陰キャな僕の危険な恋愛

釧路太郎

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陰キャカップル誕生

前編

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 僕の席は廊下側の真ん中だ。僕は自分から望んでこの席を選んだわけではないのだけれど、席替えの時に半ば強制的に星君と交換させられたのだ。別にそれは良いのだけれど、席を交換させられた理由が「真柴さんの隣は何か嫌だから」という身勝手なものだったのだ。

「なあ、お前みたいなクソ陰キャは真柴みたいな変な女の隣が一番ふさわしいと思うぜ。だからよ、その席になれたって事を俺に感謝しろよ。わかった過去の陰キャ野郎」
「別に僕はどこでも構わないし、星君がそうしたいって言うならそうしたらいいと思うよ」
「何言ってんだよ。俺が変えさせたんじゃなくて、お前が真柴の隣が良いって言って俺と変わったんだろ。誤解されるような事を言ってんじゃねえよ。このクソ陰キャが」

 僕は自分の事を陰キャだとは思ったことは無いのだけれど、完全に陽キャの星君から見たら僕は陰キャなのかもしれない。でも、目の仇のように言われることに覚えはないのだけれど、何か気に障るような事でもしたのだろうか。僕にはそんな覚えは全くなかったのだ。
 それに、僕の隣は壁と真柴さんなのだけれど、真柴さんは少し変わっているというか、僕と違って普通ではないような気がするのだ。隣の席になってから気付いたのだけれど、時々僕の方を見て笑っているような気がする。僕の気のせいかもしれないけれど、こちらを何度か見て笑っているように見える時があるのだ。
 かと言って、いきなり話しかける勇気もないし、話しかけたところで話題も何もないのだからこのままでいいのだと思う。お昼休みも授業中も何度か真柴さんに見られているような気がしたのだけれど、僕が真柴さんの方をチラッと見ても目が合う事は一度も無かった。
 僕が言うのも変な話ではあるのだけれど、真柴さんは変わっていると思う。普通の女子高生であれば友達を作ろうとするのだろうけど、真柴さんが誰かと話している姿を見たことが一度もない。休み時間は何か言いながらノートによくわからないものを描いているし、お昼休みにも何かを食べている姿を見たことが無かった。星君が真柴さんを気味悪がっているのも理解出来るけれど、それが直接危害を加えてくることでもないんで気にしなければいいのにと思っていた。
 授業中にチラッと真柴さんを見てみた時、なぜか僕は真柴さんと目が合ってしまった。僕は思わず目を逸らしてしまったのだけれど、その後に真柴さんを見た時も再び目が合ってしまった。そんな事を何度か繰り返していたのだけれど、その度に僕は真柴さんと目が合ってしまい、授業に集中することが出来ずにいた。

 お昼休みもいつもと同じように一人で過ごしているのだけれど、今日はずっと真柴さんの視線を感じている。真柴さんがお昼に何も食べないのは知っているけれど、僕がお弁当を食べているところをじっと見られているというのはなんだか落ち着かない。
 だからと言って、僕は真柴さんにこっちを見ないでくれなんて言う事は出来ないのだ。言うことは出来たとしても、真柴さんを納得させることなんて絶対に無理だと僕は思っていた。
 僕はなんだかいつも以上に緊張しながらお弁当を食べていたのだけれど、半分も食べ終わらないうちに僕を見ている視線が増えていることに気付いてしまった。星君たちが僕を見ている真柴さんを見て何かヒソヒソと話をしているのだ。
 あんな風に星君たちが内緒話をしている時は絶対に良くないことが起こることを僕は経験上している。せめて、お弁当だけでも食べ終えておこうと思っていたのだけれど、僕がお弁当を食べ終える前に星君たちが席を立ってこちらに向かってニヤニヤしながら歩いてきたのだ。
 まだお弁当は全然残っているというのにこのままだと酷い目に遭ってしまうと思い、僕は一心不乱にお弁当を食べていたのだけれど、星君たちは僕の前にはやってこなかった。
 いつもなら僕のお弁当を横取りしたりする星君たちが僕の席ではなく真柴さんの席を取り囲んでいたのだ。それでも、真柴さんは星君たちを全く見ずに僕を見つめていた。

「なあ、真柴ってさ、さっきからずっと森の事を見ているけど、森の事が好きなのか?」

 星君はクラス中に聞こえるようにわざと大きい声でそう言った。取り巻きの大西君と松前君は真柴さんを馬鹿にするように大げさに笑って茶々を入れていた。
 僕は真柴さんの答えを聞く前に恥ずかしくなってしまっていて、顔が熱くなっているのを感じていた。きっと、今の僕はこのクラスで一番顔が赤くなっているだろう。もしかしたら、この世界で一番赤くなっているかもしれない。それくらい顔が熱くなるのを感じていた。

「そんなに森の事を見つめちゃってさ。真柴って森の事がそんなに好きなのかよ」

 星君は無言で僕を見つめる真柴さんの事が気に入らないようで、思いっきり机を叩きながら声を荒げていた。大西君と松前君もそれにつられるように何度も机を叩いていたのだけれど、真柴さんの視線は僕から外れることは無かった。

「おい、聞いてんのかよ。俺の話を無視してんじゃねえぞブス」
「うるさいわね。あんたの話なんて聞いてないからどっか行けよ」
「あ、何だてめえは。調子乗ってんじゃねえぞコラ」

 僕は何が何だからわからないけど、二人の喧嘩を止めないといけないと思ってお弁当を机に置いて真柴さんの方に体を向けようとした。僕が真柴さんの方を向いた時は星君が真柴さんの襟首をつかんでいたのだけれど、僕が真柴さんの方に完全に体を向けた時には星君の顔が真柴さんの机に突っ伏していた。
 僕も星君も大西君たちも何が起こったのかわかっていなかったのだけれど、真柴さんは見たことも無いような動きで星君の顔の上に左ひじを乗せて机に押し付けていた。真柴さんはその左にて自分の頬を乗せて僕を見つめていた。
 僕は状況を全く理解していなかったのだけれど、その真柴さんの表情と行動を見て背中に冷たいものが走ったような感触を覚えた。

「そうかも。私って、森君の事が好きなのかもしれない」

 僕は生まれた初めて女子から告白されたのだけれど、それは色々な意味で衝撃的な出来事だった。


 昨日の事が夢だったのではないかと僕は思っていたのだけれど、学校へ行く道すがら、僕は真柴さんと遭遇した。偶然なのか待ち構えていたのかはわからないけれど、僕は真柴さんと一緒に登校することになった。
 挨拶だけを交わしたのだけれど、その後はどちらからも口を開くことも無く無言のまま学校へ着いてしまった。真柴さんはいつもの鞄ではなくちょっと大きめのリュックを背負っていたのだが、勉強道具が入っているにしては不自然に膨らんでいた。
 僕はこれも夢なのではないかと思っていたのだけれど、相変わらず僕の横で無言のままな真柴さんが少しだけ怖くなってしまった。それでも、僕は誰かと一緒に居るという時間が楽しく思えていたのも事実であった。
 教室のドアが開くと中にいる人達は誰が来たのだろうと注目することは必然なのだが、僕が入ってきた事を確認した人は皆確認する前の状態に戻っていた。昨日まではそうだったのだけれど、今日はそうではなかった。僕と一緒に入ってきた真柴さんを見て何人かのクラスメイトがざわざわし始めたのだ。

「お前ら二人して仲良く登校してきてどういう事なんだよ」
「どういう事って、別に二人で仲良く登校してるわけじゃないし」
「じゃあなんで一緒に教室に入って来てんだよ」
「ひ。それはたまたまで」
「今までそんな事一度も無かったじゃねえか。そんな偶然があるわけないだろ」
「そう言われても。僕は本当にたまたま真柴さんと会って一緒に来ただけだから」
「わ、分かった。偶然なのは分かったから、その手を離そうな。な」

 僕は登校してすぐに星君に絡まれてついていないなと思ってずっと下を見てしまったのだけれど、急に態度が急変した星君を見て何が起こったのだろうと顔を上げると真柴さんが星君の襟元を両手でつかんでいた。
 真柴さんは星君の謝罪を受けて両手を離したのだけれど、僕の気のせいでなければ星君の体は少し浮いていたように見えた。それにしても、制服って丈夫なんだなと見当違いな事を思っていたのは、目の前で起こっていることをちゃんと理解していなかった証拠であるだろう。

「真柴さん大丈夫?」
「え、大丈夫だよ。森君こそ怪我とかなかった?」
「いや、怪我をするようなことはされてないから大丈夫だけど、真柴さんって力持ちなの?」
「恥ずかしいな。小さい時に体が弱くてさ、おじいちゃんに勧められて護身術を習ってるんだよね」
「そうなんだ。僕もあんまり体が丈夫じゃないから少し興味あるかも」
「本当に?」
「うん、でも、僕みたいなひ弱な男がいきなりそういうのを始めるのってどうかなって思うんだけどね」
「そんな事ないよ。続けることで体だけじゃなくて精神も鍛えられるからやって損は無いと思うよ。でも、私の練習している姿を森君に見られるのは少し恥ずかしいかも」
「そんなに恥ずかしがることも無いと思うけど。昨日星君を机に押し付けたのも習ってるやつなの?」
「そうなんだよ。あんまり実践では使うなよって言われてるんだけど、反射的に出ちゃったんだよね。気を付けなくちゃダメなのにね」
「アレってさ、合気道ってやつなの?」
「うーん、合気道と似てるんだけど、私のは柔術を中心とした総合的な護身術なんだよね。相手の力を受け流すってのは同じだと思うんだけど、そこに完全制圧を目的とした破壊が加わるんだけどね、昨日のはその手前でやめてたんだ」
「え、破壊?」
「そう、本当はあのまま腕と肩を壊すんだけど、さすがにそこまでするのはマズいからね」
「はは、それはやりすぎになっちゃうね」

 真柴さんは冗談ではなく本気で言っているのだろう。前髪に隠れて表情は読み取りにくいのだけれど、その言葉に嘘や誇張は無いように感じていた。
 何より、襟を掴まれただけであの星君があそこまで怯えていたのだから、昨日の星君はとんでもない恐怖心を植え付けられたに違いないのだ。
 星君との一件があって、僕たちは一日中クラスのみんなから注目されていたと思う。何故か、真柴さんも僕に注目していたようなのだが、それはいつもと変わらない事だったので気にはしていなかった。
 授業も終わって僕は星君たちに絡まれないように素早く下校の準備をしていたのだけれど、僕よりも早く準備を終えていた真柴さんが僕の前に立って僕の手を引いてきた。僕は真柴さんと一緒に登校だけではなく下校もすることになったのだった。

「真柴さんの習ってる護身術ってさ、僕でも強くなれるのかな?」
「大丈夫だと思うよ。でも、喧嘩のために強くなりたいんだったら他の格闘技を習った方が良いと思うよ」
「別に喧嘩が強くなりたいってわけじゃないんだよね。どっちかって言うと、昨日から真柴さんに守られっぱなしだなって思ってて、僕が逆に真柴さんを守れればいいのになって思っただけなんだよ。まあ、そこまで強くなれるとは自分でも思ってないけどさ、そうなれたらいいなって思ってね」
「その気持ちは嬉しいな。森君って、他の人と違って嘘をつくことが出来なそうだし、純粋な感じが好きかも。ねえ、森君はどんな人が好みなの?」
「どんな人って、性格の話?」
「正確じゃなくて、見た目の話かな。好みのタイプとかあったら教えてもらいたいかも」
「好みとかはわからないけど、最近だと土曜の夜にやってるドラマのヒロインが好きかも。あんな風に可愛い子がいたら凄いなって思うよ。あ、真柴さんが可愛くないって言ってるんじゃなくて、あの子が凄いなってだけだからね」
「ははは、何それ。全然フォローになってないよ。森君って本当に面白いんだね。私はそんな事を全然気にしてないのに」
「いや、他の子が可愛いとか言っちゃったら嫌な気持ちになっちゃうんじゃないかなって思ってさ。ごめんね」
「そんな事ないよ。私は森君の好みが知れて凄く嬉しいんだ。だから、謝ったりしないで色々教えてね」
「うん、ありがとう。真柴さんの好みのタイプってあるのかな?」
「私も良くわからなかったんだけど、今は森君だよ。昨日まではそういうの考えた事なかったけど、星君に言われて気付いたんだ。私が森君を好きだって事にね。そう言うわけなんで、良かったら私と付き合ってくれないかな?」
「付き合うって、恋人同士になるって事?」
「うん、そういう事」
「ダメかな?」
「ダメじゃないけど、僕でいいの?」
「もちろん。森君じゃないとダメだって思うの」
「えっと、僕で良ければぜひ。でも、なんで僕なの?」
「なんでだろうね。気が付いたら好きだったと思うんだけど、星君がきっかけでその気持ちに気付いたからかな。よろしくね」
「うん、よろしく。真柴さんの家って僕の家に近いのかな?」
「いや、橋を越えた先だよ。だから、あんまり近くないかも」
「橋を越えた先って、ここからまだ十キロくらい離れているよ」
「あ、そっちの橋じゃなくて、学校の近くの橋だよ」
「それって、反対側だよね?」
「そうなんだけど、今日は森君と一緒に帰りたかったからね。じゃあ、そろそろ森君も家につくと思うんで私は帰るね。また月曜に学校で会おうね」

 僕は真柴さんに手を振りながら色々と考えていた。僕と真柴さんの家は学校の反対方向にあるというのに、今朝は僕の登校ルートに真柴さんがいたのは何故だろう。それを確かめようにも、僕は真柴さんと連絡先を交換していなかったのだ。恋人同士になったと思うのだけれど、今日は金曜で明日と明後日は学校が休みなのだから真柴さんに会うことは出来ない。
 いつの間にか僕の思考の中心は真柴さんになっていたのだけれど、そんな状態になって二日間会う事も連絡を取り合うことも出来ないというのは想像しただけでも辛いものがあった。
 そう言えば、真柴さんはなんで僕の家がこっちの方でもう少しで着くという事を知っているのだろうか。中学も違うのに何でだろうと思っていたけれど、そんなに気にしなくても良い事なのだろうと思うことにした。
 僕は土日の二日間で何か出来ることは無いかと思ってみたけれど、何も思い浮かぶことは無かった。
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