片思い同士の初恋

釧路太郎

文字の大きさ
24 / 28

第二十四話

しおりを挟む
 本番前最後の通し稽古も終わった。色々と考えているうちに私達の稽古は終わって本番を迎えるだけになったのだが、部員しか見ていないこの状況でも私はとても緊張してしまい言葉を発することもその場から動くことも出来なかった。
 愛莉ちゃんと若井先生は私を励ましてくれて入るのだけれど、少しだけ落胆の表情が見えていた。もしかしたら、二人は私が生まれ変わっているだろうと期待をしてくれていたのかもしれない。練習ではその期待に応えることは出来なかったのだが、明日の本番ではその期待にちゃんと応えようと思う。
 だが、私は本番が近づけば近付くほど緊張が強くなり、手足の指先がだんだんと冷たくなっていってるのを感じていた。それだけではなく、極度の緊張からなのか集中し過ぎなのかはわからないが、視界が極端に狭くなってしまっていた。視野が狭いと言われていた時よりも見えている範囲が狭いんじゃないかと思えるくらいには目の前が白く濁っていた。

 今日の通し稽古前には上手く行くとシミュレーションをすることが出来たのだけれど、いざ始まってみるといつも通りの全く動けず微笑んでいるだけの私がいるだけだった。それでも、私なりには頑張ろうと思っていたし、言おうと思っている事は色々と考えてはいたのだ。ただ、色々と考えすぎて何を選べばいいのだろうと考えているうちに練習も終わっていただけなのだ。
 他の部員からしてみれば、私はいつもと変わらない感じだったと思うのだけれど、愛莉ちゃんは私が頑張ろうとしていたところをわかってくれて、若井先生と一緒に励ましてくれていたのだ。

 私は帰り路ではいつも通りにしていたと思っていたのだけれど、信寛君はそんな私の変化にどことなく気がついてくれていたようだ。

「明日からの本番は全部俺に任せてくれていいからさ。泉は俺の一番近くで俺を見ててくれればいいからね」

 いつもの優しい表情でいつものように温かい言葉を私に向けてくれる信寛君。私はその気持ちにちゃんと答えることが出来ているのか不安になっていたのだけれど、私は自分に出来ることを精一杯やることにしようと心に誓っていた。今日だって誓っていたはずなんだけど、何も出来なかったなと思ってはいたけれど、明日からはちゃんと自分の気持ちを伝えられるようにしよう。
 いつも通りの道ではなく、今日は信寛君の家の前を経由して私の家に向かっていた。いつも曲がる場所をまっすぐ進んでいくと信寛君の家の方へ行けるのだけれど、私の家に行くことを考えると少しだけ遠回りになってしまう。
 私が勇気を出すことが出来ないから今日は信寛君の家の前でお別れかなとか考えていると、信寛君の家の方から美春ちゃんが小走りで近付いてくるのが見えた。

「美春、無理して走っちゃ駄目じゃないか」
「美春は走ってないよ。小走りだから平気だもん。それにさ、二人とも何かあったのかってくらい暗いけどどうしたの?」
「どうもしてないけど、暗いのはもう夜だからじゃないか」
「もう、お兄ちゃんって本当にダメな人だよね。そんなお兄ちゃんの事は無視して、泉ちゃんにちょっと言いたいことがあるから聞いてもらってもいいかな」
「うん、何かな?」
「あのね、美春は泉ちゃんだけに言いたいことがあるんで、お兄ちゃんはどっか声が聞こえないところに行っててもらってもいいかな。そうだな、あのジャングルジムの上で待っててよ。合図するまでこっちに来たらダメだからね。泉ちゃんは美春と一緒にあっちのベンチに座ってお話しましょ」

 信寛君は美春ちゃんに向かって文句は言っていたのだけれど、ブツブツと文句は言いながらも言われた通りにジャングルジムに上っているのが面白くて可愛らしかった。
 私は美春ちゃんに手を引かれて一緒にベンチに座ったのだが、信寛君に何となく似ている美春ちゃんが手を繋いでくれたのは少しだけドキドキしてしまっていた。

「お兄ちゃんから聞いたんだけどさ、今年って四回も公演があるんだね。美春は残念だけど四回もあるのに見に行けないんだ。だからさ、その分も今のうちに応援しておきたいなって思ったんだ。美春はね、お兄ちゃんに彼女が出来るんなら泉ちゃんが言いなって思ってたのは本当なんだよ。愛莉ちゃんでもいいなって思ったってのは嘘なんだ。愛莉ちゃんもいい人だとは思うけど、美春のお姉ちゃんってよりはお友達に近い感覚かな。毎日一緒に過ごすってよりも、時々楽しく遊んでくれる相手って感じかも。その点、泉ちゃんは毎日一緒に居ても楽しそうだなって思ったんだよ。優しいだけじゃなくてお兄ちゃんの事も好きでいてくれているしね。もちろん、お兄ちゃんが泉ちゃんの事を好きなのも重要だけどさ。そんな好き同士で優しい二人の舞台を見に行けないのは残念だけど、美春は会場の誰よりも二人の事を応援してるし、二人の事が好きだからね。だからさ、泉ちゃんは美春の代わりにお兄ちゃんの一番カッコいい姿を一番近くで見ててほしいな。お兄ちゃんには泉ちゃんの一番綺麗で輝いている姿を見てもらうように頼んであるし、二人がお互いをちゃんと見ているとしたら、美春はこれ以上に無い幸せを感じると思うよ。だからね、二人はいつも通り自然体でいてくれたらいいと思うんだ。美春のパパは日曜日にしか行けないって言ってたんで美春がすぐに見ることが出来るのは日曜日の公演だけなんだけど、絶対に土曜日の分も誰かに見せてもらうからさ、失敗しても気にしないでやり遂げてね」
「失敗なんてしないよ。私は信寛君の隣に立ってるだけだからね」
「そうかもしれないけどさ、もしかしたら転んじゃうかもしれないし、くしゃみが出ちゃうかもしれないじゃない。そんな時でも泉ちゃんは泉ちゃんらしくしていればいいと思うんだ」

 私は美春ちゃんに考えを見透かされているのではないかと思っていた。もしかしたら、愛莉ちゃんが美春ちゃんに私の考えを教えて、勇気を出せるように言葉をかけてくれたのかもしれない。そうだったとしても、そうじゃなかったとしても、私は美春ちゃんの言葉に勇気をもらったし、明日はきっとやり遂げられると心に誓ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...