ブス婚サルト

e36

文字の大きさ
40 / 46
第2式

第2式-9-「ねぇあなた、恋してる?」

しおりを挟む
「ドレスについては、こっちでなんとかしといてやるでごぜーますよ」
田上さんはもう歩き始めていた。
保奈美さんの足元に気をつけながら、僕も慌てて後を追う。
「あ、あの!」
今更花壇を気にし始めた彼女は、泥で汚れたドレスの裾を持ち上げて、先を行く彼の背に向かって叫ぶ。
「わ、私、今度こそ変わります!努力して、変わります!」
突然の、決意表明。
いや、彼女にとってそれは、突然ではなかったのかもしれない。保奈美さんは、もう下を向いてはいなかった。
「な、何をすればいいのっ。私!」
どんなことでもしてみせます、と彼女は、ドレスの裾をさらに強く握る。
先を行く彼はその声に僅かに歩みを止めた。花弁の絡まる白糸が、風に流される。
振り返りながらつまらなそうに、彼はこう言った。

「べっつにぃ」

唖然とした僕らをおいて、ひと足先に室内へと足を踏み入れる。
彼がおもむろに持ち上げたスマートフォンには、誰かの電話番号が表示されていた。

***

「ふふ、お三方とも仲良しで何よりです」
室内に入った僕らは、真っ先に散垣さんと弘樹さんの元に戻り、2人に謝罪をした。
花嫁の顔色が良くなったのを見て、弘樹さんは痛めた腰をさすりながらホッとしたように笑みを浮かべている。
「ご、ごめんなさい。心配かけて」
泥だらけの花嫁と腰をさする新郎は、なんともでこぼことした風に見えたが、見つめ合う2人、特に保奈美さんの顔は憑き物が落ちたようにさっぱりとしていて、お似合いの2人だなぁと僕は思った。

「ところで田上さん」
和やかに新郎新婦を見守っていた散垣さんは、柔らかな笑みを浮かべたまま、僅かに土に濡れた白髪の彼を見上げる。
「私、"解禁"って本当?」
解禁?毎年某アルコールに使われている以外、なかなか聞きなれない単語だ。
細い人差し指を自分に向けて、散垣さんはキョトンとしてみせた。
「おう。更級の野郎には俺から言っといてやんですよ」
田上さんは、目を細めて口角をゆっくりと上げた。

「おい」
突然声をかけられてびくりとしながら、花嫁と花婿は腕組みをした彼を見る。
「今日からこいつも、てめーらの担当でございます」
「え」
腕を組んだまま顎をしゃくった彼を、驚きのあまり凝視する。
「散垣柘榴。ば、ら、が、き、ざ、く、ろ。と申します。うふふ、宜しくお願いしますね」
手を前で組んでお辞儀をした彼女は、ポカンとした花婿と、気まずげに目を逸らした花嫁に微笑みかけた後、こてん、とあざとく首を傾げてみせた。

「ちょっと」
僕は小声で叫びながら、田上さんの顔を引き寄せた。
「どういうことですか!散垣さんは受付の人ですし、それに…」
ちらりと見ると、彼女は挨拶のためなのか新郎新婦にゆっくりと近づいているようである。そして、近く距離に比例して、保奈美さんの顔はどんどん青くなっていく。
当たり前だ。さっき無理やりとはいえ悪口を言った対象なのだ。人のいい保奈美さんが、気にしない訳がない。
「だーいじょーぶでごぜーますよぉ」
彼は、全く声を潜めようとしなかった。
「柘榴ちゃん。あれでなかなかすげーんで」
顔がドレスのように白くなってしまった保奈美さんの前に立った散垣さんは、ニコリ、と快活に微笑んだ。
「まあ、ある意味では大丈夫じゃねーかもしんねーですが」
田上さんが一瞬何かを思案するように上を見た後、すぐに視線を散垣さんへと戻す。
その視線を追い、僕も散垣さんの傷だらけの手が、花嫁の柔らかな手を掴んで包み込むのを見た。

「ねぇあなた、恋してる?」
月のように細められた瞳は、獲物を見つけた猫のようにキラキラとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...