恋愛相談から始まる恋物語

菜の花

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どん底からのスタート

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「そうだね。呆れるほどにバカだよ、あんたって」


その声を聞いてすぐさま後ろを振り向くと、そこには水無月がいた。

幻覚なのか幻聴なのかは分からない。

だが、俺の目には水無月がいるように思えた。

そして、彼女はゆっくりと俺に近づいてきて、何度も、何回も味わった温もりを俺にくれた。

「そんなバカでも、あたしは好きだよ」

その温もりと言葉が、俺に幻覚でも幻聴でもない事を教えてくれた。

「な、なんでいるんだよ?」

別に恐怖だとか、そんなことは感じていなかった。

ただ、本来いるべきはずのない彼女が、とっくに見限られたと思った彼女が目の前にいた。

そして、また俺を助けようと手を伸ばしていた。

「インターホン鳴らしても出なかったのあんたじゃん。それに鍵開いてたよ。不用心だね」

全然気がつかなかった。

でも、次に湧いてくる感情は怒りだった。

こうやって助けてくれるなら、なぜ裏切ったんだ?

なんでこんな事をしたんだ。

俺はとっさに水無月を押し倒した。

「なんでこんな事するんだよ・・・」

「痛っ! ったく、あんたはムードとかないわけ?」

「っんだよそれ・・・」

そして響きわたるのは、乾いた音だった。

力一杯ではないが、それなりの力で俺は水無月の頬を叩いたのだ。

今の俺は冷静じゃなかった。

もうとことん堕ちるところまで堕ちたんだと思う。

それの証拠が、水無月に対する暴力行為だった。

叩いた感触が、しっかりと手のひらに残る。

水無月の左頬がほんのり赤く染まる。

それは恥ずかしさや照れといった感情からではなく、物理的によって作られた赤色だった。

それでも彼女僕を睨みつけるわけでもなく、ただただ悲しい表情をしていた。

そして彼女は、右腕で俺の頬に優しく触れる。

「・・・ごめんね」

彼女は、瞳に大粒の涙を溜めながら、俺に謝ってきた。

そんな彼女を見ると、俺を奮い立たせていた興奮の熱が、どんどん冷めていく。

それと同時に後悔した。

彼女に平手打ちをしてしまった事実に。

元々は自分が原因だった。

ずっと支えてくれた水無月の気持ちに応えることもなく、過去の恋心をいつまでも引きずっていた。

見限られても当然のことなのに、自分の都合しか考えられず逆ギレ。

本当に、哀れで自分勝手で、どうしようもないバカだった。

俺はすぐに水無月から離れた。

自分のしてしまった行為が、自分で許せなくなる。

身体の震えが止まらない。

俺が押し倒してしまった水無月は、ゆっくりと身体を起こした。

そしてゆっくりと俺に近づいてくる。

そんな水無月から、俺は距離を置くように離れた。

だが、水無月も離れた分だけ距離を詰めてくる。

そんなやりとりが続き、俺はもう限界の壁まできてしまった。

これ以上後ろに逃げる事はできない。

「あたしは怒ってないし、恐くないよ」

そう言ってさらに詰め寄ってくる水無月。

そして、ついに俺の目の前までやってきた。

「そんなに怯えられると、傷つくんだけどなぁ・・・」

水無月はそんな言葉を零しながら俯く。

またしても彼女を傷つけてしまった。

でも、俺にはもう分からない。

もう、何をすればいいのだろうか?

何を選択すればいいのだろうか?

何をしても無駄なんじゃないだろうか・・・意味がないんじゃないだろうか・・・。

「・・・正直ね。あたしもどうしたらいいか分からないんだ」

しばらくの沈黙の後、水無月が弱々しい声音でそう言ってきた。

「日に日に落ち込んでいくあんたを見て、救ってあげたいって、助けたいって、支えたいって思ってたのに。全然力になれてなくて、気休め程度にしかなってなくてさ」

十分に救われてた。

助けられてた。

支えられてた。

でも、こうなっているのは水無月のせいなんかじゃない。

それ以上に、俺がダメで弱い人間なだけなんだよ。

「何やっても結局うまくいかなくってさ。悩んで落ち込んで。自分が報われなくて嫌になっちゃったよ。でも、そんなのはあたしの自己中な考えなんだよね。あんたの方がよっぽど辛い思いをしてるのにさ」

上手くいかない原因は、吹っ切れない俺のせい。

悩んで落ち込ませたのも俺が原因。

水無月が報われないのも俺のせいだ。

その考えは、自己中なんかじゃない。

至極当然な感情だった。

いくら自分が辛くても、それが水無月を苦しめていい理由にはならない。

「何度も諦めようとした。いくら想っても敵わない、あんたの七への想いにさ。もういっそのこと2番目でもいいやって。今までみたいに隣にいて、あんたの都合の良い拠り所でいいかなって」

俺だって何度も諦めようとした。

でも、俺だけの問題じゃなくて、四月も苦しんでるって知って、少しでも希望があるんじゃないかって、蜘蛛の糸にしがみついていた。

こうやって他責にしてる所で、俺は報われちゃいけないと思ってしまった。

「・・・でもね。でもやっぱり、あたしも人間だからさ、1番になりたいよ・・・。自分の好きになった人に、同じくらい好きになってもらいたいよ・・・」

それはもう、彼女の懇願のようにも思えた。

俺と同じで、子供のように思った感情を素直にぶちまけ、泣きじゃくる。

でも、ソレは俺と比べていいものではなかった。

彼女の流す涙の方が、もっと繊細で美しいものだった。

「・・・ごめん」

「いつもそればっか」

「・・・そうだね」

「少しは言い訳くらいしてよ」

「・・・ははは」

「・・・バーカっ」

そう言いながら今度こそ、彼女は俺を優しく包み込んだ。

彼女のその温もりに溺れていく。

不思議と身体の震えは止まっていた。

俺の胸元で、未だに泣いている彼女を慰めるように、優しく伸ばした腕を止めた。

俺にはもう・・・彼女に触れる資格なんてないのだから。

ゆっくりと、時計の秒針だけが響き渡る時間か過ぎていく。

どれほどこうしていたのだろうか?

お互い何も話さず、水無月は俺にしがみつき、俺はされるがまま状態。

「・・・今日さ、先輩と会ったでしょ?」

「・・・ああ」

「あれ、あたしが先輩にお願いしたの」

「そうだったんだ」

「いっそのこと、あんたのこと壊しちゃえばゼロになるかなって。今までの楽しかった思い出も、辛かった思い出も全部ひっくるめてさ」

「そっか」

「・・・嫌いに、なった?」

そう言った彼女の身体は震えていた。

俺の返答次第では、彼女を壊すことも可能だろう。

けど、俺はどちらにしようかなんてはなから考えていなかった。

彼女の問いに対する答えは、もう決まっていたからだ。

「嫌いだよ。でもそれ以上に・・・好きな、気がする」

彼女の俺の服を掴む両手の力が強まる。

相変わらず震えは止まっていない。

「・・・ごめんね」

「なんで水無月が謝るのさ」

「嫌われたくなかった・・・」

「嫌わないよ」

「側にいたいよ・・・」

「もう、いるじゃん」

「今だけじゃなく、これからも」

「もう少しだけ待ってくれ」

「え・・・?」

「もう、俺は迷わないから。白黒はっきりつけるから」

何度も言ったその言葉。

そして何度も挫折した。

当然、俺の言葉に説得力なんてないだろう。

でも、だからといって、前に進まなきゃずっと進めないままだ。

どんだけ崩されてきたか。

どんだけ壊されてきたか。

もう、失うものなんてないだろう。

ならもう、全力で突っ走るしか道はないだろう。

「あんた、いっつもそれ言って毎回ダメじゃん」

「自分の惚れた男が、そんなに信用できないか?」

「はあ? 今更カッコつけないでよ、バカ。ヘタレが加速してるだけだから」

「何も言い返せねーや・・・。でも、大丈夫だ。壊れたりは・・・しない。ちゃんと向き合うよ」

今だに大粒の涙を浮かべている水無月の目を見ながら、そう答えた。

「今の間は、なに?」

そう言って、彼女も笑いながら俺を茶化してきた。

そして、不思議と2人して笑い合う。

こんな格好で、こんな状況で笑い合うなんておかしいにも程があるが、それでも笑わずにはいられなかった。

「・・・あんたがそこまで言うなら、今はまだ待ってあげる。でも、これが最後の通告だから。それと、これだけは忘れないでね。あたしをあたし選ばなかったあんたを、あたしはきっと嫌いになるから」

「・・・それって脅迫じゃないか?」

「いつも言ってるじゃん性格悪いって。周りの顔色伺いながら、良い子でいるのは嫌だから。あたしは、他でもないあたし自身の幸せの為に動くよ」

共に苦しみを乗り越えた俺達は、お互いに強気な発言をする。

こんな時に、性格が似てるのが笑っちまう。

「あんたの導き出す結果が、あたしにとって良い方向なのか悪い方向なのかは分からないけど。どっちに転んでも待ってるから」

「・・・うん」

「七にすぐ流されると思うけど」

「・・・・・・」

「だから、言い訳くらいしろって言ってんの!」

そう言って水無月は、俺にデコピンをしてきた。

優しい痛みが、俺の眉間をじんわりと包み込む。

「痛いんだけど」

「だって痛くしたから」

「あーいえばこーいうんだな」

「こーいえばあーいうんだよ」

「・・・この屁理屈女め」

「屁でも理屈は理屈でしょ?」

「・・・バーカ」

「それはお互い様」

彼女とのこんな他愛のないやり取りに、どこか懐かしさを感じてしまう。

居心地の良さを感じてしまう。

この感情が一時のものなのか、勘違いなのかは分からない。

でも、この瞬間のこの気持ちは本物だと思えた。









水無月は、そのまま俺の家に泊まった。

元々泊まるつもりがなかったので、当然着替えなどはなく、致し方なく俺の私服を着てもらった。

隣で無防備に眠ってる水無月には、少しは警戒心を持ってもらいたいと思ったが、信頼されてるのかありもしないことを思い浮かべれば、悪くない気がした。

先程は触れられなかった、水無月の頭を優しく撫でてみる。

うめき声をあげたが、少しだけ、その寝顔が微笑んだような気がした。
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