【一章完結】王太子殿下は一人の伯爵令嬢を求め国を滅ぼす

山田山田

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第54話-誇り、そして決着

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ライアンは決闘に勝利した。
剣で…拳で

アルテアで一番の男を自負する王太子を二度に渡り。


しかし…セリア達を含め誰も歓喜の声や勝者への賛辞の声を挙げなかった。


ライアンの勝利は即ち…
王太子の死を意味する。


見物人である近衛兵達からすれば、それは主の死であり、自分達が守るべき対象の死である。


仕えた主を死んでも守るのが彼らの役目だ。
それが果たせなかった時、彼らは不要の者となる。


それはセリアもシェーヌも分かっていた。


仕える主が死に、家来だけが生き残る等
アルテアではあってはならぬ事だ。


つまり、王太子が死ねば
それは近衛兵達の死を意味する。


彼らは誰かに罰せられて死ぬのではない。
戦士としての誇りが彼らに生きる事を許さないのだ。

"主が死ねば 我々は自刃する"とここに居る近衛兵達は皆同じ気持ちで決闘を見守っていた。


それでも王太子の命令を拒否し
決闘中のライアンを殺さなかったのもまた、戦士としての誇りが故だ。


主に死なれては困るが
戦士として決闘の誇りを汚す訳にも行かない。


つくづくアルテアの戦士は難儀な職業だ。


しかし…決闘の結末は必ずどちらかの死で幕を引かねばならない。


ライアンは収めた剣を腰から抜く。
神前試合の幕引き…敗者の首を取り…流れる鮮血を御神酒に混ぜ神に捧げる。

これを持って決闘は閉幕とし
勝者は神に自身の意を認めさせた事となる。


『殿下…覚悟はよろしいか…?』

『貴様は…たかが女一人の為に祖国を滅ぼす事になる…ぞ…』


ライアンの問いに王太子は皮肉で返す。
醜く命乞いをするかとも思っていたが…死を前にしても彼は最期まで殿のままであった。


『貴様では祖国は守れない…このままではアルテアは…何れ必ず時代に淘汰されよう…』

『それを回避出来る…唯一の男が俺だったのだ…しかし貴様は…自分の恋情の為にその芽をこれから摘み取る…アルテアを救う唯一の芽を…』

『貴様ではアルテアは救えない…』

『セリアは救えない…』

『その時が来れば分かる…貴様は今日と言う日を永遠に悔やむだろう…』


王太子は命乞いの代わりにライアンの心を呪う様な呪詛を吐いた。


ライアンはセリアの方へ目をやる。
この男は殺すしかない。


決闘の作法云々では無く。
セリアの為に…この男は何れ…何かをしでかす


その前に殺すのだ。
二度と…あの少女の様な犠牲者を出さない為に…。

『どうした…我が首を取れ…怖いか?』

王太子は光を失った目で幕引きを急かす。
彼からすれば、得意分野で負かされた時点でもはや死を望むレベルの屈辱なのだ。

例え命乞いをすれば許される様な相手でも彼はその道を選ばない。彼のプライドだけは…嘘偽りのない本物なのだ。


『さっさとやれ…俺に二度言わせるな…』

『御覚悟ッ!!!』


ライアンが剣を振り上げた時…。
一人の女性が割って入った。


エミリア王女だ。


王女は…王太子の助命を嘆願するでも無く。
無言で倒れた王太子を抱き起こし、跪く様な体制でライアンに向き直り口を開いた。


『ライアンさん。私事一緒に弟の首を撥ねて下さいませ。』

『……。』


ライアンの振り翳した剣が空で止まる。
王女は弟の代わりに命乞いをするのでは無く
弟と一緒に殺してくれと願い出たのだ。


『私は戦士ではありません。が…決闘の作法も、弟の所業も存じております。ともあらば許しを乞える筈もありません…』

『しかし私は…リフェリオの姉であり…育てたのも私です。弟の罪を一緒に背負わせて下さい。』

『姉上…なにを言っている!!ふざけるな!!』


王太子は決闘の負傷で意識が混濁であろう中、怒声をあげる。

女である姉に庇われる等、彼にとって生き恥でしかないからだ。


『貴方の罪に気付けなかった私も同罪よ。貴方は偉大にもなれたし皆から愛され頼りにされていた。それなのに過ぎた野心を持ってしまった…。』

『でもそれは貴方だけの罪では無いわ。だから私も罪を背負う。』

『余計なお世話だ!!生き恥を晒す位ならば一人で死んだ方がマシだ!!姉上はいつまで俺を子供扱いする!!離せ!!離せぇ!!!』


先程まで不敵に捨て台詞を吐いていた彼が
今は母親のお節介を煙たがる思春期の子供の様に問答している。


『さぁ。遠慮なく私と弟の首を落として下さい!これは私自らの願いです。どうか私も一緒に罪を償わせて下さい!!』


ライアンは押し黙り思った。
王女の覚悟に対してではない。
彼女の人を思う気持ちは敬意に値したが、今ライアンの心に馳せているのは全く別の感情だ。


それは王太子はつくづく昔のライアンに似ていると言う事だ。


誰かに頼る事を拒み
背伸びして己を過信する。
周りからはみ出す事で自分のアイデンティティを手に入れた気になりそれを振り翳す。

違う所はなまじ優秀なだけに挫折を知らず
故に他者に共感出来ない所だが…


王太子に共感してしまった所もある。
アルテアには古臭い慣習が深く根付いている。

その慣習の為に命を落とす人間も決して少なくない。
その呪縛からの脱却が王太子の悲願ならば
ライアンもこれには賛同する。


問題は…やり方があまりに極端過ぎる事。
王太子と言う身分の高さから誰も対等に彼に意見出来なかった事。


ライアンはシェーヌやセリアに救われた。
対等に接し自分を客観視して写鏡になってくれる友がいて、背中を追いたくなる好敵手がいた。


王太子には超えるべき敵か、自分の手足となる家来しか居なかった。


それが彼の人間関係であり、人と関わる事の全てだった。


故にこの様な極端な行動しか出来なかったのだろう。
彼を殺すと言う事は…過去の未熟な自分を殺す事と同義だ。



ライアンの中で迷いが生じる。
剣を交えた時から思っていた迷いが…


"こいつを王にしてはいけない"


これは今も変わらないライアンの意思だ。
如何に優秀なれど下の者の気持ちに共感出来ない者が王になれば暴君に成り果てる。


だが同時に"アルテアを良き方向に導く力"があるのも事実だ。


彼の持ち帰った造船技術が、アルテアの食糧問題に多少なり功を奏している。


彼が目指す開国化政策も淀みきったアルテアに新しい風を吹かせるだろう。


ライアンの迷いはこうだ。

"こいつを王にしてはいけないが、アルテアの益になるなら…殺すのは惜しい"

アルテアが外交を初め、隣国サラバドと協定を結べば、アルテアに押し入る賊も減り治安も安定するだろう。

そうすれば…あの少女の様な被害者を無くす事が出来る。


これはライアンの悲願だ。


ならば…


『エミリア王女殿下…。貴方の御覚悟には大変敬服致します。』

『私の剣や技術は悪を討つ為の物…。貴方の様な御方を切っては剣が泣きます。』

『よって…遺憾ながらこの勝負はとして幕を引かせて頂きます。』


ライアンは二人を斬らなかった。
断じて情けからでは無い。
もし王太子が…ただの害にしかならない男であったならば、エミリア王女の気持ちを汲み王女諸共首を撥ねる覚悟があった。


どれだけ自己嫌悪に苛まれ様が…
聖人に等しい彼女の命を摘んででも
セリアと領民の害を刈り取るのがライアンの生きる意味であり、あの少女への償いだからだ。


正直…個人的な恨みも含めてライアンは王太子を殺してしまいたいと今でも思っている。

殺してしまった方が…悩みの種が1つ消えて楽だからだ。

だがしかし…恐れや憎しみで人を殺める事もしたくなかった。


そうせざるを得ない時もある。
自分が守るべき対象が危機に瀕したなら…そうしなければならない。

だが、ヤケクソとは言え生きる事を諦めた王太子はもうセリアの前に二度と姿は表せ無いだろう。

これだけの騒ぎが…エミリア王女と言う王太子の権威も通用しない証人もいて王の耳に届かない訳もない。


必ずや然るべき処罰が下されるだろう。
処刑まではされずとも、王位継承権からの除名は免れない。

数年の謹慎の後、第二王子同様に王族としての権威を剥奪される。何処かの名家に婿養子に取られ陰ながらとしてアルテアを支える事になるだろう。

そこまで全てを踏んでライアンは王太子を生かす道を選んだ。


ライアンは王女の崇高な魂を建前に王太子を生かした。

"引き分け"と言う体まで成して。
エミリア王女は言葉には出さねど感謝の意を込めて深々と頭を下げた。


『ふ、ふざけるな!!!!!!!』


王太子は体は起せぬど、地面の雪を握り潰し憤慨した。


決闘の勝敗が付きながら敗者に情けをかける行いは
"貴様等我が剣を血で汚す価値も無い"と言う

戦士に対する最上級の侮辱になるからだ。


『殺せぇ!!貴様!!許さんぞ!!殺してやるぅ!!!ライアァァアアンンン!!!!』


王太子は目を飛び出さん勢いで剥き出しにし
怒りを体現した。
この上ない侮辱を受けたからだ。

女である姉に守られ
敵に情けを掛けられ命拾いする

"引き分け"と言う体はあるが、周りからみればこれはどう解釈したって王太子の負けだ。


これ以上の恥の上塗りは無い。


『必ず復讐してやるぞッ!!!俺に3度目を与えるなど貴様は死んだも同然だッ!!!』


『望むなら…3度でも4度でも…何度でも御相手致します。』


ライアンはそう答えると後は吠える王太子を無視しセリア達の方へ向かう。


『文句は無いなシェーヌ』

『奴は生きてる限りお前を許さないぞ』

『何度来ようが…返り討ちにするさ』

『その覚悟があるならいいんだ。』

『さっ、ライアン…私の肩にお掴まり下さい。』


シェーヌの間に割って入りライアンに肩を貸すセリア。

王太子はその姿を見せ付けられる。
"たかが伯爵家の娘に袖にされた王太子"

この屈辱が…王太子の口を開かせた。


『セリアよ…貴様は全てを失うぞ!!』

『殿下。本日は殿下の仰る通りになりましたね。』


セリアは地面に沈む王太子には目もくれず、近衛兵の案内のままにライアンに肩を貸しながら歩く。


夕日が沈んで行った。
長い一日が漸く終わったのだ。

この騒動は…たった数日だと言うのに何年も戦っていた様に感じた。

長いこと互いの感情を伏せ、秘めた想いを隠し合っていた二人は…この数日で数年分の進歩を遂げたのだ。


骨は折れてくっついた部分程強くなると言う様に
ここまで来るのに苦難を乗り越え漸く結ばれた二人はきっと互いを尊重し慈しみあえる夫婦になるだろう。

そして二度と離れる事は無いだろう。
死が二人を別つまで。
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