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いじめっ子に好きだと言ういじめられっ子の話

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 放課後、部活があってもなくても毎日のように屋敷の部屋で過ごす時間、彼はよく自分のことを好きかどうか聞いてくる。最初は聞かれるたびに頷いていた僕は面倒になり、そのうち聞かれそうな雰囲気を感じ取ると、先回りして好きだよと言うようになった。
 義務のように繰り返す言葉に意味なんて無いのに、屋敷の僕に対する扱いは次第に乱暴ではなくなりつつある。
 まず、数回に一度は呼ばれていた伊藤の姿はいつの間にかなくなった。最近ではもっぱら二人でしかセックスをしていない。二人に犯されるよりは体が楽になるから、それに越したことはなかった。
 次に、僕の後ろが念入りに指で解されるようになった。これも痛みが無くなって有難い事だった。無理な挿入の痛みを堪えるため、変にいきむこともなくなって、セックス自体の負担が軽くなるから良かった。でもこれは単に、馴らさずに挿入すると彼のペニスが痛むからなのかもしれない。彼がどう感じているのかなんて、どうでも良いことなのだけれど。
 挿入してからも、力任せに揺さぶられることは少なくなったと思う。最初に馴染ませる、なんて言いながら、僕の穴が彼のペニスの太さに慣れるまで動かさないこともあった。
 屋敷が何を考えているのかは相変わらず分からないのだけれど、言葉一つで体が楽になるのなら何度でも言ってやる。だから僕は今日もその言葉を繰り返した。

「昴くん、好きだよ」
「……分かってるって」

 僕の言葉に、屋敷は面倒くさそうに返してくる。そのあとは大抵抱きしめられてキスをされ、セックスをするのが習慣のようになっていた。だから僕は彼の部屋がある離れへ入ると最初にトイレとバスルームに向かい、後ろの準備を済ませることが当たり前になっている。今日もそうだった。

「……聡司」

 ベッドに並んで腰掛けたまま馬鹿のひとつ覚えのようにその言葉を聞いた屋敷は、分かってる、といつものように言葉を返してから僕の体をギュッと抱きしめてくる。だから僕も彼の背中に腕を回した。シャワーを浴びて裸のままの僕の体は少し湿っていて、拭き切れていなかった雫が彼のシャツを濡らす。機嫌を損ねないか気になるけれど、今のところそんな兆候は見受けられないので、背中に回した腕に少し力をこめてしがみついた。こうしておくと、セックスのときの扱いがさらに優しくなるからだ。最初は手加減されても、行為が進むにつれ興奮に任せて乱暴に揺さぶられると、次の日まで体が辛くなる。屋敷のような人間にも庇護欲があるのか、すがるようにしがみつくことで彼の手つきは少し優しくなるのだ。これは何度かそうするうちに身につけた知恵のようなモノだった。

「……?」

 けれど今日はいつもと違う。

「……昴くん……?」

 屋敷は僕を抱きしめたまま動かない。いつもなら、こうするとすぐに僕をベッドの上に押し倒すのに、そんなこともない。抱きしめられたまま首だけ動かして彼の顔を見ると、向こうも僕の顔を見つめていた。あ、と思う間もなくキスをされる。

「ん……」

 唇を割られ、ヌメッと入ってくる舌の感触に、僕は不思議な安心感を覚えた。良かった。余計なことなんてせず、いつも通りセックスでも何でも、さっさとすれば良いのだ。早く始めれば、その分早く終わり、早く帰れてゆっくり休める。僕が屋敷に求めるのは、ただそれだけだった。嫌がらずに体を明け渡しているのだから、それくらい叶えてくれたって良いだろう。
 なのに、一旦唇を離した屋敷は角度を変えてもう一度唇を重ねてきた。

「ぅ、うぅっ……」

 再び舌を絡められて、麻痺していたはずの不快感が僕の中で頭をもたげる。けれど僕を抱く彼の腕は固く、逃れることはできない。眉根を寄せて耐えるしか、僕にできることはなかった。

「聡司」

 ようやく僕を解放し、唾液の糸が引いた口で屋敷は僕の名前を呼んだ。親から以外では彼にしか呼ばれることのない名前だ。
 僕は視線を合わせるのが嫌で、うつむいた。いつものように溢れた唾液を飲むことができず、吐き気を誤魔化すためにコホコホと咳き込む。口から滴る唾液を片手でグイッと拭った。手についたそれをひどく気持ち悪い、と思う感覚に戸惑う。何も感じないように努力して、そう思わないことにようやく慣れてきたはずなのに。
 屋敷はそんな僕の両頬を両手で挟むようにし、無理に顔を上げさせた。そして少し赤くなった顔でもう一度唇を重ねてくる。何度するつもりだろうか。

「……聡司……っ」

 舌を絡めて、唇を少し離して、それからまた深く口付けられる。僕はえずきそうになるのを必死に堪えながら、何度も絡められる舌から逃げないよう何とかに踏ん張った。嫌悪感に涙が滲み出る。
 チュプチュプといやらしい音を立てて思う存分僕の口の中を犯した屋敷がようやくキスを終わらせたころには、僕の目から数粒の涙が流れ落ちていた。

「ぅ、はぁ、はぁっ……」
「泣くなよ」

 酸素不足で荒い息をつく僕に、屋敷はニヤニヤとした笑いを浮かべながら言う。彼の息も荒い。何度もキスをしたせいなのか、制服に隠された股間が盛り上がっているのが目の端に映る。アレをまた今日も突っ込まれるのだ。さっさとしてくれ。

「……ご、ごめ……あっ」

 泣くなと言われても流れ落ちてしまう生理的な涙を拭おうと、謝罪の言葉を告げながら両手を顔に近づけた。が、屋敷はその手を掴んで動けなくしてしまう。その上で彼は僕の目尻をベロリと舐めてきた。

「ひっ……!」
「ハハ。もっと色っぽい声出せってば」

 背筋を悪寒が駆け上がる。おぞましい行為に硬直した僕の体を抱きしめ、押し倒しながら屋敷は笑い声を上げた。そして笑った口のまま、もう一度僕に深いキスを落とす。落としながら、僕の両手を離した手が制服のシャツのボタンをプチプチと性急に外していった。

「聡司……ほら、言えよ」

 ボタンを全て外した手が、アンダーシャツを捲り上げる。上体を起こした彼は横たわった僕の体に跨り、両手で乳首をゆっくりと捏ね始めた。

「あ、や、やめて、い、いやだ、そこっ、ん……、……あぁ、あ……♡」
「違うだろ? オマエ、ココこうされんの好きじゃん」

 彼の言う通りだった。言葉では拒絶するくせに、僕の体はすぐに反応を返し始める。最初にあったもぞもぞとした違和感は、右側を指で押しつぶされ、左側を舌でねぶられたことで呆気なく快感へと変貌を遂げた。指で強くつままれ、引っ張られる。舌で先っぽをチロチロとつつかれたあと、乳輪ごと吸われて甘噛みされるともう声を抑えられなかった。

「ああ♡、ぅ、あ♡、はあっ♡♡」
「ほら、気持ちいいって」
「ん、あ♡、き、きもち、いいっ♡♡♡」

 彼が低く笑う。

「ホント、俺にこうされんの好きだよな。学校でも俺が体触るとビクってなってさぁ……」
「ん、ん♡、い、きもちいい、いいっ♡、……ん、あ、あんっ♡」
「俺に触られただけですぐにこうなんの。すっげ、かわいいよな、聡司」

 乳首を吸われたまま、屋敷の手は器用に僕のベルトを外し、制服のズボンを脱がせた。素早くそれをやってのけた手は、僕の足の付け根側から下着の中に侵入する。先走りで酷いことになっている前には見向きもせず、指はゆっくりとアナルの縁をなぞった。

「ヒクヒクしてる」
「ひぁっ♡♡」
「ナカ、触ってほしいんだろ、ここ? 何て言ったらいいか教えたよな? 自分で言ってみ?」

 指先だけツプンとそこに挿れられ、僕の体はヒクンと跳ねる。屋敷が僕の胸から唇を離して起き上がり、足元のほうへ移動したから、僕は両膝を自分から曲げて開いた。

「ゆ、指、奥まで、いれ…挿れて、くださいっ」
「よくできました。……ハハハ、すげー。聡司くんは今日もいい子だねー」

 馬鹿にしたように言いながら、屋敷は用意していたローションを僕の下着が汚れるのも構わず足の間にトロトロと垂らす。冷たい、と言う間も無く長い指が体内に入ってくる。少し曲げられたそれは僕の中を難なく滑るように進み、腹側にあるいつもの場所をトントンと叩いた。

「いっ、うぅっ……♡♡」
「きもちいー?」

 僕はギュッと目を閉じてコクコクと頷いた。

「指だけでこんなにされちゃってさー。……なあ。なんでチンポがさ、こんなに濡れまくってんの?」
「な、んで、って……」

 薄く目を開けると、目尻から快楽の雫が垂れ落ちる。屋敷はそんな僕の様子に満足しているのか、優しそうな笑顔を見せていた。自分で気付いているのかいないのか、とてもこんな卑猥なことをしているとは思えないような笑顔だ。

「きもち、い、から……」
「誰のおかげで?」
「すば、るくんの……」
「……聡司さ、俺以外の奴にこんなことされても気持ちよくなれんじゃね?」

 答えは途中で楽しそうな言葉に遮られた。その言葉に青くなった僕は夢中で首を横に振る。屋敷と伊藤と箱崎と。その三人だけで十分だった。これ以上他の人間に汚されたくない。

「そ……んなことっ、ない……っ」
「いやいや、あるだろ」
「ちが、ちがうっ」

 両足を開いてアナルに指を挿れられている無様な僕を見下ろしながら、優しそうな笑顔をそのままに、屋敷は自分の唇を舐めた。そのひどく楽しそうな様子に僕は絶望しか感じない。何が気に入らなかったのだろう。僕をまた、他のやつと一緒に犯すつもりなんだろうか。

「僕、す、すばるくんが、好きだからっ、だから、き、気持ちいい、って……か、感じ、て」
「…………ははっ」

 必死に考えた言葉が正解だったかは分からない。屋敷の前では嘘しか言わない僕の口は、いとも簡単に恋の告白のようなそんな言葉を紡ぎ出した。屋敷が好みそうな、精神からの服従を誓うような言葉だった。

「……マジ、かよ」

 単純な、好き、という言葉に彼がひどく影響されやすいことは分かっていた。これまで沢山の人間に告げられていただろうに、何故そんな性質を持っているのかは知らない。けれど、そんなことは関係ない。彼は僕の体を好きに蹂躙しているのだから、僕も彼を騙したって構わないはずだ。僕だけが正直で誠実である必要なんてないはずだ。何よりこれは自分を守るための言葉なのだから。

「す、好き……だから、ぼ、僕は……」

 本当のことに聞こえるように願いながら声を絞り出す。涙が溜まり始めた目で必死に彼を見つめる。
 けれど、そのまま続けようとした言葉は、またも屋敷によって遮られた。

「分かったって……もう、さ」
「ぅ、あ、んあああっ♡♡♡♡♡」

 指を奥に突き入れられ、僕は喘ぎながら頭を仰け反らせる。屋敷はそんな僕の開いた口に舌を入れ、無理矢理塞いできた。

「ふぅっ、ん♡、んぅぅっ♡♡」

 ヌチュヌチュと唾液の絡まる音をさせながら、彼は僕のアナルに挿れたままの指を抜き差しした。二本に増やされたそれは中でバラバラに動き、グニュッと奥で左右に開かれる。そして開いたその隙間へと、もう一本の指が沿わされるように侵入した。僕の体はブルッと震え、彼の唇が僕のそれから離れてしまう。

「あ、は♡、んんっ♡、い、やっ♡♡」

 中をグリグリと擦られ、意図しない声が僕の口から漏れた。屋敷は満足そうに笑ってもう一度僕の口をキスで塞ぐ。再び舌を入れられたから、僕は今度こそ、と必死にそれに応えた。先ほどの言葉が嘘だと悟られないように、拙い動きで屋敷のそれを受け入れる。口の端から唾液が漏れてトロトロと流れていく気持ち悪さも厭わない。
 しばらく口の中を蹂躙した屋敷は満足したのか、キスを終えると僕の耳元に口を寄せて呟くように言った。

「ま、オマエが勃つのって、前からさ、俺としたときだけだったもんな」

 それは、勃起するまで僕の胸をしつこく触ったり、アナルの中の前立腺にこだわって見つかるまで探ったりするのが屋敷だけだったからだ。他の人間がそうすれば、同じようにそうなっただろう。けれど僕はそれを言わず、ただ喘ぎながら屋敷の首に腕を回した。そして自分から唇をそっと重ねる。それは、みっともない喘ぎ声をこれ以上聞きたくなかったせいでもあった。
 重なった唇の隙間から、すぐに舌が差し込まれるだろうと思っていた僕の予想は当たらなかった。屋敷は押し付けられた僕の唇をそのまま受け止めて動かない。体内に入っていた指の動きも止まった。意外な反応を返され、僕の心に不安の芽が出始めたのは数秒後のことだ。しかしすぐに屋敷の指は再び僕の前立腺を責め始め、彼の舌は僕の口の中に侵入を始める。それが気持ち良くて、気持ち悪さを感じる心が麻痺していくのを感じた。指が抜かれてペニスを挿入される頃には、きっと何も考えられなくなる。すぐに訪れるであろういつものそれを待ちわびる僕は、しても仕方のない抵抗を放棄し、与えられる快楽に従順になることにした。



 ズルリと体の中から屋敷のペニスが出て行くのを感じて、僕は小さく喘いだ。挿れられるときより抜かれるときのほうが気持ちいいのだから仕方がない。

「なに、まだ足りねーの」

 笑いを含んだ声で屋敷が言う。何度も射精させられたうえ、射精を伴わない絶頂も数回迎えさせられたせいで疲れていたこともあり、答えられないでいると、横向けに転がったままの僕の体を背後から屋敷が抱きしめた。僕は眠気に飲み込まれそうな頭を緩慢に振る。左右に振ったものの、ちゃんと振れていたか分からない。彼の手が僕の顎を捕らえ、上向かされて強引にキスをされたからだ。

「……ん」
「あー、……くそ、また挿れたい」

 肩を押されて仰向かされ、そこで視界の隅に暗くなった窓が映った。

「かえ、帰らないと、う、あっ」

 強引に足を広げられた僕の中に、また屋敷のペニスが入ってくる。

「あぅ、あっ♡、んああ♡」
「今日金曜だし、泊まれよ」
「はぁっ、でも、僕っ、んぅっ♡」

 帰りたい。帰ってゆっくり休みたい。それを屋敷が納得するように言い換えようとしたけれど、彼はそれを許してはくれない。話すことさえさせてもらえず、僕は彼の腰の動きに翻弄された。
 気持ち良い。けれどもう、これ以上出せるものはない。尻の奥をペニスで捏ねられながら、僕は喉を開いて掠れた喘ぎ声を出した。

「も、声枯れてんじゃん。……聡司、喘ぎまくったもんな?」
「は、あっ、あぅっ♡、んっ♡」
「かわいいよ、オマエ」

 ピストンに合わせて、くったりしたままの僕のペニスから透明な汁がジワリと漏れ出す。さっきは噴き上げるようにビシャビシャと出してしまったそれももう出せない。屋敷はそれを潮だと言っていたけれど、僕には良く分からなかった。

「すば……るくん、は、あ♡、……す……き、う♡、っく、ん♡、す……ばるく……んっ」

 奥まで遠慮なく突かれるのは気持ち良いのだけれど苦しくて、僕は彼に影響を与える言葉を吐く。その言葉を言えば扱いが優しくなる他に、屋敷の射精が早くなることも知っていた。早く終われば僕の負担も軽くなる。僕は何度もそれを呟き、途切れて掠れた声はそれでも何とか彼に届いたようだった。

「んだよ、……オマエ、マジで……ッ」

 僕の中で彼のペニスが質量を増す。僕は何とか力を振り絞って腕を上げ、彼の背中にしがみついた。

「好き、好き……」

 体重をかけて彼の頭を下に引き寄せ、繰り返し耳元で必死に囁く。体が本当に辛くて苦しくて、それが僕の限界だった。

「くそっ」

 屋敷は僕の唇を貪り、そのまま中で射精した。コンドームを付けてくれなかったから、それは僕の直腸に直接注ぎ込まれる。気持ち良いのに気持ちが悪い。体内の異物が柔らかくなったのを感じてようやくセックスが終わったのだと実感すると同時に、また麻痺していた感情が戻ってきた。
 屋敷の汗ばんだ肌が密着するのが嫌だ。汗で額に張りついた髪をかき上げられてそこにキスされるのが嫌だ。体の中に濡れたペニスが入ったままなのが嫌だ。早くバスルームに行って精液を掻き出してしまいたい。
 ペニスを挿れられたまま彼の腕の中でわずかにもがくと、屋敷は僕に命令してきた。

「……なあ。今日、泊まってけよ」

 再び言われた言葉に、嫌だと思いながら断りの言葉を探す。けれど、どうしたってそんなものは見つからない。僕は彼には逆らえないのだから。
 うん、と頷くと彼は力ようやくを失ったペニスを僕の中からズルリと引き抜いた。その行為から与えられる快感に、僕はグッと奥歯を噛み締める。ここで感じて、またセックスが再開されては堪らない。もう体力の限界だった。
 ペニスが抜かれたアナルの縁を彼はゆっくりと指の腹でなぞる。せっかく声を堪えたのにそんなことをされたら、と僕は噛み締めたままの奥歯へ更に力を込めた。

「すっげ。穴、開いたまま。奥はキツいのにな、オマエのここ」

 楽しげにそう言う。

「ちょっと赤くなっててさ、エロい。あー、俺のが出てきた」

 力を入れたせいなのか、精液がそこから垂れるのが僕にも分かった。慌てて閉じようとするけれど、力の入れかたが分からないほど僕は疲弊していた。閉じたいのに、力を入れるとそこが閉じるどころか腹に力が入って更に精液が奥から押し出されてしまう。情けなさと恥ずかしさで、僕の目からは涙が溢れた。

「お、お風呂に……っ」
「出してやるよ。早く出さないと、また腹壊すしな、聡司」

 涙声になった僕に対し、屋敷の楽しそうな様子は変わらない。彼は僕の背中に腕を回して体を起こさせると、抱えるようにして僕をバスルームへと運び込んだ。



 結局僕は家に連絡をして、そのまま屋敷の家に泊まることになり、家に帰ったのは日曜日の夕方だった。家まで屋敷に送られて、出てきた親にまで挨拶をされる。優等生のようなその姿に、僕は不快感しか覚えなかった。
 屋敷が帰ったあと、「おかえり、お友達の家に泊まるだなんて初めてね、楽しかった?」という上機嫌な問い以外は親から何も言われなかったのを良いことに、その問いに少し笑って頷いた僕は、自室に直接向かってベッドに体を横たえる。金曜の夜からセックスばかりして、あまり眠れなかったからか、すぐに眠気が襲ってきた。
 けれど目を閉じてウツラウツラとしたとき、勉強机に置いたスマホがブルブルと震える。メッセージなら放っておこうと思ったけれど、スマホは数秒を越えて震えていた。通話だ。相手は予想がつくからこそ、僕は仕方なくスマホを手に取る。アイコンをスライドすると、すぐに声が聞こえてきた。

「聡司?」
「う、うん……なに?」
「……いや、……疲れただろ? すぐ寝ろよ?」

 眠るつもりだったのに邪魔をしたのは彼だ。そんな命令をするのなら電話なんてかけてきてほしくない。大体さっき別れたばかりなのに、どうして電話なんてかけてきたのか分からなかった。明日の登校までにさせたい命令でもあるのかと思ったけれど、そうではなさそうだった。

「……うん」
「おやすみ。……じゃあ、また明日な」
「うん」

 眠気のせいで頭が働かなかった僕は肯定の返事ばかりを繰り返した。半分閉じた目でスマホの画面を見て、アイコンを終了のほうへとスライドする。その手をそのままに、僕の意識はすぐに眠りの世界へと飲み込まれていった。



 次の週末も、その次の週末も、僕は屋敷の家泊まって彼とセックスをした。彼に送られて家に帰り、月曜からまた学校へ行く。放課後は彼の家に連れ込まれ、また週末がやってくる。そんな毎日を送っているうち、僕に対する周囲の態度に変化が見えた。

「おはよう、中野くん」
「中野サン、おはようございます!」

 それまで話したことのなかった同級生や、屋敷の所属するバスケ部の一年が挨拶をしてくる。僕が屋敷に付き纏っていると噂していた連中だったのに、手のひらを返したように笑顔を見せてくる。

「あ、お、……おはよう」

 相変わらず朝から僕を迎えに来て一緒に登校している屋敷に促され、僕も挨拶を返した。そんな僕を見下ろし、屋敷が満足そうに笑う。始業前の廊下にはまだ生徒が沢山いて、少し離れたところにいた女子のグループは屋敷の笑顔に見惚れ、黄色い声をあげていた。彼の本性を知らないから、そんな声をあげていられるのだろう。
 週末を屋敷の家に泊まって過ごすようになってから、彼は前にも増して常に僕の隣にいるようになった。僕が付き纏っているという噂は、鎧塚さんのいらぬ気遣いの、僕と屋敷が非常に仲のいい友人であるという配慮された根回しによって薄れ、代わりに僕が屋敷のお気に入りであるという噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。だから同級生も下級生も、屋敷だけじゃなく僕にも挨拶をするようになったのだろう。
 実態は違う。屋敷は僕をいじめ、それだけでは飽き足らず、体まで蹂躙するようになっただけの話だ。女の子に飽きて、男の体を抱いてみたいと思った屋敷の目の前にいた都合の良い存在が、たまたま僕だったというだけの話なのだ。

「聡司」

 肩を抱かれ、引き寄せられる。仲のいい友人に見えるギリギリのラインで、彼は僕の頭に顔を寄せた。

「あんまりさ、アイツらにかわいい笑顔見せんなよ」
「……えっ?」
「そういうのは俺だけに見せてりゃいいからさ」
「……う、うん……」

 耳元でそう囁かれ、僕は戸惑いながらも一応頷いておく。そうすると屋敷は満足そうな顔を見せ、僕を安心させた。今日もまた機嫌が良さそうだから酷いことをされないかもしれない。最近は、以前のように殴られたり、無理矢理抱かれたりということは無くなったけれど、僕はまだどこか安心できないでいる。従順な態度を続けているから彼は僕に対して優しげな笑顔を見せているだけに過ぎない。そう思っていた。

 教室に入って自分の席に座り、カバンの中身を机の中に移す。それが終わってすることが無くなり、僕はボンヤリと教室の中を眺めた。いつも僕のそばに来るか、僕を自分のそばに呼びつける屋敷は今、クラスメイトに話しかけられている。確か同じ部活の生徒だったと思うから、きっとそのことで何か話しているんだろう。
 窓際の席の僕は机に肘をついて頬杖をし、窓の外を眺めた。
 一限目が体育のクラスは無いのか、グラウンドには誰もいない。何もない場所を眺めながら、こうして何も考えずに一人で過ごすのは久しぶりのような気がする。いつも屋敷か、屋敷に連れられた伊藤が僕のそばにいたからだ。ずっと前は……まだ犯されもいじめもされなかった頃は、これが普通だったのに。

 けれど、もう僕は以前の僕ではなくなってしまった。
 屋敷のことが嫌いでたまらないのに、彼にキスされて指でアナルをつつかれるだけで感じてしまうようになってしまった。そこにペニスを突っ込まれて喘ぎ、もっととねだりながら射精するようになってしまった。気持ちがついていかないのに、体はどうしても気持ちいいと感じてしまう。

「……こういうの、どういうんだっけ」

 淫乱。スキモノ。ビッチ。
 浮かんだ言葉に自嘲の笑みがこぼれた。

 そのまま一限が始まり、昼休みを挟んで六限目の授業が終わるまで、その単語は僕の頭から離れなかった。そんな言葉、アダルト動画でしか使わないだろうと思っていたのに、それが自分を指すだなんて。情けないと思うのに、それをどこか他人事のように感じる自分もいる。自分の感情に一枚薄い膜が張ったような、不思議な感覚だった。

「聡司」

 六限後、いつも通り、先に帰る準備を済ませた屋敷が声をかけてきた。これからバスケ部の活動が終わるまで見学して、それから彼の部屋でまたセックスするのだ。毎日毎日よく飽きないな、と思う。早く飽きて、僕を解放してくれれば良いのに。
 けれど屋敷は思っていたのとは違う言葉を告げた。

「これから遊びに行こうぜ」
「……え、でも」
「今日、スズセン休みなんだってよ。だから部活は無し」

 スズセンというのはバスケ部の顧問の鈴木先生のことだ。今日は体育の授業がなかったから休んでいるとは気付かなかった。そう言えば朝、屋敷がバスケ部の仲間に話しかけられていたけれど、それはこのことについてだったのか。
 鞄を肩にかけながら屋敷は僕の腕を取ろうとする。遊びに行くだなんて、嫌だ。そう思ったけれど、彼の機嫌を悪くしてしまうのも嫌だった。
 どう返事をしようか迷っていると、そこに丁度声がかかる。

「昴、カラオケ行かね?」
「女バスも休みでさ、一緒に行こうって話になって」

 バスケ部の仲間が屋敷に声をかけてきた。

「昴も呼べってうるさくて。なあ頼むよ」

 両手を顔の前で合わせ、屋敷に拝むように頼んでくる。これ幸いと僕は屋敷から離れようとした。が、腕を取られる。

「どこ行くんだよ」
「え、あ、あの、……あ……」

 屋敷はバスケ部の仲間のほうを一瞥すらせず僕を見つめていた。鞄を肩にかけたまま、僕は言うべき言葉を見失う。きっとカラオケに行くのだろうと勝手に判断して帰ろうとしたから怒ったのだろうか。震えそうになりながら屋敷の顔を見上げると、彼はフイと僕から視線を逸らせた。そして仲間に向かって言う。

「今日は用事あるから無理だわ。悪い」

 いつも皆に見せている笑顔でキッパリと断った屋敷は、僕の腕を掴む力を緩めることなく教室の外へと向かった。僕は半ば引きずられる形で彼に続くことになる。だから、教室の出口の扉を出るときに僕は肩を扉にぶつけてしまった。
 ガタン、とそんなに大きくない音がする。教室のざわめきで消される程度の音だったけれど、そこでようやく屋敷は僕の腕を離した。そして僕を振り返る。

「……悪ぃ」
「えっ?」

 小さく言った彼は、扉で打った僕の肩に手で触れた。少し撫でるような仕草を見せたから、慌てて僕は身を捩る。そんな風に触られたくない。

「だ、いじょうぶ……だからっ」

 気持ちが悪い、と感じたことを悟られないように腹に力を入れた。屋敷はそんな僕に気づいたのか気づいていないのか、再び僕の腕を掴んで廊下に出る。

「さっさと行くぞ」

 今度は引っ張られないようにと、僕は早足で彼の後を追った。



 バスケ部の連中に会いたくないから、という理由で僕は屋敷に連れられ、電車で数駅離れた隣町に来ていた。駅前には大きなモールがあって、平日の十六時前でも結構混雑している。人混みが苦手な僕は好んで来ることのない場所だった。

「ゲーセンでも行く?」
「あ、うん……」

 聞かれたところで否定するわけがない。そんなことは彼も知っているだろうに、何故いちいち聞いてくるんだろう、と僕は思った。それに、僕が彼に逆らえないことを差し引いても、このモールにどんな店があるのか僕はほとんど知らないのだ。

「じゃ、こっち」

 屋敷は僕の手を掴み、グイッと引っ張った。運動神経に乏しい僕は、平なはずの床に爪先を引っ掛け、倒れそうになる。

「あっ」
「おいおい……大丈夫かよ?」

 引っ張られたせいでそうなったのに、僕を抱きとめた屋敷は呆れたようにそう言った。無様につんのめり、それを優等生然とした同級生に助けられた僕の姿をチラリと見て、近くを通りがかった女子高生の二人組がクスクスと笑う。カッと頬に熱を感じた僕は、両腕を突っ張って屋敷から離れようとした。けれど彼は、それよりも強い力で僕の肩を抱きこんでしまう。

「聡司。大丈夫だって、ほら、同じ学校のやつなんていないから」
「…………?」

 近づいた距離のまま、彼の言っている意味が分からなくて僕は彼の顔を見上げた。彼は爽やかな、でも少しいつもとは違う笑顔で僕を見つめている。僕を笑った女子高生たちは、今度は屋敷の笑顔を見たのか、ヒソヒソと潜められていない声で話し始めた。

「ヤバ、格好良くない? あの人」
「あの制服って……成高だっけ?」
「えー、めっちゃ頭良いとこじゃん!」

 僕は屋敷から目を逸らし、自分から体に触れるのは嫌だったから、彼の制服の裾を摘んでわずかに引っ張った。

「ゲ、ゲーセン、行こうよ」
「……わ、かった」

 少し戸惑ったような声が上から降ってくる。その声に不安を覚えた僕は何か間違えたのかと言い直そうとしたけれど、屋敷は僕の肩を抱いたままモールの通路を歩き始めた。

 ゲームセンターは騒がしく、色とりどりの筐体たちは僕の目をチカチカとさせる。屋敷はそんな僕を見て少し笑うと、再び手を引っ張ってクレーンゲームが連なるコーナーへと連れて行った。

「聡司もさ、これなら出来るだろ」
「あ、う、うん」

 子供の頃に親に連れられてではあるけれど、これならプレイしたことがある。賞品を獲れたことは無いけれど。
 やれ、ということなんだろうな、と思って僕がカバンの中から財布を取り出すと、屋敷が既にコインを投入していた。一回百円、六回で五百円のそれの残り回数には、6の数字が表示されている。

「あ、あの、じゃあ五百円……」

 そんなに多くはない小遣いなのに五百円払うのはキツい、と思いながら屋敷に硬貨を手渡そうとすると、あっさり断られた。

「いいって。このくらい払ってやるから」
「でも、あの」
「つかさ、聡司は俺のことなんだと思ってんの」
「……あ、えっと、……と、ともだ」

 ち、と続けようとした僕の前で屋敷は形の良い額に手を当て、大袈裟にため息をついた。答えを間違えたのだと、僕の体から一気に汗が吹き出す。

「お前ってさ、友達とセックスすんの?」

 違う。けど、友達ですらない屋敷とセックスをしている。派手な音楽が流れ、周りにほとんど人がいない通路で屋敷は言葉を続けた。

「俺たち、友達じゃないだろ?」
「ごめ、ごめんなさ、僕、間違えてっ……」

 友達じゃないのは確かだ。けれど僕と彼との関係を示す正しい言葉なんて無い。いじめられて犯されて、そんな関係をどう言い表すというんだ。
 俯いたままの僕が答えを見つけられずにだまっていると、焦れたように屋敷が口を開いた。

「付き合ってんだろ、俺たち」

 聞き間違えたのかと思い、僕は反射的に顔を上げてしまった。僕をじっと見つめていた屋敷の視線と目が合い、背筋に寒気が走る。彼は照れたように顔を赤らめ、僕から視線を外すとクレーンゲームへと体を向けてレバーを握った。

「もう始まってんじゃん。秒数、あんまねぇし」

 一回無駄にした、と愚痴りながらもアームを動かし、中に入っていたマスコットのような手のひらより小さいサイズのぬいぐるみを掴む。それは一旦持ち上げられ、少し移動したあとアームが緩んだせいで出口近くの場所にポトリと落ちた。

「次で取れそう。……聡司、やってみ?」

 腰に手を回され、僕は彼に抱き寄せられた。けれど僕はそれどころじゃ無い。僕の頭はさきほどの言葉の意味をずっと考えていた。
 付き合ってる? 僕と屋敷が? いつから?
 確かに以前にも付き合っているだの彼氏だのと言われたことはあった。けれどそれは彼の元カノの鎧塚さんを都合よく扱うための嘘や、セックスをしているときの戯言だったはずだ。屋敷は僕を抱くために、そんなことを言っていたに過ぎない。大体、付き合うというのは互いに好きな者同士がすることであって……

「あー、惜しいな」

 上の空で操作したアームはぬいぐるみのストラップを引っ掛けたものの、バランスを崩して再びそれを落としてしまった。

「もう一回。ほら」

 耳元で言われ、僕の肩が意志に反して震えてしまう。それを堪えてレバーを握ってアームを動かしていると、彼がボソリと呟いた。

「……マジでかわいいな」

 瞬間、ゾッと走った悪寒に手元が狂ったのが逆に良かったのか、その回のプレイでぬいぐるみは出口に落とされた。知らないキャラクターのぬいぐるみを屋敷は出口から取り出して僕に渡す。プレイ回数はあと三回残ったままだった。

「する?」

 屋敷の問いに首を横に振る。彼が筐体の前に立ったので、僕はぬいぐるみを手に持ったまま後ろに下がった。
 彼がプレイしている姿を目の端に映しながら、僕はまたさきほどの言葉の意味を考える。好きなもの同士だから付き合う。好きだから付き合って手を繋いで、キスをして、それから……。セックスも、好きなもの同士がすることだ。本当ならば。
 屋敷は二回のプレイで別のぬいぐるみを出口へと近づけていた。
 僕は彼のことを好きじゃないのにセックスをしているから、彼は僕と付き合っているなんて言ったのだろうか。好きだからセックスをするのだとしたら、彼は僕のことを……。

「よしっ」

 軽やかな電子音が鳴ったことで、僕の意識は現実へと引き戻された。見ると、屋敷が筐体の出口に手を伸ばしている。取り出したそれは、僕が手にしたぬいぐるみとは違う種類のものだった。同じシリーズらしく、犬をモチーフにしたらしいデザインは似ているけれど、色と形が少し違う。

「あ、す、すごいね」

 屋敷がぬいぐるみを手に振り返り、僕を見つめてくるから、僕は取り繕うように笑ってそう言った。すると彼は僕の手からぬいぐるみを取り上げ、代わりに今自分が獲ったばかりのそれを押し付けてくる。戸惑いながら受け取ると、屋敷は少し笑いながら言った。

「交換、な。カバンに付けろよ、それ。俺も付けるから」

 言いながら彼は早速自分のカバンにそれを付ける。かわい過ぎるぬいぐるみは、彼のイメージとは違い過ぎた。もちろん僕にとってもそれはかわい過ぎる。普通の高校生の男が付けるには少々恥ずかしい。僕がぬいぐるみを手に、どうしようと思っていると、自分の分を付け終わった屋敷がそれを手に取った。

「付けかた分かんねぇの? やってやるよ」

 いそいそと僕のカバンにそれを付ける屋敷に対し、断ることもできない僕は、ただ黙ってその姿を見つめることしかできなかった。

 揃いのものをカバンに付けた屋敷と僕はそれからファーストフード店で早目の夕食を摂り、モールの反対側の出口から外に出た。こちらの出口は駅とは反対の方向になり、人も少ない。しばらく歩くと川沿いの遊歩道があった。屋敷は僕の手を再び握り、そこへ降りていく。陽が落ちかけたそこには散歩をする人影もなく、ただ川から吹き付ける風の音だけが聞こえていた。屋敷は遊歩道のベンチまで行くと、そこに座るようにと僕へ命令した。僕がそれに従うと、彼は当然のように僕の隣へと腰を下ろす。ベンチには余裕があるのに、膝が触れるほど近くに座った彼から距離を取りたくて、僕は無意識に腰を浮かせた。

「聡司、もっとこっちに寄れよ」

 けれど肩を抱かれ、僕は屋敷のほうへと引き寄せられる。バランスを崩した僕は彼の胸に顔を埋めそうになり、慌てて手をつこうとした。が、その手も彼の反対の手に取られてしまう。

「す、昴くんっ」
「誰も見てないから大丈夫」
「で、でも……」

 誰かに見られるから嫌なんじゃない。ただ単に、屋敷に触れられるのが嫌なんだ。
 そう言えれば、どんなに胸が空くだろう。けれど現実の僕はと言えば、屋敷の腕を背中に回されて抱きしめられている。嫌だ、離してほしい、と嫌悪感で嫌な汗が出た。動悸もする。そんな僕の鼓動の速さを感じたのか、彼はクスリと笑った。

「すっげードキドキしてんのな。……お前さ、俺のこと好き過ぎだろ」

 付き合ってんだろ、という彼の言葉が不意に僕の頭に浮かぶ。セックスのときに好きと言えと言われたからだけれど、それを言えば扱いが優しくなるからと言い続けたのは僕だ。屋敷がそれを本気に取るなんて思ってもいなかった。その場だけの言葉というか、僕が嫌がる言葉を言わせたいだけなのだと思っていた。言うわけがない言葉を言わせて、それで支配欲のようなものを満たしているだけだと思っていたのだ。

「す、昴くん、僕、……」

 いつものように馬鹿にしたような視線を期待して僕は顔を上げた。

「聡司」

 けれどそこには期待していたものは無く、屋敷の目が僕を射抜く。

「俺も……お前が好きだ」

 そのまま顔が近づき、僕は屋敷にキスをされた。それはセックスのときにするものではなく、単に唇を触れ合わせるだけのものだった。僕は目を閉じることも忘れ、呆然とその行為を見つめる。唇を離した彼はそんな僕を見て、今まで見せたことのない笑顔で言った。

「なんだよ。前から両想いだって言ってんじゃん」
「…………な、なんで……」
「なんで、って。はは。俺に好き好き言ってくるお前がかわいいからだろ?」

 彼の手が僕の頬を撫でる。親指で唇をなぞられ、額をくっ付けられた。

「俺さ、結構……お前に酷いことした自覚、あんだけど。……それでもお前、俺のこと好きだって言ってくれただろ?」

 握りしめた僕の拳の指先が白くなる。

「……本当の俺のこと、そんな風に受け入れてくれんの、お前だけなんだよ。……だから気付いたら好きになってた」
「………………」
「聡司?」
「……そ、なんだ」

 好きだと言えば僕の扱いがマシになることを深く考えたことがなかった。僕にそういうことを言わせたい欲が満たされて、その満足感から乱暴じゃなくなるのか、ぐらいにしか思っていなかった。
 好き、とか。僕が受け入れた、とか。

「あ、はは……」

 こんな状況なのに口からは笑い声が漏れる。歪んだ目からは涙も溢れた。馬鹿馬鹿しいにも程がある。どうしたら、あんなことをされた僕が屋敷なんかを好きになると思うんだ。

「泣くなって」

 屋敷はポロポロと涙をこぼし続ける僕を抱きしめる。嫌だったけれど、争う力は僕に残っていなかった。されるがまま屋敷に身を預け、もう一度唇を重ねられても、まるで他人事のようにそれを感じていた。舌は入ってこない。まるで大切なものでも扱うかのように、僕を抱きしめる腕は優しかった。いじめられて殴られていた僕も、男を抱いてみたいなんていう勝手な理由で犯された僕も、屋敷が好きになったという僕も、全て同じ僕なのに。
 唇を離しても、屋敷の腕は僕を離さなかった。

「……意味、分から……ない」

 心の声がしゃくり上げるのと共に口からこぼれる。

「だよな。……はは。俺もそう思う。……けど、聡司のこと好きなのは本当だから」

 抱きしめるのを止めてくれない彼の肩越しに、川面へと夕日が沈んでいくのが見えた。冬が近いから陽が暮れるのも早い。暮れればすぐに真っ暗になる。夕暮れ時の川からの風は更に強くなり、ベンチに座ったままの僕たちの制服を揺らした。
 遊歩道には相変わらず人影は無く、僕と屋敷を見咎める存在は無い。嫌だと感じている僕自身が屋敷を拒否できていない。それが一番楽なのだと思って全部受け入れてきたのだから、僕を好きだと言う屋敷をも受け入れるのが一番楽なんだろうか。
 そんなことを考えながら瞬きをすると、また新たな涙が頬を伝う。

「なあ。聡司も言えよ」

 屋敷が命令した。

「好きだって」

 いつも通りのやつだ。セックスのときの。
 だから僕もまた、いつも通りに従った。

「好きだよ、昴くん」
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