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10 舞踏会のダンス

3 (アレクシス視点2)

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「殿下。ご気分が優れないのですか?」
「……そうではないよ。ローラントこそ、どうしたの。リズは?」

 二人は一緒に踊っていたはず。不思議に思ったアレクシスがそう尋ねる。するとローラントは、アレクシスと並んで柵に背中を預けると、手に持っていたワイン瓶をラッパ飲みし始めた。

「俺も殿下と同じ理由です。リゼット殿下が他の男とダンスを踊る姿を、見たくないんです」
「僕の気持ちを、勝手に推測しないでくれないかな」
「実際、そうなんでしょう?」
「まぁ……。そうだけど」

 ローラントは再び、ワインを水のようにごくごくと飲み始めた。思えば幼馴染だというのに、二人で酌み交わしたこともない。成長した幼馴染の姿に不思議な感覚を覚えながら、アレクシスは呟いた。

「僕と一緒にいるなんて、珍しいこともあるものだね。何か言いたい事でもあるの?」

 用件も無しに、顔を合わせるような仲ではない。しかし、仕事の話をするとは思えない態度なので、彼の行動は非常に不可解だ。
 するとローラントは、じろりと無遠慮にアレクシスへ視線を向けた。ワインを一気に飲んだせいで酔ったのか、目が座っている。

「俺は公子殿下が……いや、アルがずっと、嫌いでした。下女の子供のくせに俺を憐れむし、公子のくせに俺に気を遣う。そのたびに、俺の醜い心を見透かされているようで、本当に嫌いだった」
「急にどうしたの? リズが他の男と踊っているから、腹いせ?」
「そうです。俺の想い人を独占しようとするアルが、何より嫌いです」
「……飲みすぎじゃない?」
「こんなこと、飲まなければ言えませんよ」
「…………」

 衝動的に思える行動ではあるが、わざわざワイン瓶を持ってアレクシスの元へ来たならば、初めから「嫌い」と伝えにきたのだろう。理由は不明だが、酒の力を借りてまでローラントは、それを伝えたかったようだ。

 アレクシスを否定する言葉だが、不思議とアレクシスの心に怒りは湧いてこなかった。むしろ、初めてローラントの本音を聞くことができて、安堵にもにた感情で満たされる。
 アレクシスにとっては、本音を隠したまま義務で守られるほうが辛かったから。

「……俺は今、『嫌いだ』と申し上げたのですが。なぜ、ニヤついているんですか」
「ローラントが、初めて本音で話してくれたから、嬉しくて」
「そんなふうに、いい人ぶっているところも、嫌いです」

 ローラントは残りのワインを一気に飲み干そうとして、瓶を縦に持ち上げる。しかし、すでに瓶は空になっていたようで、一滴のワインが滴り落ちるだけだった。
 諦めたような顔つきになったローラントは、柵の上にことりと瓶を置いてから、アレクシスに向き直った。

「ですが……。リズ様をお守りするのに、公子殿下ほど相応しい方はおりません……。今日はそれを、まざまざと見せつけられてしまいました」

 リズとの距離について指摘した際のローラントは、明らかにアレクシスに対して敵意をむき出しにしていた。そんな彼から、自分を認めるような発言が飛び出し、アレクシスは少し驚く。
 けれど、ライバルと思しき彼から認められることは、アレクシスにとって光栄なことだ。

「それは、敗北宣言と受け取って良いのかな?」
「違います。俺はリゼット殿下に忠誠を誓ったんです。公子殿下がどれだけ嫌がろうとも俺は一生、リゼット殿下のお傍を離れませんよ」
「幼馴染に、嫉妬されながら生きるのは辛いな。さっさと他に、好きな人でも見つけたら」
「他の女性に目を向けるつもりはありませんし、殿下のその自信は、一体どこから出てくるのですか」

 アレクシスに自信など、あるはずがない。先ほどまで一人で悩み、落ち込んでいたのだから。

「自信はないけれど、希望は少しだけあるかな。ローラントは、リズとのダンスで何回ほど足を踏まれたの?」

 アレクシスの質問に対して、ローラントは思い出したように苦笑いする。

「三度ほど踏まれました。リゼット殿下は軽いので、それほど痛くはないですが、ダンスは苦手なご様子ですね。それが何か?」
「僕は、数えきれないほど踏まれたよ」

 勝ち誇ったように返すアレクシスに、ローラントは眉をひそめた。

「それは、誇ることなんですか……?」
「リズはダンスの相手に緊張すると、踏む回数が増えるんだ。それだけ僕に、ときめいたってことだろう?」

 リズがアレクシスを、どう思っているか分からない現状では、ハッキリと彼女の口から聞いた『アレクシスを見ると緊張する』という言葉に縋るしかない。
 それが単に、兄に対する尊敬の気持ちだとしても、今は構わない。彼女の心を大きく揺さぶっていることには、変わりないのだから。

「それなら俺にも少しは、可能性があるってことですか」
「ローラントも意外と、前向きな性格だね」
「俺にとっても、それだけ大切な方なんです」
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