14 / 37
14 侍従のお仕事5
しおりを挟む振り返るとカイが、こちらに向けて手招きしているのが見える。リーゼルは陛下に断ってから、カイのもとへと向かう。
「どうしたの? カイ」
「こちらを陛下にご試食していただきたいんだけど……大丈夫かな? 他の温室で採れた果物だよ」
トレーの上に乗せられた皿には、食べやすくカットされた果物が。それと、品種と特徴が書かれた紙が添えられている。
カイの後方には、おろおろとした雰囲気の研究者たちの姿。どうやらカイは、彼らにその役目を押し付けられたようだ。
「ご試食してくださると思うわ。一緒に行きましょう」
トレーを受け取ったリーゼルは、緊張した様子のカイを連れてディートリヒのもとへと戻った。
「陛下。ほかの温室で採れた果物だそうです。ご試食をいかがですか」
そう尋ねてみると、ディートリヒはこころよくうなずいてから、カイへと視線を向けた。
「確か叙任式で、リーンハルトに付き添っていた――」
「カ……カイ・アイヒと申します」
「果物の説明をしてくれるか?」
優しく笑みを浮かべるディートリヒの姿に、カイは心底驚いた。
リーゼルから「陛下はお優しい」と毎日のように聞いてはいたが、まさかこれほど雰囲気が柔らかくなるとは考えもしていなかった。
叙任式での陛下の行動を考えると、リーゼルを侍従として働かせるのはずっと不安だった。
けれど、これなら、安心してリーゼルを任せられる。
不安が払拭された様子で説明を始めるカイを見ながら、リーゼルもまた安心していた。
皆、陛下に対しては恐怖心が植えつけられているが、普段の陛下を見れば誤解であるとすぐに気づけるはずだ。
もっと大勢の人たちに、本当の陛下の姿を見てもらいたい。そのために、リーゼルも陰ながらお手伝いできれば幸いだ。
「この種無しぶどうは、大いに成果が出たようだな。前回は小さな種が残っていたが、今回は完全に消えていて口当たりが良い」
試食したディートリヒは感心したようにそう呟く。そして食べ足りないのか、もう一粒ぶどうをフォークで刺した。
「リーンハルトは、ぶどうは好きか?」
「はい、大好きです。けれど、領地ではこれほど大きな粒のぶどうは見たことがありません」
「ならば、寒冷地でも育つようにさらに品種改良させよう。美味いものは全国に行き渡らせたい」
「わあ」と思わず喜んだリーゼルのくちに、ディートリヒは先ほどフォークで刺したぶどうを放り込む。
(えっ。これって)
間接キスというものでは。
身体の熱が顔に集中しそうになるが、リーゼルは恥ずかしさを必死に抑えた。今は男装中だというのに、顔を赤くしたらおかしいではないか。
「気に入らなかったか?」
心配そうにディートリヒに見つめられたリーゼルは、慌てて笑顔を取り繕う。
「いっいいえ! あまりの美味しさに驚いてしまいました……」
ぶどうは、今まで食べたことがないほど大きくて甘いのに、ディートリヒの行動のせいで感動が全て吹き飛んでしまった。
せっかく新品種を試食させてもらったというのに、農地が多い領地の貴族らしからぬつまらない感想。
リーゼルは食器を下げるためにディートリヒと離れてから、ため息をついた。
「リー。動揺しすぎ」
横にならんだカイへ、リーゼルは今にも泣きそうな顔になる。
「だってぇ……」
「これで、僕が心配した意味を理解しただろう?」
「そうね……」
アイスをシェアしようとしたリーゼルを、カイが止めた意味。
リーゼルは男性になりきっているつもりでいたが、このような場面ではやはり同様してしまう。その相手が、素敵だと思っている人ならなおさら。
このような姿を見せてしまえば、男装だと悟られてしまうかもしれない。
「都会にはさまざまな考えの者がいるんだ。同性だからと言って気を抜いてはいけないよ」
「うん……。これからは陛下のお世話にもっと集中するわ」
その頃。隣国では、リーンハルトが剣術の訓練に汗を流していた。
ここは隣国王太子の離宮。
リーンハルトは国を出てからずっとここに滞在し、王太子ラウレンティウス直属の騎士による訓練を受けていた。
「リーン。だいぶ剣捌きが良くなってきたね」
「ありがとうございます。ラース殿下のお相手を務めるにはまだまだですけどね」
訓練の様子を見に来たラウレンティウスに、リーンハルトは気さくに笑みを浮かべる。
二人は愛称で呼び合うほど仲が良い。それを知るのは、この宮殿にいる者たちだけだ。
ラウレンティウスはアカデミーの先輩で、カイ以外で唯一、心を許せる友人だった。
134
あなたにおすすめの小説
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
蝋梅
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~
小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。
そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。
幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。
そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――?
「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。
精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。
【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。
王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。
教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。
惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。
簡単に裏切る人になんてもう未練はない。
むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる