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第1章
契り 18
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《perspective:亜矢》
「結月さーん!起きてください!僕、もう行っちゃいますよ!」
僕は寝室のカーテンを全開にした。陽光が部屋いっぱいに広がる。うーん、と眩しさに顔をしかめながら、結月さんが上体を起こした。
「おはようございます!」
「おはよう。今日から大学生だな、亜矢」
穏やかな笑みを浮かべて、僕の短くなった髪をくしゃりと撫でた。
真新しいスーツに、左耳には、彼が僕に贈ってくれたブラックダイヤモンドのピアス。
「うん、ちょっとは男らしくなったな」
悪戯っぽい瞳を向けられて、なんだか気恥ずかしくなる。
「口調もちゃんと男らしくするんだぞ」
「え……でも僕っ」
唐突にそう言われて焦っていると、唇に人差し指を押し当てられた。
「違う。“俺”」
「お、れ……?」
その言葉を繰り返すと、「可愛い」と、結月さんがニコニコ笑う。
「もっ……結月さんっ!」
小さく拳を振り上げると、その腕を突然引かれ、体勢を崩した僕は彼の膝の上に座る形になってしまった。
後ろから抱き締められたかと思うと、首筋に舌が這わされる。
「だ、め……っ」
服越しの愛撫に耐えきれず音をあげると、ふと手が止まった。代わりに静かな声が背後から聞こえてくる。
「亜矢……男が、前みたいに言い寄ってきたら……」
結月さんの顔を覗き込むと、そこに笑顔は無かった。
「そいつらに、抱かれてきなさい」
「え……?」
その言葉に僕は身じろいだ。
初めて結月さんと体を重ねてから半年、僕は彼だけに抱かれた。
学校の男達は、あの一件で手を出すことを躊躇していたようで、逃げるのは簡単だった。
僕は、彼に求められるのが嬉しくて、そして彼だけを感じられることが幸せだった。
それなのに。
「ど、して?嫌です、僕……! 結月さん以外となんか……っ」
「ただし、そいつらの前では絶対に達くな」
「っふ……あ!」
耳朶を甘噛みされ、そこに口づけられる。
「そうしていいのは、俺の前だけだ」
耳元にかかる熱を帯びた低い声に心臓が跳ねる。
この半年、結月さんに言われたことは何でもした。恥ずかしいことも、たくさん。僕は素直にそれに従った。
あの人とは違う。結月さんは僕を愛してくれているのだと、触れるたびに解っていたから。
見るだけで疼いてしまうほど官能的な瞳や、快楽を紡ぎ出す細くて長い指、舌先、名前を呼ぶその声でさえも、僕のカラダはまるで彼のすべてに溺れるように、順応した。
これでもう、大丈夫なんじゃないかと思った。
それでも不安だった。再び他の人に抱かれたら、以前の、誰にでも乱れてしまう自分に戻ってしまうんじゃないか。今度こそ、結月さんが離れて行ってしまうんじゃないか、と。
だから、この約束は……
「出来ない……自信が、ないよ……」
僕は哀願するように彼に告げた。
「亜矢」と名前を呼ばれ肩越しに振り向くと、軽く唇が触れ、再び強く抱き締められる。
「君は自覚が無いかもしれないが、その容姿以外にも人を惹き寄せすぎる何かを持っている。
もう二度と、好き勝手に穢されて、傷つく亜矢は見たくない。だから、その為にも……」
彼はそこで口を噤んだあと、小さく溜息を漏らした。
「――悪い、これは俺のエゴだ」
「結月さん……」
愛してる、と囁く結月さんの声が、僕を見つめる瞳が、哀しげだから。
何だか、無理してるように見えたから。
「本当の姿を見せるのは、結月さんだけ……」
彼の耳元で、そっと誓った。
この密命が果たせたなら、きっと、一生、結月さんの傍に居られる……――
第1章 終
「結月さーん!起きてください!僕、もう行っちゃいますよ!」
僕は寝室のカーテンを全開にした。陽光が部屋いっぱいに広がる。うーん、と眩しさに顔をしかめながら、結月さんが上体を起こした。
「おはようございます!」
「おはよう。今日から大学生だな、亜矢」
穏やかな笑みを浮かべて、僕の短くなった髪をくしゃりと撫でた。
真新しいスーツに、左耳には、彼が僕に贈ってくれたブラックダイヤモンドのピアス。
「うん、ちょっとは男らしくなったな」
悪戯っぽい瞳を向けられて、なんだか気恥ずかしくなる。
「口調もちゃんと男らしくするんだぞ」
「え……でも僕っ」
唐突にそう言われて焦っていると、唇に人差し指を押し当てられた。
「違う。“俺”」
「お、れ……?」
その言葉を繰り返すと、「可愛い」と、結月さんがニコニコ笑う。
「もっ……結月さんっ!」
小さく拳を振り上げると、その腕を突然引かれ、体勢を崩した僕は彼の膝の上に座る形になってしまった。
後ろから抱き締められたかと思うと、首筋に舌が這わされる。
「だ、め……っ」
服越しの愛撫に耐えきれず音をあげると、ふと手が止まった。代わりに静かな声が背後から聞こえてくる。
「亜矢……男が、前みたいに言い寄ってきたら……」
結月さんの顔を覗き込むと、そこに笑顔は無かった。
「そいつらに、抱かれてきなさい」
「え……?」
その言葉に僕は身じろいだ。
初めて結月さんと体を重ねてから半年、僕は彼だけに抱かれた。
学校の男達は、あの一件で手を出すことを躊躇していたようで、逃げるのは簡単だった。
僕は、彼に求められるのが嬉しくて、そして彼だけを感じられることが幸せだった。
それなのに。
「ど、して?嫌です、僕……! 結月さん以外となんか……っ」
「ただし、そいつらの前では絶対に達くな」
「っふ……あ!」
耳朶を甘噛みされ、そこに口づけられる。
「そうしていいのは、俺の前だけだ」
耳元にかかる熱を帯びた低い声に心臓が跳ねる。
この半年、結月さんに言われたことは何でもした。恥ずかしいことも、たくさん。僕は素直にそれに従った。
あの人とは違う。結月さんは僕を愛してくれているのだと、触れるたびに解っていたから。
見るだけで疼いてしまうほど官能的な瞳や、快楽を紡ぎ出す細くて長い指、舌先、名前を呼ぶその声でさえも、僕のカラダはまるで彼のすべてに溺れるように、順応した。
これでもう、大丈夫なんじゃないかと思った。
それでも不安だった。再び他の人に抱かれたら、以前の、誰にでも乱れてしまう自分に戻ってしまうんじゃないか。今度こそ、結月さんが離れて行ってしまうんじゃないか、と。
だから、この約束は……
「出来ない……自信が、ないよ……」
僕は哀願するように彼に告げた。
「亜矢」と名前を呼ばれ肩越しに振り向くと、軽く唇が触れ、再び強く抱き締められる。
「君は自覚が無いかもしれないが、その容姿以外にも人を惹き寄せすぎる何かを持っている。
もう二度と、好き勝手に穢されて、傷つく亜矢は見たくない。だから、その為にも……」
彼はそこで口を噤んだあと、小さく溜息を漏らした。
「――悪い、これは俺のエゴだ」
「結月さん……」
愛してる、と囁く結月さんの声が、僕を見つめる瞳が、哀しげだから。
何だか、無理してるように見えたから。
「本当の姿を見せるのは、結月さんだけ……」
彼の耳元で、そっと誓った。
この密命が果たせたなら、きっと、一生、結月さんの傍に居られる……――
第1章 終
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