真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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北の神殿、そして終結へ

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 翌日、真珠と琥珀――もとい銀は、定刻より少し遅れて首長室に着いた。二人揃って夜更かしをしたため、目が覚めたのは陽が高く昇ってからだった。

「遅れてすみません!」
「ああ、大丈夫だよ。昨日は、一日中気を張り詰めていたから、二人とも疲れたんだろう」
「は、はい……」

 真珠はちらっと銀の顔を見た。彼も後ろめたい思いがあるのか、真珠の方は見ずに視線を逸らしている。

 しかし、彼は真珠に寄り添うようしてに立っていた。それを見た玻璃が、一瞬で笑顔を消す。

「遂に、ですか……」
「兄貴、どうしたの?」
「恐らく、銀さんが本気を出しました」
「えっ?」

 瑠璃も加わり、二人して真珠と銀を凝視した。真珠はこれ以上悟られまいと、銀から距離をとったが、彼は真珠の意に反して、腰を抱き寄せる。

「どうして離れる?」
「えっ。いや、あのっ……これは」
「ついでだから、玻璃と瑠璃にも言っておく。こいつは俺のだ」
「ひゃっ!」

 玻璃はやれやれといった表情で頭を抱え、瑠璃は衝撃で言葉を紡げず、口を開けたまま固まった。瑪瑙は、納得したように頷きながらも、心なしか残念そうに唇を曲げている。

「えっ、何がどうなってるの?」
「二人が、自分の気持ちを自覚したってことですよ」
「うわー……めちゃくちゃ悔しい。もうお姉さんに触れないじゃん」
「もっと邪魔すべきでしたね」
「言いたい放題だな……」

 瑠璃と玻璃が無念を呟き、銀は呆れているが、真珠はそれどころではなかった。

(『こいつは俺のだ』って! あの銀さんが、牽制してる……!)

 銀の独占欲があまりにも嬉しくて、真珠は顔を茹蛸ゆでだこのように真っ赤にし、両頬を手で押さえていた。そうしないと、にやにやと笑ってしまうのを止められそうにない。

「まあ、おめでとうと言えるのは、真珠さんを帝に渡さなくてよくなった場合だけですが」
「そ、そうだよ! それにまだ、俺、お姉さんのこと諦めてないし」
「僕もですよ」
「えっ!」
「では、私も名乗りを上げておこうか」
「瑪瑙さん!?」

 三人は、真珠の色香に惑わされただけではなかったのか。真珠が他の人を選んだなら、身を引いてくれるものだとばかり思っていた。

 予想が外れ、真珠が狼狽えているすぐ横で、銀は溜め息をついた。

「こんなことじゃないかと思っていた……。お前がはっきりしないからだ」
「す、すみません……」
「まあまあ、昨夜、大切な話ができたんだね。申し訳ないけど、時間がないから、この話は一旦置いておくよ」

 瑪瑙が手を叩いて仕切り直した。北の神殿について、既に黒曜に占いを依頼しているらしく、その結果をそろそろ報せに来てくれるだろうということだ。

「噂をすれば影、とはこのことね」
「黒曜さん!」
「真珠、昨日は無事に帰ってきてくれて、ひとまず安心したわ」

 扉を開け、黒曜が姿を現した。その顔には笑みが広がっているが、いつもの底抜けの明るさはない。占いの結果が芳しくなかったのだと、真珠は悟った。

「北の神殿のこと占ったけど、結果から言うと、何も見えなかった」
「何も? それはどういうことかな?」

 黒曜がそう報告すると、瑪瑙が先を促す。黒曜はすぐに両手を前に出し、手のひらを上に向けて、光の球体を発生させた。その中に、赤い柱と白塗りの壁、金色の装飾が施された煌びやかな神殿の画が浮かび上がる。

 最初ははっきり見えていたそれも、次第に闇のような黒が混ざり、歪んで見えなくなっていった。

「祈祷中にどれだけ粘っても、見えたのはこれだけ。あの建物は神殿で間違いないと思うけれど、神聖なところに邪悪なものが集まってる。私が視るのを邪魔されるくらいだから、非常に危険な場所であることは間違いないわ。でもそれは一方で、何かを隠しているってことだと思う」
「隠す……?」
「ええ。想像でしかないけれど、アヤカシに関しての何か、かしら」

 黒曜の神妙な表情に、真珠は考え込んだ。アヤカシを根絶するための手がかりが得られるのなら、行ってみる価値はある。しかし、危険な場所であるということが、やはり引っかかった。

「そうか……。黒曜、まだ体調も万全じゃないのに、ありがとう。助かったよ」
「いいえ。これが私のしごとだから。それで、どうするか決めるのよね?」
「そうだね。私は、調べてみたほうがいいとは思うが……多くのアヤカシが向かってきて太刀打ちできない時は、すぐに退散する。それでどうかな?」
「いいと思います!」

 瑪瑙の提案に、瑠璃がいち早く乗った。玻璃もその隣で頷く。真珠が銀を見上げると、彼は「お前の判断に従う」と囁いた。

 大好きな人が信じてくれている、その事実が真珠の決心を後押しした。

「私も、行きたいです。行って、少しでもきっかけを掴みたい」
「分かった。では、すぐに出発の準備をしよう。到着にどのくらいの時間が掛かるかも分からないからね」
「はい」

 無駄骨になるかもしれない、大きな賭けだ。真珠は隣に震える手を伸ばし、銀の手を握った。いつもと変わらず、彼は握り返してくれた。



*****



 万が一に備え、数日間の野営ができる準備を済ませ、道具を馬車に積み込む。そのまま、真珠たちは昼のうちに村を出発した。

 神殿までの道のりは、長く険しい。アヤカシの襲撃に足を止められつつも、途中の村に一泊し、さらにその翌朝、また神殿に向けて馬車を走らせた。

 刻一刻と、時間が過ぎていく。もうこれで三日を費やした。帰りの道のりを考えても、神殿に長居はできない。真珠の中には焦りが生まれていたが、極力それを顔に出さないように努めていた。

「神殿、見えてきたよ」
「ほ、ほんと?」

 手綱を握る瑠璃が、振り返りそう言った。真珠が立ち上がり前方を見ると、遠くに赤と白の建物が見えている。黒曜が見せてくれた画よりも、更に仰々ぎょうぎょうしく、かなり大きいようだ。そして確かに、禍々まがまがしい身の竦むような黒い気配が、漂い始めていた。

 神殿の広大な敷地の前まで来ると、瑠璃が手綱を引き、突然馬を止めた。アヤカシの襲撃かと思い、全員が身を構える。

「まずいかも……」
「なに?」
「お姉さん、あれ見て」

 瑠璃が呟き、真珠は指さされた方を見た。神殿の上空に、黒い靄が巨大な渦を巻いている。それは、よく目を凝らして見ると、アヤカシの集合体だった。真珠の隣で、瑪瑙が息を呑む。

「えっ……」
「これは、予想以上に危険な状況だね」

 おびただしい数のアヤカシが、その渦を離れ、隕石のように空中を飛んでいく。ここでアヤカシが生まれ、国中に拡散されているようだ。アヤカシの発生源は、ここで間違いないだろう。

 しかし、あの数のアヤカシを相手にするには、いくら巫女の力があっても、分が悪すぎる。神殿に近付いた者が悉く消された理由を、全員が悟った。

「……帰りましょう」
「でも、お姉さん。ここまで来たのに……」
「皆さんを、危険にさらしたくない」

 真珠がそう言った直後だった。突如地鳴りが起こり、馬車がガタガタと激しく揺れる。

「きゃっ!」
「真珠っ」

 銀が真珠の身体を受け止めてくれたものの、振動は収まらない。銀は真珠を抱え、馬車から降りた。

「な、なんですか、これ?」
「……ああ。見つかった」
「えっ」

 銀が切羽詰まった声を出した。真珠が地面に降りて再び神殿の方を見ると、先程の渦の中から、無数のアヤカシが地を駆け、こちらに向かってきていた。

「これじゃ逃げ切れない。一旦、応戦するよ」

 瑪瑙がそう言って前に出る。銀たちもそれに続いた。

(そんな……こんな数、相手にしたらきりがない!)

 真珠は彼らの背を見て、引き留めようと手を伸ばす。しかし、その手が掴む前に、彼らはアヤカシの大群の方に向かってしまった。

「ま、待って……待ってください!」
「真珠はそこにいろ!」
「やだっ」

 真珠の脳裏に、彼らが血だらけになる映像が流れる。やはり来るべきではなかった。考えが甘かったのだ。涙が溢れ、銀の背中ですら滲んでよく見えない。

「やだぁっ!」

 大切な人を失いたくない、傷つけたくない。真珠はいてもたってもいられず、駆け出した。

 瑪瑙が先に一体のアヤカシに切り込んでいくが、すぐに別のアヤカシが襲い掛かってくる。その後ろの集団には、忘れもしない、あの鵺と同じ姿もあった。

「馬鹿っ! こっちに来るな!」

 銀が刀を構えながら怒鳴っている。真珠は首を横に振り、加勢すべく身構えた。

「真珠さん!」
「危ないっ!」

 玻璃と瑠璃が叫んだ直後、真珠の頭上に、一体の黒い影が飛んできた。それは漆黒の翼を大きく広げて空中を舞っている。

 本体は人間の大人のような様相だが、顔には大きな赤いくちばしと黄色い眼が見える。真珠はその姿を、日本の空想上の生き物として、見たことがあった。

「あっ……」

 上を見上げたまま、恐怖で身体が動かない。そのアヤカシは、真珠の顔を見るなり、目の前に降りたった。
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