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第5章
真実 02
しおりを挟むあの男と再び会って数日経った頃、一人暮らしをしている俺のマンションの近くへ、姉家族が引っ越してきた。義兄の仕事の都合で数年京都に住んでいたが、東京に戻ってきたのだ。
引越し祝いも兼ねて、俺は久しぶりに姉の元へ訪れた。
「千尋、全然京都に遊びに来てくれないんだもの。いっつもメールばかりだし。心配するじゃない」
着くなり、姉から散々愚痴を言われる。
「成績の評価落とせないし、結局、院まで進んだし、何かと忙しかったんだよ」
「そっか、千尋、特待で大学行ってくれたもんね。研究職にまで就いちゃって。えらいえらい!」
「子供扱いすんなよ」
はぁと溜息を吐きつつ、わしゃわしゃと掻き回された髪を掌で整える。
出された茶を飲んでいると、玄関から物音がした。
「あ、帰ってきたみたい」
姉がそちらの方に視線を向ける。
「ただいま」と遠くで声が聞こえ、足音が近づいてきたかと思うと、制服姿の少年がドアを開けて入ってきた。
「あ……」
俺の姿を見るなり、ぎこちなく会釈する。
「ふふっ、誰?って顔してる。亜矢、千尋お兄ちゃんよ」
「千尋、兄?」
姉は、目を丸くしてその場に突っ立っている息子の背中を押して、俺の近くへと促した。
「ずいぶんと久しぶりだものね。まぁ、あんたも老けたし」
「うるさい」
姉とは、法事や彼女の東京出張ついでに、年に一度くらいは顔を合わせていたが、亜矢に会うのはじつに6年ぶりだった。
黒目がちな大きい瞳に白い肌。コートを着ていても、ほっそりとした首元から分かる、華奢な体。まだ幼さが漂うが、輪郭の整った端正な顔立ち。
おそらく、こういう奴を美少年というのだろう。
俺の視線に気づいた亜矢は、少し恥ずかしそうにぱっと下を向いた。
「亜矢、千尋がシュークリーム持ってきてくれたわよ。食べる?」
「うん。鞄置いてくるね」
リビングから出ていく亜矢の後ろ姿を見ながら、「相変わらず、色白で女みたいだな」と独り言のように漏らす。
「なにそれ。亜矢ももう、来年で中学卒業よ」
「……やっぱり、名前、まずかったんじゃない?」
「え?どーして?」
中2だろ、もう少し男臭さがあってもいいのに。もしや名前の呪ではないか、と馬鹿げたことを半分本気で考えてしまう。
俺と10歳離れた姉は、20歳の時に子供を産んだ。まだ腹の中にいる時から男の子だと聞かされていたはずなのに、結局命名したのは“亜矢”だった。
親族一同、驚愕しているのも構わず「だって可愛いじゃない?」と、あっけらかんと姉が言ってのけたのは、ずいぶんと前のことだが。
「可愛いな、あいつ」
ぼそりと皮肉っぽく言ってやったのに、「でしょ?自慢の息子よ」とにこやかに返すから呆れたものだ。
俺が高校生の頃、偶々帰り道に、おそらく同級生であろう男子たちに囲まれている亜矢を見かけた。
「オカマ」だの「キモい」だの、まぁ小学生らしい阿呆みたいな言葉を投げかけるだけだったので、子供の喧嘩には入るまいと思っていたのだが、さすがに亜矢を突き飛ばして乱暴に髪を掴んだ時には見て見ぬ振りはできず、咄嗟にその場に割って入った。
もちろん、ガキ相手に手を上げることはせず、何を言ったのかは忘れたが淡々と大人の言葉で諭した。
中高は男子バレーで常にアタッカーをしていたほど、背は昔から平均よりも高かった。そんな大男がいきなり、しかも威圧的に現れたので圧倒されたのだろう。それから亜矢に構うことは無くなったようだった。引っ越した後のことは知らないので、そいつらに限ったことだが。
車に乗った中年の男が亜矢に声をかけているのを見た時にも、同じようにした。大人にしか解らない卑猥な事を口にしていたので、ずいぶん辛辣な言葉で追い払ったのを覚えている。
亜矢はきょとんとしていて、自分がどういう状況だったのか理解していない様子だった。性の対象で見られていることなど、まだ10歳にもなっていない亜矢にとってはあまりにも酷だ。だから特に理由も言わず、「知らない人から声をかけられたら逃げろ」と、散々言われているであろうことを伝えた後、できる限り外出は一緒にした。
こんな調子で、亜矢は昔からこの容姿のせいで危険な目にあっていた。加えて、親譲りなのかどこか抜けていて、それがさらに危なっかしい。
こいつももう中学生だ。中学男子なんて、盛りのついた猿のようなガキばかりだ。面白半分で何をしでかすか分からない。そろそろ、誰かが危機管理というものを教えてあげなければいけないだろう。
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