妖精姫の忍び旅は何かと物騒です?

アリス

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第0章:妖精姫は国を出るそうです。

Re.5

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雰囲気たっぷりの旧坑道を奥へと進んでいると…一際禍々しい“”と出くわした。

 「奈落の底…こんなに濃くて密度の濃い瘴気…良く気付かなかったものね」

“ソレ”は形があるようでない。

“ソレ”は世界と世界の狭間に在る。

“ソレ”は亜空間と呼ばれるようなもの。

形があるようでない“ソレ”を消し去るには…祓イノ巫女の祓イノ儀──“舞い”が必要だ。

だが、で祓わせてはくれない。

 「…ゴブリンばかりで飽きてきたのよね~」

奈落の底ホロウ・ディアの尖兵──とでも言える魔物モンスターが奈落の底に向かうコーネリアの眼前に守護者の如く佇ずむ魔物─…黒く禍々しい“ソレ”は巨大なドラゴンのような出で立ちだ。

 『ギャォォオオオ──ッツ!!』

…っ。
う、うるさ…っ!!
結界を張っていなければどうなっていた事か。

本来、この旧坑道に居るはずのない魔物。
しかも何や奈落の漆黒龍ホロウ・ダークドラゴン なんぞ呼ばれる魔物モノなど断じてない。

コーネリアの持つスキルに“千里眼”と言うものがある。
効果は鑑定眼の上位互換だ。
鑑定眼では未知なる魔物や植物、魔道具の情報を読み取れる。
コーネリアの持つ“千里眼”はあらゆるモノの本質を見定め、時に隠れている道や魔道書、魔道具、武器防具…等々あらゆるものを見定め知る事が出来る。

名前:奈落の漆黒龍ホロウ・ダークドラゴン
年齢:???
性別:???
職業:奈落の底の守護者、または尖兵
Lv.80
HP:25000/25000
MP:8000/8000
ATK:5000
DEF:6000
SPD:4000
MGA:5000
MGD:5000
NED:3000
RAK:35%
スキル:竜の威圧、爪攻撃、ダークブレス、毒爪攻撃、麻痺爪攻撃、飛翔、詠唱短縮
魔法:ファイア、ファイアボール、ウィンド、ウィンドカッター、サイクロン、ダークスピア、ダークネス、ウィークネス、マジックドレイン、エナジードレイン
────……

以上がこの竜のステータスだ。
手にする小太刀を手にその巨体を見上げる。
 「…大きい…こんな巨体どうやって入ったのよ…って、ああ……亜空間…しかないよね」

全長20m…本来、この坑道で一歩どころか自在に空を飛び回れるはずがない。

 『ギャォオッ!』

吼える咆哮は不快そのもの。純然足る殺意はコーネリアを捉える。

 「…撃ち落としてくれるわ、蜥蜴!」

奈落の底で本来の坑道の広さを捩じ曲げられて、我が意を至り、とばかりに空を滑空して突っ掛かってくる漆黒龍。
鑑定結果が“漆黒龍”と出ているがその外見は“竜”に近い。
“龍”だとどうしても東洋風の細長~い尾を持つ方を連想してしまう。
ややこしい奴め。爬虫類を思わせる瞳は赤く、ワニのような鼻、口からはみ出ている牙はアフリカゾウの牙に形が似ている。
漆黒の肌に鋭い爪、尾も長く先にいくにつれ細くなっている。
 「食らいな…!」
音もなく聖銀の弾丸が射出される。
 『ギャオッ!?』
 「あっはっはっ!!」
音もなく雄々しく立派な漆黒の翼…それを蜂の巣にされ、地面に落下。

ドォォォオオオンンッツ!!

空の覇者を気取るのも良いが、格好の的となっている自覚を漆黒龍は持つべきだった。

 「まだまだ~」
多量の聖銀の弾丸を放ちながら、新たな陣を展開する。

清涼なる神秘の風…紡ぐは神への忠誠。

白く清貧な美しい魔法陣が紡がれていく。

 「神の御下へ還れゴッド・レイン

たった一言。
漆黒龍は跡形も無く消え去った。
魔法陣から放たれた白銀の光は漆黒龍にぶつかると音もなく消え去った。

 「ふっ、決まった…♪」
ビシッ、と前髪を掻きあげて腕を組んでポーズ。

…誰も見ていないが、実に恥ずかしいポーズである。

アイテムボックスから巫女の衣装──いつも寝巻きにしているベビドールの白色版──を身に纏い、元々の服をアイテムボックスの中へ仕舞う。

 「…行くか」

奈落の尖兵ももう出ない。
急ぐ事はないが、なるだけ気持ち早めに奈落の底へと向かう。

瘴気が…纏わりつく…その中を進む。

この衣装は聖属性で出来た魔道具─…見た目は下着のようなものだが、精霊より託された製法で編まれた衣装だ。

穢れを祓い、穢れから所有者を護る魔法が組み込まれている。

胸元はざっくり空いてるし、ベビドールは半分透けていて、とってもセクシーだ。正直恥ずかしい。
家の中なら良いけど外でこんな…裸みたいな…格好は…その、うん。恥ずかしい。

膝丈10㎝くらいしかない縁は下手したら下着が見える。
こんな、扇情的な格好…いくら、10歳児の精神でも羞恥心が募る。
コーネリアに露出の趣味は無いのである。
 
 「…とっとと舞って浄化しよう…恥ずかしいっ」

バサリッ、と紫揚羽の羽根を広げる。

籠めるのは聖属性の光。
緩やかに舞う──…それは何処か前世の日本であったような“神楽舞い”に似ているようで…所々飛んだり、跳ねたりと…アクロバットな“新体操”のような舞い。
この“舞い”を伝えたのも精霊。
なら、彼女達──“祓イノ巫女”を支える“楽士”も居る。
楽器や歌で巫女の心を鎮めたり、力を増幅させたりする。“祓イノ楽士”は巫女ほど多くはない。
多くはないが、目指す若者も多いが…狭き門だ。
巫女を“穢して”しまう可能性が一番高いのも“楽士”だ。
当然清廉潔白で“純粋”な者が選ばれる。
それでも人は穢れる。“巫女”も“楽士”もなれるのは妖精族だ。
妖精族と言う種族は人間と相違無い種族。
ちょっと誕生の仕方が違うだけで。
彼らの“心”は人間と同じだ。感情はあるし、他者を出し抜こうとしたり、騙したりする。
のほほんぽやぽや~な妖精族かれらだが、根本は同じだ。
寿命が長いだけ、価値観がちょっと違うだけ…だから“巫女”は何時しか巫女でなくなる。
少なくともコーネリアがこれまで生きた中で“祓イノ巫女”を千年以上も続けた同胞の話は聞いたことも見たこともない。

皆、生まれて4、500年くらいしか“巫女”を続けて居ない。
“大人”になれば穢れてしまうのか。
…コーネリアには分からない事だった。
そう言えば処女のまま、死んだな…と埒もない事を考えながらもステップを踏む。

真っ暗闇の中で、たった一人の舞踏は続く。
…ベビドールの布がひらひらと揺れる。
照明ライトが照らす奈落の底で、一心不乱に舞う。
光が瘴気を散らすように…奈落の底を慰めるように。

“祓イノ巫女”は約3万人ほど。これをエリア毎に分けて持ち回りで分担している。
瘴気溜まりは滅多にないし、奈落の底までなるほど領域が広がる事もない──と言うか、その前に浄化して終わりだ。

…なのに、この旧坑道は奈落の底にまでなった。
まだ一つめだと言うのに…何か言い知れない闇を感じて…ぶるり、と背を震わせた。

 「…ッ、集中…集中よ、私…」

何かが起ころうとしている──そう考えるのは早計だ、と自分を慰めて再び“祓イノ儀”に集中するのだった…。
…。


 「…ふぅ。終わった…」

滴る汗を浄化魔法クリーンで消してアイテムボックスから取り出した旅装束に急いで着替え直す。

 「翼も隠して…っと。よし!」

何事も無かったようにくるり、と背を向けて結界を解く。
…もう、他の冒険者が訪れても大丈夫な状態になった旧坑道に背を向ける。

本来、この旧坑道の魔物は蝙蝠型の魔物“バッド”だったり、蜘蛛型魔物“スパイダー”が僅かに徘徊しているだけだ。
…それをゴブリンの巣、なんて言うものだから“珍しい”となった理由わけだ。

 「…ラプレスの穴も、奈落の底化、してるんだろな~」

この地区はコーネリアの担当でもあったが…今の時期は丁度他の巫女が担当しているはず。
…怠慢じゃないのか?
今度逢ったら、文句言ってやる。
苦々しく思いながら旧坑道の入り口へと戻るコーネリア。
…この時、転移で戻れば早かったのでは?と入り口に近付いた頃に漸く思い至ったコーネリアなのであった…。

ボーッとし過ぎて気付かなかったようだ。






 
 「こっちはオークの巣…って、豚臭い…っ!」
プゴップゴッと鳴くオーク、オーク、オーク…ぞろぞろと奥から湧いてくるようで、肌色の二足歩行する豚共は身長180㎝、赤い瞳には瘴気に取り憑かれているのか、暗く淀んでいる。

 「…首だけ削ぎ落とせばお肉として売れるかしら?」
オークの肉は本当に豚肉と変わらない。焼いてよし、煮てよし、揚げてよし…だ。
普通の豚と違ってやや野性味のある味わいのオークは意外と食材として重宝されている。

 「…鎌鼬で首だけ飛ばそう!」
決意表明と共に両手から風の魔法を練り上げ放つ。

スパパパーンッ!!
ボトボトボトボトッ!
ドドドドドドッ!!

オークの首が宙を舞い、オークの身体が坑道の地面に倒れる。

…50体はいるだろうか?
結構な稼ぎとなった。
ふわり、と屍となったオークの身体と頭を宙に浮かせ、風の刃で剥ぎ取っていく。

 「~♪……♪♪…。」
血抜きも剥ぎ取りも全て風の刃と水の魔法で洗浄を行って最後に浄化魔法クリーンを掛けて…終了だ。
解体に魔法を使うのは魔法使いならば珍しくはないが…コーネリアのように全ての工程を魔法で済ませる者は居ないだろう。
魔力と手間が掛かって普通は面倒臭がる。
…50体ものオークを解体してアイテムボックスへ。
一気に見晴らしの良くなった坑道を水魔法で血を洗い流し、聖属性の魔法で穢れを祓う。
 「…さて、“次”は何が出てくるのかな?」
このラプラスの穴は近年(40年ほど前)発見されたばかりで、坑道も中程で止まっている。
索敵サーチが有能すぎて困る。
ゲーム画面のように右上に坑道の地図が載って、自分を黄色、敵を赤、その他の人間…─冒険者だろう点が緑色でポツポツと点在している。
 「…まだ開拓途中…と言う所ね。道具もそのまま放置されてる…」
オークを見掛けて即撤退したから争ったような痕がないのだろう。
このラプラスの穴も普段ならバッドとスパイダーがいるくらいの初心者に優しい洞窟だった…“巣”になるほど“苗床”にされた女性の姿も見掛けない…これはどういう事か?
旧坑道のゴブリン同様…自然発生ではない、と言う事しか現状分からない。
なら、何者かが召還しているのだろうか?
…MP回復ポーションと召還士が居れば、理論上可能だ…だが、どうやってこれほどの“穢れ”を作れる…?
…分からない。
考えても出ない思考を立ち切るようにかぶりを振る。
 「…ここも、“奈落の底”になっているのね…」
当然のように漆黒のもや──奈落の底が蜃気楼に佇んでいる。
 「竜の次は──何かしら?」
 《ギシャァァアアッツ!!》
“もや”が一所に集まり─…形を為す。

黄緑色の全長3mはあるカマキリ型魔物──キラーズカーター。

 「…竜より小さい」
奈落の尖兵でないことに少しだけほっとする。
…けれど、キラーズカーターは鎌鼬とその鎌とも言われる両手は切れ味抜群。
鎌鼬と両手を組み合わせて襲い掛かってくる為、非常に厄介だ。
その上すばしっこく、俊敏。通常の昆虫なら簡単に潰せるが、曲がりなりにも“魔物”。
その四肢は頑丈で冒険者初期装備、ショートソードやロングソードくらいなら簡単に弾く。
弱点は火魔法。
…それも、鎌鼬で相殺される威力じゃ意味ないが。
 「…爆発させるか♪」
きらきらと瞳を輝かせてコーネリアは無詠唱で陣を展開させていく。
聖属性の陣を火属性の陣の上に重ね掛けしていく…
10個以上はあるだろう陣を一斉に解き放つ。

 「聖なる焰は炎帝の黄昏ホーリーフレア!」

ゴゥッ!と突風でも吹いたかのような轟音と、白く輝く焰が場を焦がす…
熱さを感じない聖なる焰は清涼な風を運ぶ。
…光が収まった頃には場に残っては居らず。
 「…とっとと祓いましょうか。」
塵さえ残らず焼失したキラーズカーターなどもう頭の中にはなく、あのセクシーな巫女装束に袖(ないけど)を通す。
奈落の底の中は暗い。
照明ライトのみが照らす漆黒の暗闇の中。
厳かに舞い始める…
…。


 「終了!…それじゃ、“隠しダンジョン”に遊びに行こ~っと♪」

もう、恥ずかしい巫女衣装の事なんか頭の隅に追いやって“寄り道”に心を踊らせるコーネリアなのだった…。
場所…?
それは、秘密だ。ギルドにも報告していない。
“アレ”はそう言った類いの──冒険者ギルドが管理・制御出来るダンジョンではないのだ。
コーネリアが“アレ”を見付けたのは200年前…それも、偶然だ。
“アレ”は千里眼と索敵サーチで見付けた場所。
名を“嘆きの祭儀場フォレスト・ゲヘナ”。
4000万年も昔からこの地域に隠されていた場所。
祭儀場、と記されたこの場所は中央に祭壇があり、他は土剥き出しの洞窟で小部屋?洞穴が幾つかあり、宝箱からは多数の貴重な武器・防具、装飾品に回復アイテムが幾つか手に入った。
これらは暫く経つとまた復活する為、ちょくちょく“遊び”にきていた。
出てくる魔物も非常に強力で厄介な敵で、とても楽しい。
レベル平均80、状態異常攻撃と連携を多用する魔物かれらはレベル100は越えているのでは…とコーネリアをして思わせる強敵揃いだ。
…間違ってもコーネリアのように気軽に“遊び”に行く場所ではない。
 「変わらないな~ここは。」
ここ最近はあまり立ち寄らなかったが…変わらないサイクロプスの猛攻を障壁で受け止めながら、笑み作るコーネリア。
ぴりぴりとした殺気と強者の気配…ああ、やはり。
 「…ここは楽しいな」
 《グォォオオッツ!!》
灰色の肌に一つ目の一本角、豪腕から繰り出される一撃は並みの戦士ならぐちゃぐちゃに潰れて終わり、だろう。
 「…あの当時はLv.40だったから手強くて…逃げ回ってたわね…懐かしいわ」
スッ、と人差し指を見上げるほどの巨体なサイクロプスに突き付ける。
 《グォォオオッツ!?》
サイクロプスの弱点はその一つ目だ。
当然常は狙えない。
絶えず動き続けるサイクロプスに“目”を狙う事など無理ゲーだ。
…それにその“目”は弱点であると同時に“切り札”でもあるのだ。
サイクロプスの切り札──その目から放たれる“パラライズ・アイ”は対象を麻痺状態にする。
…それはどんな魔法でもアミュレットでも防げない、対象に直接ダメージを与える。
それこそが唯一無二の“切り札”にして“弱点”だ。
 「まあ、潰してしまえば意味ないけれどね」
苦しそうに呻くサイクロプスは目を押さえる腕、コーネリアに振り下ろされる2つの腕…斧を持つ腕と…合計4本の腕を巧みに操るサイクロプス…急所を攻撃されても狙いは外さない所は強者所以ゆえんだろう。
 「ふふ…いい…良いわ、この闘争心!」
サイクロプスは物理に特化した魔物だ。
それ故に──強い。
魔法で押せば勝てる──と安易に思わない事だ。
そんな“隙”を彼は与えてはくれないのだから。
バサッ、と紫揚羽の翼をはためかせて上空へと逃げる。
目を潰したからと言ってサイクロプスの行動を制限するものではない。
空中で幾つもの光属性の刃を出して放つ。
 「あはは…っ!!」
楽しくて仕方ない、とコーネリアは笑う。
幾つもの光の刃を受け、或いはいなし向かってくるサイクロプス。
 《グォォオッ!!》
脳筋、と思われがちな彼らサイクロプスのような物理特攻型は“考えない”魔物と思われるが…高レベルの魔物は物理一辺倒だけではなくなり、戦術やちょっとした工夫をしてくる。

 「おっと…!危な…っ、お返しよ!」

いつの間にか巨大な岩をこちらに投げてきた。

それを風の障壁で打ち返す。
 《グォオッ…!?》
まさか返されるとは思わなかったのか、まともに受けて僅かにサイクロプスがよろける。
 「──そこっ!!」
ブゥンッ、と鋭い氷の刃がサイクロプスの腹に突き刺さる。
光の刃もここぞ、とばかりに時間差で突き刺さっていく。

 《……。》

完全にサイクロプスは息絶えた。

 「…もう、敵にはならないのね、サイクロプスは」
少しの喪失と寂寥感…強くなったコーネリアはこの程度の相手は相手にならない。
寂しくも強敵との戦闘は楽しい、と思い…ほんの少しの喪失感に蓋をする。
風の刃でサイクロプスを解体しながら、周囲の警戒を行う。

ここを見付けてもう大分経つ。
初めて訪れた時はサイクロプスに苦戦した。
キメラに挟撃され、麻痺に毒、石化に懸かりながら…『ヤバい、死ぬかもしれない…』そんな風に思った事も昨日の事のように思い出せる。
 「…Mではないから、あんなのは二度と御免ね。生きた心地がしなかった…」

一人(ソロ)で挑むダンジョンじゃない、とあの時ほど思った事はない。

それが今では圧倒する所か、“楽しむ”余裕まである。

…どう言う訳か、ここでの戦闘記録はギルドカードに残らないのだ。
風の精霊王が管理、配下の風の精霊達に作成させているギルドカードを弾くなんて…ここは、本当に不思議な所だ。
…案外、“神様”が運営しているのかもしれない。

 「さ、次は誰?私と死合ってあそんで♪」

嬉々と楽しく妖精の少女は笑う。

レベル40の頃から入り浸っていた、コーネリア。

何度も死にかけて…その度に“何かしら”の恩恵か、死なずどうにか今日まで生き残った。

ここはもう、少女の遊び場となっていた。

三頭首のキメラも、デビルロードも、ナイトメアキャットも相手にはならない。
決まった構造、宝箱の配置も何一つ変わらないダンジョン…この中央には氷漬けの“天使”がいる。

 「…だめか…貴女は誰なの?」

中央の“祭儀場”の壁に瞳を閉じ、氷漬けにされたはいる。

不思議な装束に身を包んだ彼女の背中から白い鳥の羽根を思わせる翼が生えている。
身長は165㎝、名を“クララナティナ”、種族は──天使。
これ以外の情報は文字化けで隠蔽され、コーネリアの“千里眼”を以てしても読み取れない。
整った顔立ちに気の強そうな眉、睫毛はとても長く肌が白いのが透明な氷に閉じ込められても分かる。
髪は青銀色、黄色のリボンでツインテールにして、両手は下ろして足はブーツで覆われている。
 「…貴女といつか話しをしてみたいわ。」
彼女がどうしてここに居るのか…その物語を解き明かしたい、と思った。
ここ以外にもあるかもしれない…そう思った事は何度もあった。
今でも完全に諦めた訳ではない…けれど。
“未だ”ここのように隠された未開の地はなく。
また、“クララナティナ”と言う名の“天使”についての記録はない。
…隠されると知りたくなる、と言うのは人情だろう?
 「…手掛かりなし、なのよね~ギルドにも詳しくは知らせてないから誤魔化すしかないし…ん~精霊王様とかに聞いた方が早いかな…?」
…一介の妖精ごときに“精霊王”が逢う、とは思わないのだが…。
 「…よし、一度試してみようっ!…となればクォンタラ王国に渡らなきゃね♪」
直近にある国、クォンタラ王国は芸術と音楽に秀でた美しい国で初代王は異世界人──恐らく日本人──と神が興した国、とされる彼の国なら隠された書物やダンジョンがあるかもしれない。
 「…まあ、急がないからゆっくり行くけど」
一先ずは、取り敢えず、請けた依頼を片付けてから。
相変わらず瞳を閉じた美人を眺めて小休憩。
無表情だから、彼女がどんな性格なのか、どんな声で笑うのかも分からない。分からないが…どうしても目が離せない。

整った顔立ちは得だ、と思う。
人間のような丸い耳、手足…古代の服装にしては近代でも“美しい”とされる不思議な装束に身を包んだ“彼女”は人間なら16、7歳ほどの外見をしている。
胸元の赤いリボン、その中心にあるサファイアの輝きが衰える事なくそこに在る。
 「…マリ見て、と言うのかしら?こういうの…」
マリ○様が見てる、とは女子校を舞台にしたラノベ──じゃなく、同性なのに惹かれる美しさがある。
氷漬けの彼女は何の感情も抱いていないが…ずっと見ていても飽きない。
 「…いつか、解放してあげるわ、クララナティナ」
“彼女”は何も返さない──
けれど、それで良いとも思った。
知りたいなら、自分で掴み取る。
“冒険者”となってから、幾度としてきたことだ。
 「…そして、私の友達になってくれると嬉しいわ」
“彼女”はきっとコーネリアの知らない事を知っている。
知らない魔法を知っている。
…そして、“彼女”が知らない〝現在いま〟の姿を彼女に見せたい──

コーネリアが旅を決意した理由の一つがここには在る。
だから、コーネリアは“誰にも”この場所の話はしない。
もし、彼女の墓標がここなら──彼女を静かに眠らせてあげたい、と思うから。
 「…必ず貴女に辿り着いて見せるから、ね?」
物言わぬ“彼女”との出逢いがコーネリアの心を育んだ。
…。

                          
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