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序章:シャイナと言う娼婦の話。

寝耳に水のお貴族様の名を語る男

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「シャイナ、公爵様がお待ちだ──いつまでもこんなところに居ないでこの手を取って下さい」

…いきなりやって来て何を言っている?

  「──えれ」

…自然と低い声になるのも無理はないだろう。

  「………はい?」

男は理解出来ないのか、すっとぼけたような声を漏らす…だが、知ったこっちゃない!

  「帰れ。欺瞞に塗れた蛆虫が!貴様にこの場所の何が分かる!?私が、私が…ここまで生きてこれた『居場所』を──貴様ごときが!!分かる訳ない、分かる訳ないんだ…ッッ!!!」
……。



娼婦に──…いや。
最初は母子二人隠れるようにして辺境の村で暮らしていたんだ…けど。
母は流行り病で帰らぬ人となった──そこにきての数百年に一度…の頻度で起こる日照りによる、飢饉。
少女──“シャイナ”は口減らしと幾ばくかの食料と水と引き換えに…女衒の男に預けられた。
…この時、シャイナ6歳。
いやはや、人生何が起きるかわからないなーと孤児となったシャイナは思ったものだ。

……そこから女衒ぜげんの男を養父として引き取られ、娼館『華桜かおう』の見習いとして下働きの侍女として読み書き計算、社会通念や法なんかは母が博識だったのか…申し分ないほどに教えられた為に…座学のほとんどは“侍女”としての知識だったり、実地で学んだ。
この世界──“ラタトリア”は剣と魔法とファンタジー世界。
人間もいれば、エルフもドワーフも精霊も妖精もいるし、“神様”も居たりする──そんな世界。
なんと!そんな世界に私シャイナは──シングルマザーの母ダリアの元に産まれ育てられた。
流行り病で亡くなる直前まで貧しいながらも愛情を注いでくれたお人だ。

…燃えるような深紅の髪にキリッとした釣り上がった目元、蒼の瞳…は唯一私の中に残された父の証。
…母ダリアは事の他、父の事は一切口にしなかった。
“いい”とも“悪い”とも言わず──ただ、身分違いの恋をしてしまった…とだけ言って寂しそうに微笑んだだけが──今でも胸に残っている。

まあ、それは置いといて。

──この無礼な男をどうしようか。

 「…番頭さん、、『丁重に』ご案内差し上げて」

訳:塩でも撒いて追い出して!二度とこの男が私の前に姿を見せないように面会謝絶して!!

…と言う最大限の拒絶だ。

 「──はっ!お嬢の言うとおりに。」
 「お、おい…っ!?話はまだ──」
 「……。」
にっこり。
口は笑みの形、瞳は一切微笑まず…冷めたもの。
絶対零度とはこの事である。
さる貴族(=公爵様)の代理とやらは『迷惑な酔っ払い』のように華桜の外へと追い出されて行った…。

ガチャンッ、と閉め切った重い鉄扉は内側から厳重に鍵を掛けられ、閂までされる始末…御愁傷様。
因みにこの鍵は手動アナログの鍵と魔法的外因の“魔法錠”の双方で閉じられている。
…因みに発案者はシャイナだ。
彼女が“侍女だった”時に手習いで習った魔法で掛けてみたのがきっかけ。
…今では娼館全体に結界が張られ、悪意ある者を弾いている。
…だから、普通に『利用者常連客』は入って来れる。
娼館は「春」を売る場所──偽りの恋に花を咲かせる場所。
断じてあの男のように激昂する場所ではない。
“こんなところ”──あの男が言った言葉には確かな侮蔑があった、嘲りがあった。
だから──嫌だったのだ。
もう一分一秒とも耳障りな言葉は聞きたくない。
まるで…私が不幸かのような──いや、片親で娼館に売られたなら…まあ、確かに?『不幸』ではあるのだろう。──世間一般的には。

 「…今では『華桜ここ』は私の居場所なんだよ…なのにっ!何も知らない癖に…ッッ!!勝手な事ばかり……ッッ!!」

憤懣遣る方ない、と拳を握ってギリギリと奥歯を噛み締める此処は…シャイナ用に用意された私室だ。
解放感のある広々としたリビング、閉じられたドアの向こうは寝室と浴室、書斎や作業部屋までそれぞれ独立してある。
私室であり、プライベート空間であり──誰も入って来ない個人部屋。
与えられるのは店の人気上位3名のみ。
4位以下は二人部屋、10位以下は四人部屋で…20位~30位までは大部屋(10人くらい一度に寝れるくらいの)だ。
そんな彼女達も…「仕事部屋」と「寝室」はきちんと別に分かれている。
その場所は…外からやって来る「客」としか行けない部屋──。

…時計を見上げると『お仕事』の時間だ。
忌々しい男の事は一端脇に置いて。

化粧室パウダールームへ化粧を直しに向かい、改めて衣装に乱れがないか…、と鏡の前確認した。

 「…よしっ!」



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