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39 日常の中で2

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「いらっしゃいませ。オリ……お客さま」

 オリヴァーがあまりにも普通に話しかけてくるので、クローディアも思わず彼の名前を呼びそうになってしまった。

 おそるおそる彼の顔を確認すると、彼は寂しそうに微笑んでいる。
 昨日に続き、また彼を傷つけている気がしてならない。クローディアの心はズキズキ痛み出す。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 少しして注文を取りに行くと、彼はクローディアが大好きなキノコと鶏肉のチーズグラタンを注文した。
 この料理は調理に時間がかかる。今日の彼は、長く店へ留まるようだ。

 気まずい気持ちでカウンターへ戻ろうとすると、オリヴァーはクローディアの手首に目を留めながら話しかけてきた。

「そのブレスレット、つけてくれているのですね」

 ブラウスの袖で隠したつもりが、見えてしまっていたようだ。
 クローディアは反射的に、反対の手でブレスレットを覆い隠す。

 これはすでに、クローディアにとっては宝物だ。彼に対する態度と矛盾していることはわかっているが、簡単に外す気にはなれない。
 これからは彼に悟られぬよう、密かに想い続けるつもりでいたのに。これでは昨日の発言が台無しだ。

「デザインが気に入っているだけですわ……」

 苦し紛れの言い訳をすると、彼は嬉しそうに目を細めながらブレスレットを見つめる。

「俺も大好きですよ。ディアと一緒に選んだ思い出の品ですから」

 彼の手首にも、しっかりと同じブレスレットがつけられていた。

 これだけ傷つけるような発言ばかりしているのに、なぜ彼は変わらずに優しく接してくれるのだろうか。
 彼を嫌いになんてなれない。
 今すぐ謝って大好きだと伝えたい。
 けれど、クローディアにはその資格がない。彼の番ではないから。


 
 その後。彼はこれまでと変わらず毎日のように食堂を訪れては、必ずクローディアに雑談を持ちかけてきた。
 お客さまを無視するわけにもいかないので、クローディアも質問に答える程度の会話には応じる。
 それだけの対応でも、彼はいつも嬉しそうに微笑んでいた。

 店の中ではそのようなやり取りをしていた二人だが、外ではぱたりと会うことはなくなった。
 オリヴァーは話しかけてこないどころか、町を調査する姿すらない。
 今は別の調査にでも入ったのだろうか。もしかしたら、調査が終わりに近づいているのかもしれない。

 関係が薄れるのは良いことだが、彼がいついなくなるかもわからない不安に駆られる。
 クローディアの心は矛盾だらけだった。



 そんなある日。クローディアは近所に住むお婆さんと一緒に、広場のベンチに座っていた。

「ディアちゃん、いつもありがとうね」
「少しは良くなりましたか?」
「ええ。ディアちゃんに腰をさすってもらうと、痛みが消えるんだよ」

 子供のおまじないみたいだろう? と、お婆さんは笑い出す。
 けれど実際にクローディアは、神聖力を使って腰の痛みを和らげている。お婆さんの感覚は、妄想でもなんでもない事実だ。

 聖女は引退すると、神殿から許可を得て治療院などを始められる。
 けれど、追放されたクローディアはその許可証をもらえなかった。
 許可証なしで治療し報酬をもらうと違法になるので、クローディアはこっそりと町の人達に治療を施していた。

 皆、気づかない様子で「最近調子が良い」と話している。それを見るのがちょっとした楽しみだった。

「ディアちゃん気をつけてお帰りよ」

 元気が出た様子のお婆さんは、急に真面目な顔でクローディアの手を取る。
 どうかしたのだろうかと首をかしげるクローディアに対して、お婆さんは怖い顔で続ける。

「わたしゃ見たんだよ。ディアちゃんの後ろをつけている男をね」

(えっ……。まさか、またあの人達かしら?)

 真っ先に思い浮かんだのは、あの二人組だ。
 しつこくクローディアをお茶に誘いたがっている彼らは、以前オリヴァーによって撃退されている。
 けれど、最近クローディアとオリヴァーが一緒にいないことを知って、また狙っているのかもしれない。

「どんな人でしたか?」
「うーん。それがよく思い出せなくてね。確か角が……」

 角に特徴があるようだが、お婆さんはそれ以上思い出せないようだ。
 あの二人組もヒョウ柄の付け角をしている。お婆さんが見たのは、やはり彼らかもしれない。

(またあの二人に出会ってしまったら、どうしよう……)

 クローディア自身、近頃また誰かの視線を感じるようになっていた。

 不安になりながら別荘へ戻る途中。住宅街もそろそろ抜けそうな頃になって、わき道から例の二人が姿を現した。

「あなた達……」

 こんな人けのない場所で出会ってしまったら、何をされるかわからない。クローディアは怯えながら二人の行動に注視する。

 けれどなぜか、怯えているはあちらも同じで。

「ひぃ! 偶然会っただけだからな!」
「何もしてないからな!」

 魔獣にでも出会ったかのような形相で、二人は逃げてしまった。
 どうやらオリヴァーの影響力は、未だに健在のようだ。あの日、彼に助けてもらえたことに、クローディアは改めて感謝の祈りを捧げる。

 けれど、あの二人でなければ一体誰が、クローディアの後をつけまわしているのか。
 ますます怖くなったクローディアは、足早にその場を去る。
 心に余裕がなかったせいか、大きな荷物を抱えた者がいたことには、気がつかなかったようだ。
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