【一章完結】王太子殿下は一人の伯爵令嬢を求め国を滅ぼす

山田山田

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本編【表】

第5話-救護

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「きゃあああああああ!!!」


遠巻きで見ていた王宮務めのメイド達が叫び声をあげた。

手首から赤を流し倒れ込むハイネ嬢。
あまりに突然な出来事に唖然としていた近衛兵や侍従達はメイドの叫びにより我に帰る。


「い、医師を呼べッ!!」

一人の近衛兵が声を上げ、辺りが慌ただしく動き出す。


自らの赤で染まるハイネ嬢は床に蹲りながらも薄く開いた瞳で王太子を見つめる。


セリアはいても立っても居られなくなりハイネ嬢に駆け寄り自分のハンカチで彼女の傷口を抑え何とか止血しようと努める。


『ハイネ様…お気を確かに!眠ってはいけません!』
セリアはハイネ嬢に懸命に声を掛ける。


『放っておけ』
王太子はセリアを制止した。


『何を仰っているのです!?このままでは彼女は…』
セリアは珍しく声を荒げ王太子に言葉を返すが…


『死にはしない』
王太子は冷静に…端的にそう返した。


『手首を切るなら横ではなく縦か…あるいはジグザグに切らねば死なん。』


『何を根拠に…』


『剣を持つ者ならば何処が急所でどう切れば死に至るかは心得ていて当然では?』
この惨状を前にしても王太子のペースは崩れない。


『そいつに死ぬ気なんてそもそも無い。本当に死を望むなら手首ではなく首を切る。それにすぐ助けが入る様なこんな大勢の前で切ったりしない。』


『そいつはただ…俺に関心を向けて欲しいだけだ。そうだろ?ハイネ』

王太子は冷めた口調でそう言うと…
彼女は彼を見つめる瞳から一筋の涙を流し意識を失った。


『ハイネ様…』
セリアの心に複雑な思いが募る。
学生時代は王立学園の先輩としてあれだけ可憐な佇まいだったハイネ・ラグライア公爵令嬢が今や見るも無惨な有様である事に。


泣き 叫び 感情を露わにし
公爵令嬢にあるまじき姿を晒し
公衆の面前で手首を切る刃傷沙汰。


セリアには理解出来なかった。

王太子妃としての婚約を破棄された故の屈辱から至った沙汰…

これならばまだ納得も行く。

しかし、彼女の目には執念にも似た王太子に対する深い愛が宿っていた。

彼女がこの狂態に及んだ理由は紛れもなく王太子からの愛に裏切りがあった故

彼に女として価値がないと宣告されたが故の沙汰…


-まったく…


-一寸足りとも理解出来ない……



-この男の何処が…彼女をここまで狂わせる程良かったのだろうか…?


確かにこの王太子は凛々しく美麗で整った顔立ちだ。
表向きは教養が深く様々な分野に精通する勤勉な男性であり王太子としてもとても優秀な人物だと誰もが口々に噂し賞賛した。

ハイネ嬢との婚約が決まっても、擦り寄ろうとする高位貴族令嬢が現れた程に令嬢達にとっても彼は羨望の対象であった。

しかし彼は、厳格なアルテアの男性らしく
"私の一番の女性はもう決まっておりますので"
とキッパリ誘惑を退けたと聞く。

女性関係にだらしがなかった第二王子とは雲泥の差だ。

ここまでならば、彼が優れた男性として女性達の羨望を集める理由も分かるが……

そのプラス要素を0に…いや、マイナスにしてしまう程の独特な癖を持っているの人物である事も周知の事実だった。

彼は文化や歴史 国教を重んじるアルテア人の国民性に逆行するかの様に我を貫き しきたりを破り続けてきた。

他国と深く関わる事は疎か、関心を持つ事さえ暗黙の了解としてタブー視されて来たのに対して彼は幼少の頃より異国の書物や文化に関心を示してきた。

マナーや作法等の教育の分野でも、覚えが早く優秀ではあったものの自身が納得行かない部分は"その作法に何の意味があるのか?"と、とことん追及しマナー講師を別の意味で困らせたと言う。

極めつけのマイナスポイントは、自分より下と判断した相手にはとことん高圧的かつ傲慢な態度を取る性格の悪さだ。

自分に擦り寄って来る人間には、自分とどちらが優秀か?と言う物差しでのみ相手を値踏みし

比較するにも及ばない人間と判断されたならば徹底的にこき下ろされる。


自分の周りの人間には更に辛辣だ。


専属の侍従や侍女に対する物言いは勿論の事、自身の側近として側に置く事を認めた優秀な人材に対しても一般的な主従関係以上に序列を重んじ

側近の進言に全く耳を貸さない。
完全な独善主義な思考を持つ

"自分以上の人間等 存在する筈がない"

"自分以上に価値を持つ人間はいない 故に自分以外の言葉等 聞く価値もない"


直接彼が口にした訳ではないが…彼の頭の中にはこの様な思想が渦巻いているのだろう。


王太子の噂は時頼 王宮で国王から謁見を受ける父や兄上を通して聞いた噂話しか聞いた事がなかった。

私は噂等 宛にならないと話半分で受け取っていた。

悪名は千里を駆けると言う様にちょっとした誤解が誇張され広められる事はよくある事だ。

何より王太子はそんな悪名よりも優秀な存在としての噂の方がアルテア中に広まっていた。

王太子が悪い噂通りの人間ならば、彼が王位継承権第1位である事に誰かしらが異議の声をあげてもおかしくない。

この考えから私は執拗に同席を提案して来た兄上の好意を断った。


私のみが名指しで指名されたのにも関わらず第三者を同席させると、なんだか警戒しているかの様で失礼に辺ると思ったからだ。


面識と呼べるほどの関わりが殆ど無いにも関わらず私だけが呼び出されたのは不思議だったが、大方呼び出された理由に見当は付けていた。

王家にとって重要な貴族家であるフェレネス家とファルカシオン家が私とライアンの結婚により1つとなる。

二つの有力な一族同士が親戚となるのだ。

これは長年 攻のフェレネス家と守のファルカシオン家と呼ばれる程 均衡した勢力を持ち 武家として競い合い不仲な歴史が続いた両家が共存共栄の道を行く事の証となる大変重要な政略結婚だ。

王家としても関心は深いのだろうと思っていた。

きっと激励の言葉でも掛けて下さるのだろう。
その程度に捉え、王宮に足を運んだ。


しかし王太子は悪い意味で噂通り…

いや噂以上の男だった。


過去に一度社交界で父の紹介を交えて挨拶をした事はあったが、その関わりは本の数分のもの。

実質 初対面と変わらない関係にも関わらず私の挨拶の礼を遮るかの様に唐突な王太子妃への任命。

侮辱とも取れる横暴な物言い
人の話を一切聞かない非礼

挙句に突如乱入して来た婚約者ハイネ様への心無い言葉の数々…

留学により長年アルテアを離れていた為、私達の婚約を知らずに求婚を求めていたと思いきや…全てを知った上での権力を使った脅しとも取れる強引な要求


彼が如何に王太子としての能力が優れていようが


不躾…と言う点においてそのレベルは相手の都合等お構い無しに欲しい物を奪う野盗と変わらない


私の中での王太子は男性としての魅力等 微塵も感じない…

それどころか嫌悪すら感じていた。


ハイネ様は一体…このお方の何処に惹かれてしまったのだろうか?


そんな事を考えていると客間に王宮勤めの医師が駆け込んで来る。


『ハイネ様?お気を確かに…ダメだ…医務室に運ぶのは危険だ…此処で処置しますので皆様ご退室を』


『全く…死にはせんと言っているのに…』

王太子は何を大袈裟なと言わんばかりだ。


『そんなに処置したいならでもしたらどうだ?』


『ユケツ…?』
セリアにとって聞き慣れない言葉が彼の口から飛び出す。

『異国の医術は宛に出来ません…それに…その輸血を試されて1人の兵士の容態が悪化し死んだばかりではありませんか』

医師の発言に眉をひそめ 不機嫌な顔つきになる


『あれは異例だ。現に他の失血した兵士は輸血により容態が回復した。違ったか?』


『そうですが…とにかくこの御方に実験的な処置は致しかねます。さぁご退室を』

医師に促されセリアを含む一同は客間を出る。
セリアが出ると王太子も渋々客間を後にした。

しかしこれは医師の指示に従ったからではない。

瀕死のハイネ嬢とその救護をする医師しかいないこの客間にもう用はないからだ。


『全く…アルテアはいつまで氷で患部を冷やし回復するかは本人次第の一か八かな原始的な行動をと呼び続ける気だ?懐古主義も甚だしい…新しい技術を率先的に取り入れねばいつまでたっても進歩等ないと言うのに…』

王太子は客間の外の廊下でぶつくさと呟く。

自身が提案した"輸血"と言う医術を拒否された事が余程気に入らなかった様だ。

自身のせいで一人の女性が手首を切り
もう一人の女性が全く関係ないにも関わらずそんな惨事の場に巻き込まれる形となったと言うのに


彼が考えている事は終始自分の事だけであった……
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