真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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北の神殿、そして終結へ

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『お前は、救済の巫女か?』
「えっ、し、喋った……!」

 銀たちが戦っているのだから、早くあちらに行きたいのだが、そのアヤカシが立ちはだかって通れない。しまいには、人の言葉を操っている。

『巫女なのかを聞いている』
「そ……そうです!」
『何をしに来た?』
「アヤカシを……あなたたちを止めにっ」

 腰が抜けそうになりながら、真珠は気丈に答えた。すぐに反撃ができるよう、両手を前に出す。しかし、そのアヤカシから聞こえたのは、意外な言葉だった。

『ようやく、我々を止めてくれる巫女が現れたか……』
「えっ」
『これまで、長かった』

 彼は右腕に持った剣を、空中へと高く上げた。その瞬間、銀たちを襲っていたアヤカシの動きがぴたりと止まる。そして、ひれ伏すようにして地面に身を置き、小さくなった。あの獰猛な鵺ですら、同じように従っている。

「な、何をしたんですか……?」
『我が名は烏天狗からすてんぐ。この神殿のアヤカシをべる者。巫女よ、我々をこの残酷な輪廻ルビから救ってくれ』

 烏天狗は、剣を地面に刺し、片膝を立てたまま地面に足をついた。

「救う……? 私が、アヤカシを?」
『そう。もともとこの神殿は、亡き者の魂を、巫女の祈りで黄泉よみへと送る場所だった』

 烏天狗は真珠にひざまずき、そう語った。その間に、銀たちは、アヤカシがおとなしくなったのを見て、真珠の元へと駆け寄ってくる。全員、着物のあちこちが破れて出血しているが、重症は負っていないようだ。

 真珠は銀に寄り添い、全員の無事を確認すると、三回深呼吸をした。こうすると、頭が冴えわたり、冷静になれる。

「教えてくれてありがとうございます。でもどうして、神殿がこんなことに?」
『昔、ある時を機に、巫女が現れなくなった。祈りを捧げる伝統が廃れたのだろう。行き場を失くした魂は、神殿に残された巫女の祈りの力を借りて、再びこの世に異形の者として現れるようになった』
「もしかして、それがアヤカシの正体……? 元は人間だったんですか!?」
『そうだ』

 全員が呼吸を止め、唖然とした。魂は人間と同じだったものを、攻撃し、今まで切り捨てていたのだ。知らなかったこととはいえ、真珠の胸が激しく痛んだ。

「そんな……」
『我々の身体は、砂のように脆い物資でできている。人間に倒されると、魂だけがまたここに戻り、何度も何度も異形の者として転生を繰り返す。理性も何もない状態で空腹に飢え、無差別に人間を襲うのだ』
「では、あなただけはどうして、人の言葉を話すのですか?」
『私は複数の人間の魂を取り込んで転生を繰り返すうち、こうして理性だけは保てるようになった。だが、いつも胸が焼かれるように苦しいのだ……楽になりたいと、私の中の魂が叫んでいる』
「どうすれば、いいんですか? どうしたら、楽になれるんですか?」
『神殿を、破壊してほしい。あれが全ての元凶だ』

 烏天狗に示された、巨大な神殿。荘厳そうごんだが邪悪さも放つその佇まいに、真珠は気圧された。

「あれを壊せば、この国からアヤカシは消える……?」
『その通りだ』

 彼の答えに、真珠は希望を見出した。アヤカシを消して彼らの魂を救い、アヤカシに苦しむ人々も救うことができるのならば、やるべきだ。

「破壊する方法は?」

 瑪瑙が、負傷した腕を押さえながらそう聞いた。真珠は唾を飲み、烏天狗の答えを待つ。

『巫女の力には巫女でしか対抗できない。神殿に込められた祈りの力を、それをしのぐ祈りの力で打ち砕け』
「凌ぐって、どうやって?」
『それは私には分からない。巫女のお前が分からないのなら、破壊には恐らく時間が掛かるだろう』

 真珠は顔を上げて、もう一度神殿を見る。そして、銀たちを振り返り、強い気持ちで宣言した。

「できるか分かりませんが、やってみます」
「そう言うだろうと思った……」

 銀は呆れたように言ったが、表情は柔らかい。その証拠に、真珠の頭を優しく撫でてくれた。

「それでしたら、周囲の護衛は僕たちに任せてください」
「お姉さんなら、きっとできるよ」
「真珠、もし身に異変を感じたら、すぐに私たちに言うんだよ」
「はい!」

 彼らも満身創痍のはずだが、近くについていてくれると約束してくれた。真珠は笑顔で頷くと、心強い仲間を伴い、神殿に向かって、アヤカシたちがひれ伏す中を歩き出す。

 長く続く石畳の通路を進み、ようやく神殿の入り口前にやってきた。

(期限まで、あと四日はある。それまでに、この神殿を壊してみせる!)

 手の届くところに、希望がある。真珠は地面に両膝をつき、両手を合わせて指を組んだ。目を瞑り、精神を研ぎ澄ませていく。誰に教わったわけでもなく、真珠は本能的に祈りを捧げた。

 この祈り姿は、母である蛍が教えてくれた、おまじないと同じだった。



 いつの間にか、真珠は、広大な宇宙のような場所にいた。それが祈りの世界に入り込んでいるのだと気付くのに、時間はかからなかった。身体がふわふわと浮いて、宙を泳いでいるようだ。

(どこにあるのかな……)

 遥か昔の巫女たちが祈りを捧げた、力の結晶がどこかにあるはずだ。なぜか、真珠はそう直感していた。巫女の血がそうさせるのかと首を傾げながら、腕と足を動かして移動する。

 数十メートルほど進んだところで、突如目の前の空間が発光し、銀色に光る真珠のような、巨大な球体が現れた。人間の大きさの三十倍くらいはあるだろうか。

(これだ……!)

 自分と似た、力の波動を感じる。真珠は両手を前に出し、その球体の表面に精一杯の念を送った。しかし、表面に微かな傷をつけただけで、すぐに弾かれてしまう。それだけ、歴代の巫女が築いてきた力は強大だった。

(でも、諦めるわけにはいかない)

 真珠は繰り返し念を送り、先程つけた傷を中心に、少しずつ亀裂を広げていく。骨の折れそうな作業だ。根負けしそうに感じながらも、ひたすら続けた。



*****



 そうして、どのくらいの時間が経っただろうか。一日なんてものではない。永遠にも感じられるような長い時間を経て、ようやく球体の中央に穴が開き、縦にひびが入り始めた。力を使いすぎて疲れ果てていた真珠だが、力を振り絞って最後の念を送る。

(私の大切な人と、自分の未来を……守りたい)

 真珠の生きてきた年数よりも長く、苦しみ続けたアヤカシたちもこれで解放される。もうこれ以上は無理だという限界のところまで、真珠は全身から力を集め、放出した。

 穴は遂に球体を貫通し、ピシッという音を立てながら、中心から放射状にひびが入っていく。そして、それは眩い光を放って爆発した。

「きゃっ!」


 爆風で真珠の身体は吹き飛ばされ、そのまま意識が遠のいていく。もうだめだと倒れ込もうとしたら、誰かが真珠の背を抱きしめて、受け止めてくれた。



真珠まみ!」
「……こ、はく……さん?」

 本当の名前を知っているのは銀だけだ。どうやら、真珠は祈りの世界から帰ってきたらしい。薄く目を開けると、心配そうに眉を曇らせる銀の顔があった。

「大丈夫か? 水を飲め」
「んっ?」

 そう言って、銀は水筒から水を口に含み、真珠の唇を塞いだ。真珠の喉は確かに乾いていたが、まさか口移しで飲まされるとは思いもよらない。ぼんやりとする頭で、銀から水を受け取り、嚥下した。

「お前、あれから丸三日、ずっと祈っていたんだ」
「……えっ」
「覚えてないのか? 皆お前を止めようとして、何度も話し掛けて肩を揺すっても、ぴくりとも動かないし……」
「うそ……」
「嘘じゃない。もう、戻ってこないかと思った……」

 銀は、真珠の意識が戻ってきたことに安堵したのか、真珠の肩を強く抱き寄せた。三日も飲まず食わずだった真珠は、身体に力が入らなくなっており、弱々しく銀に腕を回す。

「あーあ、見せつけられちゃった……」
「悔しいですが、意識が戻ってなによりですよ」
「真珠、よくやったね」

 瑠璃と玻璃、瑪瑙が真珠の目の前にしゃがみ込む。それに笑顔で応えた後、真珠ははっとして、神殿のあった方を見つめた。建物は瓦礫がれきとなり、地面に赤と白の塊が転がっている。

「神殿の破壊……できた?」
「ああ。アヤカシの群れも、砂になって消えた。ただ、まだ一体だけ……」
「え?」

 銀がそう言って、真珠が後ろを向けるように、身体を抱えて動かした。烏天狗の姿が、未だそこにある。

「な、なんで……?」
『私は、魂同士の結びつきが強いようだ。神殿が破壊されただけでは、この身体は消えなかった。とどめを、刺してほしい』

 銀は真珠を瑪瑙に預けると、刀を持って立ち上がり、切っ先を烏天狗へと向けた。しかし、その横顔には迷いがある。

 今まで、魂を持つものだと知らなかった相手を切るのは、抵抗があるのだろうと真珠が思っていると、瑪瑙が静かに耳打ちした。
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