そう言って恭也さんは一冊のスケッチブックを私に手渡してきた。そこには、今まで見たこともないような衣装が何パターンも描かれていた。そのどれもが華やかで煌びやかで目を引くデザインだった。信寛君ならどれを着ても似合うだろうなと思って想像を膨らませていたのだけれど、どことなく一昨年の衣装に似ているように見えた。

「それはね、君達が高校に合格してから考えてたやつね。次のが去年の分、それとちょっと違う感じになってるけど、基本的にはそんなに変わらないと思うんだよね。変わるところといえば、袖が少しだけ動きやすいようになっているだけかな。それの次なんだけど、これを見て欲しいな」

 そう言って差し出された三冊目のスケッチブックには今までのデザインと違って、私が信寛君に来てもらいたいような衣装が描かれていた。私は一目見てそのデザインが気に入ってしまい、思わず恭也さんの顔を見てしまった。たぶん、この時初めて恭也さんの顔を見つめたと思うのだけれど、恭也さんはそんな私とは違って照れ臭そうに笑いながら横を向いていた。

「それってさ、泉ちゃんが好きそうな感じのを想像して描いてみたんだよね。泉ちゃんが愛莉のために作ってくれた衣装なんかを参考にして作ってみたんだけど、どうかな?」
「凄いです。恭也さんが一人でデザインして作った衣装も好きですけど、この衣装って私が好きだなって部分が沢山あります。もしかしたら、時間をかけていけば似たような衣装を思いつくことが出来たかもしれないですけど、こんなに素敵な衣装を作るためには絶対時間が足りないって思いますもん。この衣装なら私の好きな信寛君になれるんじゃないかって思いますもん。あ、今までの衣装が悪いって事じゃなくて、このデザインの衣装が凄く私好みだって事です。ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。実際にその衣装はそう言った事を考えてつくってたからね。去年までのは俺と愛莉と信寛でこんな感じがいいんじゃないかなって決めてたのさ。今年もそういう予定ではあったんだけど、泉ちゃんと信寛が付き合うことになったって聞いてそれはやめにしようって事にしたんだ。これは俺だけが勝手に思ってたことで二人は知らないんだけど、俺は泉ちゃんと信寛が付き合った後は俺のデザインじゃなくて泉ちゃんの考える好きな衣装の手助けをしようって思ってたんだよ。高校三年生になってそれが出来て良かったけどさ、本当は一年目からそうだといいなって思ってたんだぜ」

 私は恭也さんのその言葉を聞いてからスケッチブックに目を落とすと、そこには私達がまだ高校に入る前の日付が書かれていた。私はそんなに前から恭也さんに応援されていた事には気が付いていなかっただけれど、その思いを知った今、私はとても感謝していた。

「でもさ、それってまだ完成じゃないんだよね。さっき泉ちゃんは言ってたけど、ここを変えたらもっと好きになるってところがあるんでしょ?」
「え、そんなことは無いです。この衣装はとても素敵だと思います」
「いやいや、今年で最後の舞台で信寛に着せるのもこれが最後の衣装なんだよ。時間は少ないかもしれないけど、妥協しないで出来るとこまで頑張ってみようよ。泉ちゃんの理想を完璧に実現することは出来ないかもしれないけどさ、俺達も二人の舞台のために協力するからね」
「俺達って?」
「俺と同じ学校の友達ね。前にファッションショーをやった時の連中だよ。あいつらは泉ちゃんの事を本当に気に入ってね、泉ちゃんの高校生活最後の晴れ舞台なんだからって気合入ってるんだよ。だからさ、大まかなところは俺達でやっちゃうけど、細かいところは泉ちゃんが手直ししてね。それで、どの衣装が一番気に入ってくれたか教えてくれると助かるな」
「そうですね。ちょっと時間を貰ってもいいですか?」
「ああ、気にせずにゆっくり考えていいよ」

 あの時の人達が手伝ってくれるというのは心強い。私が最初からこの衣装を仕立てるのなんてさすがに一か月ちょっとじゃ無理な話だとは思っていた。でも、どれもこれも素敵で私の好みに近い衣装なので決めきることが出来なかった。最終的には四パターンまで絞り込むことが出来たんだけれど、どうしてもそこから先は絞り込むことが出来なかった。
 今目の前にあるデザイン画も素敵だとは思うのだけれど、私の想像力ではどうしても衣装として完成している姿を想像することが出来なかった。これは私の力がいたらないためなので申し訳ない気持ちで一杯なのだが、私にはこれ以上絞り込むことは出来なかった。

「ちなみになんだけど、どれで迷ってるのかな?」
「えっとですね、この四つですね。他のやつもいいと思うんですけど、私的にはこの四つがどれも好きです」
「そっか、その四つで悩んでるわけね。じゃあ、どれが良さそうか見てみようか」

 見てみようかとはどういう意味だろう?
 パソコンを使って3Dモデルでも見せてくれるのだろうか?
 でも、見える範囲にはパソコンは無いようだけれど。そんな事をぼんやりと考えていると、恭也さんはリビングから出ていってしまった。私はしばらくそのままデザインを眺めていたのだけれど、どれもこれも私が想像できるイメージを越えているように思えた。ただ、目の前に理想の衣装があるのにもかかわらず、私はそれを自分の理想に近づけようと思ってしまう欲深い女だと自分で思ってしまった。

「準備が出来たから俺の部屋に行こうか」

 恭也さんはそう言って自分の部屋へと私を誘った。今では愛莉ちゃんの衣裳部屋として使われている恭也さんの部屋ではあるが、小さい時には何度か恭也さんが出入りしているところを見たことがある部屋だった。愛莉ちゃんの衣裳部屋としては何度か中に入ったことはあるのだけれど、恭也さんの部屋と案内されてはいるのは初めてだと思う。
 私は恭也さんの部屋に入って息が出来ない程驚いてしまった。

 私の目の前には先ほどまで見ていたデザインの衣装が掛けられていた。試作品とは思えないような目を見張る出来栄えの衣装がそこにはあった。
 どういうことなのだろうと思って考えていたのだけれど、私はどうして選んだ衣装が目の前にあるのか理解することが出来なかった。

「あはは、驚かせたみたいでごめんね。実はさ、二人が付き合うことになったって聞いてからこの衣装たちを作ることにしたんだよね。でも、どれを作れば一番いいんだろうって悩んでたらさ、俺の学校の友達が協力してくれて『せっかくなら全部作っちゃおう』ってことになったんだよ。で、そっちの壁には他のデザインのもあるから実物を見て考えていいよ。何だったら、ここに信寛を呼んで実際に着てもらってもいいと思うよ」
「ありがとうございます。でも、信寛君にはもう少し内緒にしておきます」
「そうだね。それが良いかもね。この中から泉ちゃんが好きなのを選ぶのって大変だと思うけど、選ばれなかった服も別の機会に信寛に着てもらうから気にしないでね」
「別の機会って何ですか?」
「俺たちの卒業制作発表でね。その時は泉ちゃんも観客として見に来てね」

 私はこの素敵な衣装の中から信寛君に一番着てもらいたい衣装を選ぶことが出来るだろうか。いや、これは絶対に選ばないといけない。恭也さんたちの思いもあるのだけれど、今まで陰で支えてくれた人たちのためにも、一番信寛君に似合う衣装にしてあげないと申し訳ないからね。
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