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17 ヴィンセント16歳 02
しおりを挟む「行ってきますね。夕食を楽しみにしています」
ヴィンセントはそう挨拶してから、エルの頬にキスすると、名残惜しそうな表情をしながら玄関から出て行った。
(まるで新婚みたいね……)
そして玄関のドアが閉まると、ほわっとドアの縁が一瞬だけ淡く光る。これは彼がドアに施錠の魔法を施した証拠だ。
(普通の新婚はこんなことしないけど……)
あれから三年。この状況も未だに続いている。
買い物がしたいと言えば出してもらえるし、友人とも会わせてくれる。ヴィンセントも週に一度は遊びに連れて行ってくれるので、さほど不便はしていない。
ただ、それら全てに彼は同行するが。
彼が十歳の頃からずっと、エルはどこへ行くにも彼を連れていた。そのころと何も変わらない。変わっていないはずなのに……。
心の片隅に、モヤモヤがあるのも確かだ。
これは、エルが彼を養っていた状態から逆転したことへの、罪悪感か。
それとも、度を越しつつあるヴィンセントの家族愛か。
エルにはこのモヤモヤの答えがよくわからないが、ただひとつ言えることは、この状況を変えるにはまだ、ヴィンセントの気持ちの準備が整っていないということ。
結局は彼の成長を待つしかない。
「さて、私もお仕事を始めようかな」
エルは裏口から庭へと出た。家の中で唯一施錠されていないのが、この裏口。
ここから出れば、井戸を使ったり庭を歩き回ることもできる。ただ、それらを囲っている柵にも施錠魔法は施されているが。
ヴィンセントができる譲歩は、今のところここまでのようだ。
エルは井戸から水を汲んで、ジョウロで野菜に水を撒いて回った。
今のエルにとっては、家事意外の貴重な仕事だ。
「あっ。もうすぐ収穫なのに、枝がおれちゃってるわ」
トマトがたわわに実をつけた重みで、枝が折れたようだ。エルは折れた部分に治療魔法を施して、枝を修復した。
満足しながらトマトを見つめていたエルは、ふと我に返ってため息をつく。本来、この治療魔法は怪我人に使うものだ。
「はあ。私、何をしているのかしら……」
夜。夕食の準備をしていると、玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。
ヴィンセントがノックするはずない。エルは首をかしげながら、玄関へと向かった。
「どちら様ですか?」
「俺だよエル」
その声を聞いたエルは、ぱあっと顔を明るくさせた。
「アークなの? 久しぶりね。地方から戻って来たの?」
「ああ。これからは皇宮の所属になる予定だ」
「そうなのね。嬉しいわ」
アークはエルよりも三歳年上で、マスターのもとで一緒に魔法を教わった。エルにとっては兄のような存在だ。
宮廷魔法師になってから彼は長らく地方に派遣されていたが、やっと皇宮に戻ってこられたようだ。
「ところで、なんで開けてくれないんだ?」
「あの……。もうすぐヴィーが帰ってくると思うんだけど……」
「ヴィー? もしかして男ができ――」
アークがそう言いかけたところで彼は「うわっやめっ……」と悲鳴にも似た声を上げた。
「アーク? どうしたの?」とエルが尋ねると、突然にドアが開いてヴィンセントが家へと入ってきた。そして素早くドアを施錠し直す。
「エル。不審者と不用意に話さないでください」
「不審者ではないわ。アークとは一緒に育ったの。兄みたいなものよ」
「エルのお兄さん……?」
「だから、家へ入れてあげて。お願い」
ヴィンセントは複雑な表情をしていたが、諦めたように施錠の魔法を解いた。
「どうぞお入りください。お義兄さん」
エルはこれまでの事情を、マスターに話した時と同じように話して聞かせた。
アークはマスターと同じく、心からヴィンセントのことを喜んでくれた。
二人を騙すことへの罪悪感はあるが、ヴィンセントを受け入れてくれる二人の気持ちが、エルは嬉しかった。
「ところで、人事異動の時期ではないのに急な異動なのね」
「それが、皇宮で治療魔法師が不足しているらしい。ここだけの話、皇子がお二人とも病弱だとか」
それを聞いたエルの心臓はどきりと動いた。
「そうなの……?」
「第二皇子は頻繁に治療魔法師をお呼びになるし、第一皇子は離宮からお出にならないらしい」
(ヴィーのことは、未だに伏せてあるのね……)
平民のエルでは、なかなか皇宮の中まで知ることはできず。第一皇子の訃報が無いことに、ずっと疑問を抱いていた。
ヴィンセントが生きていると皇宮で知っているなら、皇后がとどめを刺しに来てもおかしくはないのに。
行方不明として密かに探しているにしても、その気配すら感じられない。
「アークも、皇子付きの治療魔法師に……?」
「ああ。第二皇子の専属になるらしい。大出世だと思わないか」
「うん……おめでとう。今度、皆でお祝いしなきゃね」
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