【一章完結】王太子殿下は一人の伯爵令嬢を求め国を滅ぼす

山田山田

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番外編

第???話-神託

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 いつか見た幻日


 夜明け前のウラド山脈は
 人が寄り付かないアルテアの秘境。

 険しい岩山と吹雪で…
 訓練を受けた戦士すらも征服する事が叶わない霊峰。


 神が住まう神聖なる山。


 その昔…アルテアにまだ人が移り住んで時浅い頃。
 アルテアには2つの民族が暮らしていた。


 アルテアの地を創造した創世神竜アルテルシオンを神と崇める現アルテア人の始祖となる民族。


 そしてアルテルシオンを邪神として忌み討伐しようとした民族ロードライト。


 アルテアの先祖達は白銀の地からロードライト人を迫害し


 神が住まうこのウラド山脈にロードライト人を生贄として追放した。



 そんな流刑の地として使われた様な地獄に当時8歳だったセリアは一人いた。


 息は荒く。


 激しく咳き込みながら。


 体が病弱だったセリアは、父親に様々な薬師やまじない師を訪ねる為連れ回されたが、その甲斐なく持病は改善せず…



 業を煮やした父親が、この神が住まう山にセリアを放り出したのだ。



 "アルテルシオンに慈悲を乞え"と…



 まるで"死ね"と言われたも同然だが…
 もはや、セリアの病を治せるのはアルテア人の絶対的な神であるアルテルシオンしかいない。


 このまま放置しても…アルテアの冷気で肺をやられて成人を迎える前に死ぬと医者にも匙を投げられたセリアにはもう、神頼みをするしか術は無かったのだ。


 泣きじゃくり父に縋り付くセリアだが、父は冷徹にセリアを突き放した。



 "アルテルシオンに慈悲を乞え。さもなければお前は死ぬ。"


 そう厳しい言葉だけ残して。



 セリアは歩いた。


 無我夢中で


 歩いて 歩いて 歩き回った。


 途中 寒さから感覚を失い。


 自分が何をしているのかすら分からない疲労と息苦しさに脳が酸欠状態になる程に…


 気が付けばセリアは子供の足で霊峰ウラド山脈の中腹まで辿り着いていた。


 高さは1800m程だ。


 子供の…


 それも持病持ちのセリアの足で


 こんな高さまで上り詰める等有り得ない。


 しかし、現にセリアはウラド山脈の中腹まで辿り着いていた。


 その証拠に目の前の情景はアルテアの果てまで見渡せていた。


 その景色を見て…セリアはふと我に帰った。


 吹雪が止んでいる…


 それだけでなく 霊峰ウラドには風が吹きすさぶ音さえ無い。


 まるで別の異次元にでもいるかの様に…神の山は静まり返っていた。




『人間の小僧を育てるとは相変わらず酔狂な事をする奴だ。』




 セリアの頭に声が響く。
 アルテア語で…頭の中に響く人間らしからぬ声。



 声の主を探して辺りを見渡すと…数百メートル先に巨大な竜の姿が目に映る。


 城よりも大きな白い巨竜。
 これがアルテルシオンでなく 何なのだろうか…?


 生まれた時から耳にタコが出来る程聞かされて来た神話の神。


 その姿は100年前大陸大戦の折にアルテアに攻め込んだ侵略者の軍 総勢3万をウラドから舞い降りたアルテルシオンの凍てつく吹雪により凍りつかせアルテアを侵略の魔の手から救って以降。


 アルテア人の前に姿を見せた事は無い伝説の竜。


 そんな神話の神が今…自分のすぐ側にいる。



 セリアは不思議と恐怖を感じなかった。
 ウラド山脈の冷気がセリアの恐怖心を…
心を凍り付かせたのかも知れない。


 極限下の人間は感情を失うと言う。


 竜は誰かと会話をしていた
セリアは目をこらすと…人らしき小人がいる。


 違う子供だ。
 恐らく自分と差して歳の変わらない子供。


 いや…少女かも知れない。



 夜の山に明かりはない。
 そんな中、巨大な竜ならばまだしも数百メートル離れた距離でそこまではっきり視認出来る筈がないのだが…


 セリアには何故か竜と会話する少女の姿が見えた。


 どう言う訳か…セリアにはその少女が光っているかの様にハッキリと見えたのだ。


 服や髪の色までハッキリ分かる。


 赤いワンピースに赤い髪、このアルテアでは有り得ない様な肩を露出させた軽装だ。


 竜だけでなく、その少女の声すらもセリアの頭に入る。


 この少女もきっと…いや間違いなくなのだろう



 怪性か  魔物か  はたまた神の類か…



『我等の命は無限じゃ。時には楽しみも必要じゃろ?』



『人間臭い奴とは思っていたが遂に姿まで下等な人間に成り果てるとは…』



 竜と少女はまるで世間話でもする様に語り合う。


 竜と少女の会話に聞き耳を立てていると少女と目が合った



 いや…合った様な気がする。
 少女がセリアの方を振り向いて指を指したからだ。



 指を指された事で反射的に身を隠したセリア


 目を離したのはほんの数秒だと言うのに
 もう一度視線を送ると竜と少女は先程いた位置から消えていた。

 辺りを見回すとまだ夜明け前の暗黒の夜空を裂くかの様に

 上空で紅い一筋の光が流れ星の様に高速で東の空へ消えて行った。


 -人の子よ 汝は死を選ぶか  生を選ぶか


 頭の中で再び声が響く。


 セリアが振り返ると…そこには先程まで数百メートル先にいた巨竜がいた。


 有り得ない。


 巨竜のその大きな翼を持ってしても、あの距離から何の音も立てず ものの数秒でセリアの背後に近付く等…生物には不可能だ。


 その余りの奇想天外な出来事にセリアは竜からの問いに答えられずにいた。


 いや…そもそも質問の意味が分からない。


 -汝は死にたいか?生きたいか?


 竜は質問の仕方を子供のセリアでも分かりやすい様に言い換えた。



『・・・』


『死にたい…です。』



 -ほぉ…その齢で死を願うか 人の子よ 我は汝にその理由を問う。


『私は…不要の者です 体が弱くて…生家に何の貢献も出来ない約立たずで誰にも必要とされません…』


 -生きる理由がないと生きられないと?


『理由が無ければ生きる事を許されないのです』


 セリアの返答は子供ながらに達観していた。
 これも…自身の父であるフェレネス伯に常日頃から

 "お前が生きる意味とはフェレネス家の女として貢献する事"と叩き込まれた事が原因である。


『あなたは…神様ですよね…?』


 -汝等人間で言えば神に辺る存在だ。



『私はどうせ長生き出来ません。どうか貴方の手で不要な私の命を刈り取って下さい。その代わり…私の命と引き換えに…4歳になる妹レベッカには…私とは違う強い体をお与え下さい。』



 セリアは妹のレベッカの身を案じていた。
 兄のシェーヌは父に似て健康的な肉体を持つが…

 セリアの母はセリア程では無いが体が丈夫ではなかった…


 フェレネス家の女性は代々短命で皆、30代後半から40代半ば程で命を落として来た。


 セリア達の祖母もシェーヌが生まれる前に亡くなっている。


 母はまだ存命だが…医師からはこれ以上子を望めば寿命を更に縮めると忠告されていた。


 レベッカも…セリアに似て弱い体になる事をセリアは恐れていたのだ。



 -汝の命と引き換えに血族の安寧を願うか


『はい…こんな私の命でも家族の役に立てるなら本望です。』


 -面白い…叶えてやるぞ。その願い…だが…汝の命はまだ取らぬ。



 そう言うと竜はセリアに向けて息を吹き掛けた。



『ごほっ…ごほっ!!ごほっ!!』


 セリアは竜の息を浴びると激しく咳き込んだ。

 肺が膨張しているかの様に胸が苦しい…


 息が吸い込めない…


 肺の中の酸素を全て吐き出すかの様にセリアの咳は止まらなかった。


『ごはっ!!』


 セリアは口から…黒い泥の様な物を吐き出した。


『はぁ…はぁ…』


 すると息苦しさは嘘の様に消えた。


 -汝の体内に棲む病魔を吐き出させた。これで汝の運命は変わる。


『う…運命…?』


 -汝は今日ここで死ぬ運命だった。しかし我がその運命を修正した。


『何故…私にそんな事を…?』


 -汝は我の問いに死を望んだ。あの場で生を選んでいたなら刹那に汝の命を奪っただろう。


 通常の窮地に陥った人間に生か死を選ばせて死を選ぶ人間はいない。


 しかしセリアは死を選んだ。
 その奇異な選択がこの神の琴線に触れたのだろうか?


 -汝は我に図々しくもこう宣った"汝如きの命と引き換えに我が力を賜りたい"と…我はその傲慢を許さぬ。


 しかし…竜はセリアの心を見透かしたかの様に返答を返した。


 "人間風情の命一つで力を貸せと宣うなど烏滸がましい"と


 竜は語った。



 "汝の運命を教えてやろう この先 汝が生き続ける限り 

 汝の幸せが

 汝にとって愛しき者

 尊き者の災いとなり…

 汝等の一族が産んだ罪の産物の手によって…

 惨たらしい最期を迎えるであろう。"



 竜は言う。



 "我が汝を生かすのは"と


 -汝が幸せの絶頂に達した時、我は汝に与えた力の対価を取り立てる。


 -究極の対価を


 -しかし我は慈悲深い神だ…救いの道もある。


 -これから10回目の冬を迎える年。


 -汝に転機が訪れる。その転機に乗ずれば…汝は永遠の不幸に見舞われる…だが他の者達の災いを退ける事が叶う。


 -そして…自身の幸せを諦め生涯を不幸に生き続ける事を選ぶなら…我はそれを対価として汝を赦そう。



 -汝は我に願った…"自分はどうなっても良いから血族を救え"と



 -死は苦しみからの解放に過ぎない。それでは罰にならぬ救済だ。


 -誠に血族を思うのならば不幸に苦しみ抜き生き続けよ。



 -それが我が汝に与える試練である。



 そう言うと…竜は霧の様に消えて行き。
 再びウラドの山には吹雪が吹きすさび始めた。



 セリアは竜が消えると同時にその場に倒れ込む。



 疲労感からか…はたまたあまりに非日常的な出来事に気が遠くなったのか…



 一つ確かな事は…これは現実だと言う事だ。


 決して幻覚では無い。


 セリアが先程吐き出した黒い泥の様な物が、吹雪に飲まれて消えて行く。


 倒れ込んだセリアも…その体が徐々に雪に飲まれる。



 セリアは病を克服したと言うのに絶望していた。



 "自分はアルテルシオンから呪いを賜った"と



 セリアは死にたかった。
 病等関係なく死を望んでいた。



 誰からも必要とされないこの現世と言う地獄から抜け出したかった。


 しかし神はセリアを生かし、"不幸に生き続けろ"と呪いをかけた。


 -そんな人生の何が楽しいの?


 セリアはこのまま、雪に飲まれて死んでも悔いは無かった。


 誰もセリアを探しに来ないのだから。


 誰一人セリアに生きて欲しいと願って等くれないのだから。



 寒さで意識が遠のく…


 体から熱を失って行く…


 セリアは自分の体が徐々に冷たくなって行くのを感じた。


 体温が…命の波動が徐々に弱まって行くのを感じた。


 -これが死か…



 セリアは徐々に水に沈む浮の様に暗黒に意識が遠のく事に身を任せた。




 …………………



 ………………



 ……………


 …………ア




 ………ア!



 ……リア!



 -ん…誰?


 -私の名前を…呼んでいる?



『起きろセリア!!!』



 頬に走る痛みでセリアの意識は覚醒する。
 右の頬がジンジン痛む…


 -殴…られた?…誰?この人…



 よく目を凝らすと…そこには上半身裸の男の子がいた。


 当時セリアと同じ歳で8歳のライアンだ。


 ライアンは自身の防寒具とセリアの防寒具を寝袋の様に互いに巻き付けて互いの肌を密着させていた。


 よく見ると…セリアの服は剥かれ自分が肌着だけになってライアンと密着している事に気付く。


『えっ…なにやって…』


『よかった…!こんな所で寝てたら死んでしまうぞセリア。』


『や…』


『意識は正常か?指は動くか?セリアは凍傷になり掛けて…』


『きゃあ!!』


 セリアはライアンを押し退け様と手に力を入れる。
 互いに8歳とは言え、目が覚めたらいきなり自身の服が剥かれており、裸の男と密着していたのだから…女としての恐怖心から本能的に身を守ろうとする。


『ば、バカ…俺だ!ライアン・ファルカシオンだ!!先週父達と一緒に顔合わせしただろ!?』


『だったら尚更きゃあ!!』


 パニックになったセリアは互いが密着されて身動き出来ないのに対して暴れる為、寝袋状に互いを巻き付けた防寒具に包まる2人はまるでミノムシの様にグネグネと動き合う。



『はぁ…はぁ…』


『ぜぇ…ぜぇ…』



 一頻り暴れると2人は疲れて漸く冷静さを取り戻す。


『ご、ごめんなさい…助けてくれようとしていたんですよね…?』


『当たり前だろ…!凍傷に罹った体は人肌で温めないと血が流れなくなって腐るんだぞ』


『ところでえっと…ファルカシオン様…?何故貴方が此処に…?』


『堅苦しいな…ライアンでいいよ。フェレネス家の一門が…ウラドで遭難したセリアを探していて、ファルカシオン家に助力を頼んで来たんだ。それで俺も探しに来たんだ。』


『え…?』



 --------------



 2人は歩き続けた…吹雪の中をひたすらに
 途中、小さいが洞穴を見付けその中で休憩を挟んだ。ライアンが突然 休もうと言い出したからだ。


 洞穴の中は寒さは変わらないが…吹雪と風だけは凌げる。


 洞穴の中で2人は身を寄せ合う。
 気を紛らわせる為にライアンは話した。


 深夜に突如 門を叩き訪ねて来た客人。
 やって来たのはセリアの母とシェーヌ、フェレネス家に仕える者の一門だったと言う。


 セリアの母達は秘境ウラド山脈でのセリアの捜索に一人でも人手が欲しいと様々な家を訪ね協力を仰いだと言う。

 しかし、夜間吹雪の中で前人未踏のウラド山脈での捜索は二次災害のリスクがあり、殆どが首を縦には降らなかったそうだ。


 そんな中、最期の望みでファルカシオン家を訪ねた。


 フェレネス家とファルカシオン家は何代にも渡り憎みあった犬猿の仲が続いた。


 もっと言うならアルテアの筆頭武家を競う政敵だった


 攻のフェレネス家と守のファルカシオン家。
 互いに勢力を競い合い、諍いで血が流れた事も1度や2度ではない。


 しかし、当代で両家同士が漸く和睦の兆しを見せて
 ライアンとセリアの政略結婚により一つの家になる事で共存繁栄の道を行く事が漸く決まったばかりの間柄だ。

 10年前までは、両家の人間が鉢合わせすればいつ剣を抜き合って決闘になるか分からない様な関係だったファルカシオン家に頭を下げて頼む事は、フェレネス伯が最も忌む"フェレネス家の名折れ"となるだろう。


 しかし、セリアの母とシェーヌはファルカシオン辺境伯に何度も頭を下げて頼み込んだと言う。


 事の事情を聞いたライアンは単身 1人で愛馬のドゴンに跨りウラド山脈まで捜索に来たのだと言う。


 黙って飛び出したのは、言えば父に止められる事が明白だったからだ。


 8歳の少年が…吹雪の中 馬に跨り高く聳えるウラドの中腹まで探しに来た。


 普通に考えれば現実的では無い。
 子供の体力で吹雪の夜にウラドのこの場所まで来る等、不可能だからだ。


 それはセリアも同様だが…兎にも角にも二人はその不可能を可能にして今、ウラドの山奥にいる。


 死に物狂いで…無我夢中でやれば人間に不可能は無いと言う事だろうか。


 よく見るとライアンの腕には血が流れた痕があった。


『ファルカシオン様…御手に傷が…如何なさったのです?』


『ライアンでいいって、俺…乗馬が苦手なんだ、此処に来るまでに何度も愛馬のドゴンに振り落とされた。君は凄いな、乗馬が凄く上手いと聞いたぞ 羨ましいよ』


『まぁ…ファル…ライアン様はまだ背が低いから馬を操るのが難しいだけです。大人になればきっとライアン様も上手く乗れる様になれますわ。』


『そうか?なら帰ったら乗馬の仕方を教えてくれ、ドゴンの奴、俺を認めていないのかすぐ暴れるんだ。』


『お安い御用です…生きて帰れれば…ですが』


『じゃあその為にも…早く帰らなくちゃな、そろそろ行こ…あいたた!』


 立ち上がろうとしたライアンだが、足を抑えて座り込んだ。


『ライアン様?如何しました?』


 セリアは異変を感じてライアンのブーツを脱がせた。
 すると…氷の様に冷たく血が滲んだ彼の素足が姿を表した。

 右足部分が青く変色してしまっている。


 この極寒の中…何時間も子供の足で雪山を彷徨ったが故に凍傷に罹ってしまったのだ。


『ライアン様…!?この足は』


『はは…大丈夫だ…休憩したから大分マシになったよ』


 どうやらライアンが突然休憩したがったのは、この足が原因の様だ。


『早く出発しよう…!これ以上吹雪が悪化する前に…』


 毅然と振る舞うライアンだが…この凍傷は重症だ。
 放っておけば壊死は免れない。


『ごめんなさい…ライアン様…私なんかの為にこんな…こんな…』


 セリアは自己嫌悪に陥る。
 無価値な自分の為に人が犠牲になる事が耐えられなかったからだ。


なんて言うな。俺がそうしたかったからそうした迄だ。』


『どうして…私の為にそんな事…』


ってのは助け合う物だろ?許嫁とかよく分からないけど…セリアはもう家族だ。家族が死にそうって時に見殺しに出来るかよ』


『ライアン様…』


 ライアンとセリアが出会ったのは2週間前。
 それも初対面の1回のみだった。


 互いが許嫁となる対面式の様な物で、簡単な自己紹介程度しかしなかった。


 セリアが持病の発作を起こして対面式を切り上げたからだ。


 そんな薄い縁でしかないのに、この少年はセリアをもう家族だと言う。


 セリアは胸の奥に何か熱いモノを感じた。
 これが何なのかは当時の幼いセリアには理解出来なかった。


 一つ確かに思った事は"ライアンの為に何か恩返しをしなければならない"と言う使命感だった。


 自分を生きる価値の無い"不要の者"と称するセリアに暖かい心の灯を灯してくれたライアンに…


 自分は何が出来るだろう?


 セリアは少し考え…自身の防寒具や衣服を脱ぎ始めた。


『な、なにしてんだセリア!?』

『ライアン様…じっとしていて下さいね』


セリアはライアンの右足を抱き抱える様に自身の胸に抱いた。

肌を刺す様な冷たさに身体中が総毛立つが意に返す暇は無い。


『セリア!?やめろ!!大丈夫だって!!君の体温が奪われるぞ!!』


『いいんです…不要の者である私が死んだって誰も困りません…!』


『セリア…』


そうやってセリアはライアンの凍傷を自らの体温で癒し続けた…寒さで身体中の血流が悪くなり失神するまで…。


--------------------

目を覚ますと…セリアはライアンに背負われ吹雪の中雪山を彷徨っていた。

凍傷寸前の足でセリアを背負いながら…吹雪で視界すらままならない雪山をひたすらに歩いていた。

『何を…しているのですか…?』

『大丈夫だ…セリア…大丈夫…。』


返答になっていない言葉を返すライアン。
何時から歩き始めて居たのか分からないが…彼の疲労はとっくに限界を迎えているのが見て分かった。


『降ろして下さい…』


『大丈夫…助かる…俺達は二人で助かるよ…』


『もう…もう結構ですから…』


『まだ歩けるさ…!』


『降ろして下さい!!!』


セリアは叫んだ。
自分を降ろしてライアンに身軽になって欲しいから
ライアンに生きて欲しいから
自分の為にライアンに死んで欲しくなかったから


セリアの叫びを聞いてライアンは漸く足を止めた。


『なんで?』

『私の道連れで貴方を死なせたくないからです』

『自分が死んでも誰も困らないなんて…なんで思ったんだよ…?』

『え…?』

『俺…さっき話したよな…?セリアの家族が俺達ファルカシオンの人間に頭まで下げて助力を懇願して来たって…』

『誰も困らないなら…そんな事する訳ないだろ…?』

『セリアが死んだら…きっと君の母さんは泣くだろう…兄妹が泣くだろう…?その想いに胸を馳せれば死にたいなんて言えないだろ?』

『もし…家族が泣いてくれないと思ってるなら…俺が代わりに泣いてやる…』

『だから生きる事を諦めないでくれ…!死にたいなんて言わないでくれ…!』

『私には…生きる意味なんて…私なんかの為に貴方を巻き添いにしたくないです…』

『なら俺の為に生きろ!!セリアを置いて行ったりしない!!セリアが死んだら…きっと俺も力尽きてこのまま死ぬ…支え合って生きるんだ!!』


『俺達は二人揃って生きて帰る!!分かったな!!』

『・・・』


セリアが返事を返さずとも、ライアンは歩みを続けた。

ライアンの言葉に響く物はあったが…肉親にすら見捨てられたセリアは出会ったばかりのライアンを信じ切って縋る事は出来ない…。


どうせ今だけ…


いざとなれば…


私を捨てて一人で歩いて行くのだろう。


役立たずで足でまといな私は


文字通りのお荷物…



セリアはライアンが体力を失い
自発的にセリアを捨てるのを待った。
自分のせいでライアンに死んで欲しくない
ライアンは痩せ我慢しているだけだ


限界が来れば…私なんか捨てる…


セリアのこの猜疑心は雪山の様に凍てつく父の所業により心が凍ってしまった事で生まれた。


実の父ですら捨てた娘を…
赤の他人が命を賭して救おうとする筈がない。


ライアンの息はどんどん荒くなる…


歩く速度も徐々に遅くなって行く…。


いよいよ体力の限界が来た様だ…。


遂に…ライアンの足が止まった。



『セリア…』


『はい…』



とうとうライアンが根を上げた
セリアに降りてくれと…そう言うものだと確信していた。


そう言われてもセリアはライアンを恨むつもりは微塵も無かった。

分かりきっていた話だ。


無価値な自分の為に本当に命を張る人間等いない。

寧ろここまでしてくれた事に感謝している位だ。


-もういいんです…所詮私達は赤の他人…親すら見捨てた他人の為に貴方が危険を負う必要はありません…さぁ…早く私を降ろして貴方一人だけでも生き延びて下さい…


-あなたの幸せを祈っています。


全てを諦めていたセリア。


しかし…


『寒くないか…?』


『え…………』


ライアンは…体力の限界等とうに迎えていよう風情で
尚もセリアを慮った。
セリアの身を案じた…


『は……はぃ……だ…だい…だいじょうぶ…れす…』


セリアの言葉は…心は震えていた。
何故この男は自分を見捨てないのか…それが分からなかった。

もはや見栄や体裁で虚勢を貼れる状況では無い。
極限化では本性が現れる物だ。

死を前にして露わにする言動がその人間の本性だ。
ライアンの命はもはや風前の灯だろう。


なのにライアンはセリアを背負い再び歩き出した。


-なんで…?

-どうして…?私なんかの為に…


ライアンは何時間も歩きながらセリアを励まし続けた。


『大丈夫…絶対助かる…』

『この雪山で…君を見つける奇跡が叶ったんだ…連れ帰る位朝飯前だ…』

『セリア…?大丈夫か…?もうすぐだからな…!』

『俺達はこんな所で死んだりしない…絶対に…!君にこんな死は相応しくない…』


吹雪の音に掻き消されそうな程…ライアンの声は段々と小さくなって行った。

それでもライアンはセリアに励ましの言葉を掛け続けた。

セリアは気が付けば涙を流しながらライアンの言葉に頷いていた。


身体中凍える様な寒さが2人を襲うが…
セリアの心は暖かかった。


ライアンの真心が…セリアの凍った心を溶かしてくれたのだ。


『セリアは…死な…ない……俺が…守るか…ら……だから……安心して……』


ライアンの足取りは…遂に半歩すら踏み出せ無くなってしまった…いよいよ限界を迎えたのだ。


吹雪で視界は全くない…
何処を歩いて居るのかも分からない…。


セリアも意識を保つのがやっとだった。
急激に下がった体温ではいつ心臓麻痺を起こしてもおかしくなかった…。


二人は限界だった…。


『ライアン…ありがと…もう…結構です…から…私を捨てて……生きて…くだ…』


セリアは絞り出す様に行った。
先程まで死を望むが故に吐いていた言葉とは違う。


ライアンに…純粋に生きていて欲しいと願うが故の言葉だ。


しかしライアンは半歩…また半歩と歩みを続ける。


もはや返事を返す体力もライアンには残されて居なかった…。


ライアンは意識を半分失い掛けていた。
極度の疲労と寒さでライアンはもう限界をとうに超えていた。


しかし彼はは歩みを止めない。
人を想う真心がライアンを歩ませる。


数十分歩き続けて…
遂にライアンの歩みが止まった…


セリアがライアンに小さく声を掛けるが…返事が無い…。


ライアンは


意識を失っても尚…ライアンは背負ったセリアを離さなかった…。


セリアを守ると言う意志が…意識を失っても尚、彼に倒れる事を許さなかった。


『ライア……あり…とう…ございま…す』


セリアはライアンの真心に感謝を告げゆっくりと…光が影に飲まれる様に徐々に意識を失って行く…


助けてくれた礼だけでは無い。
ライアンに出会ったセリアは…今までの日常から密かに死を渇望していたセリアに生の執着を与えた。


いつ死んでも構わないと思っていたセリアは
死を目の前にして今"死にたくない"と思っていた。


この人と生きる事が許されたなら…どんな人生が待って居たのだろう…


それが見られないのが惜しい…


生きたい…貴方と生きて見たかった…。


セリアは最期に生まれた願望を想い意識を失う最中…小さな子供の足が目に写った。


吹雪の音に紛れ小さく拍手する音も聞こえた気がした…


『妾は汝等うぬらを気に入ったぞ。』


子供の様な声を最後に…セリアは意識を失った。



---------------------


『居たぞ!!!ここだーー!!!!』


人の叫び声に薄らと意識が覚醒して行くセリア…。
捜索隊が二人を発見したのだ。


吹雪は止み…気が付けば朝日が空を照らしていた。


ライアンはセリアを背負い…ウラドの麓まで辿り着いていた。


捜索隊に見付けられた途端、ライアンは糸の切れた操り人形の様に倒れてしまった…。


『ライアン…?大丈夫ですか…?ライアン…?』


セリアも決して余裕がある訳ではないがライアンの手を這いつくばりながら握り容態を案じる。


『セリア!!!』


駆け付けたシェーヌが横たわるセリアを抱き起こし強く抱き締めた。


『ごめんな…!なんにも出来なくて…助けてやれなくて…ごめん!!ごめんな!!』


シェーヌは泣きながらセリアに詫びた。
兄が泣く姿等、初めて見た。


母もセリアの生還を泣いて喜んでくれた。



『ありがとうな…ライアン…この恩は忘れないからな…』

『これもライアンさんとアルテルシオン様のお陰ね…なんと感謝したら…』


『ひっ…』


セリアは神の名を聞き震えあがった。
神から受けた呪いの神託…


不吉な予言と代償を思い出した。


"助けた対価に不幸に生き続けよ"

"汝が幸せの絶頂に達した時、究極の対価を頂く"

"それが我が汝に与える試練である"


セリアは神から受けた神託を2人に告げた…。

母は極度の恐怖から見た幻覚だとセリアを慰めた。
シェーヌはセリアの言葉を与太話だと言って茶化した


しかし…



『俺も…見た…』


意識が僅かに戻ったライアンはセリアの発言を肯定した。


彼も…セリアと神の会話を見て聞いていたのだ。


神がセリアに課した"究極の対価"とは一体どんな物なのか…


それは未来を生きる者達しか知る術はない。


死の淵から生きる活力を見出したセリアはこの美しくも不吉な夜に神から受けた神託を忘却した。


幼き勇者となったライアンは、この壮絶なる夜に神から盗み聞いた神託に取り憑かれ…神の試練に一人挑む事を誓った。


神が定めた呪いの運命に反旗を翻して見せると…その小さき胸に決意を宿して。
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