初恋の代償

南 鴇也

文字の大きさ
82 / 111
第5章

真実 08

しおりを挟む

4月に入って直ぐの頃、姉が俺に亜矢の世話を頼んできた。近くに引っ越したことを聞いた時から、何となくは予想していたが、相変わらず過保護な姉に呆れる。

義兄は一級建築士で、姉はウェブデザイナー。共に昔から多忙で、今でも帰宅は22時を過ぎ、時には終電近くまで仕事をすることがあるという。
中学生なんだから留守番くらいできるだろ、とも思うが、姉夫婦、特に義兄に対しては恩があり、正直頭が上がらない。高校時代、放任主義の両親に代わり、進路のアドバイスや予備校の講習費用の援助など、ずいぶん世話をしてくれたからだ。
それに独りの寂しさは俺も経験済みで分かっていたので、素直に頼みを受け入れた。
仕事帰りに姉が迎えに来るまでの時間を一緒に過ごすだけだ。それに毎日でもない。


定時で仕事を終えて家に帰り着いた頃、インターホンの呼出音が鳴った。
今日も亜矢は制服姿のまま俺の家を訪れていた。

「お前、何でいつもそんなに緊張してんの?」
「えっ!して、ないよ……」

もう既に何回か来ているというのに、亜矢は未だに落ち着かない様子を見せていた。理由を聞いてもどうせはぐらかされるだけなので、それ以上は触れない。

「俺、来週遅くなる日が多いかも。勝手に鍵開けていいから」
「うん……。彼女、のところ?」
「彼女? いないよ、そんな暇ないし。仕事」
「……そっか」
「あ、今日、飯、どうするかな。食いに行きたいところだけど、報告書終わらせなきゃなんねーし」

キッチンボードの戸棚の中を漁りながら考える。探したところで何も無いのは分かっていた。カップ麺……はきっと怒られるだろう。

「僕、作るよ。ご飯」
「え」
「いつも、お母さんが遅い時は作ってるんだ。小学生の時からだから、それなりにレパートリーあるし、リクエスト貰えれば……」

それを聞いて、はぁと溜息をつく。

「お前、小さい頃から苦労してるんだな。ま、料理得意だったら、いざ結婚するってなった時にプラスになるだろ。俺もそういう奴、好きだから……」

不意に亜矢を見ると、うっすら頬を紅くして俯いていた。
何なんだその表情は、と一瞬思ったが、なんとなく理由が分かって「冷蔵庫カラだから、今日はデリバリー頼むか」とぼんやり言いながら亜矢から離れた。

そのままキッチンに戻り、ミルで挽いておいたコーヒー粉をフィルターに入れ、ケトルの湯をゆっくりと注ぐ。ドリップされて落ちてくる滴を眺めながら、再会した日の亜矢の反応を思い出していた。

――言動に気をつけなければ。

「飲み物、これしか無いけど、いいか?」

ミルクをたっぷりと入れたコーヒーを差し出すと、亜矢はそれを受け取りながら、にっこりと微笑んだ。

亜矢はいつものようにローテーブルの上に参考書を広げ、俺も傍のソファに座ってパソコンを開き、持ち帰りの仕事を開始した。互いに黙々とそれに集中し、静かな時間が流れる。
ふと手を止めて、勉強をしている亜矢を眺めた。
垂れ下がった長い前髪の間から、真剣そうな瞳が見える。時々シャープペンシルを揺らして考える仕草をしながら、頬にかかるサイドの髪を耳に掛け、整った顎の輪郭を晒していた。

「お前、髪長いな」と思わず口に出すと、亜矢は顔を真っ赤にして髪を触りだした。

「だっ、駄目?……千尋兄、嫌い?」

眉尻を下げて見つめられる。俺はゆっくりと視線を逸した。

「いや、そういうんじゃ、なくて……」

殺風景な空間に、一ノ瀬の姿を描き出していた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

処理中です...