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18.学級委員は理解に苦しむ

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 複数の《獲物》を狩る時は、必ず《主》となる存在を見極めねばいけない。
集団行動をする生物の本能として、《主》をまず狩ると、鷹揚にして指示系統が狂い、精神が脆くなり、連携にも乱れが出る。

 それは《人間》であっても同じ事。




 東校舎2階の廊下の先に見つけた3人の《獲物》に対し、幹春は個人的感情は全て除外し、ただただ【狩り】に集中した。
 それ故に、あえて中央を庇おうとする2人の生徒を飛び越え、《主》たる中央のハチマキを掴んだ。
 彼らの参加動機は「中央直人を守る事」だったはずだ。それならば、その意義を消し去れば、あとは雑兵と同じ。いや、それ以下か。
生きるという目的を持たない者は、幹春にとって恐るるに足りぬ存在だった。

 広くはない廊下を、体格の良い男2人で諸手を挙げれば防げるという浅はかな考えは、幹春の常人離れした脚力によって霧散した。
 予期せぬ幹春の行動に、狙いを定められた中央自身も駆けだそうと背中を向けた隙に、その生命線ハチマキを掴まれる事となった。

 幹春はひらめく布きれを掴み、そのまま重力に逆らった動きで、引き抜く様に体ごと浮上し、再び地に足を付けた。
 ハチマキの奪取は、後ろから引っ張れば首を痛める可能性もある為、結ぶのではなく引っぱれば取れる部品で固定されていたので、簡単に取れるのだが、勢いを付けた為万全を期したに過ぎない。
 の、だが。


 カシャンッ


「ん?」
 軽い金属が落ちる様な音に、不思議に思い振り返ると、そこには見覚えのあるデカメガネ。
 そして、幹春の手にあるハチマキには、もじゃもじゃのワカメヘアーが。



「へ?」

「「「あ―――――!!」」」


『2-A 中央直人 アウト』



 無感情なアナウンスが流れる中、2年トリオの悲鳴が上がる。
 特にメガネとウィッグを失った中央は、サラサラの色素の薄い髪を振り乱し、睫毛バシバシな大きな目を瞬かせた後、慌てて廊下に転がったメガネを取ろうとすっ転んだ。
「いたっ!」
「直!大丈夫か!?」
 縦野がメガネを拾ってる内に、長谷が慌てて中央に駆け寄る。

 一方の幹春はと言うと、そんな中央を見て、ハチマキからぶらんと揺れるワカメヘアーを見て、再び中央に目を戻した。

「中央…お前…」
「な、何だよっ!?」
 動揺のあまりか、縦野から受け取ったメガネを掛けもせず、中央は可憐な顔で幹春を睨みつけた。両隣の2人にいたっては、更に凶悪な目で幹春を見ている。
 しかし幹春は言わずにはいれなかった。

 そう、風紀委員長として。



「お前!鶯実は確かに髪型は自由だが、カツラは校則違反だぞ!!!」

「「「は、はぁ???」」」


 唖然とする3人の表情に構わず、幹春は風紀委員長として、口上を続けた。
「カツラなど、帽子と同じではないか!
 特別な理由も無しに帽子着用で授業を受ける事など、許される訳が無いだろう!いくら鶯実が自由な校風だと言っても、限度があるぞ!何を考えている!?」
 病気などで頭髪及び頭部をカバーしたいのならともかく、中央の髪はサラサラの髪がきちんと生えており、どこにも傷もハゲも見当たらない。これではカツラ着用は認められない。
 いきりたつ幹春に、呆然としていた3人だったが、一早く縦野が正気を取り戻した。
「いや、アンタ直人のこの顔を見ても、何も思わないんですか…?」
「顔?顔がどうした?どこにも傷も無いし、キレイなものじゃないか」
 この“キレイ”が指すものが、“美しい”とかそういう賛辞の言葉でない事は明らかだった。

「アンタ目おかしいんじゃないのか…てか、誰?」
 呆然と呟いた後に、見覚えの無い幹春の眼鏡の無い顔に、中央が首を傾げた頃合いを見計らったかの様に、廊下の向こうから足音がした。

『い、いました!2年トリオと東海林委員長です…え!?』
「どけ、放送委員!委員長!残りの2人は俺達も協力しま…ぅえ!?」

 バタバタという足音と共に、ゼイゼイ言ってるハンディカム片手の放送委員を押しのけ、風紀委員…ここでは【鬼】と呼んだ方が良いか。卯木、甲斐、八乙女の3人が多少息を乱しながらも駆けてくるが、4人の姿を見て一瞬足が止まった。

『え、誰!?美少年です!!謎の美少年がいます!!ええぇ!!?』
「い、委員長!?」
「メガネ無いけど、あの筋肉は委員長だ!!」
「ひぇぇぇっ」
 慌てて中央がメガネを掛けたが、既に放送委員のハンディカムを介して、講堂の大画面には中央の素顔が映し出されていた。


『中央直人はやはり美少年だった~~~~~!!』
「あーあ、直ちんの顔が皆にバレちゃった」
「ちょっとつまりませんが、まぁ遅かれ早かれそうなったでしょう」
「まぁな」
 既に知っていた様子の生徒会執行部からは、諦め半分の声が聞こえたが、会場の生徒達は、盛り上がってそれ所ではなかった。


『てゆーか、あと2人まだ捕まってないけど良いの?』



 上総の声が聞こえた訳では無いだろうに、幹春の意識は再び【狩りモード】に切り替わり、未だ跪く3人に手を伸ばす。
しかしその手が縦野のハチマキに触れる前に、中央が縦野を押しのけた。
「俺の事は良いから、2人とも逃げろ!!」
 中央はそう叫ぶと、幹春の脚にしがみついた。
 一瞬戸惑ったものの、縦野と長谷は立ち上がり、走り始めた。

「…いや、お前アウトになってるから、そういう妨害行為は認められないんだけど」

 屈強な身体の硬派系美形に、必死の形相の美少年がしがみ付くと言う、放送委員的にナイスな絵柄が撮れているが、いかんせん反則行為だ。
 幹春は眉ひとつ動かさず、片手で中央を持ち上げポイと卯木達の方に軽く放った。
思わず受け止めた卯木だったが、すぐに嫌そうに下ろした。

「上と下に分かれたか…。俺は下に行く。お前達は上を頼んだ」

 階段のすぐ手前だっただけに、縦野と長谷は単純に上下の二手に分かれた様だ。中央がいない今、一緒に行動する意味が無いので、当然の判断だった。
「は、はいっ!」
 筋肉と声ですぐさま自分たちの長である幹春だと理解した3人が、起立良く返事をしたのを確認し、幹春は一足で階段を跳び、踊り場に降り立ったそのままの勢いで再び跳び、視界から消えた。
 驚きもあるが、何よりも尊敬する委員長の指示だと、すぐ様正気に戻った3人は、階段を駆け上がる。一瞬遅れて、『転校生の素顔』と『絶対に追いつけない風紀委員長』と『【鬼ごっこ】最後の攻防(多分)』を天秤に掛け、より現実的な選択として、放送委員は他委員へ連絡を取り、その場に残った。
 

◇◇◇◇◇

 長谷は走った。
 自分みたいなはぐれ者を友達と言ってくれた中央の為にも、この勝負、負ける訳にはいかなかった。
 長谷は物心ついた頃から、体格が大きいのと、厳格な家庭で育った故に遠巻きにされる事が多かった。
 その上両親は仕事が忙しく、優秀な兄にばかり構い、外でも家でも居場所が無かった。自分に関心を持たれない事にやけになって、髪を真っ赤に染めてみたり、ピアスを嵌めたりしてみたが、それでも両親は長谷に直接注意する事は無く、ただ眉を顰めるばかりだった。
 そしてそんな長谷に匙を投げたのか、半ば無理やりこの全寮制の鶯実学園に入れられた。
坊ちゃんばかりの学園という事もあり、ここでも長谷は遠巻きにされた。
 しかし2年になって少しした時、突如としてやって来たルームメイトは、長谷を見ても目を逸らさなかった。
 真っ直ぐに長谷を見て、「仲良くしような」と言ってくれた。
 ルームメイト故に、「男子校だし、騒がれるのも面倒だから」とその可憐な顔も晒してくれた。
 残念ながら中央の素顔はごく一部の者達にはバレた様だが、あれだけ可憐なのだから、メガネと髪型ごときでは隠しきれなかったのも頷ける。

 その中央が、生徒会の奴らの陰謀で妙なイベントに巻き込まれると聞いて、長谷はいてもたってもいられなくて、縦野と共に中央を守る為に参戦した。
 本当は、中央がイベントのどさくさで、以前の親衛隊達の【制裁】みたいな暴力などを受けない為にだったのだが、当の中央は【鬼ごっこ】で生き残りたい、勝ちたいとしきりに口にしていた。
生徒会に要求が出来るのは、この学園においてかなりの自由がきく事ではあるが、長谷は興味が無かった。
しかし、中央が欲しいと言うのならば、その権利、勝ち取ってあげたい。
どんな事をしてでもだ。


 後方から、2人分の足音が聞こえる。
 振り向くと、30m位先に同じ2年の卯木と八乙女の姿が見えた。こちらには、この2人が追って来た様だ。
 あの常人離れした動きをする男で無い事に、少し物足りなさを感じた。中央の素顔を暴いたアイツの鼻を明かしてやりたい気持ちはあるものの、仕方がない。
 卯木も八乙女も、さっきの場所までも走ってきた様だったし、体力の限界の様で差は縮まりそうもない。これならいける。
 そう思った途端、前方に人影が見えた。
「何だと!?」
 考えるまでも無い。同じく2年風紀の甲斐は、わざわざ2階まで降りて、反対側の階段から3階のこの廊下に挟み撃ちする為に上がって来たのだ。
「クソッ!」
 このまま捕まる訳にはいかない。あと数分逃げ切れば勝ちたのだ。
 中央と縦野と3人の時は正面から来る相手も躱せたが、あれは3人いたからと中央の運動神経の為せる業だ。長谷1人には無理だ。
 となれば、方法はひとつ。

「あっ!オイ!そっちは…!」
 長谷は躊躇う事無く、施錠されていた扉を勢いよく開け、渡り廊下に飛び出した。


「うわぁ!!」
「直人!!」

 その瞬間、下から聞こえてきた聞き覚えのある声に、長谷は最初に言われた注意事項も忘れ、手摺りから身を乗り出した。


「直人!!?」

 メキ
 
ガクンッ


その瞬間、長谷は重力の世界に、投げ出された。



◇◇◇◇◇

 縦野英二は優秀だが、ヤル気があまり無いと、同級生で学級委員長の横山から何度か聞いていたが、なかなかどうして、根性がある、と幹春は思った。
 逃げる時も幾重にも罠やフェイントを掛けてくる様子も、頭の良さが窺えた。
 と言っても、幹春の脚力をもってすれば、さほど難しい《獲物》ではなかった。
 
「まぁ、野兎くらいは苦戦した」
 
 いつの間にか録音した足音をスマホで再生させ、自分は渡り廊下へと潜み、渡り廊下への入り口に紐と仕掛けた縦野だったが、幹春の音が生音と機械音を聞き分けれない訳が無かった。


『2-A 縦野英二 アウト』

「ウサギと同レベルかよ…」
 悔しさに顔を歪ませる縦野に、幹春はキョトンと首を傾げた。
「兎は頭も良いし素早い上に、穴も掘る。そう簡単な獲物じゃないぞ?」
 かく言う幹春も、幼少期はなかなか捕まえれずに難儀した。
「そう言うんじゃ…てかアンタ、風紀委員長なんですよね?
 こういうキャラだったのかよ…」
 ため息交じりに呟く縦野の事は置いておいて、残り1人の《獲物》の気配を探る。
後輩達が頑張るのならまかせたいが、完全勝利が幹春の目標だ。出るからには、勝つ。意外と負けず嫌いなのだ。

 その為、少しだけ幹春の反応が遅れた。

「英二から離れろ!」
「直人!?」
 階段から駆け下りてきた中央が、再び幹春に突進する。
 既に縦野のハチマキは幹春の手の中にある上、何度も言うが中央は既に脱落者な為、何をしてもルール違反の行為なのだが聞いていなかったらしい。

 そして勢い良く走ってきた中央は、ものの見事に、縦野の仕掛けたワイヤートラップに引っかかった。

「うわぁ!!!」
「直人!!」
 慌てて駆け寄った縦野に抱き留められ、あわや転倒は防がれた中央に、幹春は言うべきセリフは無かった。
呆れてモノが言えなかったのもあるが、それよりも何よりも、上から聞こえた異質な音に、意識の全てが持って行かれたのだ。
 バッと振り返った幹春に、抱き合っていた中央と縦野も、後から追い付いて来た放送委員も釣られて視線を上げた。


「「「えええぇぇぇぇぇ!!!????」」」


 真っ逆さまに落ちる長谷と、一瞬目が合った気がした。

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