林檎の花は甘く咲き乱れる

枳 雨那

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青年将校たちの信念

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 蝶番ちょうつがいの軋む音がして、林檎の意識が浮上した。コツコツと、足音が近づいてくる。誰かが牢の中に入ってきたようだ。眠っているふりをすべきか、起きてもいいものか。迷った末、梛や槙かもしれないと思った林檎は、目を開けて身体を起こした。

「おや、起こしてしまったかな?」
「その声……竜胆、さん?」
「そうだよ。覚えていてくれたんだ」

 薄暗い部屋の中で瞬きを数回繰り返すと、白衣が見えてくる。そういえば、軍医に診てもらうはずだったのだが、林檎がここに捕縛されてしまったため、医務室には行かずじまいだった。竜胆は危険人物だから、女性の軍医に頼もうということで話はまとまったはずだ。これはどういうことなのか。

「なぜ、ここに?」
「藤大佐から、君の身体検査をするように頼まれてね。普通一般の人と変わりがないかどうか」
「えっ」
「申し訳ないけど、いろいろ触るよ」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 梛と槙が、口を揃えて“変態”だと言っていた人だ。林檎は危機感を覚えて、ベッドの上を後ずさった。藤大佐も、よりによってなぜこの人を選んだのか。もし、林檎が寝たふりを続けていたら、そのまま触るつもりだったようだ。

「逃げないで。君を騒がせないように言われてるんだよね」
「う……」
「それに、身体も拭きたいでしょ? 手拭てぬぐいを持ってきたから、使うといい」

 竜胆が近づいてきて、林檎に温かい手拭いを渡してくれた。昨日の仕事の後、そのままこの国に飛ばされたため、林檎は風呂に入っていない。

(ありがたいな……)

 林檎は素直に礼を言って、顔から順に首や腕、脚を拭いた。

「名前、林檎っていうんだってね」
「そうです。でもまさか、皆さんがあんなに狼狽えるなんて、思ってもみなくて」
「伝承は、全く信じない人もいれば、柳元帥のように心から信じている人もいるからね。ましてや、君の場合は条件が揃いすぎている」

 梛は信じていない部類の人間だったのだろう。でなければ、柳元帥の反応は予測できなくて当然だった。

「私には特別な力もないし、巫女なんてのも知らないのに……」
「巻き込まれただけなんだよね。でもきっと、梛と槙、それと藤大佐が助けてくれるよ」
「え、藤さんもですか?」
「うん」

 竜胆は、持ってきた鞄から聴診器や注射針を出し始めた。気にはなるが、それよりも注目すべきは竜胆の発言だ。藤も、林檎を助けようと動いているのか。

「藤さんって、冷たい人なのか、優しい人なのか……分かりません」
「確かに気難しい性格をしてるね。いつも冷静だし、周囲の状況をよく見ている。理不尽なことを許せない性格だよ。軍人としての成績も優秀だ」
「そう、なんですか?」
「僕よりも年下だけど、そういうところは尊敬している。次の昇進試験次第では、僕と同じ中将に飛び級する話も出ているらしい」

 だから、柳元帥に向かって堂々と進言できたし、それが受け入れられた。竜胆の話がなかったら、林檎は藤のことを勘違いしたままだったかもしれない。

(だって、あんな居丈高いたけだかな態度をとられたら、悔しくなるんだもん……)

 それにしても、林檎とあまり年齢の変わらない人たちが信念を持って働いている姿は、胸に迫るものがあった。

「皆さんお若いのに、すごいですね。おいくつなんですか?」
「僕は二十九歳。藤大佐が一つ下の二十八。梛が二十七で、槙が二十五だったかな。林檎は?」
「二十六です。見事に近いですね」

 職種は違えど、優秀な人たちを目の当たりにすると、自分がちっぽけに思えてきた。林檎は、元の世界で自分が最大限努力できていたのか自問する。

「じゃあ、診るね」
「あっ、はい」
「いい子」

 竜胆が聴診器を首に掛け、にこりと笑った。その笑顔に、林檎ははっと気付く。

(しまった! 騙された!)

 今までの会話は、林檎の警戒を解くためのフェイクだったのだ。了承の返事をしたことを嘆いても、今更遅い。

「や、やっぱり待ってくださ……」
「瞳孔を見るから、こっち向いて」

 竜胆は聞く耳を持たず、楽しそうに林檎の側頭部を両手で掴む。キスされそうな距離まで顔が近付いて、林檎は反射的に目を閉じてしまった。

「ふふっ。林檎っておもしろいね。口づけしてほしいの?」
「ばっ……! 違いますってば!」

 慌てて目を開けて否定すると、竜胆は林檎の目をじっと見つめて「問題なしだね」と言った。

(あの二人が変態なんて言うから、本当にキスされてしまうかと思ったじゃない!)

 意外にも、仕事は仕事できちんとやるらしい。林檎が焦ってあたふたしているところを、楽しんでいるようではあるが。

 しかし、ここで騒ぐと、藤に叱られてしまう。また嫌味を言われるのを避けたい林檎は、おとなしく検査を受けることにした。竜胆の手が林檎の首元に下りて、そっと脈に触れる。

「脈は……少しだけ速いけど、正常値の範囲かな。熱もない」
「んっ」

 首筋をすっと撫でられて、変な声が出てしまった。林檎はすぐに手で口を塞いだが、竜胆にはしっかり聞こえていたようだ。

「ああ、ごめんね。くすぐったかった?」
「ちょっ……わざとですか?」
「いや? 僕を意識しているのは、林檎のほうじゃないの?」
「そんなことないです!」
「しーっ。大声出さないで」

 人差し指を唇に当てられてしまうと、黙るしかない。林檎はしぶしぶと頷いた。

(からかわれているような気がしてならないんだけど……)

 竜胆は、次に注射器を取り出した。腕を出すように言われ、林檎は服の袖を捲って、言われた通りに差し出す。竜胆は手際よく止血処理と消毒をして、素早く採血を終わらせた。林檎は、その素晴らしい早業を凝視する。針を刺された時も、痛みはほとんど感じなかった。

「竜胆さんって、ちゃんとお医者さんなんですね……」
「まあね。出来が悪ければ、中将にはなれないよ。えっとあとは、心音を聞くから、服を持ち上げて」
「え」
「ほら、早く」

 確かにこれは診察で、身体検査だ。風邪を引いたときなんかは、街の医者に胸を見られることもあるが、相手が竜胆だと抵抗が強い。しかし、やらなければ検査が終わらない。林檎は恐る恐る服を持ち上げて、ブラを着けたままの胸をさらす。

「これ、なに? 最近流行りの『下着』ってやつ?」
「えっ、待って! きゃっ!」

 竜胆は、ブラが邪魔だと言いたげに、中央を掴んで引き下げた。乳房が揺れながら露わになり、林檎は小さく悲鳴を上げて、すかさず両腕で胸を隠す。

「お、綺麗だし大きい。僕の好みだ」
「やっ……うそでしょ!? ほんとに変態っ!」
「しーっ。だって、それがあると邪魔だよ」

 聴診器を耳に着け、丸い金属部分を林檎に近づけながら、竜胆は笑った。できるだけ胸が見えないように隠していると、その隙に背中のホックが外される。気付いた時には、ベッドの上に押し倒されていた。
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