真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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輝石の国へ

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 ――ぽとん。

 真珠の頬に、水滴のようなものが落ちてきた。

「んん……」

 ――ぽとん。

 もう一滴、同じところで雫が跳ね、意識が浮上してくる。雨漏りだろうか。

 いや、そんなはずはない。家では雨漏りなんてしたこともないし、そもそも外で雨は降っていなかったはずだ。

「……なんの、水?」

 いつの間にか眠っていたらしい。真珠は台所にいたはずだ。それで、真珠の母が大切にしている宝石箱に肘が当たって、壊してしまって――。

「……え」

 真珠は、ぱちっと目を開ける。そして、飛び込んできた光景にきょとんとした。真上にあるのは、オレンジ色の光に照らされた岩肌だ。そこには、しめ縄らしきものが巻きつけられている。光がはっきりと見えるのは、辺りが薄暗いからだった。

(ここ、どこ……?)

 真珠の家のどこにも、こんな場所はない。それに、なぜか肌寒いし、身体が重く感じていた。全身の肌が、空気にさらされているような気さえしている。

 真珠はやっとのことで腕を動かして、自身の腹部に触れた。素肌が出ていて、冷たくなっている。寒さの原因はこれだ。二十六歳にもなって腹を出して眠るなんて。女性としてみっともないし、恥ずかしすぎる。

「もう、やだ……。ん? あれ?」

 出ているのはお腹だけではないような気がして、真珠は手をゆっくりと上に滑らせた。胸に到達すると、乳房に直接当たった。さらにその上、デコルテから首まで、何も纏っていない。つまり、上半身が裸だった。

 真珠は心底驚いて、まさかと思い、確かめるように今度は下半身に手を伸ばした。下腹部も太腿ふとももも、むき出した。やはり、何も着ていない。

「うそ……」

 自分で脱いだのかも分からない。全裸になるくらい、意識が混濁していたのだろうか。一体どんな症状だ。

 真珠は混乱しながらも、重い身体を起こした。これで、ようやく周囲を見渡せる。

「なっ……えっ!? ここ、どこ!?」

 真珠が横になっていたのは、周囲を岩で囲まれた、狭く暗い洞窟のような場所だ。目の前には何かの祭壇が設置されている。一本だけ、どこかに通じるような道がある以外は、ここで行き止まりのようだ。

 オレンジ色の光の正体は燭台しょくだいの炎だった。しめ縄は祭壇の一部で、最初に見たもの以外にも、多数巻きつけられている。明らかに家の中ではない。

 こんな場所、どうやって移動したか全く分からない。そもそも知らない洞窟に入る行為自体、普段の真珠からは考えられなかった。度胸もなければ興味もないし、まず怖くて絶対に無理だろう。

「なにこれ、どうして……なんで、私、裸なの?」

 真珠は訳が分からず、唖然とした。家にいたはずではなかったのか。宝石箱を壊してしまって、それを直そうとして、その後気を失っただけなのに。頭の中が真っ白になって、ただひたすら、ゆらゆらと揺れる炎を見つめていた。

 ふと、どこかに通じているであろう道の奥から、足音が聞こえてくる。誰かが来る。真珠は、両腕で咄嗟に胸と下腹部を隠した。

(どうしよう……! 警察に通報されて、公然わいせつ罪で逮捕されるかもしれない!)

 こんなところで、人生が終わる。死にはしないけれど、マスコミとかにあらぬ噂を立てられて、社会的に抹殺されるだろう。そうなったら、真珠の両親が大切にしている宝石店も、風評被害を免れない。どうにか事情を説明して、助けてもらえないだろうか。

「……ん? 誰か、いるのか?」
「ひっ!」

 聞いたことのない、男の低い声だった。よりによって男性に見つかってしまうなんて、運が悪すぎる。どう言い訳するかあれこれと考えても、頭の中が余計にぐちゃぐちゃになるだけで、何も思いつかなかった。

「誰だ? 女か?」

 通路の暗闇から現れたのは、銀色の髪が目を引く、着物姿の男性だった。



 燭台の光が揺れ、男性の全身が照らされた。濃紺の着物の上に灰色の羽織物を掛けており、腰には二本の刀を差している。肩まで伸びた銀色の髪がさらりと流れ、一般男性より頭一つ背が高い。

 彼は、真珠の姿を見るなり目をみはらせた。しかしすぐに、眉間に皺を寄せ、険しい顔つきになる。

(まずい……やっぱり頭のおかしな女だと思われてる)

 真珠は身を縮め、真っ赤になりながら口を開いた。

「あ、あ、あの……これ、は……」
「お前、ここにどうやって入った?」
「それが、わ、分からなくて……目が覚めたら、ここに」
「その格好で?」
「自分で脱いだんじゃないんですっ」

 どう説明したらいいか分からない。支離滅裂しりめつれつになりながらも、とにかく自分では何もしていないと、真珠は訴えた。

 しかしながら、気が付いたらこの場所にいて、さらには素っ裸になっていたというのは、男性も易々とは信じてくれない。光に照らされた金色の瞳が、真偽を確かめるかのように、じっと真珠を見つめた。

「はあ……まあいい。とにかく、これを着ろ」
「あ、ありがとうございます……」

 男性は羽織を脱ぎ、真珠の肩に掛けてくれた。真珠はありがたくそれを借り、身体が隠れるように手繰たぐり寄せる。男性用の大きさだからか、ふくらはぎのところまで、すっぽりと収まった。

 それにしても、彼は、着物を好む美形の外国人なのだろうか。三次元では、よほどのことがない限り見ることもなさそうな、輝く銀髪と金眼。肌だって白くて、どう見ても日本人には思えない。日本語は流暢だから、こっちの生まれなのかもしれない。

 真珠は、思わず「綺麗」と零してしまいそうになるくらい、見惚みとれてしまった。なんだかんだ言いつつも羽織を貸してくれるし、親切な人だ。

「おい。名前は?」
「は、はいっ。宝生……」

 そこまで言って、真珠は言葉を切った。

(これって、本名を言っても大丈夫……?)

 覚えておいて、後で警察に通報するとか、そういう腹づもりなのかもしれない。だからといって、偽名がすぐさま浮かぶわけでもなかった。では、どうするべきなのか。

 名前を言わずにあたふたしているうちに、男性はまたいぶかしむような顔つきになっている。逮捕されるのだけは、絶対に避けたい。ならば、と真珠は思い切って口を開いた。

真珠しんじゅ、です……」

 そう言ってしまった。もう、他に候補がなかった。言い訳すると恥ずかしいが、漢字でどう書くのか聞かれても、これでしばらくは誤魔化せる。万が一、本籍まで調べられたら、すぐに嘘だと判明するのだけれど。

 自分みたいな地味な女が、美しい宝石を名乗って申し訳ないと、真珠は心の中で手を合わせた。身の安全のためだ。神様、どうか許してほしい。

「真珠……」

 男性はその名を繰り返し呟き、直後、突然何かにひらめいた様子で真珠の両肩を掴んだ。

「ひゃっ! な、なんですか!?」
「正直に答えろ。お前、どこから来た?」
「だ、だから、気が付いたらここにいたので、分からないんです」
「どういうことだ? この村の人間ではないな?」
「村? どこの村ですか?」

 記憶が正しければ、真珠が住んでいる地域周辺にも、いくつかの村があったはずだ。しかし、真珠が住んでいるのは、どちらかというと街中で、村ではない。

「ここは『真珠村』だ。その村が管理している祭壇の前に、突然お前が現れた」
「……真珠、村?」
「本当に知らないんだな……」

 真珠にとっては聞いたこともない、初めての名前だ。偶然にも、『しんじゅ』と名乗った直後に同じ名前の村を告げられ、真珠は一瞬ドキリとした。

「まさか……もしかして、外の世界から来たのか?」
「外の世界? ここ、日本じゃないんですか?」
「にほん? そんな名前じゃない。『輝石きせきの国』だ」
「……はい?」

 真珠と男性は見つめ合ったまま、数秒間固まっていた。
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