マーちゃんの深憂

釧路太郎

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マーちゃん中尉と虫女

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 画面いっぱいに映し出されていた虫を見るのも嫌だったのだろう。試験が終わった後に行われるマーちゃん中尉とイザー二等兵の模擬試合の視聴者は一般人に限ってみるといつもの一割にも満たないくらいの人数しか集まっていなかった。その一般人の中にも関係者が多く含まれていると思われるため、純粋な意味での一般視聴者はほぼいないものとして受け取っても良いのだろう。
 実況の水城アナウンサーも仕事でなければ虫がひしめき合っているあの集団を見たくないと言っているのだが、それは解説に回っているうまなちゃんも同じ考えだった。
「今回の挑戦者としてルーちゃんを選んだのは私なんですけど、あそこまで虫尽くしになるとは思ってなかったんです。イザーちゃん、イザー二等兵の今後の成長を考えると弱点や苦手なものを克服するのも大事かなと思ったんですよね。でも、私の思惑とはずれた形で成長しちゃったみたいなんですけどね」
「私にはイザー二等兵が成長したというよりも、あの状況に耐えきれなくなって別の人格が出てきたようにも見えました。イザー二等兵とルーちゃんの試験試合を解説をしていただいた宇藤さんも私と同じ意見だったのですが、イザー二等兵って複数の人格を備えているという事はあるんでしょうか?」
 栗宮院うまな中将は迷った末に素直に答えることにした。明らかに別人と思われるような行動に出ていたイザー二等兵の事を隠していても仕方ないし、今後さらに別の危ない人格が出てこないとも限らない。そうなったことを想定すると、今の時点でイザー二等兵が多重人格者だという事を伝えておいた方が良いのかもしれない。イザー二等兵本人にもその秘密が伝わってしまうという事は心配ではあるが、今の状況が続けば自分の知らないところで発覚してしまう可能性だってあるのだろう。イザー二等兵が気付くのなら栗宮院うまな中将が直接言及しておいた方がイザー二等兵の中にわだかまりも生まれないと考えたのだ。
「イザー二等兵の中にはいくつか人格があるんです。水城さんもイザー二等兵の戦い方を見て違和感を覚えたことがあると思うんですが、彼女の戦い方は人格によって大きく変わってしまうんです。詳細は軍事機密のためお伝えすることが出来ませんが、多重人格と聞いて皆さんが想像するような危険な人格は今のところ存在しないのでご安心ください。仮にそんな危険な人格が出てきたとしても、私とマーちゃん中尉の力で抑え込むのでご安心くださいね」
「イザー二等兵は過去に何度か命令違反をしていますが、それも多重人格であることと関連があるのでしょうか?」
「それは何も関係ないですね。むしろ、イザー二等兵が命令違反をしていたのは優しすぎる性格のせいだったと思いますよ。非情な選択を行わなければいけない場面でそれを選ぶことが出来なかったりと自分の利益になるからという事ではなく他者の利益になるからという理由で自分が不利益を被っていたんです。その他者というのは一般市民の場合もあったのですが、そのほとんどは私が原因だったりするんですよ。どんなことだったかは軍事機密なので教えることが出来ませんが、私のために泥を被ってくれるような優しい女の子なんですよ。今は虫を自由自在に操る近寄りたくない女ですけどね」

「マーちゃんって虫好きだよね?」
「別に好きじゃないよ。嫌いでもないけど、たくさんの虫を見るのは好きじゃないかも」
「好きじゃないって言われても、今のおれに出来る攻撃って殴ったりけったりするくらいしかないんだよな。虫を使っていいって言うんだったら色々とやりようはあるんだけどさ、この体に慣れていないからあんまり無理なことをして体を壊すようなことになっても困るんだよね。だからさ、ちょっとだけ虫を使ってもいいかな。いいよね?」
 マーちゃん中尉はイザー二等兵の提案について一切妥協することもなくハッキリと断っていた。虫が嫌いじゃないにしてもあの数の虫が自分の体の上を好き勝手に歩き回るというのはどうしても想像したくなかった。
 気付かれないようにそっと影を伸ばしていたイザー二等兵ではあったが、そんな手はもちろんマーちゃん中尉に見透かされているのであっさりと避けられてしまった。伸びてくる影に触れるのは終わりの合図と言ってもいいと考えているマーちゃん中尉はイザー二等兵に対してどうやって影を作らせずに勝負を決めるかという事を考えているのだ。
 お互いに攻めることが出来ない状況になってしまっているのだが、マーちゃん中尉にとって今の状況は別に不利でも何でもないという事に気付いていなかった。ルーちゃんは自分が不利な状況に追い込まれているという事に気付いているので、この勝負を何とか引き分けに持ち込めないものかと頭をフル回転させていた。
「じゃあ、今回はこのまま戦わないで終わりにしておれとちょっとだけお話をしようよ。マーちゃんもその方が良いんじゃないかな?」
 さんざん悩んで出てきた答えがそんなものだったのでうなくいくとは思えなかったのだが、イザー二等兵が思い描いていたのとは違った形でうまくいきそうになっていた。
「そうだね。無理に戦わなくてもいいかもしれないね。俺たちの戦いは試験じゃないってのもあるし、さっさと終わりにしちゃおうか。その方が良いよね」
 お互いに虫に関わりたくないという思いはあっそたのだろう。イザー二等兵はどうやって虫を使わずに穏便に試合を終わらせることが出来るのかという事を考えていた。マーちゃん中尉は虫を使われないように接近せずに終わらせる方法を考えていた。

「遠距離から一気に魔法攻撃で畳みかけちゃいましたね。ちょっとやり過ぎなんじゃないかと思うくらいに魔法を放っていますが、アレは栗宮院うまな中将にはどのように感じられますか?」
「そうですね。マーちゃん中尉は必死なんだと思いますよ。虫が平気だとしてもそれは普通に鑑賞する際の心意気だと思いますが、自分の体を無数の虫が這いずり回るというのは虫好きでもちょっと嫌なんだと思いますね。それもあって、あのように遠距離の魔法で一気に仕留めようとしているのだと思います。ちょっとだけオーバーキルな感じもしますけど、相手にまだ戦うという意思を持たせないという意味では良いことだと思いますね」
 マーちゃん中尉は自分が使える攻撃魔法を順番に素早く打ち込んでいるだけではあるが、その行動がイザー二等兵に新たなトラウマを植え付けてしまうことになるとは誰も思いもしなかったのであった。
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