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02 放課後の再会

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 美少女ゲームの舞台は、魔法が存在する世界の魔法学園。私が在籍しているこの学園になります。

 王族や貴族は魔力を多く持っているため、学園で魔法を学ぶのが義務となっており。第二王子である主人公も、この魔法学園へ入学しました。

 主人公は学園の裏に広がる『魔の森』で実績を積み、将来自分を支えてくれることになるであろう、貴族たちの信頼を勝ち取っていくという物語です。

 その信頼を勝ち取るために彼を支えてくれるのが、数十人はいるであろう美少女たち。
 戦闘を重ねながら彼女らとも絆を深め。最終的に主人公は美少女たちの中から妃を迎え、王となるようなのですが。

 ゲームのストーリーは、『将来の宰相と騎士団長』の心をつかむ第三章までしか実装されていませんでした。
 メインストーリーの他に、美少女キャラひとりひとりとの甘いエピソードを読むことができるので、男性プレイヤーにとってはそちらがメインのようでしたが。

 そのエピソードは、ガチャで同じキャラを引き当てるか、モンスターからドロップされる『欠片』を集めることで開放されます。
 前世の私が生きていた頃に実装されていたのは、デートエピソードと、告白エピソード。
 その他に、結婚までのエピソードがいくつか追加される予定のようでした。

 つまり、キャラを手に入れて欠片を集めれば、何人とでも両想いになれて結婚ができるという仕組みになっており、いくらでもハーレムを形成できるわけです。
 実際にこの国の王族は一夫多妻制であり、側妃を迎えることが許されています。

 そして私は美少女キャラのひとりなので、殿下の攻略対象……。
 これは由々しき事態ではありませんか。




 私は急いで、下位クラスの教室へと戻りました。
 昼休みということもあり教室にいる生徒はまばらで、静かな空間にほっとしながら自分の席に座りました。

 お昼を食べ損ねてしまいましたが、殿下のハーレムに組み込まれるよりはマシなので仕方ありません。
 今後の対策を練らねばと思っていると、クラスの女の子が何人か教室へと戻ってきました。

 彼女らが席に着くのを眺めながら、改めてクラスの振り分けに納得しました。
 このクラスにいる女子の半数はSRキャラかRキャラで、キャラとして存在していなかった子もいます。
 成績順でクラス分けされていると思っていたけれど、上位クラスがURキャラ、中位クラスがSSRキャラ、下位クラスがSRキャラRキャラと、レアリティ別に分かれていたようです。

 入学時はSSRである私も中位クラスでしたが、実技が苦手すぎたために次の年には下位クラスへと落ち。ここで空気のような存在として過ごしているうちに、最終学年になってしまいました。いわゆる落ちこぼれです。

 改めて考えてみると、こんな私を殿下が攻略したいと思うでしょうか。

 ゲームのコレクションとしてなら、全員集めてエピソードも全て読みたいと思っても不思議ではありませんが、ここは現実。
 どんなにハーレム好きだとしても、生身の人間相手では限度があると思うのです。

 私とも仲良くしたいと言った殿下は、ただの社交辞令だったのかもしれません。
 美少女キャラに転生したのだと認識したせいで、私は少し自惚れていたようです。恥ずかしい。





 空腹を我慢しながら午後の授業を終え、私はフラフラしながらも図書室へと向かいました。

 この学園の図書室は、増築に増築を加えたためとても複雑な構造。慣れない新入生が迷子になる事案が、毎年発生することでも有名です。
 図書室の全体像を把握しているのは司書と一部の図書委員、それから迷子対策で巡回している兵士と、一部の図書室マニアくらいでしょう。巡回している兵士は、案内人としても大活躍のようです。

 この図書室は卒業生も利用可能なので、若者からお年寄りまで幅広い年代の方が訪れ。カウンター近くの読書スペースにはいつも、多くの人が読書をしたり、勉強や調べ物をしている姿が見受けられます。

 図書委員である私の役目は、返却された本を元の位置に戻すこと。
 本には棚の番号が振られていますが、その棚を探すのが大変なので、図書委員の中で最も図書室に詳しい私が、いつもこの役目を引き受けています。


 いつものように本がたくさん乗っているカートを押しながら、返却カウンターから出た時です。
 目の前に、見覚えのある本が差し出されました。

 これは確か、お昼に読もうと思っていた私物の本。
 どうしてこれを第三者から差し出されるのでしょう、非常に嫌な予感がします。

 おそるおそる差し出した相手を見てみると、思った通りのお顔が爽やかに微笑んでいました。

「これはミシェル嬢のだろう? 君が倒れていた場所に落ちていたんだ」

 本を差し出す殿下の後ろには、私のバスケットを持った殿下の従者様が控えており。どうやら私が倒れ込んだ時にぶちまけたそれらを、わざわざ拾って届けてくれたようです。

 とてもありがたいですが、落とし物なら辺りを掃除している下働きにでも渡すのが普通。
 親しくもない私に対して、殿下の行動は不自然・・・と言わざるを得ないです。

「申し訳ありません、ルシアン殿下。わざわざご足労いただかずとも、私から参りましたのに」
「昼食を食べていない様子だったから、どこかで倒れていないか心配だったんだ。はい、これは差し入れだよ」

 少し心配そうな表情を見せながら、殿下は差し入れの箱を開けてみせました。
 私は思わず息を呑みます。
 箱の中には、食欲をそそる美しい配色のサンドイッチが並んでいるではありませんか。
 フリルのように折りたたまれたローストビーフサンドに、太陽のように光り輝く半熟の卵サンド。イチゴサンドには贅沢にもクリームがたっぷりと挟まっています。
 今の私に対して、目の毒でしかないその光景。お腹は即座に反応しました。

 ――静まりかえった図書室に鳴り響く、私のお腹の虫。

 周りの視線を一身に集めながらも、ここで騒ぎ立てては尚更注目を浴びてしまうと冷静になる私。
 これは自然現象として処理した私は、平然とした態度で殿下を見上げました。

「お心遣いには感謝いたしますが、あいにく今は図書委員としての活動中でして」

 後で食べたいので箱だけ置いていってくださいと、丁重にお願いしようと思ったのですが、それは殿下の発言によって阻止されてしまいました。

「シリル。彼女に食事をさせたいので、図書委員の作業を代わってやれ」
「わかりました、殿下」

 バスケットを私に渡してくれた従者様は、私の代わりにカートを押して本棚へと去ってしまいました。
 残念ながら、サンドイッチだけ頂戴するわけにはいかない状況のようです。

「図書室に食事を取れる場所はあるかい?」
「個室なら可能です……」

 まさか自ら、殿下を個室に招き入れることになろうとは。
 小さくため息をつきながらカウンターに戻り、引き出しから個室の鍵を取り出しました。


 けれど、そんな憂鬱も束の間。
 殿下が差し入れしてくださったサンドイッチは、見た目よりもさらに美味しくて。私は無我夢中で食べてしまいました。

「サンドイッチを頬張るミシェルは可愛いね」

 お茶を飲みながらそうつぶやく殿下は、私以上に満足そうなお顔をしています。ローストビーフサンドにがっついている令嬢のどこが可愛いのか、全く理解できませんが。

 かと言ってお上品に食べる気はさらさらない私は、良く思われたくない一心で本能の赴くままにサンドイッチを全て平らげ、最後にお茶を飲んでから「ふぅ」と息をつきました。

「とても美味しかったです。ありがとうございます、ルシアン殿下」

 私は無表情でお礼を伝えました。
 社交辞令としてのお礼ではなく本当に美味しかったのですが、無表情なのはいつものこと。

「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。これは城のシェフ自慢のサンドイッチなんだ」
「……わざわざお城から? 学園のカフェテリアや近くのお店にも、サンドイッチは売っておりますが」
「知っているよ。ミシェルには美味しいものを食べてほしかったんだ」
「はあ……」

 どうしてお昼に初対面を迎えたばかりの私に対して、そこまでしてくれるのでしょう。
 先ほどは『私の自惚れ』と結論づけましたが、やはり殿下は私のことも攻略対象として見ていると思ったほうが良いのかもしれません。

 確か前世の記憶によると、『ゲームの主人公は総じて優しく、女性の困りごとを解決してくれて、知り合った女性は誰もが主人公を好きになる』というのが、お約束のようですが。
 私は空腹が満たされたくらいで、ハーレムに入会する気はありませんよ?

 けれど、ここまでしていただいたからには、お礼をしなければ。
 お食事をさせていただいたので、後日お茶会にでもお誘いするのが妥当なところでしょうが、できることなら殿下にはもうお会いしたくありません。
 ここは、贈り物で解決するのが最善策でしょうか。

「ルシアン殿下、本日はいろいろとお世話になりましたので、後日お礼の品をお贈りしてもよろしいでしょうか」
「全て俺がやりたくてやったことだから、ミシェルは気にしなくて良いよ」
「そういうわけにはまいりません。何かお礼をさせてください」

 そして、貸し借りなしにさせてください。

「ミシェルがそこまで言うなら……」と考えるような素振りを見せた殿下ですが、私は物品で・・・と付け足すのを忘れたことに気がつきました。
 無理難題を吹っ掛けられたらどうしましょう。突然ハーレム申込書にサインをしろと脅されたら、私は泣いてしまいます。

 そう怯えていると、殿下は何かをひらめいたように、ぱぁっと表情を明るくしました。

 爽やかで凛々しいイメージでしたが、意外と可愛い表情もできる方なのですね。少し意外です。

「ミシェルがお勧めの本を、図書室で選んでくれないかな」
「……そのようなことでよろしいのですか?」
「ちょうど本を読みたいと思っていたんだ。お願いできるかな?」
「はい……、ぜひ」

 今まで、殿下が図書室を利用している姿をあまり見たことがなかったので、意外なお願いです。けれど、読書好きが増えるのは喜ばしいこと。

 一緒に図書室へ戻ると、殿下は恋愛小説をご所望しました。
 もしかして、ハーレム部員勧誘の参考にでもしたいのでしょうか?
 けれど残念ながらハーレム展開で好きな小説がなかったもので、女性向け恋愛小説をお勧めしました。


 従者様と一緒に帰っていく殿下を見送りながら、これで貸し借りなしになったのでもう会う必要もないと思うと、自然と安心のため息が出ました。



 けれど殿下は次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、図書室を訪れては私に「お勧めの本を選んでほしい」とお願いしてきたのでした。
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