英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter2

第19章 鞭と飴の演説【6】

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『さて、前置きが長くなりましたが本題へと入りましょう』

 そう言ってセブルスは、白いスーツの胸ポケットから紙を取り出し、それを広げる。

 おそらくその紙は、演説用のカンニングペーパーなのではないかと、僕は勝手に予想した。

『わたしがこうやって、アクトポートの皆さんの前で演説をすることとなった理由と致しましては、この街が現状、混乱状態にあり、かつてない危機に陥っているからです。このマグナブラ大陸が誇る、最大交易都市であるはずのアクトポートでは今、船舶の規制により物流は滞り、過剰なデモ活動によって労働者が不足し、生産力も大きくマイナスに振り切っております』

 あなた達は知ってか知らずか、とセブルスは少し言葉に毒気を入れて、更に続ける。

『ここ数日だけで既に、この街の経済指数は下落をするどころか、恐慌状態の水面下にまで押し迫られているのです。このままではおそらく、アクトポート全体が破綻に追い込まれ、この大都市が丸々無くなってしまうという、あってはならない事態も十分に考えられます』

 そこで! と力強く発し、セブルスは厳しい目線をこちらに向けた。

『この危機を回避すべく、そしてマグナブラとアクトポートの統合を速やかに行うため、それらの経済対策及び、その原因分子を排除するよう、グリード首相兼練磨大臣からの指示を我々は受け、ここへやって参りました。なので我々は、この街を制するために来たのではありません。脆弱となってしまったこの街を、もう一度かつての、強靭な、正真正銘の大都市へと復興するために遣わされた使者なのです。そのことをお忘れなきよう、お願い致します』

 そこまでセブルスが話し終え、周りは多少ざわつく姿を見せたりするが、しかし先程のような罵声が飛ぶことは無かった。

 それは兵士に囲まれているから……だけではなく、おそらくここにいる人々も、どことなく勘付いているのだろう。セブルスの言う、この街の危機に。

 確かにこれだけの人数が、こうして大規模なデモ活動をしているということは、逆を言えば、これだけの人数の労働者が、一斉に居なくなっているということだ。

 百人や二百人ならまだしも、この広大なアクトポートスクエアの通りを埋めるほどの人員がいるのだから、その数は数十万人にのぼるだろう。

 それだけの労働者がこの街から一気に居なくなったら、当然穴埋めなどできるはずがない。

 間違いなくこの街の多くの会社は、機能を停止する。

 それに貿易都市と謳っているにも関わらず、海外と船での貿易が満足にできないなんて、最早致命的だ。

 今はまだ、今までの貯金があるからこそ、この都市を維持できているが、しかしそんな脆いメッキが剥がれた時、この煌めいて見える都市は、一気に廃墟の塊となる。

 それに薄々気がついているから、彼らはセブルスに反撃することができない。

 自分達が優位に立てるよう、権利を主張するために始めたこのデモこそが、実は自分達の首を、ゆっくりと絞めていたのだから。

 首が絞まれば、そりゃあ大声も出なくなるだろうさ。

『ではその主な改革の内容についてですが……』

 しばらく民衆のどよめく姿を、何食わぬ顔で見ていたセブルスだったが、落ち着いたのを見計らって、再びスピーチを再開する。

『全てをこの場で説明致しますと、途方も無い時間が掛かってしまいますので、この場では主に、これからのことでは無く、既に案が通ったものについて一部抜粋して、皆様にご報告するという形をとらせていただきたいと思います』

 そのセブルスの発言に、再び周囲はざわつき始める。

 僕の予想していた通り、やっぱりヤツは既に、何かしらの策を前もって講じていたか。

 あの男は僕とは違って、石橋を叩いて渡るだけでなく、更にそこに補修工事を施した後に渡るような、そんな用心深いやつだからな。

 今回はどのような工事を行って、この場に立ったのだろうか……。

『お静かに願います』

 騒然としていた民衆にセブルスは訴えかけ、場は再び一気に静まり返る。

 その様はまさに、飼い主に指示をされて言うことを聞く、飼い犬のようだった。

『ふむ……ではご報告させていただきます。最初にこのアクトポートの根本的な部分の改革についてですが、このアクトポートがマグナブラと統合されるにあたって、新たにここはマグナブラ連合国・アクトポート州と定められることになりました。それにあたり、自治区長であるスティード・トルカロス氏を州知事に任命する予定だったのですが、彼は今回の問題の責任を取るとのことで、その権利を辞退いたしました。なので、彼の後任が決定するまでは、わたしがその代理として州知事の業務を執り行わせていただきますので、ご理解の程、どうぞよろしくお願い致します』

 すると今度は会釈程度では無く、しっかりと頭を数秒間下げて、セブルスは同意を求めるようにして、深々とお辞儀をしてみせた。

 自治区長が本当に州知事を自ら辞退したのか、それともセブルスがそうするように促したのか、その真意は分からないが、しかしまあ、マグナブラに優先的な決定権があったにせよ、その自治区長であるスティード・トルカロスさんは、言わばアクトポートを特別自治区から外してしまった張本人であるのだからな。

 そんな者が、再び肩書を変えてトップに返り咲くというのは、いくらなんでも厚顔無恥も甚だしい。

 そう考えれば、事がどう転がろうとも、セブルスが州知事の代理に就くことは、最早必然だったのだろう。

 しかしこれでセブルスは、形式的にはアクトポートを手にしたというわけだが、しかしそれで民衆が納得するかと言われれば、そうではないはずだ。

 ただでさえ人民の意思が反映されないまま、勝手にトップが決まってしまっているのだから、民主主義デモクラシーを貫いてきた彼らにとって、それはあまりにも不服だろう。

 だからセブルスが、このアクトポートを形式的では無く、あくまで実質的に制するには、ここに居る民衆を、自分の方へと抱き込む必要があったのだ……彼らが民主主義を放棄するほどの、旨いエサを片手に。

 だがあの男のことだ。それを分かっていないはずがあるまい。

 そのための切り札を、ヤツなら隠し持っていると思うのだが……。

『そしてもう一つの改革……を説明する前に、実は別件ですが、皆様に報告せねばならないことがあります』

 急なセブルスの話の切り替わりに、周囲は「なんだなんだ?」と声をあげ始める。

『これは州知事代理としてでも、防衛大臣としてでもなく、マグナブラ兵団中枢管理委員会長官としての報告です。本日、レイカー・トレードの会長であるチャールズ・レイカー氏が、過激派指定のデモ部隊への資金援助を行った疑いがあったため、兵団の捜査の結果、マグナブラ治安法に基づき、彼を逮捕致しました』

「チャールズ・レイカーが逮捕されたって!?」

「そんな……そんなバカなっ!!? レイカー・トレードはこれからどうなっちまうんだ!!」

 その報告の直後、それを聞いていた衆人はこれまでに無い喧騒をあげ、右往左往と混乱を始める。

 まるでそう、世界の破滅が始まったことを知ってしまったかのような、そんな制御不能などよめきが巻き起こる。

 なんだなんだ? この異常な反応は?

 アクトポートの事情をまったく知らない僕には、チンプンカンプンだった。

「なあマジスター、セブルスの言っているレイカー・トレードっていうのはどんな会社なんだ?」

 大体こういう時は、マジスターに訊いておけば何かと返してくれるので、僕は彼に頼る。

 するとマジスターは一瞬だけ、そんなことも知らないのか!? と言いたげな感じに、目を丸くしてみせたが、しかし彼は多分、僕が多少常識知らずであることを既に認知しているため、出かけた言葉を呑み込み、皆まで言わずに、レイカー・トレードのことを僕に教えてくれた。

「う……む……レイカー・トレードと言ったら、アクトポートだけでなく、このマグナブラ大陸全ての貿易企業の中でトップを牛耳っている会社だ。そしてその創始者が、チャールズ・レイカー会長というわけだ」

「なるほど……じゃあその会長が捕まっちまったってわけだ」

「ああ……しかしそうなると、レイカー・トレードの信用は失墜し、経営が危うくなる。もし仮に倒産などしてしまっては、アクトポートの貿易は大打撃を受け、失職者が溢れ出し、経済が回復するどころか、更に首を絞め……やがてこの街は破綻する」

「んなっ……!?」

 そう……セブルスは、経済を回復させると言っておきながら、その回復源となり得る、貿易のトップ企業を潰しかねないようなスキャンダルを、民衆の前でわざわざ暴露するという、そんな、先程までの発言とは大きく矛盾したことを言っていたのだ。

 確かに、チャールズ・レイカー会長が罪を犯したので、それを逮捕した……それは決して悪いことでは無いし、アイツは治安を守る兵団のトップでもあるのだから、それを報告するのも当然と言えば当然だ。

 しかし何故、この最悪のタイミングでその報告を堂々としてみせたのか……僕にはその意図が分からなかったのだ。
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