真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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静かに熱く、奪われた唇

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「すぐに風呂を沸かしてくる。しばらく休んでいろ」
「……はい。ありがとうございます」

 二日前に泊まった部屋に、銀が真珠を連れて行く。そのまま、布団の横に降ろして、銀はすぐにきびすを返した。

 もっと銀の温もりを感じていたかった真珠は、無意識のうちに銀の着物の裾を掴んだ。道場の子どもたちがしていたのと同じように。

「……どうした?」
「え? あっ、ごめんなさい!」
「言いたいことがあるなら、言えばいい。遠慮はいらない」

 銀も床に腰を下ろし、真珠の目を覗き込んできた。聞きたいことを聞く、絶好の機会だ。

(どうしよう。黒曜さんのこと、聞いていいかな……)

 真珠は目を泳がせている間も、銀はじっと待っている。もやもやするくらいならば、聞いてすっきりしてしまおうと、真珠は口を開いた。

「黒曜さんとは、どういう仲なんですか?」
「黒曜? ただの幼馴染みだが」
「でも、師匠さんは、一時期好い仲だったって……言ってました」
「はあ……そんなのじゃない。あいつが一方的に、婚姻の約束を取りたがっているだけだ。それが好い仲に見えんだろ」

 少なくとも、銀には黒曜への気持ちはない。それが分かって、真珠の心の靄が少しだが晴れた。

(これじゃまるで、私が銀さんのことを好きみたいだ)

 決してそんなことはない……はずだ。現に、今も二人きりなのに全くときめかないし、むしろ、ここに戻って来られて安心している。

 自分で自分の気持ちが分からず、真珠は狼狽うろたえ始めた。

「なんだ? 今度は何を困っているんだ?」
「違うんです。よく分からないんです……」
「もしかして、俺のことが気になるのか?」
「えーっと……」

 『気になる』の意味にもよるが、気にならないと言えば、嘘になる。真珠は逡巡した後、ゆっくりと頷いた。

「玻璃と瑠璃は、どうするんだ?」
「えっ、あの! 好きって意味の『気になる』ではないので……」
「……そうか。じゃあ、俺の勘違いだな」

 それは、どんな勘違いだったのか。銀が少しだけがっかりしたように見えて、真珠は心を揺さぶられた。

(好きって言われたら、嬉しかったのかな)

 真珠が俯くと、銀が立ち上がる素振りを見せた。もう、会話が終わってしまう。一緒に過ごす時間はまだまだたくさんあるというのに、今、この瞬間に傍にいてほしかった。

「待っ……」
「今度は何だ?」
「すみません、何度も呼び止めて。何でも、ないです」

 眉間に皺を寄せられたら、真珠はそれ以上引き留められなかった。銀は再び腰を下ろし、真珠の目を穏やかに見つめる。

「不安で寂しいんだったら、そう言え」
「……さ、寂しいです」
「ふっ。ほんと、手がかかる……」

 銀が口元を緩めると、真珠の手に銀の大きな手が重なった。それに気を取られているうちに、音もなく、銀の顔が近付く。

「んっ?」

 次の瞬間には、唇を奪われていた。驚いたのも束の間のことで、真珠は銀の長いまつげを見ながら、自然とそのキスに応えていった。

「ふっ……んっ」

 どうして銀とキスをしているのか、分からない。けれど、心地よくて止めたくなかった。

 真珠は目を閉じて銀の手を握り返す。すると、口づけは更に深くなっていった。何度も角度を変えて、舌をすり合わせ、互いの唇をむ。

 夢中になっていると、銀が真珠を布団に押し倒した。そこでようやく、真珠は我に返った。

 『自分の意思を持て』と、言われたばかりなのに。自分の気持ちを確認しないまま、この先に進んではいけない。

「ま、待って! 銀さんっ」

 真珠は唇を離し、銀の胸を叩く。銀は肩を揺らし、真珠の制止に気付いて目を瞠ると、すぐに離れていった。

「……っ! すまないっ……俺は、何を……?」
「いえ……あのっ」
「……悪い、すぐに出て行く」

 銀は、逃げるように部屋を出て行く。真珠は独り、部屋の中に取り残され、濡れた唇に触れながら動揺していた。



 その夜、銀は、真珠との間には何事もなかったように振る舞っていた。しかしそれでも、ところどころはぎこちなく、しきりに視線を外し、時折申し訳なさそうに項垂れる。そんな姿を見てしまっては、先程の口づけについて、真珠は切り出すことができなかった。

(どうして、キスしたの?)

 肉体だけでなく精神もしたたかな銀が、一時いっときの気の迷いで、女性に手を出すことはしないはずだ。ならば、もしかすると真珠の色香がそうさせたのかもしれなかった。または、可能性としては低くとも、銀の無意識の中に、真珠に対する好意があるからだったのか。

 真珠は、銀の気持ちが知りたかったが、怖くて聞くことができなかった。「気の迷いだ」「色香に誘われた」、そう言われたら、立ち直れなさそうだったからだ。

(自分のことなのに……自分の気持ちが分からない)

 真珠は救済の巫女であり、この村や国をどうしたら救えるのか、探す義務がある。恋にかまけている余裕などないし、玻璃と瑠璃の求婚も受け入れるつもりはない。

 銀のことをどう思っているのかは、どんなに胸に手を当てて聞いても、答えが見つけられなかった。



 それからというもの、銀と真珠のぎこちないすれ違いの日々は続いた。

 玻璃と瑠璃に誘われるうちに、真珠は、銀の家と玻璃たちの家をほぼ交互に行き来し始め――次第に、銀の家で過ごすことが減っていった。

 巫女としての情報収集も怠るわけにはいかず、銀たちの任務の合間を縫って、あちらこちらに付き添ってもらった。国立図書館には何度も赴いて書物を調べたし、真珠が巫女だと悟られないよう、新聞記者見習いにふんして、村の人への聞き込みも続けた。

 しかし、それは全て徒労に終わった。山姥の一件以来、アヤカシは村の中で発見されてはいないものの、村の外の出現数は増え続け、夜中のうちに作物を荒らしまわっているらしい。



*****



 そうして、約一ヶ月が経った。再び満月が巡ってきた日。真珠は盛大な溜め息をつきながら、玻璃と瑠璃の家で台所に立っていた。

「真珠さん、お疲れですか?」

 隣には玻璃がいて、いつもながら華麗な包丁さばきで、玉菜キャベツの千切りを披露している。瑠璃は、いつもの風呂掃除と湯沸しの最中だ。

 真珠の担当するまな板にも、三枚おろしを終えた魚が横たわっている。魚をさばくのは真珠の苦手な分野だったが、玻璃の指導の甲斐あって、この一ヶ月でかなり上達していた。

 たかが一ヶ月、されど一ヶ月。真珠にとっては、短いようで長く濃い日々だった。

「巫女に関する情報が、全然見つからないですね……」
「そうですね。僕も、自分が生きているうちに伝承が現実になるなんて、思っていませんでしたから。大昔から伝わっていることなら、手がかりがなかなか見つからないのも頷けます」
「黒曜さんも、この先大きな変化はなさそうだって、占いで言っていました」
「元気を出してください。まだ調べていないところはありますよ」

 玻璃が、真珠を励ますかのように言った。隣を見上げると、玻璃は気遣いの表情を浮かべている。

 最近は、玻璃の言葉が本心からのものか、それとも建前か――真珠は、それを表情から見破れるほどになっていた。今回は、どうやら本気で心配してくれているらしい。

 真珠も玻璃も、これだけ探して情報がないのだから、今後も望みは薄そうだと分かっている。村人が救済を待っている以上、成果を出さねばならないのに、時間は無情にも過ぎていった。
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